家の寿命は20年――。日経ビジネス本誌は2016年2月22日号でそんなタイトルの特集を企画した。「この国では多くの人が『住宅は安定した資産』と思い込んでいるが、それは大きな誤解」というのが企画の骨子。日本独特の業界慣習により購入直後から住宅価値が理不尽に下落する現実や、住宅品質の価値を認めないいびつな中古住宅市場などをリポートし、大きな反響を読んだ。

 だが、今の時代、不動産の価値が下がる原因は、必ずしも「築20年の木造住宅の資産価値はゼロ」などといった、新築偏重の硬直的ルールだけではない。ピカピカの新築物件でもその価値を一瞬にして暴落させかねないのが、殺人や自殺などの“事故”だ。法的には、“訳あり物件”は告知義務があるなどとされているが、現実には、そうとは知らず事故物件に住んでいる人もいるという。同分野のスペシャリストに「事故物件を借りちゃった人」の末路を聞いた。映画化された小説「残穢」のようなことは本当にあるのか、ないのか。

聞き手は鈴木信行

<b>大島てる(おおしま・てる)</b><br/>平成17年9月に事故物件サイト「<a href="http://www.oshimaland.co.jp/" target="_blank">大島てる</a>」を開設。当初は東京23区のみの事故物件情報を公示していたが、その後徐々に対象エリアを拡大していき、現在では日本全国のみならず外国の事故物件をも対象としている。公式Twitter・Facebook・Lineアカウントがある。著書に『事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)。「事故物件ナイト」がロフトプラスワンウエスト(大阪)にて不定期開催中。事故物件サイトには<a href="http://www.oshimaland.com/" target="_blank">英語版</a>も存在。元BSスカパー!「ALLザップ」特捜部最高顧問。その活動は『ウォール・ストリート・ジャーナル』でも紹介された。(写真:福田光睦)
大島てる(おおしま・てる)
平成17年9月に事故物件サイト「大島てる」を開設。当初は東京23区のみの事故物件情報を公示していたが、その後徐々に対象エリアを拡大していき、現在では日本全国のみならず外国の事故物件をも対象としている。公式Twitter・Facebook・Lineアカウントがある。著書に『事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)。「事故物件ナイト」がロフトプラスワンウエスト(大阪)にて不定期開催中。事故物件サイトには英語版も存在。元BSスカパー!「ALLザップ」特捜部最高顧問。その活動は『ウォール・ストリート・ジャーナル』でも紹介された。(写真:福田光睦)

事故物件公示サイト『大島てる』を運営管理されています。衝撃的な内容で思わず自宅や実家の近辺を検索してしまいましたが、どんな経緯でこのような取り組みを始められたのですか。

大島:もともと実家の家業が不動産業だったんです。と言っても、仲介業ではなくて、自分たちで土地を買ってビルを建てたり、マンションを買って入居者を集めたり、といったオーナーでした。土地や建物をまずは買うわけですから、当然、目をつけた物件が“訳あり“でないかについては、その頃から気にかけていました。自分たちが気持ち悪がるというより、お客さんの中に、殺人事件や自殺があった物件には住みたくないと考える方がいましたからね。ただ、当時は、事故物件の情報が公になっていなくて困っていました。名簿業者など様々なルートを通じてデータを買えないか探し回ったのですが見つからず、結局、自分たちで情報収集活動を始めることにしました。サイト開設は平成17年9月のことです。

住所や部屋番号、死因まで掲載

サイトを見ると、日本全国及び海外の一部も含めた事故物件の住所や部屋番号、元入居者の死因などを知ることができます。どういう仕組みで、これだけの情報を集めることができるのですか。

大島:サイトを始めた当初は、自分たちだけで情報収集していました。図書館に行って昔の新聞を読んでどんな事件があったかを調べるといった、今思えば稚拙な手法でしたね。しかも、人的資源に限りがありますから、東京23区限定だったんです。情報の網羅性を高めるため、平成23年からは、情報を持つ人が誰でも自由に書き込める「投稿制」にして、対象エリアの制限も取り払いました。

