日中両国の国旗の前で、習近平主席が笑顔を見せる。その狙いは?(写真:新華社/アフロ)
日中両国の国旗の前で、習近平主席が笑顔を見せる。その狙いは?(写真:新華社/アフロ)

 ベトナム・ダナンで開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議の場で行われた日中首脳会談は珍しく、習近平(シー・ジンピン)の愛想がよかった。これをもって日中関係の改善の兆し、と報じているところもある。本当にそうなるのだろうか。そうなるとしたら、何が要因なのか、ということを考えてみたい。

「国旗入り写真」の意味は

 11月11日夕、APEC首脳会議が開かれたダナンで、安倍晋三と習近平が会談した。いつになく習近平は上機嫌で、安倍に笑顔を向けて握手。またプレス向け写真も、背景に日中の国旗を入れたものだった。それまでは中国はわざと国旗を入れない写真を撮り、習近平がいかにも仏頂面で、偉そうな態度を見せているような写真を選んでいた。

 これをもって、 中国メディアも日本メディアも、いよいよ日中改善の兆し、「日中関係の新しい始まり」と報じている。果たしてこれは、尖閣諸島漁船衝突事件以来続いている日中関係氷河期の雪解けと受けとっていいのか。

 報道を総合すると、会談では両首脳は北朝鮮問題で協力を強化することで一致、早期に日中韓首脳会議を開催できるよう尽力するとした。また日中の懸案となっている海空連絡メカニズム(艦船や航空機による偶発的な衝突が起きるのを防ぐため、防衛当局間で緊急に連絡を取りあえるようにする仕組み)の早期確立についても共通認識を得た。日中が第三国の市場においてのビジネス協力を行っていくことも日本側から提案された。

 新華社通信によれば、習近平は「中日は隣国同士であり、アジアと世界の主要な経済体だ。中日関係の安定的発展は双方の利益に合致しており、地域と世界に重要な影響を与える。双方、両国人民の根本利益から出発して、有利な条件を積み重ねて、中日関係を引き続き改善していきましょう」と語ったとか。

 さらに「中日関係の改善は相互信頼が鍵となる」として日本に対し「実際の行動と具体的成果で中日のパートナーシップを体現し、ともに脅威をつくらないという戦略的共通認識を持ってほしい」と呼びかけた。また、習近平は台湾問題および歴史問題にについて「中日の四つの政治文書に基づいて、双方がすでに合意している共通認識を持ち続けて、両国に存在する意見の対立については建設的で妥当な方法でコントロールしていこう」と語った。

 確かに、以前の木で鼻をくくったような習近平の態度はずいぶん変わってきているようだ。ただ、安倍からは日中平和友好条約40周年に合わせて、来年の相互訪問を提案したが、習近平は明確な回答は避けている。

 こうした状況について、中国の識者たちはおおむね、安倍の態度の方が軟化した、という見方で表現している。

中国識者の見立ては…

 北京大学の国際関係学院教授の梁雲祥は「先月、安倍率いる自民党が総選挙で勝利し、今月トランプとも会談した。安倍は内政外交とも好成績をあげており、さらに自信を持って中国との関係改善に動き始めたのだろう」(澎湃新聞)と、安倍政権の自信の表れが、対中姿勢の軟化につながり、それに習近平側が応えたと分析する。

 また外交学院教授・周永生は新華ネット上で安倍の対中態度軟化の背景として三つの点を挙げている。

(1)安倍晋三は周辺国との関係安定を望んでいるが、政権発足後、ずっとそれはうまくいっていない。ロシアとの北方四島の共同経済開発も、ロシアが主張する領土に関する固有の立場と矛盾しており、日本国内ではまだ不満がくすぶっている。韓国との関係も改善されていない。文在寅は慰安婦問題と労働者強制連行問題が解決していないとし、日本に積極的な対応を求めている。独島(日本では竹島)問題もまだ解決していない。このことから、中国との関係改善は安倍政権の安定にとって有利である。

