12月14日の中韓首脳会談で、「五輪休戦」で足並みを揃えれば、それは米韓の決定的な亀裂につながる(写真:新華社/アフロ 2017年7月撮影)
12月14日の中韓首脳会談で、「五輪休戦」で足並みを揃えれば、それは米韓の決定的な亀裂につながる(写真:新華社/アフロ 2017年7月撮影)

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 12月14日の中韓首脳会談で、韓国が「米国との縁切り状」に判を押すかもしれない。それは中国の属国に戻る道である。

防衛を放棄する「3NO」

鈴置:中国が韓国に「約束を守れ」と迫っています。韓国は中国の圧力に負け、自国の防衛の要(かなめ)を放棄する約束をしました(「中国に『降伏文書』を差し出した韓国」参照)。

 ところが文在寅(ムン・ジェイン)政権がその約束をとぼけようとしたので、中国が叱りつけているのです。

 10月31日に交わした中韓合意書と、その前日の10月30日の康京和(カン・ギョンファ)外相の表明により「3NO」を韓国は約束しました(「韓国が中国に表明した『3NO』」参照)。

●韓国が中国に表明した「3NO」

  • 米国とMDは構築しない
  • THAAD追加配備は容認しない
  • 日米韓3国同盟は結成しない

 韓国は在韓米軍へのTHAADの追加配備を容認しないと表明しました。しかし追加配備しなければ北朝鮮の弾道弾のうち、ソウルを含む韓国の北半分を狙うものは十分に落とせません。

 米国とのMD(ミサイル防衛網)を構築しないと、北の弾道弾のリアルタイム情報が入りません。韓国は独自のMDを作ると言っていますが、米軍の情報がなければ不可能です。

 日米韓軍事同盟は結ばないとの表明を中国は拡大解釈して圧力をかけ、日米韓共同演習をキャンセルさせました。日本からの情報が入らないと韓国は防衛上、かなり不利になります(「トランプの約束を1日で破り、変造した文在寅」参照)。

外交史に残る失態

大坂冬の陣(1614年)を思い出します。

鈴置:まさにそうです。徳川に白旗を掲げた豊臣方が、大坂城の堀を埋め立てさせられたのと同じ構図です。韓国は自らを守る盾を捨てさせられたのです。韓国外交史に残る失態と見なされています。

 もちろん保守派からは激しい批判が噴出しました。しかし文在寅政権は大失態を誤魔化そうとしました。青瓦台(大統領府)は韓国メディアに「これでTHAAD問題は完全に封印した」と手柄顔で説明したのです。

 合意により中国は今後、THAADに関し文句は言えなくなった。一方、中国は韓国製品不買運動などTHAAD配備に対する報復を中止することになる――と解説したのです。実際は「封印」どころか「炎上」することになるのですが。

 韓国政府は米国政府に対しても「3NOは約束ではなく、表明に過ぎない。だから韓国はそれに縛られない」と説明しました。

 しかし「中韓合意」には「3NO」に関して「中国側は立場と憂慮を明らかにした。韓国側は関連する立場を改めて説明した」とちゃんと書いてあるのです(「中韓合意のポイント」参照)。

●中韓合意(2017年10月31日)のポイント

  • 韓国側は、中国側のTHAAD問題に関連する立場と懸念を認識し、韓国に配置されたTHAADは、その本来の配置の目的からして第3国を狙うものではなく、中国の戦略的安全保障の利益を損なわないことを明らかにした。
  • " 中国側は国家安保を守るために韓国に配置されたTHAADシステムに反対することを改めて明らかにした。同時に中国側は韓国側が表明した立場に留意し、韓国側が関連した問題を適切に処理することを希望した。
  • 双方は両国軍事当局の間のチャネルを通して、中国側が憂慮するTHAAD関連問題に対し、話し合いを進めることで合意した。
  • 中国側はMD(ミサイル防衛)構築、THAAD追加配備、韓米日軍事協力などと関連し、中国政府の立場と憂慮を明らかにした。韓国側はすでに韓国政府が公開的に明らかにした関連する立場を改めて説明した。
  • 双方は韓中間の交流・協力の強化が双方の共同利益に符合することに共感し、全ての分野での交流・協力を正常的な発展軌道に速やかに回復することに合意した。

