トヨタ自動車が2015年12月から発売した新型「プリウス」(上)と、フォルクスワーゲン(VW)が2016年から国内で発売を予定する新型「トゥーラン」(下) 〔写真提供:トヨタ自動車(上)、フォルクスワーゲン(下)〕
トヨタ自動車が2015年12月から発売した新型「プリウス」(上)と、フォルクスワーゲン(VW)が2016年から国内で発売を予定する新型「トゥーラン」(下) 〔写真提供:トヨタ自動車(上)、フォルクスワーゲン(下)〕

 皆様、あけましておめでとうございます。おかげさまで本コラムも2回目の新年を迎えることができました。ご愛読に深謝申し上げます。本年も読者の皆様にとって良い年になるようお祈り申し上げます。

 昨年の自動車業界の話題といえば何といっても独フォルクスワーゲン(VW)の不正ソフトの事件だろう。同事件についてはこのコラムの「号外」第37回で取り上げているが、世界一の自動車メーカーの座をトヨタ自動車と争うVWが、このような不正に手を染めたという事実に、筆者自身非常に驚かされた。年初のこのコラムでは、トヨタとVWの今後について占ってみたい。

販売への影響は軽微

 結論からいうと、VWの復活は意外と早いのではないかと筆者は思っている。その根拠の1つとして、まずVWの販売に、それほど大きな影響が出ていないことが挙げられる。確かに、日本国内での販売台数は大きく減った。2015年10月は前年同月比46%減とほぼ半減、11月も同31.8%の大幅減となった。今回の事件の震源地となった米国でも、10月は同0.2%増とプラスを保ったが、11月は同24.7%の大幅なマイナスとなっている。

 しかし、日本や米国は、VWの世界販売台数から見ればマイナーな市場だ。VWにとって重要なのは、世界販売の4割近くを占める中国市場や、35%程度を占める欧州市場である。これらの市場では、意外にも今回の事件の影響が軽微なのだ。まず、主力市場である欧州18カ国では、11月は同2.5%増とプラス成長を維持した。最大市場の中国市場でも、11月は同5.5%増である。欧州では同じ時期に、市場全体で同12.9%、中国では同20.0%伸びているから、どちらの市場でも決して良い数字を示しているわけではないのだが、大きく崩れることは免れている。世界全体での販売台数を見ても、11月は同2.2%減と、同3.5%減だった10月よりもマイナス幅が縮小し、販売は比較的短期間で回復基調にあるといえそうだ。

 根拠の2つ目は、不正問題の拡大に歯止めがかかりそうなことだ。VWの不正は、米国のディーゼル車から欧州のディーゼル車に拡大し、さらに欧州で発売する車種ではガソリン車も含めてCO2排出量の測定方法で不正があったとされるなど、拡大の一途を辿ってきた。しかしその後の調査で、CO2の排出量に関しては不正がなかったことが明らかになった。

リコール費用も低い

 そして復活が早いと見る3つ目の根拠は、巨額の費用を要すると見られていたリコールも、当初の見通しより損失が少なくて済みそうなことだ。筆者が驚いたのが、2015年11月末に発表された欧州でのリコールの内容である。リコール対象となるディーゼルエンジン「EA189」には、1.2L・3気筒、1.6L・4気筒、2.0L・4気筒の3種類があるのだが、このうち1.2Lのと2.0Lはソフトウエアの書き換えのみ、1.6Lも、ソフトウエアの書き換えに加え、非常に簡単な部品の追加で対応するというのだ。これならリコール費用は少なくて済むだろう。

 筆者がなぜ驚いたかといえば、もっと複雑でコストのかかる対応が必要なのではないかと思っていたからだ。欧州での不正の内容も、米国と同様に、台上試験の間だけ欧州の排ガス規制に適応するようにエンジンを制御するソフトウエアを切り替えるというものだが、その具体的な内容は、路上に出るとEGR(排ガス再循環装置)の働きを弱めるものだったと考えられている。

 EGRというのは、排ガスの一部をエンジンの燃焼室に戻す装置である。なぜそんなことをするかといえば、NOx(窒素酸化物)を減らすためだ。NOxは、エンジン内の燃焼温度が高いと発生する。そこで、燃焼に寄与しない排ガスを燃焼室内に戻すことで、燃焼温度の上昇を抑えるのがEGRの役目だ。しかし、排ガスを燃焼室に戻すと、NOxは減るものの、燃焼が悪化し、燃費や出力が低下してしまうという問題がある。VWは、エンジンの出力や燃費の低下を嫌って、エンジンに排ガスを戻す量を減らしていたと考えられる。

 従って、VWがリコール対策として実施したソフトウエアの書き換えは、NOxを減らすために、排ガスを燃焼室内に戻す量を増やすことであると考えられる。このことは、単純に考えれば、燃費や出力を悪化させるはずだ。VWは、燃費や出力の低下はないと発表しているのだが、もしもそれが可能であるなら、そもそもソフトウエアの不正をする必要がなかったはずで、VWの説明には素直に頷けないところがある。