「投稿制」だと出鱈目な情報がアップされたり、間違った情報がいつまでも掲載されたりしないのですか。

大島:一時的には間違った情報が載る可能性があります。ただし、その場合でも遅滞なく削除・訂正される体制になっています。というのも、今では多くの不動産業者や大家さんがこのサイトをチェックしていて、間違った情報があると直ちに指摘してくれるからです。事故物件情報というのはネガティブ情報ですから皆さん敏感で、長期間放置されることはまずありえません。指摘さえすれば削除なり訂正なりしてもらえると皆さん知っていますから、弁護士名の書面などが届くことも今はほとんどないですね。「ウィキペディア」のように“みんなで作っていくサイト”にしたことで、正しさ・詳しさ・漏れのなさ・速さのいずれの点においても大幅に改善されたと考えています。

資産価値維持のため近隣住民が情報提供

マンション名だけでなく部屋番号まで載っているのは驚きです。

大島:分譲マンションの場合、そのマンションの住民からの「自分の部屋じゃない」という情報提供に期待できます。殺人事件などがあった場合、一般メディアでは部屋番号まで報じることはあまりないですよね。でも、マンション名だけが独り歩きしてしまうと、関係ない部屋の持ち主まで風評被害を受けかねません。そこで、関係ない部屋の持ち主が「自分の部屋じゃない」と申告してくる。そうやって情報が集まり、最初はマンション名だけだったのが階数や部屋番号まで補充されていく。一般メディアは配慮のつもりで、事件・事故現場を曖昧に報じているのでしょうが、本来は「何々町の何々マンションのこの部屋で」と言うべきなんです。そうしないと、地域全体が風評被害を受けてしまう。

ただ、ここまで情報が正確かつ詳細だと、事故物件を抱えている不動産業者には相当目障りなサイトでは。サイト自体を閉鎖せよといったクレームはないんですか。

大島:不動産業界関係者の中には、むしろこのサイトを活用している人が多いですね。業界関係者に不満があるとすれば、例えば、事故物件の定義を巡ってです。当サイトでは「殺人」「自殺」「死者を出した火災」などに加えて「孤独死」が発生した不動産を、事故物件と定義しています。でも、業界では「孤独死は事故ではない」という認識が一般的なんです。そのため、「この部屋の元入居者は孤独死で、しかも死後わずか2日で見つかった。事故物件ではないので削除せよ」といった抗議が来る。でも、入居者の立場からすれば「孤独死は事故に非ず」という理屈は通らないと思うんです。そもそも、「すぐ死体が発見されたから事故ではない」と言いますが、なぜ施錠された部屋の中にある死体がすぐ発見されたのか考えてみてください。それだけ酷い悪臭が漏れ出ていたからです。たとえ2日間でも、そのような状態にあった物件が事故物件ではないとは到底言い切れない。これが私の考えです。

なるほど。いずれにせよ今は、うっかり事故物件を借りてしまうなどということはないんですよね。殺人や自殺があった物件はその旨を契約時に告知する義務が業者にある、と小説「残穢」にも書いてありました。

大島:確かに、自殺や殺人、火災などで人が死亡したという心理的瑕疵(心理的な欠陥)がある部屋の場合、貸し主(大家)は借り主(入居者)に対して、事前に告知する義務があります。

よかった。

告知義務はあるが、ルールはとても曖昧

大島:ただ、注意しなければならないのは、この告知義務はとても曖昧だと言うことです。例えば、事故が起きた後、入居者が次々に代わっていった場合、何人目に対してまで告知する義務があるのかは法令で定められているわけではありません。告知の年数としても定められていない。業界では、事故後1人目の入居者には伝えることが潮流になっていますが、2人目以降の入居者に対しては告知義務がないと考えられているようです。中には、事故があったのに、何事もなかったかのように振る舞い、通常通りの家賃で入居者を募集する業者も存在します。そんな悪徳業者や悪徳大家から、消費者を守るのも当サイトの重要な役割の1つです。 さらに言えば、告知義務があるのは事故があった部屋だけとされています。このため、隣室や階下の部屋で事故があったという部屋に、何も知らずに住んでいるといったことはいくらでもあります。

