「担当部長がやった」「子会社がやった」と繰り返すトップたちの会見は、なんだか無性に腹が立った。関係ない私が憤ったところでどうなるもんでもないのだが、今回は、三菱自動車の燃費偽装を巡る記者会見を見て、ふと思い出した5年前の出来事を書こうと思う。

 「私ら技術系の人間の頭の中にあるのは『良いものを作ろう』っていうことだけなんです。でも、今はそれだけじゃダメ。そういったこともウツの社員が多いことに関係してるかもしれません」

 こう話し出したのは、製造業の50代の男性である。メンタルを低下させる社員が増え、「ストレスとのつき合い方を話してほしい」との依頼だった。

 当時はやたらと製造業などの現場の人たちを対象とした講演会が多く、現場(工場などの生産現場)に足を踏み入れる度に、無性に胸が熱くなったのを記憶している。

 そこで働く人たちの実直さが肌にビンビンと刺さり、

「日本という国は、こういう人たちに支えられているんだよなぁ」

と感動したのだ。

 そんな“現場”の1人が、件の男性だった。白いつなぎに身を包んだ彼は、研究開発チームの課長さん。某大手自動車メーカーの技術者である。

 では、さっそく“現場の声”を、お聞きください。

「暗闇の中を全速力で走れ!って言われてるみたい」

 「本来、開発って『いついつまで』と期限をきられて、できるものではありません。試行錯誤を何度も何度も繰り返し、失敗を検証して、また試して。そうやって新しいモノが産まれるんです。でも、今は期限ありきです。すると過剰な長時間労働になる。私もそうですけど、もともと技術系の人間って、仕事が好きなんです。基本、マジメだし。家に帰るのもめんどうだって、車で仮眠を取ったり。よくないですよね」

 「昔は現場の仕事に集中して、『良いものを作る』だけで良かった。でも、今はマーケットのニーズを踏まえてやらなくてはなりません。顧客価値、市場価値、社会価値を理解しないとダメ。でも、そういう発想も知識も技術者にはありませんから、すごいストレスになる。暗闇の中を全速力で走れ!って言われてるみたいです」

 「人数もずいぶんと減らされました。40代前後の社員の負担が大きくなっているように思います。ひとりで抱え込ませないように、積極的にコミュニケーションをとるように言ってるのですが、みんな自分のことに必死で他人のこととかかまってられない。悪循環です」

 「会社はモチベーションを上げろ!の一点張りです。実は今日、河合さんには、ストレスとの付き合い方だけじゃなく、モチベーションの上げ方も話していただけると助かります。

 今回の講演会もモチベーションのことを話してもらうってことで、上から承諾もらったんです。勝手なことばっかり言ってすみませんが、みんな期待しているんでよろしくお願いします」

 以上が、今、私が思い出せる彼とのやりとりである。

リストラ、兼務…製造の現場へのしわ寄せ

 さきほど「当時は製造業などの現場の方向けの講演会が多かった」と書いたが、今思えば、さまざまな現場で問題が顕在化し始めた時期だったのだと思う。

 年功序列で賃金の高い40代以上の現場の方たちがリストラされ、

「うちの会社の技術は、工場で生まれました。技術の人たちの汗の結晶です。でも、今はすぐに数字に反映されない労働力は評価されません。それに対してどうすることもできない自分の力のなさに辟易しています」

と、やるせない気持ちを話してくれた“労働組合の委員長さん”。

 「社内試験を受けて他部署との仕事と兼務しろって。それができなきゃ、新人並みに給料下げるって言うんですよ。技術一筋でやってきた輩が、この歳になって営業だの経理だのできるわけがない」

と、会社が求める変化に戸惑っていた生産現場の“職人さん”。

 「現場の人たちの扱い方が難しい。会社としては採算が取れるかどうかが大前提なのに、現場の人はなかなか妥協してくれない。『上の指示』という切り札を出してやっとです。骨が折れます」

