今回は「仕事の価値」について、考えます。

 まずはこちらの給与明細をご覧いただきたい。

 「ああ、アレね」――。ご存じの方も多いかもしれません。はい、そうです。これは京都大学の教授の正真正銘の給与明細である。

 公開したのは、京都大学大学院法学研究科教授の高山佳奈子氏(2013年、45歳時の給与)。

 2014年7月1日 (火)(ブログの日付より)、一方的な賃下げを強行した大学側を相手取って京都大学職員が起こした賃金訴訟(2016年3月23日に結審)に関連して、「国立大学の現状を広く知らしめることが目的」で、自身のブログに掲載したのだそうだ(訴訟の内容について知りたい方はこちら)。

 で、結審から2日後の3月25日。バイラルメディアのnetgeekが「京都大学の教授が給与明細を公開。衝撃の年収が明らかに!」という見出しで報じ、一気に拡散、話題となった。

大学教授の年収940万円は高い?安い?

 少々下品な興味であるが、「衝撃の年収」という見出しを見た時、私はてっきり「衝撃すぎるほど、安い」と思っていた。ところが、である。

 飛び込んできたのは、「基本給660万円に賞与279万で年収940万円」という数字だった。

 ふむ。えっと……これのどこが衝撃なんだろうか???申し訳ないけど、私には「妥当」としか思えなかった。

 ところが、である。netgeekのコメント欄や、シェアされていたフェイスブックやTwitterには、

「安すぎる」
「京大の教授が、たったコレだけ?」
「一般企業の30代と変わらないじゃないか」

といった意見が散見され、高山教授ご自身も3月28日に、「みなさん、やっとわかってくれました? 私たち、こんな安月給しかもらってないんですよ~。京大ですよ! 京都大学! おかしいですよね~」的内容のブログを更新したのである(以下、要点のみ抜粋。詳細はこちら)。

●2014年7月1日記事「京大の給与明細を公開します」について、本年3月6日に、「京大教授の年収wwwwwwwwwwwwwwwww」というスレッドができ、さらに、「京大教授がたったの年収940万!」「京大教授が給与明細公開、安すぎてワロタ」などのページもお作りいただき、私のブログのアクセス数は3/6以来6万6000件に達し、特に3/26は24時間で4万500件を記録しました。

●ツイートなどの圧倒的多数の論調は、 「私大並みに引き上げるべき」 というものでした(疑う方はご自身でお確かめください)。

●明細公開した理由は、賃金訴訟で論点となるはずの独立行政法人通則法が、国立大学教職員の給与を「社会一般の情勢に適合したものとなるよう」定めなければならないとしたことだった。

●研究費は年間12万5000円。必要なものは私費での購入となることが多い。

●法学研究者の収入は大手渉外事務所弁護士や裁判官よりもはるかに低く、若手を確保するのが大変。

●東大・京大から有力私大に流出する教授が続出している。

●私は転出しない予定。日本および韓・中・台などのアジア諸国からトップレベルの学生を集め、日本法を教えて母国の大学教員や法曹として送り出すシステムを確立したいから。

●日本で大学予算(私大も)が少ないという問題への関心を一般的に広めていただきたい。

 さて、みなさんは、これを見てどう感じただろうか? 年収940万円は、やっぱり低いのだろうか?

 少なくとも高山教授は、「低すぎる」と思っていらっしゃる。。「国立大の現状を広く 知らしめることが目的」の真意は、「京都大学の教授なのに、たった年収940万円しかもらっていないのよ~。これってひどいですよね!」と共感して欲しかった。そうとしか私には思えなかった。

 ちなみに、大学教授の労働条件は、一般的には以下のようなものらしい。

・平均年齢:57歳
・勤続年数:17.4年
・労働時間:155時間/月
・超過労働:1時間/月
・月額給与:657,200円
・年間賞与:2,850,500円
・平均年収:10,736,900円
(厚生労働省「平成26年度 賃金構造基本統計調査」を基にCareer Gardenが掲載したデータ)

 また、「国税庁 平成26年度民間給与実態統計調査」よれば、サラリーマン全体の平均年収は、415万円。業種別には、もっとも多いのが、電気・ガス・水道業で、655万円。2位は、金融・保険業で、610万円。3位は情報通信業の593万円で、次いで、教育事業系の507万円、製造業の488万円で、全体の平均年収415万円に近いのが、運輸業や郵便業、不動産業などとなっている。

 さらに、年収1000万円を超える人は4.1%、2000万円を超える人は0.4%となっている。

ホリエモンに、一部同感!

