この5日ほど、「音楽に政治を持ち込むな」という声が各方面から聞こえてくる。

 この話題は、私の知る限り、もう5年ぐらい前からくすぶっていて、時々思い出したようにインターネット上で再燃している。

 今回の再炎上は、フジロック(正式には「フジロックフェスティバル」)という1997年以来毎年開催されている野外ロックフェスティバルに、SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)の代表理事である奥田愛基氏がキャスティングされたことに端を発したものだ。

 ツイッター上でも「#音楽に政治を持ち込むなよ」というハッシュタグ(特定の話題を #〔ハッシュ記号〕付きの表題でまとめる機能)が登場して、以来、議論が白熱している。

 音楽一般や政治全般の話をする前に、このたびのフジロックに津田大介氏と奥田愛基氏が出演する問題に限定して、私の結論を明らかにしておく。

 現在、ネット上で展開されている論争は、「音楽とは何か」「政治的であるということの実体的な意味はいかに」「反体制の定義」「ロックミュージックにおける政治性とは」「ロックフェスティバルの発祥と歴史を学んで出直して来い」「'60s~'70sのアメリカにおける反体制運動と日本の反自民運動との違いもわからないのか」「つまりミュージシャンは聴衆を折伏する権利を持ってるってわけか」「逆に聞くが、リスナーが音楽家の行動に注文をつける習慣はいつからはじまったんだ」「そもそも政治的でない表現活動なんてものが可能なのか」「有料のアジ演説におとなしく耳を傾ける羊みたいな連中をロックファンと呼ぶわけだな」「観客の言いなりになってサービスに励む人間の奏でる音楽は果たしてロックなのか」「日本を愛さない人間がどうして日本の音楽フェスで説教を垂れるのか」「生理的に気持ち悪いのでできれば消えてくれ」「あんたの政治はあんたの靴の中でやってくれと言っている。広場に持ち出さないでくれ」てな調子で拡散していて収拾がつかなくなっている。

 議論の末端が荒れ狂うのはネット上のディベートの基本仕様みたいなもので、驚くには当たらない。

 野放図に広がってしまった枝葉の部分を無視して、本筋のところに注目すれば、論点は最初からはっきりしている。

 要するに、今回の論争は、一部の論者が

「SEALDsは巣に帰れ」

 ということを言いたいがために引き起こしたものだ。

 彼らは、音楽に政治をからめることそれ自体に反対しているのではない。彼らは、自分たちが気に入らない政治的主張を繰り広げている人物が、多数の若者が集まる場所で話をすることを阻止しようとしている。
 つまり、彼らもまた、極めて政治的な主張をしている。

「音楽に政治を持ち込むな」

 というスローガンは、そう言った方が公共性がありそうに聞こえるからそう言ってみているまでのことで、本音はあくまでも

「SEALDsひっこめ」

 というところにある。

 SEALDsの登場を阻止したい彼らが、自分たちの主張を発信するにあたって、「音楽に政治を持ち込むなよ」というキャッチフレーズを採用した理由は、たとえば空港の建設に反対する人々が、騒音で苦しむ「子ども」や「病人」を前面に押し立てて交渉を進めようとしたり、埋め立て工事で失われる「サンゴ礁」の生き物をポスターの絵柄に持ってくるのと同じことで、要するに「音楽」を「政治的」に利用しているからだ。

 何かを政治的に利用することがすなわち悪だと言っているのではない。
 私は、「音楽を政治的に利用するな」という言い方もまた、音楽を政治的に利用するレトリックのひとつだということを指摘しているに過ぎない。

 もっとも、彼らの主張が政治的であることはともかくとして、

「音楽のために集まった人間を相手に、場違いな人間が政治宣伝をしてるんじゃねえよ」

 という言い分に、まったく正当性が無いのかといえば、そんなことはない。
 十分に一理はあると思う。

 実際に、音楽を聴くためにフェスティバルに参加したのに、案に相違して政治の話を聞かされることを不愉快に思う聴衆は確実にいるだろうだからだ。

 ただし、私の見るに、現在、ネット上で、「音楽に政治を持ち込むなよ」ということを強硬に主張している人々の多くは、自分が純粋に音楽を聴く環境をかき乱されたくないからそう言っているのではない。それどころか、彼らの大半は、そもそもフェスティバルにやってくるつもりはない。単に奥田愛基氏の出演を阻止したいから、音楽を人質に取ってものを言っているだけだ。

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