本連載では「対人関係の心理学」と呼ばれるアドラー心理学を職場コミュニケーションに応用する方法を学びます。職場にはびこる様々な"困ったちゃん"をアドラー心理学で分析。傾向と対策を示します。
<今週の困ったちゃん>
パワハラ寸前のモンスター上司
B室長(51歳)
■症例■

 営業現場のたたき上げから本社企画室へ部長級室長として赴任したBさん。これまでの知的で物静かな企画室に嵐が起き始めた。現場経験者ならではの実戦的な視点、アグレッシブな行動は確かに良い影響を及ぼしているが、副産物として困った影響も多々起きている。部下のみならず周囲の人々を困らせているB室長の行動とは……。

  • 不必要に声が大きい。おとなしい職員はビクッと飛び上がることも
  • 企画スタッフを「役所体質」と決めつけ、やる気がないと断じる
  • 「現場を知らない机上の空論だよ」とこきおろすのが口癖
  • 役員とこれ見よがしに大声で電話し、仲の良さをアピールする
  • スタッフと意見が分かれると「つべこべ言わずやればいいんだ」と強引に職位の力でねじ伏せる
  • ランチなど食事の席では昔の武勇伝や自慢話ばかりでうんざり……

 これまでとタイプの違う上司に戸惑い怯える企画スタッフ。中には公然と反旗を翻し食ってかかる者も現れ、職場には嵐が吹き始めているようだ。そんな中、他のスタッフたちもいつまでも戸惑っているわけにはいかない……果たして、B室長の内面で何が起きているのであろうか?周囲はいったいどのように接すればいいのであろうか? アドラー心理学で傾向と対策を考えてみたい。

分析1:「優越コンプレックス」の根は強い劣等感

 私たちが日常的に使うコンプレックスという言葉には、本来どのような意味があるのだろうか? アドラー心理学では、コンプレックスを2つに分けて考える。すなわち劣等コンプレックスと優越コンプレックスだ。そして、劣等コンプレックスと劣等感、さらには器官劣等性を分離して考える。

 器官劣等性とは、事実として身体的な障害や慢性的病気などの劣等性を持っていることを指す。そして劣等感とは、劣等性の有無にかかわらずそれを劣等だと思い込むことだ。たとえば標準的な体重であるにもかかわらず、自分は肥満だと思い込むのは、劣等性はないが劣等感がある、といえるだろう。「人間であるということは劣等感を持つということである」とはアドラーの言葉だ。誰もが持つ主観的な思い込み。それが劣等感なのだ。

 では、劣等コンプレックスとは何だろうか? アドラー心理学では劣等感を悪者とはみなさない。劣等感があるからこそ、それをバネにして偉業をなし遂げた人は数え切れないほどいるからだ。しかし一方で劣等感を「できない言い訳」にして、人生の課題から逃げ回る人もいる。このような行動をアドラー心理学では劣等コンプレックスと呼ぶのである。

 そして、アドラーは優越コンプレックスの存在も指摘する。つまり「強くあろうと努力するのではなく、強く見えるふりをする」。これを優越コンプレックスと呼ぶのだ。先にあげたパワハラまがいのモンスター上司B室長はまさにこの優越コンプレックスではないか、と推測できるだろう。つまり自信満々に見えるB室長の根っこには強い劣等感が隠されている。アドラー心理学ではそう考えるのである。

分析2:部下が上司を勇気づけることもできる

 前任の営業部で目覚ましい成果をあげたB室長。しかし、畑違いの企画室に赴任した彼は不安や恐怖を抱えているのかもしれない。そして、おそらくは営業部時代から抱えていたと推測される劣等感を肥大させ、それを解消しようと優越を誇示し始めた。B室長の言動をアドラー心理学ではそう推測する。

 つまり、B室長は自信満々なのではなく恐怖を隠すために強さを演じている可能性が高い。そんなB室長の優越ひけらかし行動を減らし、周囲のスタッフや部下が平穏に働ける職場を回復するためにできることは何かと言えば、それは勇気づけの一言に尽きる。

 勇気づけとは勇気を失い、人生の課題から逃げ出している劣等コンプレックスや優越コンプレックスを抱いている人に勇気を与える支援行動のことだ。具体的には、相手の良いところ、できているところを見て声をかける。相手を信じて見守る。相手の勇気をくじかないこと。そして、貢献に感謝する。粘り強くそれを続けていくのだ。

 勇気づけは何も上司から部下へ、親から子へするものとは限らない。相手との関係がどうであってもできるもの。それが勇気づけだ。つまり、この場合であれば、周囲のスタッフや部下が上司を勇気づける。これが解決の指針となるだろう。

 本当に強い者は強さを誇示する必要がない。B室長にはそれがないから職位をひけらかす。この構造を理解し、B室長の弱さや、はかなさを感じ、勇気づける視点を持つ。それが有効な視点だとアドラー心理学では考える。

