瀬戸内海国立公園宮島地区「弥山(標高535m)の山頂は視界を遮るものがない360度の景色を堪能できる。瀬戸内の島々、天気のいい日には遠く四国連山まで望める。2013年リニューアルした弥山展望台から撮影
瀬戸内海国立公園宮島地区「弥山(標高535m)の山頂は視界を遮るものがない360度の景色を堪能できる。瀬戸内の島々、天気のいい日には遠く四国連山まで望める。2013年リニューアルした弥山展望台から撮影

 今、外国人に人気の観光地に日本人が関心を寄せる逆転現象「訪日リバウンド」が注目されています。インバウンド旋風は日本人が気づいていない「日本の魅力、資源」の掘り起こしにもつながっています。

 旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」が発表する「外国人に人気の日本の観光スポット」ランキングの2014年と2015年で、1位は「伏見稲荷大社」、2位は「広島平和記念資料館」、3位は「嚴島神社」が2年連続で選ばれました。しかし、その顔ぶれや順位は激しく変動しており、2015年は8位に「サムライ剣舞シアター」、19位に「ギア専用劇場」(本コラムでも紹介)など、エンターテインメントのニューフェイスがランクイン。そして観光名所では20位に「弥山」が入りました。

 ところで皆さんはこの「弥山」がどこにあるか、どんなところかご存知でしょうか。弥山とは、広島県廿日市市宮島町「嚴島神社」の背後にそびえる標高535mの山です。天然記念物の弥山原生林は、嚴島神社の社殿や前面の海とともに1996年に世界遺産に登録された構成資産の一つにもなっています。2015年6月には「ミシュラングリーンガイドジャポン」改定第4版において、弥山展望台からの眺望が三ツ星を獲得しました(上の写真)。

 しかし、その絶景を目にする日本人は、宮島に来る観光客のうちわずか数パーセントに過ぎません。取材で訪れた3月、弥山山頂で出会った人の多くは、欧米豪などの外国人でした。

今回はこの日本人が知らない「宮島・弥山」から、宮島観光の可能性と課題を探りました。

トリップアドバイザー「外国人に人気の日本の観光スポット」ランキング
トリップアドバイザー「外国人に人気の日本の観光スポット」ランキング
出典:トリップアドバイザーの各年ランキングTOP25より1-10位を抜粋

欧米豪の訪日客は、なぜ広島に集まるのか?

 日本政府観光局(JNTO)によれば、訪日外客数は2013年の1036.3万人から2015年には1973.7万人へ、わずか2年でほぼ倍に成長しました。しかし、その内訳をみると増加分のうち9割はアジアからの訪日客で853万人。欧米豪の増加は81万人に留まっています。国や地域別の訪問比率ではアジアからの客が84.3%を占め、欧米豪の比率は15.1%に過ぎません。

 そんな中、訪日客の半数近くを欧米豪の客が占めるのが広島県です。2015年1-9月期に同県を訪れた外国人観光客(日帰り含む)46.7万人(前年比1.7倍)のうち、欧米豪の比率は46.7%で、全国平均の15%を大きく上回りました。その中でも群を抜いて高い比率を誇るのが、宮島がある廿日市市です。

 「広島県観光客数の動向(平成26年)」によれば、2014年に廿日市市を訪れた外国人観光客(日帰り含む)14万8903人のうち、11万9053人(79.9%)が欧米豪からの客でした。国や地域別で最多はフランス2万2902人(15.4%)、次いで米国2万1040人(14.1%)、豪1万5845人(10.6%)、英国1万2636人(8.5%)の4カ国で47.9%を占めます。

 特筆すべきはフランスからの客の比率の高さです。これに関しては2008年に日本とフランスの国交開始150周年を迎え「日仏観光交流年」の記念事業で日仏の政府観光局が協力。嚴島神社の大鳥居とフランスのモン・サン・ミッシェルを共に「海に浮かぶ世界遺産」としてPRする広告ビジュアルを作成、共同でキャンペーン等が行われました。これを縁に2009年、廿日市市はモン・サン・ミッシェル市と観光友好都市提携。廿日市市の外国人観光客数の約9割は宮島来島者が占めます。