簡単な対策

 1つのヒントになるのは1.6Lエンジンの対応だろう。1.6Lエンジンだけは、ソフトウエアの書き換えに加えて、「空気量の測定精度を上げるデバイス」を追加するとしている。名前だけから判断すると非常に大げさだが、これは写真を見ると、樹脂製の管の内部に、格子状のメッシュが設けてあるだけの、極めて単純な部品だ。この部品を「エアフローメーター」という、エンジンに流入する空気量を測定する装置の前に取り付けるのだという。

1.6Lエンジンのリコールの内容。管の中に空気を整流するための格子状のメッシュを設けた部品(左)を、エアフローメーターの前に取り付ける(右) (写真提供:フォルクスワーゲン)
1.6Lエンジンのリコールの内容。管の中に空気を整流するための格子状のメッシュを設けた部品(左)を、エアフローメーターの前に取り付ける(右) (写真提供:フォルクスワーゲン)
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 エンジンに入る空気の量は、アクセルの踏み込み量などによって絶えず変化する。だから正確に測るのはそもそも難しいので、EGRによってエンジンに戻す排ガスの量は、多少余裕を持たせて多めにしてあるはずだ。これに対して今回のリコール対策では、NOx低減のためにエンジンに戻す排ガスの量を増やさなければならない。燃費や出力の低下を抑えるために、増やす量は最低限に抑えることを狙っているはずだ。1.6Lエンジンに追加するデバイスは、空気の流れを整えて、なるべく正確に空気の量を測り、その空気の量に見合う最低限の量の排ガスをエンジンに戻す狙いだろう。

 EA189エンジンは2008年からVWグループの車種に搭載されているのだが、同エンジンを設計したころに比べると、シミュレーションの技術は格段に進化している。リコール対策で実施するソフトウエアの書き換えは、こうした技術も駆使しながら、エンジンに入る空気量の測定精度を向上させるように制御を進化させ、排ガス性能と、出力・燃費を両立できるセッティングを追求しているはずだ。実際、最新型車に積まれているEA189の次の世代のエンジン「EA288」は、不正ソフトを積まずに燃費、出力を向上させつつ排ガス規制をクリアしており、そのノウハウも生かされたはずだ。

米国では別の対策も必要?

 いずれにせよ、ソフトウエアの書き換えだけならクルマ1台当たりのリコール費用は50ユーロ(1ユーロ=132円換算で6600円)以下、部品交換を伴う場合でも100ユーロ(同1万3200円)以下に抑えられると見られるので、対象台数が約850万台といわれる欧州でのリコール費用は、現在VWが特別損金として引き当てている65億ユーロ(同8580億円)で足りるだろう。

 ただし、今回の事件の震源地となった米国では、同様な対策では済まないはずだ。欧州で、ソフトウエアの書き換えや、簡単なデバイスの追加だけで対応が可能だったのは、欧州におけるディーゼル車の排ガス規制値が、米国に比べて緩いことが背景にある。測定方法に違いがあるので厳密な横並びの比較はできないのだが、米国のディーゼル排ガス規制値は、NOxの排出量を欧州規制値の半分近くに抑えることを求めている。従って、米国でのリコールに対しては、欧州のようにソフトウエアの改良だけでは済まないのではないかと筆者は思っている。

 既にVWは2015年11月20日に、EPA(米環境保護局)とCARB(カリフォルニア州大気資源局)にリコールの内容を申請しており、本来なら2015年12月にこの内容を認可するかどうか決定するはずだった。しかしこの決定は、2016年の1月中旬まで延期されており、VWがどのようなリコール内容を申請しているのかは、現時点でまだ明らかになっていない。古いリコール対象の車種ではソフトウエアだけでなく、ハードウエア面での改良が必要になるとの報道もある。

 ただ、米国でのリコール対象車の数は48万2000台と、欧州に比べれば格段に少ない。仮にこのすべての台数がハードウエアの変更まで伴うリコールとなり、1台当たりのリコール費用が、欧州の約10倍の1000ユーロ(1ユーロ=132円換算で13万2000円)としても、リコール費用は636億円で済む。米国ではほかに、3.0Lのディーゼルエンジン搭載車約8万5000台についても不正があったとされているが、こちらの対策にはそれほど費用はかからないで済む模様だ。

 このように、一連のリコールに要する費用は、巨額ではあるものの、VWの屋台骨を揺るがすほどの規模にはならない見通しになってきた。ただ、予断を許さないのはリコール以外の費用だ。米国では、大気浄化法に対する法令違反で、最大2兆円規模の制裁金が課される可能性があるほか、米国全体で500以上の民事訴訟が発生しており、これらの判決によっても多額の補償金を求められる可能性がある。

MQBを立て直せるか

 このように、VWの一連の事件は、訴訟費用などの面で不確定要素はあるものの、当初予測されたよりは短期に収束する見通しになってきた。これは筆者にとっても意外であるのと同時に、欧州での不正に対してソフトウエアの書き換えや簡単なデバイスの追加で対応できたことを見ると、同社の技術力は依然として衰えていないことを感じる。

