日経ビジネス6月13日号の特集「JT かすむ未来図」では、グローバル化を進めて「M&A(合併・買収)巧者」と賞賛されてきた日本たばこ産業(JT)の戦略と苦悩について掘り下げた。同社の海外戦略の要であり、成長のカギを握るのは、スイス・ジュネーブに本社を置く子会社、JTインターナショナル(JTI)だ。先進国での規制強化や新興国での競争激化に直面するなかで、JTIはJTの命運を左右するといっても過言ではない。これまでほとんどメディアの取材を受けることがなかったJTIの本社を記者が訪れ、キーマンたちの取材を通じて見えてきたJTIの実力と実態をリポートする。

*当連載は、日経ビジネス2016年6月13日号特集「JT かすむ未来図」との連動企画です。あわせてご覧ください。

JTIの新社屋建物(撮影は全て永川智子)
JTIの新社屋建物(撮影は全て永川智子)

 スイス西部のレマン湖の南西岸に位置するジュネーブ。人口20万人足らずの同市には世界貿易機関(WTO)や世界保健機関(WHO)など多くの国際機関が本部を置くことで知られている。古い街並みを抜けて再開発が進むエリアの一角、かつての国際連盟の本部建物近くに鋭角型の真新しいビルが屹立している。昨年10月末に開業したばかりのJTIの新社屋だ。

新社屋には「瞑想ルーム」も

 延べ床面積約2万8000平方メートルのビル内には1000人以上の社員が集まり、営業やマーケティングなどの各業務を担う。彼ら彼女らは多くが中途採用で、消費財の世界的メーカーなどを渡り歩いてきたエリートも少なくない。設備はフィットネスジムや食堂、ミーティングスペースなどが充実しており、仕事の合間にリラックスするための「瞑想ルーム」も備えている。

 中国を除く全世界のたばこ市場で、第3位の16%(2014年)のシェアを押さえるJT。2015年12月期の業績では、海外事業の売上高は全体の58%、営業利益は61%に上り、その比率は年々上昇している。グローバル化の成功例として引き合いに出されることが多いJTだが、それを実現してきたのがJTIの存在だ。

社内ミーティング風景
社内ミーティング風景

 JTIはJTが1999年に買収した米たばこ大手、RJRナビスコの米国外事業の部隊を母体とし、同年に設立された。ビジネスの足場を引き継ぎつつ順次展開エリアを拡大。2007年にJTが英ガラハーを買収してからは、同社の地盤も取り込み体制を強化してきた。

 「時間をかけ苦労しながら、成熟した関係を作り上げてきた」。JTからJTIに派遣され、ナンバー2の副社長兼副最高経営責任者(CEO)を務める寺畠正道氏はJTとJTIについてこう語る。JTIの母体となったRJRナビスコの米国外事業の買収(1999年)から、JTIの立ち上げやその後の運営に至るまで携わってきた。JT社内では小泉光臣社長らの次を担う「エース」と目される人物だ。

 JTとJTIの間には「オペレーティング・ガイドライン(責任権限規定)」と呼ばれるものが存在する。M&Aや人事など様々な経営上の判断や運用について、文字通り責任と権限が定められているルールブックだ。この中にはJTが承認する事項も明記されており、JTはこれに沿ってJTIに経営の方向性を指示する一方、実際の執行面では大きな自由度を持たせている。

JT本体の取締役にはつかず

 具体的には、海外たばこ事業を所管するJTIは、最終的な事業の責任をJT本体でたばこ事業本部長を務める岩井睦雄副社長が担う。事業の計画や報告などはすべて上げられ岩井副社長が承認する一方、どの地域にどのようなブランドを投入し、販促費をどの程度かけてどのように売るかといった運用についてはJTIに任せているといった仕組みだ。

寺畠副社長
寺畠副社長

 R&D(研究開発)や人事、財務などJT本体の各担当役員も各部門でのこうした決裁に関わっている。寺畠氏は東京での役員会などにも出席し、JTとJTIのスムーズな意思疎通を図る「橋渡し役」。「年初にフォーカスすべき目的や数字上の成長目標の提示があるほかは、基本的には全て任されている状態。JTIの役員陣は東京から信頼されていると実感を持っている」と説明する。