 廿日市市の外国人観光客数は2008年は14.3万人でしたが、2009年リーマンショックの影響等で11.6万人へ減少。2010年はやや持ち直すも2011年は東日本大震災により7.5万人に激減。2014年になりようやく14.8万人まで回復しました。

 観光庁の「宿泊旅行統計調査(2015年速報値)」で広島県の外国人延宿泊者数は73.9万人(全国17位)。アジアからの客をまだ取り込めていないとも言えますが、欧米豪の口コミこそが、全国の名だたる観光地を押しのける高い評価と欧米豪の訪問率に寄与しているのも事実です。「嚴島神社」あるいは「弥山」の何がそんなに欧米豪の客の心を動かすのか。それを知ることは、日本各地でまだ日の目を見ない潜在的資源の発掘と活性化、ひいては欧米豪からの訪日客数を増やすことにもつながるはずです。

日本人が知らない宮島「嚴島神社」

 宮島の来島者数は、世界遺産登録翌年の1997年には過去最高の311万人を記録しましたが、98年には268万人に落ち込み、以降減少、2001年には241万人になりました。回復に転じたのは2006年、世界遺産登録10周年イベント等で12月の来島者数が過去最高を記録。2007年は国内外から観光客が増加し、10年ぶりに300万人を回復しました。2012年にはNHKの大河ドラマ「平清盛」の放映もあり、初の400万人超えを達成しました。

空から見た宮島・嚴島神社。約6時間ごとに潮の干満によって景色を変える宮島。干潮時は鳥居まで歩いていくことができる。 画像提供:広島県
空から見た宮島・嚴島神社。約6時間ごとに潮の干満によって景色を変える宮島。干潮時は鳥居まで歩いていくことができる。 画像提供:広島県

 宮島は「厳島」ともいいます。広島県南西部の瀬戸内海に浮かぶ、周囲約30kmの島は古くから自然崇拝の対象でした。地元有力者、佐伯鞍職(くらもと)により嚴島神社が創建されたのは593年。806年には唐から帰国した空海が霊地を探して宮島を訪れ、弥山を開山したと伝えられています。その後、平安時代末期、平清盛とその一族の守護神とされ、清盛の援助で竜宮城や極楽浄土を模したといわれる華麗な海上社殿が造営されました。

 江戸時代には全国を行脚した儒学者、林春斎により松島、天橋立とともに日本三景に数えられ、「安芸の宮島」は日本人なら誰もが一度は訪れてみたい景勝地となりました。日本三景観光連絡協議会のHPによれば、宮島のある「瀬戸内海の独特の多島美は海外での評価が高く、瀬戸内海の概念も明治時代に欧米人がThe Inland Seaと名付けた海域を翻訳する際に生まれた」とされています。

(写真左)山頂から見た「獅子岩展望台」と瀬戸内海、手前に大奈佐美島、奥に江田島。(右)展望台には島の案内板と専用の覗き穴が設置。大黒神島や能美島、遠くは四国連山まで見渡せる
(写真左)山頂から見た「獅子岩展望台」と瀬戸内海、手前に大奈佐美島、奥に江田島。(右)展望台には島の案内板と専用の覗き穴が設置。大黒神島や能美島、遠くは四国連山まで見渡せる

 環境省によれば、瀬戸内海の島しょ数は727、うち142の島が広島県域にあります。英語でいうアーキペラゴ(Archipelago)、多島海(群島)にはハロン湾など、世界的な観光地も少なくありません。弥山山頂は遮るものがない360°の視界、瀬戸内海に浮かぶ島々、遠くは四国連山までを見渡す絶景を堪能できます。しかも弥山は単なる景勝地ではなく、嚴島神社と一体となったいわば一つの宇宙、スピリチュアルな世界観を持つ資源でもあります。

 宮島を訪れる外国人には、日本人とは異なる興味・関心が見られます。「廿日市市観光ギャップ調査報告書(平成24年)」によれば、2012年の宮島を訪れた日本人観光客の9割は日帰り客で、その滞在時間の平均値は3.3時間に過ぎません。これに対し外国人の平均値は4.1時間と日本人を上回っています。

