福島第一原発事故から5年を迎えようとする現在、いまだ様々な問題が山積する中で、大きな岐路に差し掛かり、身動きが取れなくなりつつあるのが「核燃料サイクル」問題だ。リサイクルの前提であった高速増殖炉計画は実現のめどが全く立たず、結果として余剰プルトニウムや使用済み燃料の再処理・貯蔵などの難題が宙に浮き、八方ふさがりの状況に陥っている。今後、この問題に関し、どのような論点で議論を進めていけばいいのか? 東日本大震災と福島原発事故の発生に伴い、内閣官房参与に就任。原発事故対策、原子力行政改革、エネルギー政策転換に取り組んだ多摩大学大学院教授の田坂広志氏に聞いた。

(聞き手は米田勝一)

「核燃料サイクル」は原子力発電の絶対条件ではない

福島第一原発事故から5年を迎えようとする現在も、福島地域の除染と復興、避難者と帰還者の生活再建、福島第一原発の廃炉、汚染水や放射性廃棄物の処理や貯蔵など、様々な問題が山積したままです。この時期に、どのような問題にフォーカスを当てて議論すべきでしょうか?

田坂:それらの問題は、いずれも極めて重要ですが、原発事故から5年という節目の時期だからこそ、政府もメディアも含めて、一度、しっかりとした議論をしておくべきことがあります。

 それは、我が国の「核燃料サイクル政策」についてです。

昨年11月、原子力規制委員会が、「高速増殖炉もんじゅ」の現在の運営主体である日本原子力研究開発機構の安全管理能力について大きな疑問を投げかけ、文部科学省に対して新たな運営主体を提示することを求めました。核燃料サイクル政策の問題は、このことによって、大きく浮かび上がりました。
 結果として、原子力規制委員会の求める「半年以内」に新たな運営主体が見つからなければ「高速増殖炉計画」を進めることができず、核燃料サイクル政策の実現が困難になり、ひいては我が国の「原子力発電政策」は壁に突き当たる――。こうした指摘や懸念を少なからず耳にします。

<b>田坂 広志(たさか・ひろし)</b><br />多摩大学大学院教授/シンクタンク・ソフィアバンク代表。1951年生まれ。74年東京大学卒、81年同大学院修了。工学博士(原子力工学)。2000年、多摩大学大学院教授に就任。同年、シンクタンク・ソフィアバンクを設立。2011年、東日本大震災に伴い、内閣官房参与に就任。原発事故対策、原子力行政改革、エネルギー政策転換に取り組む。
田坂 広志(たさか・ひろし)
多摩大学大学院教授/シンクタンク・ソフィアバンク代表。1951年生まれ。74年東京大学卒、81年同大学院修了。工学博士(原子力工学)。2000年、多摩大学大学院教授に就任。同年、シンクタンク・ソフィアバンクを設立。2011年、東日本大震災に伴い、内閣官房参与に就任。原発事故対策、原子力行政改革、エネルギー政策転換に取り組む。

田坂:たしかに、多くのメディアは、そうした論調で語っていますし、もんじゅプロジェクトが進まなくなれば、核燃料サイクル政策の実現が困難になることは、その通りなのですが、ここで、一つ理解しておくべきことがあります。

 核燃料サイクル政策の実現が困難になることが、ただちに「原子力発電政策」が壁に突き当たることを意味しているわけではないのですね。

それは、どういうことですか?

田坂:なぜなら、世界全体を見渡してみれば、原子力発電を行っている国が、すべて「核燃料サイクル政策」を採用しているわけではないからです。むしろ、アメリカやカナダ、スウェーデンやフィンランドなど多くの国は、使用済み核燃料を再処理せず、そのまま最終処分する「核燃料ワンス・スルー政策」を採用しています。

 従って、核燃料サイクル政策の実現が困難になるということが、そのまま原子力発電政策が壁に突き当たるということを意味しているわけではありません。

核燃料サイクルとは、原子力発電で生じる使用済みの核燃料を再処理し、核燃料として再び使用するための一連の流れ。再処理は、使用済み燃料を化学処理した上で、ウラン、プルトニウムと高レベル放射性廃棄物に分離し、ウラン、プルトニウムを再び燃料として利用するための工程。高速増殖炉もんじゅは、再処理されたウラン、プルトニウムを使用して発電する「夢の原子炉」として計画が進められたが、その後に起こった度重なるトラブルにより、現在、稼働のめどが立っていない。

原発維持派は、「ワンス・スルー政策」こそ、国民に提示すべき

では、現在の核燃料サイクル政策をワンス・スルー政策に変更して、原子力発電政策を維持していくべきだとお考えですか?