 さて、本題に戻ろう。まず、この一連の流れを経て、私が感じたことを述べたいと思う。

 前述したとおり、940万円という数字は、個人的には「妥当」だと思う。が、それ以上に、3月28日のブログに、めちゃくちゃ違和感を覚えた。そのつまり、大学という教育の場に勤める教師が、京都大学教授という社会的地位と、賃金を天秤にかけて論じているのが、実に残念で。「働く」という行為が、難しくなったご時世だけに、余計に残念でならなかったのである。

 だって「私大並みに引き上げるべき」というのであれば、私大に行かれれば宜しいではないか。

 「私は転出しない予定。アジア諸国からトップレベルの学生を集め、母国の大学教員や法曹として送り出すシステムを確立したい」という熱い思いがあるならなおさらのこと。教授の“思い”に共感する私大に移られ、実現なされば宜しい。

 netgeekの記事が公開されるや否や、堀江貴文さんが「何言ってんだこの教授。バカか」と噛み付き、「給料に不満があるなら大学教授を辞めて、事業を起こせばいい。お金は他人の役に立った対価として支払われるものだから。国立大学教授の給料は、もっと安くてもいいと私は考えます」とコメントし、しまいには「こんな奴に税金使われてると思ったら腹立つね」と吐き捨てた。

 堀江さんの「国立大教授」に対する市場価値の意見には同意ではないが、「給料に不満があるなら大学教授を辞めて、事業を起こせばいい」という点は、その通りだと思う。

 「でも、日本の大学って研究費少ないから、件の教授の言ってることは、ある意味正しいのでは?」

 そういう意見もあるかもしれない。

 だが、そのことと今回のことは、全く別。2014年7月1日の年収公開のブログから、3月28日の“騒動後”のブログを追えばわかるように、問題のすり替えでしかない。

ただ「残念だな」と

 訴訟の弁護をした法律事務所のHPには、「国立大学の教職員は、2004年に大学が法人化されたことによって、民間の労働法制が適用されることになりました。ところが、京都大学は、国からの震災復興財源確保のための『要請』を理由として、組合や教職員と何ら合意することもなく、教職員の賃下げを強行しました」ことに端を発していると、明解に書かれている。

 しかも、あくまでも「賃金への不満である」ことは、4月3日の「堀江貴文氏を弁護する」という高山教授のブログからもわかる。

 「私のブログ中の賃金訴訟に関する記事を確認していただければわかりますが、給与明細の公開は、賃金訴訟の過程で行われたものです。

 この賃金訴訟における請求は、簡単に言うと、東日本大震災復興財源確保のために必要だとして60数万円の賃金を一方的にカットされたが、嘘だったから返してほしい。というものです。

 理由もなく自分の財産を数十万円も取られたら、誰だって返してほしいと思いませんか?犯罪の被害に遭ったも同然です」 

 ……念のため断っておくが、ご自身の賃金を不服とし、裁判を起こすことについては私がとやかくいうことではない。これを京都大学教授という、卒業後、リーダーとなっていくであろう学生たちに教育する立場の人がやったことが、ただただ「残念」でたまらないのである。

 私には「賃金への不満」が、「研究費への不満、人材流出への懸念」に体良く変わっているとしか見えないし、「理由もなく自分の財産を数十万円も取られた」ことへの不満の正当化の手段に、研究費や学生を使わないでほしい。

 「研究費は年間12万5000円。私費での購入となることが多い」ことを訴えるのが目的であるなら、そのことをストレートに訴えれば宜しい。研究にかかった費用の明細、私大との差、海外との差、そのほうがよほど説得力がある。 

優秀な研究者を育てたいのであれば…

 実際、想像以上に研究にはカネがかかる。学術書は高いし、学会員になるのも年会費が1万円前後かかるし、原著論文一つをダウンロードするにも30ドル近くかかる。調査分析をする統計ソフトも10万円近くするモノが多い。また、学会に参加するのにも費用がかかる。「日本では、カネがないと学問ができない」と、大学院に通っているときに痛感した。

 教授が指摘しているとおり、助成金にはさまざまな制限があるし、助成金を獲得するまで待っていては、研究は進まないので持ち出して進めることもしばしばである。

 だが、その一方で、大学側が契約している学術誌の論文であれば、学内でダウンロードするのはタダだし、パソコンやパソコンのソフトには、アカデミックプライスが設定されている場合が多いため、学生や先生は一般価格より安く購入できる。

 それに、助成金を取ってくることも、研究者としての重要な資質だ。「○○大学の教授」と突っ立っているだけで、「じゃあ、先生これで、日本のため世界のために、研究をなさってください!」と研究費を差し出してくれるほど、世の中、甘くはない。

 大型科研費に申請する内容の論点を磨く力も求められるし、企業や財団の情報をマメに集めたり、産学連携を模索したり、研究費を得るためにかけずり回ったりすることだって、ときには必要になる。

 私が院生だったときは、研究室の科研費がちょうど切れたときで、自分でどうにかするしかなかった。企業や知人に協力してもらうために、ありとあらゆる手段で、頭を下げまくった。

 研究費を得るのは、研究以上に骨の折れる作業なので、もっとさまざまなカタチで研究費が日本でも増えればいいと、正直に思う。だが、学生にカネを集めることの大切さを教えるのも必要なこと。優秀な研究者を育てたいのであれば、なおさら教えるべきことだ。

