独フォルクスワーゲン(VW)の排ガス不正スキャンダルに関するコラムを昨年10月に記述したところ、多くの反響をいただいた。その事件以降の欧州勢というと、自動車の電動化により積極的に挑んでいると筆者の目には映る。

 そんな中、先月の1月末にドイツのマインツで、自動車の電動化と車載用電池に関する国際会議、「AABC(Advanced Automotive Battery Conference)Europe」が開催された。全世界から約600人の参加者があったが、とりわけ欧州の自動車メーカー(独ダイムラー、独BMW、VW、VWグループのアウディとポルシェ、仏ルノー、仏プジョー、スウェーデンボルボ)からの参加者が多かった。また、欧州自動車メーカーからの講演も例年以上に多かったのが印象的であった。

 この分野は産業の裾野が広いため、自動車業界と電池業界はもちろんのこと、Tier1であるシステム業界、部材業界、試験機器業界、調査業界、大学、公的研究機関などからも参加者が多かった。

電気駆動車両(xEV)市場と今後

 昨年から、欧州勢自動車各社の電動化が加速されている背景には、以下の4つの要素があると筆者は考える。

  • ①VWのスキャンダルで各国政府が規制を厳しくする。
  • ②2018年から拡大適用される米国カリフォルニア州のZEV(ゼロエミッション自動車)規制(販売台数の4.5%をプラグインハイブリッド車〔PHV〕、電気自動車〔EV〕、燃料電池車〔FCV〕にするという内容。カリフォルニア州で年間6万台以上販売している日米の各ビッグ3には既に適用されている規制であるが、3万台以上6万台未満の販売各社にも適用される)を受け、特にPHVを強化する。
  • ③欧州CO2規制(CO2排出量を95g/km以下とする)が2021年から適用され、クリーンディーゼルでは対応不可となる。2021年以降も更に強化される見通しで、75g/km以下に規制されるとの予測がある。
  • ④中国市場での環境規制と電気駆動車両(総じてxEVと呼ぶ)に対する補助金制度。

 このうち、欧州市場でPHVが加速されている背景の1つには、中国環境規制に伴う補助金制度が、EV走行で50km以上を可能とするPHVに手厚くなっていることも作用している。

 2018年~25年にわたって、カリフォルニア州のZEV規制はさらに強化される。PHVもEVも市場は拡大するが、CAFE(企業平均燃費)規制の強化も要求されており、その対応として、HVも市場で拡大していくだろう。いずれにしても、xEVの拡大は続き、市場としては日米欧に加えて、中国において急速な加速が予測されている。

 その証拠に、この会議でも中国市場が大きな話題となった。その背景には中国政府の補助金制度の大きさが影響している。HVの補助金が1とすると、PHVはその2.5倍、 EVは4倍という重みづけで適用される。すなわち、EVに手厚い制度である。これはHVやPHVに比べて中国ローカル自動車メーカーの参入障壁がEVは低いからだ。しかし、低質の石炭発電に依存している電力構成だから、PM2.5を考慮すると矛盾が大きくあると考えるのは筆者だけではないはずだ。

 同会議における台湾の国立研究機関の発表によれば、中国市場でのEVバス(E-Bus)は、2014年実績で約3万台。これが2015年は290%増加したとのこと。同年11月と12月の2カ月だけで、E-Busを含めEVは16万台が市場に供給されたとも。2016年では200万台規模に急拡大する見通しだと付け加えた。

 さらに、中国市場での環境規制は中国政府がコントロールしているものの、状況を把握しながら6カ月くらいのインターバルで修正をかける姿勢があるという。ただし、EVを最優先する姿勢は簡単には崩さないだろうと筆者は考える。その理由は、ローカル自動車メーカーが置かれている上述した背景があるからだ。

 野村総合研究所の発表によれば、2020年でのxEVは中国市場がトップシェアとなると予測。そして、2025年は中国市場が全世界のxEVの35%を保有するとも予測している。

