米グーグル傘下のディープマインド(英国)が開発した囲碁用のAI(人工知能)が、人間のプロ棋士を破ったというニュースが世界を駆け巡った。囲碁でコンピューターが人間のプロに勝つのは初めて。グーグルが1月28日発行の英科学雑誌「ネイチャー」に論文を発表した。

グーグルが公開した「AlphaGo」の成果を説明する動画

 ディープマインドが開発した囲碁AIは「AlphaGo」。昨年10月に中国のプロ棋士で欧州チャンピオンに3回輝いた樊麾(ファン・フイ)氏と非公開で5局対局し、すべてに勝利を収めたという。今年3月には韓国のトッププレイヤーの1人、李世●(石の下に乙、イ・セドル)九段と対局する予定だ。

 囲碁が盛んでレベルが高い地域は、中国や韓国、日本、台湾。欧州で活躍するファン氏は、国際的に見て囲碁のトップ棋士と言えないのは事実だ。ただし、AlphaGoは昨年10月から、さらに棋力を向上していると見られることから、3月の決戦は「AIが有利」と予想する日本のプロ棋士も登場した。

 同じくボードゲームの将棋では、ここ数年将棋AIがトップレベルのプロ棋士に勝ち越せる実力を証明してきた。だが、将棋の着手数が10の220乗なのに対して、囲碁は10の360乗に上るとされる。着手を決めるための局面の形勢判断も難しく、囲碁AIの棋力はアマチュア六段程度に留まってきた。

 それだけに、人工知能の研究者の間には衝撃が走っている。コンピューターがトッププロに追いつくには「早くても10年かかる」(公立はこだて未来大学の松原仁教授、人工知能学会会長)と見られていたからだ。(関連記事:AIが「最難関」の囲碁で人を超える日)。

 グーグルはどうやって、人工知能学者が予想していた「10年」の壁を一挙に飛び越えたのか。

「モンテカルロ木探索」+「ディープラーニング」

 従来の囲碁ソフトは、「モンテカルロ木探索」と呼ばれる手法をとっていた。まず、人間にはデタラメにも見える手をランダムにAIが考案し、ひたすら終局まで打ち切る作業を大量に繰り返す。そこから逆算して勝率が高かった手を選ぶという考え方だ。前述の通り、囲碁では形勢判断の数値化が困難だが、終局時点なら確実に優劣が分かることを利用したもので、「モンテカルロ法」と呼ばれている。ここに、シミュレーションの途中で発見された「良さそうな手」を、更に深く探索する「木探索」というアルゴリズムを加えて、着手の精度を高めた。

 囲碁AIがアマ六段レベルに到達したのは、この手法が発見されたおかげと言ってよい。だが、モンテカルロ木探索による棋力向上は、ここ数年頭打ちになりつつあった。

 グーグルは「ディープラーニング(深層学習)」と呼ばれる技術を、モンテカルロ木探索と組み合わせた。人間の頭脳を模してコンピューターを連結したネットワーク上で、コンピューター自らが学習する特徴を持つ。画像認識分野でコンピューターが自ら「猫」「人間」などを高精度に識別できるようになった成果により、一気に注目を集めた技術だ。昨年11月に、囲碁AI開発に参入することを表明した米フェイスブックも、同様のアプローチをとっている。

 グーグルはAlphaGoで2つのネットワークを組み合わせた。次の着手を決める「ポリシーネットワーク」と、勝者を予測する「バリューネットワーク」だ。囲碁のトッププレイヤーの棋譜を大量に用いて学習させた。「Googleクラウドプラットフォーム」の、膨大な演算能力をフル活用しているという。

 囲碁のプレーヤーは、着手可能な手をすべて読んでいるわけではなく、盤面全体を見渡して、直感的に有望な手を絞り込んでいる。ディープラーニングによる学習は、コンピューターなりの「直感」を構築する作業とも言える。

著名投資家が将棋AIベンチャーに1億円出資

 囲碁用のAIに、なぜグーグルやフェイスブックが血道を上げるのか。グーグルは発表分で「普遍的な機械学習技術を使って、囲碁を自らマスターした」と述べ、現実世界への応用が広く可能であることを強調している。将来的に気候モデリングや、複雑な疾病分析などに応用を見込んでいるという。

 グロービス経営大学院の堀義人学長は「囲碁の戦略は経営と通じる部分が多い。将棋やチェスでは、AIと人間が協調する取り組みが始まっており、経営もそうなる可能性がある」と指摘する。

 将棋AIの開発が進んだ日本では、既にビジネスへの応用への動きが始まっている。今年1月、プロ棋士を凌ぐ将棋AIを作った開発者、山本一成氏を擁するベンチャー企業、HEROZ(東京都港区)にレオス・キャピタルワークス社長の藤野英人氏らのファンドが1億円を第三者割当増資で出資した。山本氏は昨年、囲碁AIの開発に着手している。

 藤野氏は「金融とITを組み合わせるフィンテック分野で、将棋で培ったAIのノウハウが活用できる可能性がある」と、出資の理由を説明する。HEROZは野村證券とも、市場予測の研究開発に乗り出している。

※日経ビジネス2月1日号の「テクノスコープ」で、「囲碁AI」の技術を特集しています。日経ビジネスDigitalの会員であれば、全文がすぐにお読み頂けます。

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