 日本人と外国人で資源別訪問率を比較すると「嚴島神社」と「表参道商店街」にはいずれも8割前後の人が訪れており大差はありません。一方、干潮時にはその足元まで歩いて行ける「大鳥居」は日本人43.3%に対し、外国人は84.1%と倍近く。「五重塔」や「大願寺」「多宝塔」「大聖院」などでも2倍から5倍の差が見られます。

 宮島は1日2回、潮汐によりその姿を変えます。満潮時、潮位が250cm以上では嚴島神社の大鳥居は海に浮かんでいますが、干潮時100cm以下になると大鳥居の根元まで歩いていくことができます。宮島の景色はそうして一日4回、約6時間ごとに変容します。それを見るため宮島を訪れる外国人の干潮時の「大鳥居」訪問率は、「嚴島神社」への訪問率79.3%をも上回っています。

 日本人観光客の行動範囲は多くがフェリー桟橋から嚴島神社へと続く有之浦沿いの道や表参道商店街(清盛通り)、町家通りなどに限られます。嚴島神社のすぐそばにある国の重要文化財の訪問率は「千畳閣(豊国神社)」25.3%、「五重塔」でも32.7%で、「多宝塔」に至っては3.3%に過ぎません。嚴島神社から多宝塔に向かう道には国の重要文化財の仏像4体を収める「大願寺」や、白砂青松と古い町並みが相まった美しい散歩道があります。嚴島神社から徒歩5分、弥山登山コースに続く「大聖院」に連なる自然散策道「あせび歩道」や「もみじ歩道」にはビュースポットもありますが、大願寺の訪問率は外国人27.7%に対し、日本人はわずか11.4%。

 2012年の宮島の目的別総観光客数(市町内含む)を見ると、「神仏詣」は50.4%で、その他は「祭り行事」(14%)、「ハイキング・登山・キャンプ」(9.4%)、「海水浴・潮干狩り・釣り」(7.4%)、「自然探勝」(7.1%)と様々です。2011年にリニューアルした宮島水族館「宮島マリン」は2012年に67万人を集めました。宮島の発地別観光客数の比率は市内7.3%、県内14.2%、県外78.4%です。県内近郊では手近な余暇レジャーの場ということでしょうか。いずれにしろ、日帰り3.3時間の行動範囲は飲食などの時間を除くと非常に限られたものになります。

 宮島は夕景、夜のライトアップ、日の出など、時間によってもその姿を変えます。夕刻、太陽は対岸の山の端に落ち、大鳥居は夕陽の中、黒いシルエットとなって見えます。しかし日没後30分ほどすると嚴島神社や大鳥居などはライトアップされ、暮れゆく空と海の境界に一際幽玄な大鳥居の姿が浮かび上がります。夜明けには、白む空の下、次第にその形を表し、朝日を浴びる朱の大鳥居は格別な神々しさをたたえ、荘厳で冒しがたいものがあります。

 嚴島神社は通常、朝6時半に開門となります。昼間は人で埋まり、喧騒に包まれる社殿もその時間はほとんど人の姿がなく、澄んだ空気の中、自然と一体となった世界遺産の社殿に立てば心洗われ、穏やかな気持ちになります。嚴島神社の入場券は一日券となっており、その日に限り再入場も可能で、社殿や回廊からは時間ごとに姿を変える海や大鳥居、五重塔など、絵巻物さながらの絶景を楽しむことができます。しかし、それを目にする人はごく一部です。

(写真左)早朝、嚴島神社にほとんど人影はない。美麗な社殿と五重塔のツーショット。(右)日没30分後から夜11時まで、大鳥居や嚴島神社、五重塔などがライトアップされる
(写真左)早朝、嚴島神社にほとんど人影はない。美麗な社殿と五重塔のツーショット。(右)日没30分後から夜11時まで、大鳥居や嚴島神社、五重塔などがライトアップされる

 宮島には日本三大船神事の「管絃祭」や大鳥居や嚴島神社を幻想的に浮かび上がらせる「宮島水中花火大会」など、四季を通じて伝統的な儀式や祭なども多く、一日ではとても味わい尽くせない、魅力と楽しみに溢れています。