 そうなると、気になるのが今後のトヨタ自動車との世界一競争の行方だ。VWの将来を占ううえで重要なポイントが、「MQB」を立て直せるかどうかだろう。MQBについては既にこの連載の第24回で、トヨタ自動車の「TNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)」とともに詳しく紹介しているが、簡単にいえば、モジュール化によって車種間の部品の共通化率を高め、開発効率、生産効率を上げてコスト競争力を向上させるとともに、性能・品質をより良くすることを狙った最新のプラットフォームである。

 MQBはすでに、VWの基幹車種である「ゴルフ」や、同グループのアウディ「A3」などに採用されており、特にゴルフは2012年秋の全面改良当初、クラスを超えた乗り心地、静粛性、ボディ剛性などで世界の完成車メーカーを驚かせた。当時、TNGAをベースとした新型「プリウス」を開発中だったトヨタ自動車も、設計を大幅に変更して、ボディ剛性の強化を図ったというエピソードを、この連載の号外でお伝えした。このようにMQBは、クルマの基本性能を向上させるという点では大きな成功を収めたが、コスト削減や開発効率の向上、生産性の改善には、当初の目論見ほどつながっていないようだ。

 今回の事件が起こる前から、VWでは利益率の低い体質が問題になっていた。VWグループ内で、VWブランドのみの営業利益率を取り出すと、2011年の4%から2014年には2.5%へと落ち込んでおり、MQB導入後のほうが、むしろ利益率は下がっている。アウディの高い利益率に支えられて、グループ全体の営業利益率は5.9%を確保しているものの、トヨタが10%の営業利益を上げているのと比べると、半分程度にとどまる。

 この原因については、MQBの開発・生産のために多額の投資をした割に、当初の目論見ほど部品の共通化率が上がらず、生産現場でも混乱があったためだと言われている。また、VWに詳しい欧州のコンサルタントに聞いた話で筆者が驚いたのは、MQBが生産設備の流用を考慮していないということだ。日本の完成車メーカーでは、ある車種が全面改良しても、生産設備は基本的に流用し、必要な部分を手直しする程度にとどめる場合が多い。これに対してMQBでは、次世代のMQBへの切り替えの際に、生産設備も全面的に刷新することを想定しているというのだ。

 日本の完成車メーカーと異なり、欧州の完成車メーカーでは車種の全面改良に伴って設備も刷新することが多く、それ自体は驚くべきことではないが、MQBの導入にあたって、VWはそれと対になる技術としてモジュール化・汎用化した生産技術「MPB」を導入したことを表明しており、いよいよVWもクルマの全面改良の度に設備も全面刷新する無駄に切り込み始めたと思っていたので、そのコンサルタントの言葉には、思わず「それは本当か?」と何度も確認してしまった。

 VWは、今回の事件に伴う損失をカバーするために、次世代のMQBの導入を先送りし、次世代のゴルフでは現行モデルの部品の多くを流用することを検討しているとのニュースも伝えられている。これなら確かに開発コストや設備投資は抑えられるが、今度は技術面で後れを取らないかとの懸念は残る。いずれにせよ、開発効率や生産効率といったMQBの本来のメリットをフルに引き出せるかどうかが、今後のVWの命運を左右しそうだ。

中国市場で伸ばせるか

 ここまで見てくると、VWはディーゼル車の不正問題が片付いても、それですべての問題が解決するわけではないことが分かる。だとすれば、トヨタ自動車の世界一の座は、今後も盤石といえるのだろうか。

 そもそも2015年の前半は、世界販売台数でVWがトヨタを上回り、世界一の座を奪還するかに思われた。それが、思わぬ事件でVWは足元をすくわれ、世界一の座は遠のいた。2016年はトヨタが世界一の座を維持するのは間違いないだろう。しかし、今後2020年程度までの世界の自動車市場を見通すと、その状況は決して予断を許さない。世界の自動車販売台数は2015年の約9000万台から、2020年には1億台を突破すると言われており、その最大の推進力は中国市場の伸びだ。中国市場は、2015年の2400万台から、2020年は3000万台以上に増加すると予測されており、世界市場の伸びの6割を占めることになる。

 VWは中国市場で約2割のシェアを占めており、このシェアを維持するだけで、100万台以上の増加要因となる。一方で、トヨタの中国でのシェアは、直近で4.5%程度しかない。トヨタが強い米国市場は、2020年までを見通すと大きな伸びは見込めず、また東南アジア市場も中国市場ほどの勢いはない。従って、各地域でのVW、トヨタのシェアがこのまま維持されると仮定した場合、2020年までにVWが世界一の座に就く可能性は高い。

 従って、トヨタが今後も世界一の座を維持できるかどうかは、中国市場でのシェアを大幅に伸ばしていけるかどうかにかかっている。そのためには、開発の現地化を進め、現地のニーズに合った商品を投入していくことが、これまで以上に重要になるだろう。VWはすでに、現地主導で開発した中国独自の商品を投入しており、成功を収めている。トヨタにおいても、現地で開発を任せられる人材の育成が、当面の最大の課題になりそうだ。

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