 一方、中国ローカルの電池各社は、数量を確保しようと全力で走り続けている。その分、電池の安全性にまつわる事故の懸念が問題になっている。安全性技術の構築と評価試験条件の意義、その結果などについて、中国側が意識して取り組まなければ、事故が多発する可能性はぬぐえない。人命にかかわる大きな懸案事項である。

 AABC Europeにおける日系企業として代表を務めたトヨタは、2001年から継続して最高のSignatureスポンサーとなっており、講演では昨年末に発売した新しい「プリウス HV」の意義とシステムを解説した。これにより自動車業界のトップリーダーとしての存在感を誇示した。プリウスは、燃費40km/Lを達成するために、ニッケル水素電池からリチウムイオン電池(LIB)に転換したのだが、今後、トヨタとしてLIBへのシフトをどこまで進めるかが注目される。

欧州自動車各社の開発加速

 スキャンダルの渦中にあるVWは、筆者の旧来の知人が登壇した。説明では、「E-Golf EV」にパナソニック製角型25Ah LIBを搭載、「Golf-GTE PHV」にも同じLIBを搭載しているという。スキャンダルへの対応策として、xEV化を積極的に進めているように力を込めて語った。VWグループとしては、パナソニック以外にも、韓国のサムスンSDIやLG化学からもLIBを調達している。アウディは、「Q7 e-tron EV」にサムスンSDI製のLIB(28.7Ah、17.3kWh)を搭載中であるとも語った。

 また、バッテリーマネジメントシステム(BMS)等のコントローラ領域は、アウディやポルシェも共通適用できるようVWが開発を担当していることも明らかにした。すなわち、VW系列全社を挙げて積極果敢に取り組んでいるという表明である。

 そのポルシェに至っては、800Vの急速充電システムを開発中とのこと。長距離走行時の充電時間を短縮するためと説明しているが、どこまで意味があるかは懐疑的であると思える。

 一方、ダイムラーは、LIBを搭載した15kWシステムのHVを2009年に発売して以降、LIBを搭載した20kWシステムのHVを2013年に発売、そして60-65kWシステムで、6.7~8.7kWh LIBを搭載したPHVを2014年に発売したと説明。LIBの正極にはリン酸鉄(LFP)を適用しているともいう。さらに、2015年までPHVの販売台数は1万台に達したが、このうち日本市場が27%で最も大きく、ドイツ市場は14%だったという。今後、2017年まで10車種のPHVを市場に供給すると加速戦略を表明した。

 BMWもサムスンSDI製のLIBを適用したEVやPHVを日本でも販売しているが、xEV用LIBの2次利用も自社にて検討中であるとのこと。xEVビジネスの裾野を拡大する姿勢を明らかにした。

 発表内容ではないが個人的会話の中で、ルノーは現在、LG化学と日本のオートモーティブエナジーサプライ(AESC)からLIBを調達しているものの、2020年以降の調達も検討しているとのこと。サプライヤーとしては、ほかにサムスンSDI、パナソニック、中国CATLとも協議をしているとのことである。まさに、中長期的戦略を構築中である。

電池業界と部材業界マーケット

 この会議を通じても、車載用で存在感のある電池メーカーは、パナソニック、LG化学、サムスンSDIの3社であることが再認識できた。その中でもパナソニックとLG化学の躍進が目立つ。一方、サムスンSDIは新規顧客開拓で、やや苦戦中と筆者には映る。

 LG化学の発表内容がそれを裏付けることにもなっている。LG化学は2009年以降、27万4000台のHV、11万9000台のPHV、5万9000台のEVに、それぞれLIBを供給してきたという。2015年の実績では総充電量が20GWh、2017年予測では30GWh、2020年予測では50GWhと展望しており、一層勢いを増す様相だからである。

 LIB製造プラントは、韓国オチャンで2006年の第3四半期に稼働、米国では2013年の第4四半期に稼働、中国南京市では2015年の第4四半期に稼働と生産能力を拡大した。そしてさらに、EUのポーランド工場を2018年の第1四半期に稼働させる計画であることを初めて公にした。中国マーケットでのxEVが2016年以降、急拡大することに合わせて生産能力を拡大中と説明している。