 中でも「弥山」は必見の観光スポットです。しかし、日本人の訪問率は「宮島ロープウエー」9.9%、「弥山」7.8%。一方、外国人はロープウエー26%、弥山31.5%で、ロープウエーを利用せずに弥山山頂へ至る人がいることもわかります。弥山山頂への訪問率でみれば、日本人と外国人の間には実に4倍の差があります。

 実際の登山者数は環境省の「瀬戸内海国立公園宮島地区・弥山の登山者数」では2012年に21万1454人、2013年に19万3051人。2012年の宮島来島者数は404万人なので、その中でミシュラン三ツ星の絶景を目にする人はせいぜい5%程度にすぎません。

※登山者カウンターの計測値は複数の登山者による同時通過や平行通過はカウントされませんので、実際の登山者数とは異なります。

巨石、信仰、自然、そして多島美の絶景

ミシュラングリーンガイドで三ツ星を得た弥山展望台の眺望。瀬戸内海と島々を一望する360°のパノラマ、山頂の巨石や神社仏閣などの魅力は一言では表せない
ミシュラングリーンガイドで三ツ星を得た弥山展望台の眺望。瀬戸内海と島々を一望する360°のパノラマ、山頂の巨石や神社仏閣などの魅力は一言では表せない

 では、欧米豪の外国人を惹きつけるミシュラン三ツ星の絶景とはどんなものでしょうか。今回は弥山登山レポートとともにご紹介しましょう。

 2015年、宮島ロープウエーは開業55年を記念し「弥山総選挙」を開 催しました。1位はダントツで「弥山展望台&眺望」でしたが、2位には奇岩「くぐり岩」、3位には弥山七不思議の一つ、1200年以上燃え続ける奇跡の炎「消えずの火&霊火堂」が選ばれました。実は弥山は山頂の眺望だけでなく、ロープウエーで上がれるビュースポット「獅子岩展望台」をはじめ、「舟岩」や「鯨岩」など多数の奇岩怪石、七不思議に数えられる「干満岩」や「拍子木の音」、パワースポットの「御山神社」など、数多くの見所をその山懐に有しています。

 弥山には「大聖院」「大元公園」「紅葉谷公園」の3つの登山コースがあり、いずれも1時間半から2時間で山頂に上がることができます。ロープウエーを利用する場合、嚴島神社の裏手から紅葉谷駅までの無料バスも出ていますが、徒歩でも16分ほど。ロープウエーは途中、榧(かや)谷駅で「循環式」から「交走式」に乗り替え、獅子岩駅までの乗車時間は約14分。そこから弥山本堂までは歩いて20分ほど、弥山本堂から山頂へは「大日堂経由」と「三鬼堂経由」の2つのコースに分かれていますが、いずれを進んでも10分ほど。上り下りでコースを変えれば多くの名所を一度に見ることができます。紅葉谷駅から山頂までの往復所要時間の目安はおおよそ2時間です。

 (写真左)紅葉谷駅から8人乗りの「循環式ロープウエー」で途中の榧谷駅まで行く(約10分乗車)。 (右)ロープウエーの終点、獅子岩駅を出ると「獅子岩展望台」があり、ここでも瀬戸内海の多島美の絶景が楽しめる
(写真左)紅葉谷駅から8人乗りの「循環式ロープウエー」で途中の榧谷駅まで行く(約10分乗車)。 (右)ロープウエーの終点、獅子岩駅を出ると「獅子岩展望台」があり、ここでも瀬戸内海の多島美の絶景が楽しめる

 時間に余裕がない場合や登山が難しい場合などは山頂へは上がらず、ロープウエー獅子岩駅を降りたところ、標高430mにある獅子岩展望台から瀬戸内海国立公園の内海の多島美を見ることもできます。突端には獅子岩と呼ばれる場所があり、瀬戸内海をはさんで大黒神島、大奈佐美島、能美島、江田島など8つの島々と四国、広島市の眺望を楽しめます。紅葉谷駅からの往復所要時間の目安はおおよそ1時間。ただ、いずれの場合も混雑する土日やGWにはロープウエーの乗車にかなりの待ち時間を要することもあるので注意が必要です。