「カネ」ではなく、仕事の価値を学生に訴えればいい

 「法学研究者の収入は大手渉外事務所弁護士や裁判官よりもはるかに低く、若手を確保するのが大変」であれば、「法学研究者」の仕事の価値を市場価値で計るのではなく、「いかにその仕事が人の役に立つ価値ある仕事」かを教えて欲しかった。

 そもそも学問は、市場経済や生産性の対極に位置する。学問の世界では、「なんの役に立つかわからない」と思われている研究が、あるとき最強の価値あるモノになったり、危機を乗り越える切り札になったりすることがある。例えば、狂牛病の病原体のプリオンの研究をしていた大学の研究者たちは「そんな世の中に役に立たない研究をするな」と常に非難の的だった。ところが、狂牛病が起こり、プリオンの基礎研究をやっていた研究者たちの知識が役に立ち、一夜にして「役に立つ価値ある研究」になった。

 研究者に求められるのは、研究への真摯な姿勢であり、絶対に役に立つという覚悟であり、世間の厳しいまなざしに耐える忍耐力だ。

 ひょっとすると法学者の研究は、私がイメージしているものとは違うのかもしれない。

 それでもやはり、「アジア諸国からトップレベルの学生を集める」のも結構なことだが、今、目の前にいる日本の学生たちに、「自分の所属する集団の評価=自分の価値」と勘違いしてはダメってことを、「社会的地位=仕事の価値」「市場経済の価値(カネ)=人間の価値」じゃないってことを伝えて欲しかった。

 大学を出た後、学生たちは、予測不能の大海に放り出される。仕事は理不尽なことの連続である。努力が必ずしも報われるわけじゃない。銀行に入社した人が50代に、銀行とは縁もゆかりもない関連会社に異動になることだってある。

 そこで彼らが「自分の存在意義」を見失わないためにも、真の「仕事の価値」を教師は身をもって示して欲しかった。

「豆腐屋も、学者も同じような尊い仕事である」

 「日本人は肉食をしないから、体格が小さい。しかし、日本人には肉食の習慣がない。ところが、日本には、豆腐という素晴らしいたんぱく資源がある。そこで、おいしい豆腐を作って、日本人にたくさん食べさせることが必要である。私はそれまで学者になろうと思っていたが、そのとき以来、学者になるか、豆腐屋になろうか、一生懸命、毎日、考え込んだ」

 これは新渡戸稲造の言葉で、新渡戸は「豆腐屋も、学者も同じような尊い仕事である」と生涯訴え続けた。

 なぜ、この話をするのか? 

 それは私が大学で学生たちに昭和の高度成長期を生き抜いてきた偉人たちの手記を読ませ、それぞれ発表するという講義を半年間行った中で、学生たちからもっとも反響があり、「社会に出てから、この言葉を何度も思い出したい」と、多くの学生がレビューシート(講義の感想を書くもの)に書いたからだ。

 今の学生は、私たちの想像以上に、親の「経済力」や「勤め先の社会的評価」を指標にした周りの視線や、「○○大学=優秀」とか、「○○大学=大企業に就職できる」と世間に思われることに、戸惑っている。

 そんな彼らにとって、「豆腐屋も、学者も同じような尊い仕事である」という言葉は、勇気の出る、胸に響く言葉だった。

 社会的な評価は、関わり方次第で高められる。社会的評価にかかわらず、その仕事に必死に関わり、その仕事を成し遂げる日本一の働き手は、誰からも認められる。敬意を払われるのはその集団ではなく、その個人だ。

 私は非常勤の講義や研究会でしか学生と関わっていないので、「非常勤ごときに何がわかる!」と京大教授に叱られてしまうかもしれない。

 だが、大学の先生の「仕事の価値」は、学問を通じて、いかに幸せに働き、生きていくかの道しるべのひとつを学生たちに教えることなんじゃないか、と。所詮、それくらいしかできないのだと思う。

この本は現代の競争社会を『生き勝つ』ためのミドル世代への一冊です。

というわけで、このたび、「○●●●」となりました!

さて、………「○●●●」の答えは何でしょう?

はい、みなさま、考えましたね!
これです!これが「考える力を鍛える『穴あけ勉強法』」です!

何を隠そう、これは私が高校生のときに生み出し、ずっと実践している独学法です。
気象予報士も、博士号も、NS時代の名物企画も、日経のコラムも、すべて穴をあけ(=知識のアメーバー化)、考える力(=アナロジー)を駆使し、キャリアを築いてきました。

「学び直したい!」
「新商品を考えたい!」
「資格を取りたい!」
「セカンドキャリアを考えている!」

といった方たちに私のささやかな経験から培ってきた“穴をあけて”考える、という方法論を書いた一冊です。

ぜひ、手に取ってみてください!

考える力を鍛える「穴あけ」勉強法: 難関資格・東大大学院も一発合格できた!

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