田坂:いえ、そうではありません。私は、原子力発電を、将来も一定の割合で続けていくのか、それとも、ある段階でやめるのか、その「原発維持」か「脱原発」かの選択は、最終的には国民の判断に委ねられるべきと考えています。

 ここで私が申し上げたいのは、原発維持を主張される方々が、その方法として、核燃料サイクル方式を唯一の選択肢として国民に提示することは、もはや限界に来ているのではないかということです。

 なぜなら、我が国の核燃料サイクル政策の根幹である高速増殖炉計画は、当初、1990年までに実用炉を実現するという計画であったものが、のちに、2050年に先送りされ、さらに現在では、その2050年という目標さえ消えてしまっているわけです。

 このような、まだ長期的な研究開発の段階にある技術を掲げて、「我が国は核燃料サイクルという形で原子力発電を進める」と主張し続けることは、もはや、誰が見ても無理な状況になってしまっているのですね。

つまり、本質的な問題は、原子力規制委員会が指摘したような「もんじゅ」の運営主体の安全管理能力というよりは、高速増殖炉計画を土台にした核燃料サイクル政策自体にあるということですか?

田坂:そうです。従って、もし、「日本の将来のために、一定の割合で原子力発電を維持していくべきだ」と考える方々がいるならば、核燃料サイクル政策という「非現実的な政策」ではなく、ワンス・スルー政策という「現実的な政策」こそ、国民に対して提示すべきなのですね。

 もんじゅプロジェクトが、これほど大きな壁に突き当たっている現時点においても、柔軟に政策を切り替え、ワンス・スルー政策も可能な「現実的な政策」を国民に提示できなければ、そして、これまでのように核燃料サイクル政策の一本槍で進むならば、いずれ、「もんじゅプロジェクトの失敗→高速増殖炉計画の挫折→核燃料サイクル政策の頓挫→原子力発電政策の否定」という形で、原子力発電政策自身が核燃料サイクル政策とともに行き詰まることになってしまいます。

 すなわち、「将来のために原発を維持すべきだ」と考える方々が、非現実的な核燃料サイクル政策に固執すると、結果として、原子力発電政策そのものが、核燃料サイクル政策と一緒に沈むことになってしまうのです。

では、ワンス・スルー政策ならば現実的だということですか?

田坂: 核燃料サイクル政策を進めるためには、「再処理工場」「高速増殖炉」「最終処分場」という三つを実現しなければなりませんが、ワンス・スルー政策を進めるために求められるのは最終処分場だけです。その意味で、ワンス・スルー政策の方が、解決すべき課題が少なく、現実的です。

「脱原発派」も取り組まざるを得ないワンス・スルー政策

原発維持派にとってワンス・スルー政策は重要な選択肢であるということですが、この政策は、脱原発派から見た場合、どのような意味合いを持ちますか?

田坂:このワンス・スルー政策は、「目の前にある現実」そのものへの解決策であり、脱原発派の方々もしっかり理解しておくべきものです。

 なぜなら、仮に、明日、脱原発を掲げる政権が生まれ、すべての原子力発電所を停止したとしても、過去の原子力発電によって発生した使用済み燃料が、すでに1万7000トンも存在しているからです。これを、どうやって安全に最終処分するのかということは、避けることのできない現実として目の前にあるのです。

 すなわち、原子力発電によって生まれた使用済み燃料を、再処理せずに安全に最終処分するというワンス・スルー政策は、「原発維持」「脱原発」という立場に関係なく、現実に取り組まなければならない政策なのですね。

 そして、そのことを理解するならば、ワンス・スルー政策のもう一つの政策的利点が見えてきます。

どういうことですか?

田坂:それは、このワンス・スルー政策は、将来、国民が、「原発維持」「脱原発」のいずれの道を選択しても、柔軟に対応できる政策だということです。

 しばしば、メディアなどでも、対立する様々な政策を論じるとき、「最後は国民の選択に委ねられるべき」ということが言われますが、国民に政策的選択が委ねられるためには、二つのことが求められるのです。一つは、「徹底的な情報の開示」、そしてもう一つが、この「選択すべき政策の柔軟性」です。逆に言えば、「硬直的な政策」や「幅の狭い選択肢」だけを国民に提示して、「選んでください」というやり方は、適切ではないでしょう。

 その意味で、仮に、将来の政策的挑戦として核燃料サイクル政策を残すとしても、この時点で、ワンス・スルー政策という現実的な政策を導入しておくことは、原子力発電政策全体の柔軟性を高め、国民に様々な選択の可能性を提示することができるのです。

 そして、福島第一原発事故を経験した後の、これからの原子力発電政策においては、その政策的柔軟性が、極めて重要になってきます。

核武装の疑惑を抱かれる「余剰プルトニウム」の問題

しかし、そもそも、もんじゅプロジェクトが大きな壁に突き当たり、高速増殖炉の近い将来の実用化が見通せないにもかかわらず、政府はなぜ、核燃料サイクル政策にこだわり続けるのですか?