対策1:権力闘争は絶対NG、「目には目」を回避

 そんなB室長に対して、最もやってはいけないのが権力闘争だ。B室長が力を誇示した時に、正面からそれに逆らうのは逆効果だ。たとえば、B室長が下した命令や指導に対して「私はそうは思いません。それではうまくいきません」と反論するのは、事をややこしくする最も避けるべきNG行為といえるだろう。

 もしも、あなたの指摘が的を射たものであったとしよう。となれば、なおのことB室長は窮地に追いやられる。強さを誇示しようとするB室長にとって部下の面前で恥をかかされることは最も避けたい事態だ。だから、彼は全力であなたを潰しにかかるだろう。そこにはもはや問題解決という目的はなくなっている。B室長はただ自分のメンツを取り戻すための不毛な闘いを仕掛け、あなたはその嵐に巻きこまれてしまうのだ。

 アドラー心理学ではB室長および反論をぶつける部下の二人の関係を縦の関係と呼ぶ。どっちが上か、下か?どっちが優れていてどっちが劣っているか?上下、優劣、正誤、勝ち負けでものごとを捉えることを縦の関係と呼び、改めるべき考えであるとする。

 そうではなく横の関係を築くのだ。横の関係とはものごとに上下、優劣、正誤、勝ち負けを持ち込まず、単純に「どうすれば問題が解決するか?」だけで話し合う姿勢だ。具体的には、B室長の命令に納得がいかなければこう伝える方がいいだろう。

 「ご指導ありがとうございます。ご提示いただいた方法で進めることもできますが、ほかにもやり方があるように思います。こちらを先に試してみたいのですがよろしいでしょうか?」。このように、室長のメンツを守りながらきちんと提案を行うのだ。ムダな権力闘争、メンツ争いに巻きこまれるのを避けるのである。

対策2:「I(私)メッセージ」で中立的に主張する

 心理学者トマス・ゴードンが提唱したコミュニケーションスキルである「I(私)メッセージ」を使うと、この権力闘争回避と勇気づけの両方を行いやすい。B室長の間違った指示や命令に対して、YOU(あなた)メッセージで問題を指摘するのではなく、I(私)メッセージで答えるのだ。

(NG行動)
「B室長、あなた(YOU)の指示は間違っています。こっちが正解です」
⇒YOU(あなた)メッセージであり、権力闘争的な縦の関係
⇒相手の勇気をくじき、優越コンプレックスを強化するNG行動

(OK行動)
「B室長、ありがとうございます。私(I)はこのような方法も有効なのでやってみたいと考えますが、試してもいいでしょうか?」
⇒I(私)メッセージであり、解決指向の横の関係
⇒相手を勇気づけ、優越コンプレックスを弱める方向に働く行動

 正しいことほど相手を傷つけるものだ。相手を凶暴かつ強い怪獣と思えば、懲らしめたくなる気持ちもよくわかるが、モンスター上司のB室長は実は大きな着ぐるみを着た小さな子犬なのかもしれない。部下の立場で考えれば、そんな上司を持ってしまった自分の不運さを嘆きたくなるだろう。しかし、その現実を受け入れ、少しでもうまくいくように建設的に考えれば、上記のような対応ができるようになっていくのではなかろうか。肉を切らせて骨を断つ。大きな志のために目先の小さな勝ち負けを捨てる。つまり、部下の側こそが、上司以上に高い視点を持って、小さな上司に接していくのだ。

最後に

 ここまで読まれた方は、こう思うかもしれない。「なぜ部下の側がそこまでやらなければならないのか?」と。

 その答えは前回と同じだ。本コラムで提示しているのは「こうしなさい」「これが正解だ」というものではない。あくまでも「アドラー心理学ではこう考える」「私だったらこうするなぁ」でしかない。このコラムから、何を読み取り、どう行動するかは、読者の皆さんにかかっている。私は皆さんが何かしらのヒントをつかんで下さり、お役に立てたとしたらとてもうれしい。

 部下は上司を選べない。であるならば、私たちにできるのは、できることに集中し、変えられないことを変えようとしないことなのかもしれない。アドラー心理学では、環境は変化する、と考える。モンスター上司B室長もスタッフにとっては環境の一つだ。もしも、部下たるスタッフたちがB室長を継続的に勇気づけていったなら、B室長も変わっていくかもしれない。

 人生の課題は、すべて対人関係の課題である――。こう語ったアルフレッド・アドラーの心理学を、ビジネスでのコミュニケーションに応用する手法をわかりやすく、具体的に解説します。

 どうすれば、上司、同僚、部下と良好な人間関係を築き、仕事の成果を継続して高めていくことができるのか。そのキーワードは「距離感」。アドラー心理学を長年研究し、日々の仕事に生かす道を模索してきた筆者は、「近づきすぎず、遠ざけすぎない」「押しつけず、遠慮しない」コミュニケーションこそが、理想の関係を創り出すと説きます。

 ベストセラーとなった『アドラーに学ぶ部下育成の心理学』に続く、「アドラーの教えをビジネスに生かすシリーズ」の第2弾として、悩みを抱える多くのビジネスパーソンに読んでいただきたい1冊です。

まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

春割実施中