本連載では「対人関係の心理学」と呼ばれるアドラー心理学を職場コミュニケーションに応用する方法を学びます。職場にはびこる様々な“困ったちゃん”をアドラー心理学で分析。傾向と対策を示します。
<今週の困ったちゃん>
会社批判をさせたらナンバーワンの“評論家”
C主任(38歳)
■症例■

 難関大学を優秀な成績で卒業した論理派C主任。社会情勢や経営理論に詳しく、問題点を突く視点はさすが、と一目置かれる存在だ。しかも、上司や役員を恐れず論戦を挑むため、若手の中にはC主任を「神扱い」し、尊敬する者も。しかし、問題点は指摘するものの、自ら解決に動かず評論家的に言いっ放しのため、上からの信認は薄く煙たがられ、出世から取り残されている。それも余計に彼をいらだたせているのだろうか。C主任の舌鋒はますます鋭くなっていくのだった……。

 若手からはヒーロー視され、経営陣は煙たがるために、いつの間にかC主任は治外法権の中にいるような存在に。困っているのは、直属の上司となる、C主任よりも年下のD課長とE主任の2人だ。C主任が批判するような案件も、前に進めなければ仕事にならない。仕方なく2人はグッと言葉をのみ込みながら、C主任が17時に帰宅するのを待って、自ら手を動かし、遅くまで残って仕事を片付けている……。何かがおかしい。でも、どうすればいいの? D課長とE主任は迷い続けている。そして悩む。 C主任はなぜあんな行動を取るのだろうか? どうすればわかってもらえるのか? そんな悩めるD課長とE主任のために、アドラー心理学で傾向と対策を考えてみたい。

分析1:自己概念と世界観に基づく「私的論理」

 アドラー心理学では、その人固有の思考・認知様式、行動様式をライフスタイルと呼ぶ。そして、ライフスタイルを以下の3つをもとに定義する。

(1)自己概念:私は何者か? 私はどのような存在か?

(2)世界観:世の中、社会、周囲の人、大人、男性、女性などをどのような存在ととらえるか?

(3)自己理想:(1)(2)に基づく結論
「だから私は○○のように行動しなければならない。行動すればうまくいく」「だから人々は私を○○のように扱わなければならない。扱うべきだ」

 アドラー心理学では、ライフスタイルを定義する際に、上記の3点セットで考えることが多い。この基準に照らしてみると、C主任のライフスタイルは以下のようであると推測される。

【C主任のライフスタイル】

(1)自己概念:私はものごとの核心をつかんでいる

(2)世界観:会社の同僚、経営者は経営がわかっていない。愚か者である

(3)自己理想:だから、私は彼らに正しい道を教えてあげなければならない。彼らは私の指導に耳を傾け、進む道を改めるべきだ

 また、アドラー心理学は、認知論をベースにしている。つまり、人は同じものを見ても、それぞれ違う見方をし、主観はばらばらである、と考える。そして、人は私的論理(プライベート・ロジック)から逃れることはできず、C主任も同様だ。つまりC主任は自らのライフスタイルを正しいと思っているが、それはC主任の私的論理でしかない。これが、アドラー心理学の視点となる。

分析2:「注目した行動」が増える

 また、アドラー心理学では周囲の人が注目をした行動が増える、と考える。つまり、先の例で言うならば、C主任が無責任な評論や批判をした時に、周囲の人がそれを面白がったり、逆に、否定して叱責したとすると、それはいずれも「注目」となり、C主任の満足を高め、非建設的な行動を助長する。

 注目されることは、人を満足させる。たとえそれが否定的な叱責だとしても、無視されるよりははるかにマシだ。さらに、それがC主任の得意技であり、大好きな論争ならばなおのこと。C主任は叱責されると余計に腕まくりをして議論をふっかけてくるだろう。つまり、面白がったり、叱責したりという「注目」がC主任の批判や評論という非建設的な行動を増やすのだ。

 また、叱責をせずとも、C主任の評論や批判に対して、D課長やE主任がしかめ面をしたら、同じ効果を及ぼすだろう。C主任はカマをかけているのだ。そのカマに2人が乗ってきて、不機嫌を表に出したなら、C主任からすれば、してやったり。勝利を味わうに違いない。

 第1回のコラムでもお伝えしたが、非建設的な行動には4つの段階がある。その第二段階は「力を示す」であり、第三段階は「復讐する」である。勇気が不足しているC主任は非建設的な行動である評論や批判をしながら「力を示し」「復讐」をしているのではなかろうか。そこで、D課長やE主任がしかめ面をしたならば、C主任は第二段階と第三段階の成果を手にすることになる。おそらく彼はますますその行動を加速させるだろう。