田坂:政府はこれまで、核燃料サイクル政策を進める大義名分として、「資源小国の日本においては、核燃料を有効活用するために、核燃料サイクル政策が必要」と訴えてきました。しかし現在、国際的に見れば、ウラン資源そのものは、比較的廉価に安定供給ができる状況です。そして、ウラン資源の推定埋蔵量も増大していますので、この大義名分は、核燃料サイクル政策が立案された時代とは異なり、説得力を失っています。

 実は、こうした大義名分とは別に、政府が核燃料サイクル政策を転換しようとしても、それができない現実的な理由があるのですね。

 その理由は、二つあります。

一つ目の理由とは?

田坂:第一の理由は、「余剰プルトニウム」の問題です。

 使用済み燃料の再処理を行うと、ウランだけでなくプルトニウムが回収されますが、このプルトニウムは、「原子炉の燃料」になるとともに、「核兵器の原料」にもなります。そのため、このプルトニウムをそのまま保有することは、海外から「核兵器への転用」を疑われるため、回収後、速やかにMOX燃料(再処理したウランとプルトニウムを混ぜ合わせて作った燃料)に加工し、高速増殖炉で燃料として燃やすことを、国際的に約束しているわけです。

 そして、すでに、我が国は、海外再処理と国内再処理によって47トンのプルトニウムを保有しており、このうち、36トンは、現在、英国と仏国にあり、11トンが日本国内にあります。これは、実は、原爆、数千発に相当する量なのです。

数千発相当ですか…。

田坂:そうです。従って、もし、高速増殖炉計画をやめると、この余剰プルトニウムを高速増殖炉で燃やすという政策が不可能になり、これが、核不拡散の観点から国際的に大きな問題になるのです。すなわち、海外から、「日本は、あの余剰プルトニウムを核兵器に転用するのではないか。核武装をするのではないか」との疑念を持たれてしまうわけです。

 そのため、この余剰プルトニウムを核兵器に転用することなく、どう処理するかが明確にならないかぎり、高速増殖炉計画をやめることはできないのです。当面の実用化が難しくなっても高速増殖炉計画をやめられない第一の理由は、この余剰プルトニウムの問題です。

行き場が無くなる「使用済み燃料」の問題

では、第二の理由は?

田坂:第二の理由は、「使用済み燃料の貯蔵」の問題です。

 すなわち、高速増殖炉計画をやめると、必然的に、核燃料を再処理する再処理工場計画も不要になります。しかし、もし、この再処理工場計画をやめると、「使用済み燃料の貯蔵」という点で、深刻な問題が噴出します。

 なぜなら、そもそも、青森県は、「再処理をする」という前提で、全国の原発サイトから大量の使用済み燃料を受け入れているのです。そして、県民の多くが、青森県を「核のゴミ捨て場」にすることには強く反対していますので、あくまでも、再処理をするために使用済み燃料を搬入・貯蔵しているのです。

 従って、再処理工場計画をやめると、青森県が使用済み燃料を受け入れる理由がなくなり、当然のことながら、これらの使用済み燃料を、全国の原発サイトに返還することになります。

それは現実的に可能ですか?

田坂:不可能に近い状況です。なぜなら、現在、全国の原発サイトの使用済み燃料貯蔵プールの「貯蔵容量」は、全国平均で70%程度であり、ほぼ満杯状態になっているからです。

 また、原発の立地自治体は、「原発から発生した使用済み燃料は、再処理のため外に搬出する。原発サイトを使用済み燃料の長期貯蔵場所にはしない」ということで原発設置に合意していますので、その意味でも、原発サイトへの返還は、極めて難しいでしょう。

 従って、青森県に再処理のために搬入されている使用済み燃料の搬出先が決まらないかぎり、再処理工場計画をやめることはできないのですね。

「政策的ロックイン」の状況に陥っている核燃料サイクル政策

田坂:さらに、この二つの理由に加えて、「立地自治体からの反発」という理由もあります。

 すなわち、再処理工場を稼働することは、青森県の立地自治体への経済効果があります。また、高速増殖炉を稼働することは、福井県の立地自治体への経済効果があります。それも、立地自治体がこれらの施設を受け入れた理由です。

 従って、もし核燃料サイクル政策を転換し、高速増殖炉や再処理工場の計画をやめるとなると、この政策を支え、協力してきた立地自治体への経済支援を打ち切ることになり、大きな反発を受けることになります。

八方ふさがりのように思えますが。

田坂:そうです。そして、これが、「政策的ロックイン」と呼ばれる状況なのです。すなわち、核燃料サイクル政策をやめることができないのは、こうした諸問題が複雑に絡み合って、がんじがらめの状況が生まれてしまっているからなのです。政策の柔軟な切り替えができない「政策的ロックイン」の状況です。

 ただ、こうした政策的ロックインの状況を打開し、核燃料サイクル政策を転換する方策はあります。

*近日公開予定の後編に続く

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