 とはいえ、弥山に行って山頂に行かないのは、フルコースを頼んでメインディッシュを食べずに帰るようなものです。

(写真左)獅子岩駅から山頂は約1km、所要時間は40分ほど。(右)道の途中には数多くの巨石奇岩が見られる
(写真左)獅子岩駅から山頂は約1km、所要時間は40分ほど。(右)道の途中には数多くの巨石奇岩が見られる

 獅子岩駅から山頂へは平たんな道ばかりではありませんが、気候が良い季節で動きやすい服装やスニーカーなど歩きやすい靴であれば、それほど苦労せず登っていくことができます。道の途中には巨大な奇岩怪石なども多く、歩いていて退屈しません。中間には弘法大師が建て、100日間の求聞持秘法を修したとされる「求聞持堂」があり、「弥山本堂」や「行者堂」、弥山七不思議の「消えずの霊火堂」と「錫杖の梅」なども見ることができます。ここでは多くの人が一息ついて、神秘的な真言密教の世界に触れ、また山頂へと上がっていきます。

 そこから三鬼堂経由のコースへ進むと、途中には安産や学業にご利益があるといわれる「観音堂」と「文殊堂」、その先には奇岩「くぐり岩」と「不動岩」があります。くぐり岩はその名のとおり、自然が創り出した巨岩のトンネルで、大人が腰をかがめずに下をくぐることができます。くぐり岩を過ぎれば山頂はすぐそこです。

途中には(写真左)弥山七不思議のひとつ、消えずの火「霊火堂」と「弥山本堂」。(右)奇岩「くぐり岩」この先に、山頂の「宮島弥山展望休憩所」がある
途中には(写真左)弥山七不思議のひとつ、消えずの火「霊火堂」と「弥山本堂」。(右)奇岩「くぐり岩」この先に、山頂の「宮島弥山展望休憩所」がある

 山頂に上がれば、そこには360°の眺望が開けており、人々は思い思いの場所でその絶景に目を凝らします。山頂の巨石の上に立つ人、巨石の上に腰を下ろし感慨にふける人。山頂には獅子岩展望台より多い12の島を見ることができる弥山展望台があり、そこに上がれば、そうした人々の姿も眼下に収めるミシュラン三ツ星の絶景を見ることができます。

 展望台は2014年リニューアルされたばかりの真新しい三階建て。コンセプトは「座」で好きなところに座り絶景が楽しめます。三階はさえぎるもののない広々した空間で空と海と山が一体となったビュースポット。それに対し二階は壁が庇となって日差しを遮り、内部は日陰になって過ごしやすく、そこから見る外の景色はまるで一幅の絵のようです。

 山頂展望台の眺めは獅子岩展望台とは全く異なるものです。山頂の景色を見た高揚感は言葉に尽くしがたく、登った者だけが知るものです。

 しかし取材に訪れた3月21日は春休み期間中、振替休日で多くの観光客が宮島を訪れているにもかかわらず、山頂で会う人の数は非常に限られたものでした。これほど優れた観光資源でありながら、なぜ日本国内では認知度が低いのか。広島出身の友人や、関東の国立公園の観光に関係する人たちに聞いてもその名を知る人はほぼ皆無でした。

 宮島観光は何故、この資源を生かすことができないのか。今のところ、弥山に訪日リバウンドの効果は出ていません。

収益性低い宮島観光、人口減少・空き家増加も課題

(写真左)弥山展望台3階の遮るものがない360°の視界。(右)2階は天井がスクリーンのようになって日差しを遮り、明るい外の景色、瀬戸内海に浮かぶ島々が借景のよう
(写真左)弥山展望台3階の遮るものがない360°の視界。(右)2階は天井がスクリーンのようになって日差しを遮り、明るい外の景色、瀬戸内海に浮かぶ島々が借景のよう

 過去最高の観光客数を記録しながらも宮島観光は多くの課題を抱えています。宮島の来島者数は2001年の241万人から2015年には402万人へ、15年で161万人増加しましたが、一方で宿泊客数は1989年の52.8万人から2012年は36.9万人へ、この23年で3割減少しました。宮島観光の収益性は極めて低く、一人当たりの観光消費額は2007年の4962円から2014年は3733円へ、7年で1229円(24.7%)減少。県内の他の観光地と比較すると、2014年1位の広島市は1万5676円、2位の大崎上島町(島旅が人気)が7521円、3位の呉市(大和ミュージアムなど旧海軍ゆかり観光)が6061円、4位の鞆の浦(福山市、崖の上のポニョの舞台といわれる)5080円に大きく水をあけられています。