 R&Dセンターについては、韓国・大田の主要拠点の他に、米国のトロイ、ドイツのフランクフルトに構えているが、現在は中国に拠点を構えることを検討しているという。中国の拠点検討も今回明らかにしたことで、開発から生産に至るまでの勢いは止まらない模様だ。

 LIBのコストダウンにも積極果敢で、正極材料と負極材料においては1KWh当たり40米ドルのコストを維持しつつも、他の部材と製造コストでの低減を進めているという。自動車メーカーの要求に答えるべく推進中だ。

 一方で、サムスンSDIはLIB事業が苦戦している。民生用LIBでは中国福建省に開発と生産拠点を構える中国Amperex Technology Limited(ATL)に勢いがあり、同社に押されて収益が低下。今後、どこまで回復できるかが課題となっている。車載用途ではLG化学の躍進で新規開拓が難航しているのは事実だ。

 そのような中で、車載用途ではLG化学のビジネスモデルを参照している。現在供給中の角型LIBに加え、LG化学が供給しているラミネートタイプLIBも開発中の模様だが、その分、焦りも感じられる。

 ATLグループで、車載用LIBビジネスを展開するCATLも開発を加速させている。ポスターセッションで自らの情報を発信しつつ、競合他社や自動車メーカーの動向を把握するために出席していた。

 独ロバート・ボッシュも、LIBの性能向上とコスト低減Targetを決めて電池開発に注力している。ポストLIBにも関心を持っている一方で、今後の電池業界の勢力図が変わると予測していることを本会議で発信した。

 矢野経済研究所の発表では、正極材料は中国メーカーの存在感が高く、全世界で55.2%のシェアを持つという。負極材料は日立化成、中国BTR、中国杉杉科技がトップ3で、中国メーカーが全世界の70%シェアを占め、存在感を増しているという。電解液では、中国系が全世界67.1%を占有しているとのことで、これも強力なビジネスを展開中だ。

 セパレーターは日韓が強く、中国メーカーは全世界で37.6%を占めているとのこと。正極にニッケル・コバルト・マンガン(NCM)系を適用するに伴いコーティングセパレーターの需要が拡大しているという。

 矢野経済研究所の調査力は、ここ数年各段に向上した。特に韓国や中国市場での調査にかけては精力的な活動を続けており、信頼性も高いことを筆者のコメントとして付け加えておきたい。

浮き上がる解決すべき課題

 今回の会議を通じてまた一段と課題も見えてくる。以下、筆者が感じたことを3点にまとめる。

  • ①中国で急加速するxEVの市場供給に伴う、安全性の担保をどうするのか。特に世界のLIB業界に逆風が吹かないようにするための歯止め施策だ。中国政府研究機関や電池業界に対して、日系自動車業界、評価装置業界、受託試験業界からの問題提起も必要だろう。
     つい先日、アイリスオーヤマの充電式掃除機が電池の安全性が問題になり、電池の無償交換を発表した。電池製造元は明らかにしなかったが、おそらく中国製であるはずだ。もっと深刻な事態が起こりかねないと言う警鐘だ。
  • ②xEV市場が拡大していく中での日系電池各社と部材各社の競争力向上が求められる。電池ではLG化学やサムスンSDI、そして中国のCATLとの激しい競争が始まっている。部材業界は日本がリードし続けてきたが、特に中国系部材の躍進により日系のシェアが低下しつつある。どちらの業界でも、個社の生き残りをかけた力強い戦略が問われている。
  • ③大学や公的研究機関での基礎研究を実用化まで橋渡しできるプロセス構築。そして、委託受託試験や認証サービスの後方支援による開発スピードの加速で、自動車業界や電池業界の競争力向上に貢献するビジネスモデルである。

 xEV市場に対して、日本は現在まで他のどの国よりも貢献度が高く競争力も高かった。しかし電池や部材業界では、韓国、中国をはじめとして、技術力とビジネス力は急速に向上している。日系各メーカーには、一層の努力が必要なのはいうまでもない。日本の産業競争力の大きなバロメーターであるこれらの業界が頓挫しないためにも、産官学をあげた総合力強化が不可欠と考える。

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