(2)安倍政権は「一帯一路」(新シルクロード経済構想)によって、日本経済振興を期待している。アベノミクスはさほど大きな進展がなく、すでに息切れし始めている。同時に人口減少の構造性の問題などにも直面している。今後10年、中国経済の成長率は6%以上、米国は1.5%以上、EUは1.5%以上と推計されているが、日本はセロ成長だ。こうしたなか、少なからぬ日本企業が「一帯一路」に興味を持っており、日経新聞サイト(中文)などは、もし「一帯一路」と安倍の提唱する「質の高い基礎インフラ投資」が結びつけば相乗効果でアベノミクスに勢いがつくだろう、と指摘している。日本企業の働きかけで、安倍は「一帯一路」への態度を転換させている。

(3)日本は米国と対外政策で協調していかねばならない。日米首脳会談で、中国政府との建設的対話を継続して展開していくことの重要性を特に確認したという。

懸案解決に「長期安定」望む?

 ダナンAPEC前、都内で在日中国人学者をゲストスピーカーに招いた勉強会があった。頻繁に北京に赴き中国内政事情にもそれなりに、詳しいその学者によれば、習近平政権は最近、安倍政権の長期安定を望んでいる、という。10月の総選挙も自民党圧勝を期待していたという。

 それはなぜなのかというと、一つには、習近平の周辺には日本を重視するように進言する声はもともとあった、ということ。習近平自身に、無事に第19回党大会を乗り越えたことで少し自信が出てきて、そうした意見に耳を傾ける余裕が出てきたこと。習近平政権二期目としては、ライバルは米国であり、いずれ米中対立が先鋭化するタイミングが来ると予想されるが、その時までに日本を米国から引き離しておく必要がある。そのためには日本を中国サイドに引き寄せる努力をすべきだ、という考えに傾斜してきていることなどが背景にあるらしい。

 さらに言えば、日中関係を改善する上で、懸案の海空連絡メカニズムや東シナ海ガス田開発の問題について、日中は込み入った交渉をしなければならないが、そういう実務的交渉は安倍政権のような継続性のある政権の方がやりやすい。

 2012年6月に大枠で合意した海空連絡メカニズム実施に向けた協議は尖閣国有化問題で一時中断した後、2014年11月に協議再開で合意した。だが、尖閣周辺海域をこのメカニズムに組み入れるか入れないか、入れるとすれば、どういう扱いなのかで日中の意見は対立し、今に至っている。

 最終的には文書に使われる文言や定義の問題で、その最後の交渉の大詰めに入っているようだが、こうした双方が国家利益をかけた込み入った実務交渉ができるのは、今のところ安倍政権しかない、とその学者は指摘した。中国サイドにしてみれば、日中関係の悪化のきっかけは、実務能力の不足した民主党政権の“政治的空白”で起きているので、もともと野党に対する信頼度は低いのだろう。

 ただ、こうした意見はすべて中国サイドの見方、立場から発せられている。果たしてそれが本音なのか、というと中国の場合、公式に喧伝されていることとほぼ真逆のことが実は本音というパターンが多い。なので、こうした中国人識者の見方を反対側から透かして見てみることも必要だ。

 例えば、安倍政権サイドが中国との関係改善を望んでいる、と強く主張するときは、実は中国サイドの方が切実に対日関係改善を必要としていることが多い。周永生は日本が周辺外交がうまくいっていないため、中国との関係改善を望んでいると指摘するが、安倍政権の外交は、対韓国以外は、比較的効果が上がっているように私には見える。特に対ロシア、対インドはそれなりに手応えがあったと見られている。

トランプ対策と「一帯一路」問題と

 安倍が2016年8月、ケニアで開催されたアフリカ開発会議で打ち出したインド太平洋戦略は、今回の日米首脳会談でも実現に向けた連携が確認されたほか、トランプにフィリピン大統領ドゥテルテとの会談を行えるように環境を整えたりもした。

 残念ながら、トランプ・ドゥテルテ会談で、日本が密かに望んでいたであろう南シナ海問題における中国への牽制姿勢はひき出せなかったが、それなりに日本も対中包囲網を目指して舞台回し的な役割を演じようと動いていることは、中国も気づいているはずだ。国際情勢に関する正確な知識や認識がまだ不足しているように見えるトランプに安倍が個人的人間関係を利用して、日本の立場の“国際観”を吹き込むことを相当警戒しているようにも見える。

 「一帯一路」に関しても、アベノミクスを成功させるためにも日本が興味を持っているというが、これを裏返しに見ると、中国がぜひとも日本を引き込みたいということかもしれない。