 ただ、売上高・利益で6割を稼ぎ出すJTIだが、トーマス・マッコイCEO以下その役員はJTの取締役には1人も名を連ねてはいない。JTの小泉社長はその理由について、「彼らがここまで成長できたのは、オペレーションに特化してもらったことが大きい。上場会社の取締役としてやらなければならないことは全て東京で引き受けることで、全エネルギーを海外事業の強化に注いでもらったことが大きな成功要因になっている」と説明する。

 さらに、こうしたJTとJTIの関係は、JTIが事業を手がける日本と中国を除く約120の国・地域でも適用されている。

 ジュネーブの本社はグローバルで事業を統括する心臓部として、営業、マーケティングといった事業部門だけでなく、財務や人事といった間接部門も持つ。その下にアジア、中欧などエリアごとの地域本部があり、さらに国ごとに設置された現地法人が現場でのビジネスを担う。本社は全体的な戦略を組み立て管理する一方、個々の国でのブランド投資や規制当局へのロビー活動などについては現地法人に大きな権限を与えている。

 実際、こうした仕組みを構築したことで、JTIはM&Aによる規模拡大だけでなく、欧州では自力でシェアを高めるなどの実績を上げてきた。JTがJTIに対し大きな経営方針を示して監督しつつ自由度を与えているのと同様に、「現地を一番よく知る実働部隊がスピード感を持ってビジネスを展開できる体制にしている」(寺畠氏)というわけだ。

中核9ブランドに注力

ダニエル・トーラス氏
ダニエル・トーラス氏

 特に近年JTIが存在感を高めているのがドイツ、チェコ、ブルガリアといった中欧地域だ。2010年からの5年間で販売数量は25%増え、各国でのシェアもおしなべて上昇している。中欧を統括するダニエル・トーラス役員は「先進国と発展途中の国が混在している同地域では、共通の戦略とエリアごとのきめ細かなマーケティングが非常に重要になる」と話す。

 一方、特集でも紹介したように、JTの海外事業は岐路に立たされてもいる。先進国での規制強化、新興国での競争激化により、JTIの実力が試されているのだ。そこでJTIが近年特に注力しているのが、「GFB(グローバル・フラッグシップ・ブランド)」と呼ぶ9つの主要ブランドの展開だ。

 GFBは世界2位のたばこブランドである「ウィンストン」をはじめ、「キャメル」や日本のトップブランド「メビウス」など。今年に入り、約6000億円で買収した「ナチュラル・アメリカン・スピリット(アメスピ)」も加えられた。

 JTIで営業とマーケティングを統括するアントワン・アーンスト役員は「ブランドの育成に『万能薬』はない。価格戦略や税制、消費者の好みなどは各市場で全く違うため、細かいリサーチと息の長い投資が必要だ」と強調する。各地域の販売動向に応じて重点ブランドを柔軟に組み替え、伸ばしていこうというのがJTIの戦略だ。

アントワン・アーンスト氏
アントワン・アーンスト氏

 例えば欧州では知名度が高く、中位価格帯のウィンストンをメーンにしつつ、比較的高価格帯のキャメルやグローバル販売を強化しているメビウスを組み合わせる。逆にアジアでは日本発のブランドとして人気のあるメビウスをプレミアム製品として浸透を図る。また、これ以外のGFBが強い地域ではまた別のブランドを中心に拡販しつつ、新たにアメスピを投入するといった具合だ。実際、2015年のJTIの販売実績では総数量は1%減となったものの、GFBに限れば4.3%増。全体に占めるGFBの割合は69%に高まっている。

「JTI出向組」が存在感

 アーンスト氏は「ナンバーワンを目指す上では、フォーカスと優先順位が非常に重要。アメスピは日本以外の市場でも大きな可能性があり、着実に育てていきたい」と話す。今年4月からはアイルランドで新たに売り出したほか、ドイツなどすでに展開している国でも販売を強化する方針という。

 JTの成長をけん引してきたJTIの存在は、今やJT本体にとっても単なる海外子会社の枠を超え、人材育成でも重要な役割を担う。ジュネーブの本社には約100人、その他地域も含めれば約180人を日本から派遣。若手は研修として、管理職クラスは実際の運営で一定以上の責任を持ち業務に当たっている。

 JT本体でもいわゆる「JTI出向組」は年々増えており、今後はより大きな影響を持つようになるのは間違いない。グローバル化の成功事例のさらにその先に進めるかは、JTとJTIの「親子関係」の深化にかかっている。

*当連載は、日経ビジネス2016年6月13日号特集「JT かすむ未来図」との連動企画です。あわせてご覧ください。
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