生活習慣病の発症予防を目的とする特定健康診査(メタボ健診)。既存の基準ではリスクが高い非肥満者を拾い上げられないため基準の見直しが議論され、厚生労働省の2つの検討会で相反する結論が出た。中間取りまとめは今夏を予定するが――。
「リスク因子を抱える非肥満者にも何らかの対策を講じる必要がある」と指摘する東京大の門脇孝氏。
「リスク因子を抱える非肥満者にも何らかの対策を講じる必要がある」と指摘する東京大の門脇孝氏。

 2008年に始まったメタボ健診・特定保健指導は、生活習慣病の前段階である内臓脂肪症候群(メタボリックシンドローム)に焦点を当てたもの。いま、5年ごとに行われてきた実施計画の見直しの時期を迎え、腹囲や体格指数(BMI)を第一基準としたこれまでの評価基準では不十分との声が高まっている。

 東京大学大学院医学系研究科糖尿病・代謝内科教授の門脇孝氏は、「心血管イベント発症のリスクが高い肥満者の拾い上げには成功したが、非肥満者でリスクが高い群に対する取り組みは不十分だった」と指摘する。「血糖、脂質、血圧、喫煙のリスクを抱える非肥満者にも、生活習慣病予防に関する取り組みを積極的に行っていく必要がある」という考えだ。

非肥満者でも高リスク群が存在

 門脇氏の発言の裏付けとなっているのは、同氏が研究代表者を務めた「特定健診・保健指導におけるメタボリックシンドロームの診断・管理のエビデンス創出に関する横断・縦断研究」の結果だ。この研究は、12の国内コホート研究データを用いて、心血管疾患の発症を8~12年間前向きに追跡したもの。

表1 メタボ健診の評価基準
表1 メタボ健診の評価基準
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 現行の評価基準(表1)を用いて男性1万4068人、女性1万7039人を分類し、データを解析した結果、腹囲とBMIの基準をどちらも満たさず(非肥満者)、血糖や脂質、血圧、喫煙歴などのリスク因子もない群を対照群とすると、腹囲かBMIの基準値を満たし(肥満者)、リスク因子を1つ以上持つ群(リスク数1群)では、心血管イベントのハザード比が3倍近くになることが示された(図1右)。

 また、腹囲やBMIの基準値を満たしていない非肥満者でも、リスク因子を持つ群では心血管イベントのハザード比が高いことが明らかになった。リスク1群では、男性1.78、女性2.12。リスク因子を2つ以上持つ群(リスク数2以上群)では、男性1.91、女性2.54と、肥満者と同様に高いハザード比になった(図1左)。

図1 腹囲・体格指数とリスク因子数別の心血管イベント発生のハザード比
図1 腹囲・体格指数とリスク因子数別の心血管イベント発生のハザード比
12の国内コホートを用いて、メタボ健診の対象となる40~74歳のデータを解析し、心血管イベント発生のハザード比をリスク因子数別に比較した。
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 門脇氏はこれらの結果から、「心血管イベント発症リスクの高い群に指導ができていたことを示せた」としつつも、「非肥満者であっても、リスク因子を持っていると心血管イベント発症のリスクが高まることも明らかになり、これらの群への対策の必要性が示された」と読み解く。

 そもそもメタボ健診は、メタボリックシンドロームの診断基準を基に保険者が特定保健指導対象者を選定(階層化)し、対象となった受診者に保健指導を行うもの。対象者を選ぶ第一基準は、腹囲かBMIが基準値を超えているかどうかだ。腹囲の基準値は男性85cm以上、女性90cm以上、BMIは25kg/m2以上としている。これに該当する人のうち、血糖、脂質、血圧、喫煙のリスク因子が加わった場合、保健指導の候補となる。そのため、腹囲やBMIの基準に当てはまらない非肥満者は、リスクが高くても情報提供にとどまり、保健指導の対象にはならない仕組みとなっている。

 門脇氏らによる研究結果を受け、厚労省健康局の「特定健康診査・特定保健指導の在り方に関する検討会」は、2018年からのメタボ健診の実施計画を見直す目的で、今年1月に議論を開始。腹囲を対象者選定の最初の基準にするのではなく、エビデンスを重視し、血圧や血糖の高値といったリスク因子の数を基準にし、それに加えて腹囲を指標に対象者を選ぶべきという結論に達した。