 今、「一帯一路」が直面している問題は資金ショートである。現在は中国が相当無理をして国有銀行の資金をぶち込んでいるが、中国の銀行システムが抱える不良債権の莫大さを考えると、中国金融にシステミック・リスクを引き起こしかねない問題をはらむ。これは「財経」など中国の経済誌などにも結構赤裸々に指摘されている。だからこそ、日本のような資金力のある国にぜひとも参加してほしいところだろう。

 日米を分断させる、というのはもともと中国が持っている戦略だ。これまでの基本方針は米中接近による、日本の孤立化である。だが習近平政権は二期目に入って、G2時代への野心を隠さなくなってきた。トランプ・習近平会談で、「太平洋は中国と米国が共存するのに十分な広さがあるので、2つの大国が意思疎通と連携を強化すべきだ」と語り、かつて呉勝利(海軍司令)がキーティング(太平洋司令官)に提案し、米国を激怒させた「太平洋米中二分割論」を蒸し返した。

 ただ、トランプは紫禁城貸し切りという特別接待に懐柔されたのか、あるいは余裕があるのか、この発言に反論したりすることはなく「米中両国が連携すれば、世界中のあらゆる問題が解決できる」とリップサービスした。一方、日本外相の河野太郎が「中国は太平洋と接していない」と不快感を表すコメントを出した。

 トランプの対中戦略が今後どのように変わるかは、まったく予見できないのだが、今現在までの状況を客観的に言えば、北朝鮮問題に対しては中国を頼りにしているようだし、米中融和と言うべき状況が起きている。米中融和に引きずられるかたちで、日本も対中姿勢軟化に動いている、という中国人学者の見方も、あるいは来たるG2時代を見据えて、中国が日本を取り込もうという見方も、それなりに説得力はあるのだが、私は、もう一つの見方にも触れておきたい。

笑顔の下で、激しく

 ビジネスマン的リップサービスをすらすら言える代わりに、たびたび発言や態度を大きく変えてきたトランプに、中国は警戒し始めている。一方、安倍はそんなトランプに影響を与えるキーマンの一人であり、同時に明確に中国の脅威を意識して、対中包囲網をつくろうという地道な外交も行っている。これまでは、日本を孤立させることで日米分断を試みてきたが、5年を費やしても、それは成功していない。ならば日本の懐柔に作戦を切り替えるのは当然の選択肢だろう。日本を懐柔すれば、日米を分断できるかは別としても、トランプに“中国の脅威”を吹き込むヤツはいなくなる。

 中国としても、それなりに安倍政権の外交力を見て、あまり軽んじるわけにはいかないと判断したのではないだろうか。しかも日本は、「北朝鮮の脅威」論を借りて、憲法を改正し、国防を強化しようとしている。経済が落ち目と言われながらも、世界第三の経済大国が本気で再軍備強化すれば、中国にとっては北朝鮮の核より脅威かもしれない。少なくとも今しばらく、日本の中国に対する脅威論を和らげる必要がある。だから、中国は対日関係改善に取り組み始めた。習近平個人はどうやら安倍と相性が悪そうだが、政権としてはそういう方向に持っていこうとしているように見える。

 ただし、中国が将来的に尖閣諸島を奪い、台湾を統一しようという野心を隠し持っていることには変わりはないだろう。日中関係が雪解けムードになり、ハイレベルの交流が維持され意思疎通が深まることは大いに歓迎だ。だが、仏頂面でお互いそっぽを向いているより、笑顔の下に思惑を隠して利害を争う交渉を行うことの方が、よっぽど厳しい外交であることは言うまでもない。日中関係改善が本当にどれくらい進むかは、今しばらくの様子を見る必要があるが、それが事実としても、単純に朗報だと喜んでばかりもいられない、ということである。

 トランプと習近平のしくじり合戦が始まり世界は大混乱へ…。秋に党大会を控えた中国が国内外に対してどう動くか。なぜ中国人はトランプを応援していたのか。軍制改革の背景とその結果は? 北朝鮮の暴発と米中の対立、東南アジアへの進出の可能性など、様々な懸念材料が散らばっている、かの国を徹底分析する。
ビジネス社 2017年6月9日刊

まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

春割実施中