と、現場の頑さを嘆いていた“部長さん”。

 ……いろいろな立場の人たちが、それぞれの思いを話してくれたのである。

急速に低下する技術者の「やりがい」と「忠誠心」

 2011年に日本労働研究雑誌に寄稿された、「日本の技術者──技術者を取り巻く環境にどの様な変化が起こり、その中で彼らはどの様に変わったのか」(同志社大学教授中田喜文氏、同大学特別研究員宮﨑悟氏)というタイトルの論文には、1980年代から2000年代初頭までの現場の変化が詳細に分析されている(以下、抜粋)。

・自動車製造業に従事する技術者の数は、1995年をピークに減少傾向にある。

・米国では自動車製造業に従事している働く人たちのうち、技術者が占める割合は10.1%。一方、日本では約半分の5.4%。

・技術者の質(技術者1000人当たりの生産性)を、特許数を指標に日米で比較すると、1990年代中盤以降も日本の特許数は着実に上昇を続け、米国の水準を遥かに凌駕する高さを誇っている。


注:ここでの「技術者」は建築及び情報処理技術者をのぞく。特許数は延出願数、延登録数、実質出願数の3指標。

・技術力の高さが経済価値の創出につながっているかを、GDP10億ドル当たりの延出願数(世界各地の国で出願・審査が完了し、登録された数)で見ると、日本の特許は米国の5分の1~6分の1の経済価値しか生み出していない低さだった。

・技術者の「仕事へのやりがい」と「企業への忠誠心」を1994年と2005年で比較すると、どちらも急速に低下していた。

 これらの結果をかなりシンプルかつ乱暴にまとめると、

「日本の製造業って、技術者はめちゃくちゃ少ないんだけど、少数精鋭でメチャクチャ頑張ってる! 特許もたくさん取った! なのにさぁ~経営陣がそれを十分に生かしてないってどうよ? こんな職場で、やりがいも忠誠心もあったもんじゃないっしょ?」

ってことだ。

メンタルの労災申請が最も多いのは製造業

 裁量権がない、仕事の要求度が高い、能力に対して報酬が低い――。

 冷たいストレスの雨が降り続くだけ。雲の切れ間から元気になる光も差しこまない。がんばってもがんばっても報われない。そんな悲惨な世界に閉じ込められながらも、2000年代の技術者たちは必死で踏ん張っていた。

 で、今。企業間格差が生まれている。異常に気付いた会社は現場に光を当て、異常が常態化した会社では、現場の人たちの生きる力が萎えた。

 2014年度に精神疾患を理由に労災申請した人数(1456人)、支給決定件数(497件)は共に過去最多で、業種別では、「製造業」 が請求件数・支払決定件数ともにトップだったと報告されているのだ。

 三菱自動車の偽装問題では、会見の翌日、日本テレビの取材で「本社から子会社に不正の指示があった」との報告書をまとめていたことがわかったと報じられた。

 報告書には、「発売時に燃費が一番でなくてはならない」と、2012年の会議の席で当時の開発本部長が発言し、子会社の管理職は、「過去の経験から目標達成は厳しいと認識し、再三の目標の引き上げに疑問を持っていた」と語ったと記されているという。

 2013年5月にeKワゴンの開発秘話がテレビ放送されたとき、三菱自動車技術センターで開発責任者の方は、「何とか目標燃費のリッター29kmに届きたい」と語り、最後の最後でその目標を達成した瞬間が映し出されていたけど、あのときあの現場にいた“技術者”の方たちは、どんな思いだったのだろう。

 

「(不正を行った従業員は)軽い気持ちで出したんじゃないか」
「心根が悪いわけではない」
「燃費不正問題は、愛社精神が少し行き過ぎた程度の問題」
「燃費なんていうのは、営業トークのようにちょっと良く見せるようなもの」
「購入者で文句を言っている人はいない」
「そもそも燃費なんてみんな気にして乗っていない」

 三菱グループの帝王と呼ばれ、三菱自動車の相川哲郎社長の父でもある三菱重工相談役の相川賢太郎氏は週刊新潮の取材に、こんな放言を連発したが、帝王はいったいどんな声を聞いていたのだろうか。

 現社長の相川哲郎氏は、「ギャランΣがかっこよく思えた」から三菱自動車に入社し、エリート街道をまっしぐらに進んできた生え抜きの社長だが、彼は“現場”の人たちの声にならない空気を、きちんと感じとっていたのだろうか?