保険者は現状維持を支持

 だがあくまで、この結論は健康局が開催した検討会での話。実施主体である保険者が制度としての実現性などを議論する目的で、今年1月から厚労省保険局が開催している「保険者による健診・保健指導等に関する検討会」では、既存の基準で継続すべきという意見が多数を占め、健康局の検討会とは異なり、基準の見直しは不要との結論に至っている。

 保険局の検討会での結論について、日本公衆衛生協会会長で同検討会の座長を務める多田羅浩三氏は、「メタボ健診の目的は症状の早期発見・早期対応ではない。症状を来す前に指導を行い、疾患の発症を予防するための取り組みだ。国民が自ら生活習慣を改善するのを手助けするものと捉えれば、既存の評価指標で十分と判断した」と語る。

 加えて多田羅氏は、メタボ健診と保健指導が高血圧、脂質異常症、糖尿病の上流にある内臓脂肪の蓄積解消に着目して始められた取り組みであることを強調。その他のリスク因子を抱えているとしても、非肥満者はそもそもメタボリックシンドロームの定義に該当しないので、「健康増進法に基づき、市町村が健康教育などを実施すればよい」と主張する。

 メタボ健診の実施者は、市町村ではなく国民健康保険、被用者保険(組合健保、協会けんぽ)などの保険者。市町村が行っている健康教育とは財源も位置付けも異なるため、実施の目的をきちんとすみ分けたいというのが保険者側の考え方だ。

 現在、メタボ健診の対象者約5300万人のうち、受診者数は約2500万人。保健指導対象者とされるのは約420万人だが、指導を終了しているのは約76万人のみ。「2兆円の医療費抑制効果をうたい導入した経緯を振り返れば、評価基準を変更して保健指導の対象者をいたずらに増やすのではなく、保健指導の利用率を高め、指導を完遂する仕組みづくりが求められている」と多田羅氏は話す。

 それぞれの検討会で、異なる論点から異なる結論が出されているメタボ健診の見直し。評価基準をどうするかについての最終結論はまだ出ていない。

 メタボ健診に関するその他の項目や保健指導の在り方などを含め、各検討会における今後の議論を踏まえ、健康局の「健康診査等専門委員会」が今年7月末に中間取りまとめを報告し、来年半ばに最終的な方針を決める予定だ。

 メタボ健診は、制度導入当初から、心血管疾患の発症や死亡を減らせるのかと疑問視され続けてきたが、普段、生活習慣病の患者を管理している第一線の先生方は、どちらの意見に賛成だろうか。

要指導者には具体的な目標値の提示を

 2008年に鳴り物入りで導入されたものの、その指導効果が疑問視されていた同制度だが、今回の見直しに際して「指導効果が徐々にデータとして示されはじめている」と日本公衆衛生協会の多田羅浩三氏は言う。

 レセプト情報・特定健診等情報データベース(NDP)のデータを解析した「特定健診・保健指導の医療費適正化効果等の検証のためのワーキンググループ」の研究結果では、適切に特定健診を実施した場合は腹囲、血糖、血圧、脂質と全ての検査値が概ね改善し、その効果が5年間続いていたことが示されている。また、適切に指導を受けた群では入院外医療費も有意に下がっていた。

 指導効果を得るコツとして東京大の門脇孝氏は、「血糖、脂質、血圧の高値など検査値の異常が見つかった場合には、その原因を医師と患者が一緒になって確認していくことが重要」と説明。内臓脂肪が高い場合は、「体重を3%減らせば相当な効果が得られ、5%減らすと非常に大きなメリットがあることがこれまでの研究により示唆されている。当面の目標を具体的に示すのが指導のポイントになる」と話す。

 また、以前は設定した目標に向けて「脂質量に対する指導を中心に行っていたが、脂質にこだわらず緩やかな糖質制限を用いるなど、患者の嗜好や希望に応じて健康的な食事を摂取できるよう指導する姿勢が医師にも求められる」と語る。

 加えて、門脇氏は食事指導に偏らず、運動指導を行う重要性も説く。筋力に抵抗をかける動作を繰り返すレジスタンス運動やストレッチを行うように促し、筋力を付けることで将来のサルコペニアの予防にも気を配るなど、「長期的な視点で健康寿命を延ばせるよう、バランスよく指導することも重要」と話している。

この記事は日経メディカルに2016年7月5日に掲載された記事の転載です。内容は掲載時点での情報です。
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