 消費額に影響する宿泊客の割合は宮島6.9%に対し、呉市9.2%、鞆の浦12.1%、大崎上島町61.6%。福山市と呉市は広島市に次ぐ県内2,3位の都市で、呉市の場合ビジネス客の比率も高いと見られますが、大崎上島町と鞆の浦に関しては大半は観光客と考えられます。この差は何に起因しているのでしょうか。

 一つは、宮島が誰もが知るメジャーな観光地であり、確立された観光イメージを有し、ブランド化されていることにあります。そのイメージは強大であるがゆえに、新機軸を打ち出し、旧来モデルを刷新するのは容易ではありません。しかも観光客数が過去最高を更新している今、地域は現状変更に消極的です。

 実際、滞在時間の延長を宮島の観光事業者が真剣に考え、望んでいるようには見えません。 宮島の大鳥居のライトアップは1979年以前から、社殿のライトアップは1989年から行われていました。2006年には国の「地域資源∞全国展開プロジェクト」で「宮島及び宮島口地域を一体化した『夜の観光の魅力創造』による新たな観光資源開発事業」が採択。夜のアトラクション、ナイトツアーや夜間遊覧船の運航などにより、夜の宮島観光の魅力を創り新たな宮島をアピールし、リピート客の獲得や滞在時間の延長、宿泊の機会づくりを目指そうという取り組みも行われました。

 しかし、日没の時間になると商店街は一斉に店じまいを始め、ライトアップする頃には買い物はおろか食事ができる店もほとんどなくなります。筆者は2009年にも宮島の取材を行いましたが、宮島の夜は7年前と何一つ変わっていません。夜、食事ができる店を探して入ったら7年前と同じ店だったという笑い話付きです。

 もう一つの要因は、宮島の核心的な課題でもある宮島地域(旧宮島町)の人口減少問題です。宮島地域の人口は1965年(昭和40年)には4241人でしたが、廿日市市と合併した2005年には1944人まで減少しました。2016年4月1日現在1682人(877世帯) 、この数字は廿日市市の人口11万6947人(5万0485世帯)のわずか1.43%に過ぎません。年齢別では人口の45.1%を65歳以上が占め、今後も人口減少が予想されます。新たな観光やまちづくりの担い手不足は否めません。

 宮島の中心部では空き家問題も深刻になっています。市では宮島の中心部を国の重要伝統的建造物群保存地区にしたいとしていますが、対象地域にある約600軒の建物うち約130軒が空き家という現状で、宮島地域だけでできることには限りがあります。

 一方、廿日市市では宮島の玄関口である宮島口の魅力を高める「宮島まちづくり国際コンペ」や、観光客受け入れの環境整備のための「入島税」導入の検討、県では宮島口の渋滞対策など宮島口ではダイナミックな取り組みも見られるものの、宮島における弥山などの観光資源を生かした新たな観光づくりはほぼ手つかずのまま。平成の大合併後、各地で見られる微妙な地域のパワーバランスや見えない軋轢、ビジョンの違いや合意形成の難しさなども透けて見えます。

 しかし、今将来を見据えて目指すべきは、やはり弥山を一体とした「厳島」としての宮島観光ブランドの刷新であり、滞在時間の延長と宿泊率を高める観光の確立です。最終的には新たな担い手、観光やまちづくりのプレイヤーを招き、雇用と居住に繋げることが地方創生の戦略にもつながるはずです。

埋もれていた観光資源を発掘、提供する試み

 ところで、今回の取材で2009年にはなかった発見が一つありました。実は筆者は島根出身で、宮島は子どもの頃から何度となく訪れていますが、これまで一度も宿泊したことがありませんでした。2009年は宮島へのクルーズ船の取材も兼ねており対岸のホテルに宿泊。今回は宮島の宿泊観光調査も兼ね、事前にお一人様でも宿泊可能な宿をリサーチ、「宮島グランドホテル有もと」を選びました。ただ選ぶ際、それほどたくさんの選択肢があったわけでも、詳細に宿の情報をチェックしたのでもなく、なんとなくここが一番良さそうというくらいで、メインはあくまで弥山取材。他の出張があってのついで取材のため、最悪それ以外収穫がなくても良いというスタンスでした。