そういう時、人は“消えよう”とする

 不正は、「もの言えぬ風土のせい」と誰もが口を揃える。だが、ものが言えないことが真の問題ではない。「言っても無視するトップ」が問題なのだ。

 データを改ざんした子会社の当時の管理職は、「燃費目標に達成できない」と報告したところ、「都合の良いデータだけを使えばいい」と言われたそうだ(日本テレビの報道による)。

 どんどんとつり上げられる燃費目標に疑問を持ちながらも、必死で、ふんばっていた。どうにかしよう、と。でも、どうにもならない、もう無理と伝えたのに、「都合のいいデータだけ使えばいいじゃないか」だなんて……。私だったら、グレる。

 ものを言って無視されたときの屈辱は、ものを言えないとき以上にしんどい。 問題を解決しようというダイナミックなエネルギーが失せ、絶望するのだ。

 絶望した人間は、自暴自棄の感情に支配される。

「自分はいったい何のために努力していたんだ?」

と、自分の存在意義すらわからなくなり、群衆の中で息をひそめるのである。

 かつてオーストリアの心理学者で医師のヴィクトール・E・フランクルがその著書『夜と霧』(みすず書房)の中で、自分の存在意義を見いだすことができず、自分の意思で行動しても、発言しても、それが何の役にも立たない、それでも、そこで生きるしかない、という状況になった時、人間は“群衆の中に消えようとする”と説いていたように、だ。

 私はパジェロでスキーに行くことに憧れ、初めて自分で車を買うとき、GTOは候補の一つだった。

 三菱の車は強くて、かっこよかった。だが、その陰で、いや、その数年後から、“現場”人たちの強さ、かっこよさは会社に吸い上げられていたのかもしれない。

 本田宗一郎氏は、世界各地の工場を作業着で訪れ、食堂で冷め切った食事を出す料理長に「こんなメシを従業員に食わせて、いい仕事ができると思っているのか!」とカミナリを落とした。当時主流だった昼夜2交代制を、「昼間やって、翌週に真夜中に仕事して、身体を壊したらどうするんだ!」と、連続2交代制(午前6時30分~午後3時10分/午後3時20分~午後11時30分)を初導入したことは広く知られている。

 現場の環境にこだわったのは、そこで働く人を“人”として尊重したから。当然ながら、それを使うお客さんのことも……。

この本は現代の競争社会を『生き勝つ』ためのミドル世代への一冊です。

というわけで、このたび、「○●●●」となりました!

さて、………「○●●●」の答えは何でしょう?

はい、みなさま、考えましたね!
これです!これが「考える力を鍛える『穴あけ勉強法』」です!

何を隠そう、これは私が高校生のときに生み出し、ずっと実践している独学法です。
気象予報士も、博士号も、NS時代の名物企画も、日経のコラムも、すべて穴をあけ(=知識のアメーバー化)、考える力(=アナロジー)を駆使し、キャリアを築いてきました。

「学び直したい!」
「新商品を考えたい!」
「資格を取りたい!」
「セカンドキャリアを考えている!」

といった方たちに私のささやかな経験から培ってきた“穴をあけて”考える、という方法論を書いた一冊です。

ぜひ、手に取ってみてください!

考える力を鍛える「穴あけ」勉強法: 難関資格・東大大学院も一発合格できた!

まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

春割実施中

この記事はシリーズ「河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学」に収容されています。フォローすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。