2月8日は韓国のお正月(旧正月)だった。家族が集まる旧正月とお盆は「名節症候群」といって、家族行事に疲れた主婦がストレスのために寝込むことがあるほど大変な連休である。お正月になると韓国のテレビは決まって家族愛、親孝行をテーマにした番組を放映する。

 ところが今年は、親不孝に関する番組が増えた。2015年末に「親不孝訴訟」が話題になったからだ。親から財産を贈与してもらったにもかかわらず親をしっかり扶養しなかった息子に対し、親に財産を返すよう大法院(最高裁判所)が命じた。

 この親不孝訴訟は「契約」が存在したため息子は親に遺産を返すことになった。親不孝訴訟の原告である父親は2003年、20億ウォン(約2億円)相当の家を息子に贈与する代わりに、息子は親と同居して親を十分に扶養するという内容の「受贈者負担事項履行覚書」を作成し、息子と合意していた。覚書には契約内容を履行しなかった場合は契約を解除するという項目もあった。

 親不孝訴訟で裁判所は、「受贈者負担事項履行覚書は民法561条で定める負担付贈与にあたるため、息子が覚書通りに親を扶養しなかった場合は贈与を取り消すことができる」と判断した。

 原告である父親は、「(被告である)息子は生活費をくれただけで一緒に食事もしなかった。親の看病を姉(原告の娘)と介護士に任せた。親を看病しないどころか介護施設に入れようとした」として訴訟を起こした。もし原告が契約なしで財産を贈与した場合、被告が原告の扶養要求を断っても何も言えない。「家をもらう代わりに親を扶養する」という覚書があったからこそ訴訟できた。

「親孝行契約」を結びたがる富裕層

 韓国のケーブルテレビ局JTBCの2月5日付報道によると、同様の「親不孝訴訟」は2002年には68件だったものが、2014年には262件に増えた。韓国の民法974条は親族間の扶養義務に関して、本人の直系家族とその配偶者を扶養する義務があると定めている。

 JTBCは親不孝訴訟が増加した原因は高齢化にあると分析した。韓国人の平均寿命は1971年の61歳から2014年の82歳に伸びた。親は「子は当然自分の面倒を見るべき」と考え、子は「数十年にもわたって親の生活費や医療費、介護費を払い続けるのは厳しすぎる」と考える。親世代と子世代の間に意識のずれが生じていることが、親不孝訴訟として表われたということだ。

 朝鮮日報や公営放送KBSによると、お正月に家族が集まった際に、条件付きの贈与契約、いわば「親孝行契約」を結びたがる富裕層が増えているという。韓国の銀行は富裕層に対し法律相談や税金相談などを無料で提供している。お正月前に親孝行契約書を用意したいと問い合わせる50~70代が増えたという。

 親孝行契約は「条件付贈与」として法的効力がある。決まった様式はないが、何を贈与して、その代わり何をすればいいのか、約束を守らなかった場合はどうするのか、この3点を具体的に明記すれば契約として認められる。

 例えば「親の財産である○○マンションを贈与する代わりに、子は親と同居し月1回は一緒に食事をする。生活費として毎月○○ウォンを親に支給する。約束を守らなければ財産を取り上げてもいい」という内容を書いて印鑑を押せば十分だという。

老老相続は経済にも悪影響

 複数の韓国メディアによると、最近は「老老相続」も問題だという。財産を相続する頃には、子も老人になっているという意味だ。自分を介護してくれたら財産を相続させるとして、財産を死ぬまで手元に置いておく親が増えている。

 韓国メディアは「老老相続が増えると、財産を抱える超高齢者がお金を使わないままなのでお金が社会に回らない。韓国経済にもよくない」として、親不孝訴訟と老老相続問題をうまく解決できれば、高齢化問題と経済問題の両方を解決できると騒いでいる。

 70代の子が90代の親を介護する「老老介護」もテレビや新聞でよく取り上げられる。老人が老人を介護するのは体力的にもきつく、医療費などでお金もかかる。親の老後を支えて親孝行したいという気持ちだけでカバーできる問題ではなくなった。

「親不孝防止法」が抱える課題

 それでも韓国の国会では「親不孝防止法」なるものを検討している。全ての贈与を条件付贈与にするものだ。条件なしで親が子に財産を贈与した場合でも、子が親の面倒を見ない場合は贈与を取り消せるようにする。

 具体的には民法を改訂して実現する。民法556条は、子が親の扶養義務を果たさなかった場合は贈与を取り消すことができると定めている。一方、民法558条は既に贈与が完了した場合は取り消せないと定めており矛盾する点がある。

 「親不孝防止法」にはいくつか問題がある。贈与された財産を子がすぐ売り払ってしまった場合はどうなるのか。親不孝だとして贈与を取り消した場合に、支払った贈与税は戻ってくるのか。親孝行をしているかどうかは何を基準に判断するのか。親不孝の範囲はどこまでなのか。親不孝をどうやって立証するのか。親が気に入らなければ親不孝なのか。親も子も幸せに介護・扶養をするのも容易なことではない。

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