 ところが行ってみると、出張族のお一人様にも快適なホテルライフ、献身的なサービスはもちろん、朝と夜には宿泊客に向けた「ガイドウオーキング」、ナイトライフを充実させる「ロビーコンサート」や宮島の昔話の「紙芝居」、ホテル独自の散策マップなど、宮島を楽しむためソフト・コンテンツと観光コンシェルジュ機能を備えた宿でした。

 実は今回ご紹介した宮島の魅力、その楽しみ方を教えてくれたのは、何を隠そうこの宿の夜のガイドウオーキングです。嚴島神社なんて何度も見てるし、前回も写真は撮ったし、今回は別にいいやくらいに思っていた筆者はそこで自分の無知と愚かさを痛感しました。「私は本当の宮島の凄さ、素晴らしさを何一つ理解していなかった!」と。

(写真左)ライトアップは23時まで。しかし点灯後1時間もすると人の姿はまばら。(右)「宮島グランドホテル有もと」では宿泊者向けに毎日20時30分より無料のナイトツアーを行っている。景色をさえぎる人垣もなく、夜景撮影にも絶好の時間
(写真左)ライトアップは23時まで。しかし点灯後1時間もすると人の姿はまばら。(右)「宮島グランドホテル有もと」では宿泊者向けに毎日20時30分より無料のナイトツアーを行っている。景色をさえぎる人垣もなく、夜景撮影にも絶好の時間

 20時半、希望者は玄関に集まります。ホテルでは宮島の観光をより深く楽しんでもらうため、歴史の解説や背景の説明ができる宮島の公認ガイドに依頼しています。嚴島神社だけでなく、千畳閣や五重塔、その前に咲く花の名、大鳥居に隠された太陽と月の話、潮汐や朝の嚴島神社散策の素晴らしさなど、いろいろ偉そうに書いてきましたが、全てガイドさんに教えていただいたことです。

 また出発前の注意事項としてガイドさんが話している間は私語や写真撮影はNG。互いにルールを守って参加者が気持ちよく参加できる配慮もきちんとされていました。ガイドは30分ほど、途中で離脱するのもあり、帰りは三々五々宿に戻ります。夜ロビーではコンサートや紙芝居が行われており、早めに戻って楽しむ人もいます。

 今回、紙芝居では昔話で宮島の歴史を知ることもできました。紙芝居はNPO法人宮島ネットワークにお願いしているそうです。昔話は宮島の根源に触れるお話でとても参考になりました。地域のバックグラウンドをきちんと知ると地域の見方も一層深くなります。物語への共感は地域のファンを生み、結果リピーターや口コミによる新たな来訪者を地域や宿にもたらしますが、それを理解し実行している宿泊施設はまだまだ一握りです。

 また優れもの、お役立ちと感じたのがホテル特製「宮島てくてく散策マップ」です。地元の人しか知らない見所が実に細かく書き込まれ、もっと宮島のいろんなところを歩いてほしい。知ってまたゆっくりもう一度来てほしい、そんな声が聞こえてきそうです。各観光名所間の所要時間の目安をわかりやすく図式化、お勧めのお店情報も盛り込まれています。とても1泊2日でそのすべてを見ることはできそうにありません。今度広島に行く機会があったら、また宮島に来て次はここを廻ってみたいと思わせる、再来訪の「喚起」ではなく「渇望」を引き出す様々な取り組みがそこにありました。

 なんだ、既にお手本はあるじゃないですか。是非この素晴らしい資源を生かして、質の高い宮島観光を実現し、真に世界が認める観光地となって、いまだ欧米豪での存在感が薄い日本のインバウンドを世界トップレベルへ押し上げる原動力となってくれたらと願います。

宮島グランドホテル有もと
http://www.miyajima-arimoto.co.jp/

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