対策1:相手にしない。「課題を分離」する

 では、どのように対応すればいいのだろうか? カンタンなことである。相手にしなければいいのだ。

 C主任の挑発的な評論、批判に乗らないことだ。ましてや、論理に論理で立ち向かうのはもってのほか。最もやってはいけない行動だ。

 もし彼が無責任な評論や批判をしたとしても取り合ってはいけない。反論してもいけない。知らん顔をして、普通に仕事を進めればいい。

 アドラー心理学では「課題の分離」を人間関係の基本と考える。「それは誰の課題か?」という問いを大切にし、その課題が自分のものでなかったとしたら、それを背負ったり解決しようとしてはいけない。そういう考え方だ。

 C主任が経営を批判する。これはC主任の課題だ。D課長やE主任の課題ではない。だから、それに責任を感じたり、解決しようとしてはいけない。もちろん、C主任が上司であるD課長に個別に相談を持ちかけてきたとしたら、それに応えるのはD課長の課題となる。しかし、そうではなく、単に陰口レベルで批判や評論を叫んでいる限り、相手にする必要はない。それが「課題の分離」だ。

 逆にC主任がD課長の組織運営やE主任の仕事の進め方を批判してきたら、どう考えればいいのだろうか? D課長の組織運営やE主任の仕事の進め方は誰の課題だろうか? それはもちろんD課長、E主任の課題である。ならば、そこに口を挟むC主任の批判を相手にしなければいい。C主任は「他人の課題に土足で踏み込んでいる」存在だからだ。アドラー心理学を学んだアドレリアンであるならば、C主任の批判に対してこのように返すであろう。

 「忠告ありがとう。参考にさせてもらいます」。そう言って、C主任の批判に関わらず、D課長やE主任が自分で正しいと思うことを自らの課題として粛々と進めればいい。これがアドラー心理学的な考え方だ。

対策2:「正の注目」で非建設的行動を減らす

 上記をしっかりと行った後に、もう一歩できることがあるとすれば、C主任に対する「正の注目」が有効だろう。負の注目とは、できていないところに注目を与えること。まさにこれまで「やってはいけない」と指摘してきた、評論や批判に立ち向かうことが「負の注目」となる。そうではなく「正の注目」をするのだ。

 具体的には、彼が評論や批判をせずにポジティブな発言をした時に、それに対して「正の注目」を与える。

 「あ、それいいですね!」「いやぁ、助かるなぁ」「私もそう思いますよ!」。こんな風に正の注目を与えることで、彼のごくわずかしかない建設的な行動が少しずつ増えていくだろう。注目された行動が増えるのは、非建設的な行動だけではない。建設的な行動ももちろん増えていくからだ。

 さらに、この正の注目は、相手の勇気を増やす勇気づけとなる。アドラー心理学において、勇気とは「困難を克服する活力」と定義される。今回のケースでは、一見勇ましく活力にあふれるC主任は、勇気が欠乏していると見るのが妥当だろう。つまり、勇気がないから非建設的な批判や評論に走る、とアドラー心理学では考える。

 そして、もし彼に勇気があれば、非建設的行動は減り、建設的行動が増える、と考える。そのために周囲ができるのは勇気づけだ。それがこの「正の注目」によって行える。

最後に

 アドラー心理学のカウンセリングは勇気づけに始まり、勇気づけに終わる。それはこれまで記してきた通り、非建設的行動の多くは勇気不足から起きると考えるからだ。

 ただし、勇気づけの際にはぜひ注意してほしい。それは相手を操作しようと考えないことだ。負の注目は相手の非建設的行動を増やしてしまう。だから、こちらはこちらの課題として負の注目をしないように気をつけるのだ。しかし、だからといって、それによって相手の行動を変えようとしてはならない。

 アドラー心理学では「賞罰教育」「アメとムチ」を否定する。相手をコントロールしようとしてはいけない。変えるべきは自らの行動だけだ。そして信じて待つ。これがアドラー心理学のスタンスだ。

 本コラムから、皆さんが何かしらのヒントをつかんでいただければうれしく思う。次回の第4回をお楽しみに。

 人生の課題は、すべて対人関係の課題である――。こう語ったアルフレッド・アドラーの心理学を、ビジネスでのコミュニケーションに応用する手法をわかりやすく、具体的に解説します。

 どうすれば、上司、同僚、部下と良好な人間関係を築き、仕事の成果を継続して高めていくことができるのか。そのキーワードは「距離感」。アドラー心理学を長年研究し、日々の仕事に生かす道を模索してきた筆者は、「近づきすぎず、遠ざけすぎない」「押しつけず、遠慮しない」コミュニケーションこそが、理想の関係を創り出すと説きます。

 ベストセラーとなった『アドラーに学ぶ部下育成の心理学』に続く、「アドラーの教えをビジネスに生かすシリーズ」の第2弾として、悩みを抱える多くのビジネスパーソンに読んでいただきたい1冊です。

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