そうなんですか…。でも、たとえそうだとしてもこの科学万能の21世紀の世の中に、小説「残穢」みたいに、やばい部屋だからと言って怪奇現象が起きるなんてことはないですよね? 事故物件の専門家として多くのいわくつき不動産を見聞きしてこられたと思いますが、その辺り、真実はどうなんでしょう。

大島:まず、同じマンションで立て続けに事故が起きる、ということ自体は珍しくありません。(事故物件サイトを見ながら)例えば、この東池袋の…この物件を見てみてください。

うわ、何ですか、このマンションは。平成14年6月25日に513号室で死体遺棄、平成22年8月22日に416号室で保護責任者遺棄致死、平成25年9月14日に首吊り自殺。完全に「残穢」としか思えませんが…。

大島:こういう事例はレアではなく、先日もこんな事例を見つけました。昨年6階で殺人事件があったマンションの8階の部屋が入居者募集中で、チラシに「告知事項有り」という記載があったんです。

業界のルールに則れば、事故があったのは6階だから告知する必要はないのでは?

大島:私もそう思って営業マンに尋ねると、8階は8階でその後別件の自殺があったと教えてくれたんです。

…。

大島:ただ、こうした「事故物件でどんどん事故が起きる現象」はいわゆる心霊現象などではなくて、合理的な理由があると私は考えています。例えば、強盗殺人事件が起きたマンションは往々にして、防犯上の問題点を抱えている。転落死亡事故が起きたマンションなら、バルコニーの造りに問題があったりします。火災の場合は、消防車が通れない場所にありボヤで済まなかったなど、立地面の問題が考えられます。道路の突き当たりに位置し車が突っ込みやすい土地にある建物なら、1度ならず何度も車両事故の被害に遭ってもおかしくない。また、事故物件化すると、賃貸物件の場合、家賃を下げざるを得ません。その結果、安い家賃で入居してきた入居者と、それまでの高い家賃で住んできた入居者との間に溝が生じ、様々なトラブルが起きやすくなることがあります。

“呪いの物件”は大半が説明可能だが…

なるほど。表面だけ見ると「呪いの物件」のように見えても、そこには必ず科学的な根拠がある、というわけですね。安心しました。

大島:それでも、2重・3重の事故物件を全て理屈で説明できる、というわけではありません。私が知る限りでも1件、どうしても説明がつかないケースがあります。

え…。

大島:北九州の物件です。マンションなんですが、事の発端はまず302号室の住人が室内で自殺したところから始まります。その部屋はその後、競売にかけられました。事故物件と競売物件は重なることが多いんです。住人が孤独死してローンが滞納するというパターンもあるし、競売にかけられ落札され、立退き当日に自暴自棄になって執行官の目の前で自殺したという事件もありました。だから、この302号室が競売物件として売りに出たところまではとりわけ珍しい話ではない。問題はここから先で、競売でその302号室を落札したのが真上の402号室の住人だったんです。

そんな…。

大島:この402号室の住人は落札後、勝手に床を壊し、階段を作って、自殺があった部屋と自分の部屋をつなげてしまった…。

…。

大島:そして平成22年8月10日、この402号室の住人も自殺してしまったのです。現場は階段、つまり元々302号室だった部分だそうです。全て本当の話です。

やはり世の中には科学では説明できないことがあるのか

それって、完全に“呼ばれてる”んじゃ…。

大島:事故物件が次なる事故を招く現象は、ほとんどが説明可能です。でも全てを説明できるわけではないのです。

…。

大島:…。

…。

(おわり)

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