※注:韓国外交部のサイト「韓中関係改善に関連した両国の協議の結果」から作成

 そして合意の前日に外相が「3NO」の立場を説明しているのです。「中国の憂慮に応えて韓国が3NOを約束した」と理解するのが普通でしょう。

約束を堂々と破る国

日本との慰安婦合意もそうでした。韓国は約束を堂々と破る国ですね。

鈴置:その通りです。「ソウルの日本大使館前の慰安婦像の撤去に努力する」「この問題は最終的かつ不可逆的に解決された」との合意を韓国側はいとも簡単に破りました。

 米国との約束も1日で破り、発表文から都合の悪いところを削ってしまいました(「トランプの約束を1日で破り、変造した文在寅」参照)。今度は中国との約束を反故にしようとしています。韓国はやることなすこと、もう北朝鮮並みです。

 もっとも中国は日本のように甘い国ではありません。合意後の中韓首脳会談では必ず「3NO」に言及します。12月14日の首脳会談の直前にも「約束を守れ」と韓国の胸倉を再度、しっかりとつかみました。

 12月9日、王毅外相は北京でのシンポジウムで演説、「3NO」に言及し「韓国側は重要な公式声明を発表した」(the ROK side has made important public statement)と語りました。「誤魔化そうたってそうはいかないぞ」とクギを刺したのです。

 中国外交部の「Speech by Foreign Minister Wang Yi at the Opening of Symposium on International Developments and China's Diplomacy in 2017」(12月10日、英語版)で読めます。

 12月9日付の人民日報・海外版も「韓国大統領の来訪をいかに見るべきか」(中国語版)という見出しの論評で「3NO」の約束を守るよう、執拗に求めました。

 中国国際問題研究院の阮宗澤・副院長の「中韓関係の未来は韓国がTHAADなど『3NO』の約束を守るかにかかっている」との発言も紹介しました。約束を破ったら報復するぞ、という意味でしょう。

文在寅を脅したCCTV

中国はすべきことはちゃんとしますね。

鈴置:極めつけは文在寅大統領への直接的な威嚇でした。朝鮮日報の「中国メディアの『3NO原則を中国人民の前で明かせ』との突然の要求に文大統領は難色」(12月11日、韓国語版)が報じました。

 この記事によると中国・CCTVが12月8日に収録し、11日夕に放送した文在寅大統領との単独会見で、インタビューした中国の記者が以下のように要求しました。

  • 「THAADは追加配備しない、米国のMDに編入されない、米日韓の同盟は結ばない」と韓国政府は言う。言葉には信用が、行動には結果が必要だ。数億人の中国の視聴者のために、韓国政府の立場を具体的に語ってほしい。

 康京和外相が韓国の国会で与党議員の質問に答える形で表明した「3NO」を、中国のテレビ局のカメラの前で大統領自身がもう一度、約束しろ、ということです。中国はCCTVの会見を使って、大統領から直接、言質を取ろうとしたのです。

大統領はどう答えたのですか?

鈴置朝鮮日報の記事によれば「韓国はすでにTHAADに関する立場を明らかにしたことがある。それに対し双方が深く理解したのが10月31日の両国間の合意だった」と返答しました。

 大統領の口から「3NO」を直接的に語らせることはできませんでした。が、「THAADに対する韓国の立場が中韓合意のベースにある」とは言わせました。

 今後、中国は「韓国の大統領が言ったように、中韓合意はすなわち3NOだ」と主張、このカードをさらに駆使して韓国を操っていくでしょう。

「双中断」が議題に?

12月14日の首脳会談も「3NO」が主要テーマになるのですか?

鈴置:それも中国は持ち出すでしょうが「凍結対凍結」(freeze for freeze)が議題になるとの観測が出ています。

 「凍結対凍結」は中国語で「双中断」と言います。米韓の軍事演習と北朝鮮の核・ミサイル実験を同時に中断し、これを期に米朝が対話に入って解決を模索する、との案です。

 中国が言い出したこの案に対し米国は、いまさら対話しても北朝鮮に核武装のための時間稼ぎをされるだけ、と拒否しています。

 トランプ(Donald Trump)大統領は「(11月9日の)米中首脳会談で習近平主席と『凍結対凍結』は受け入れないことで合意した」と11月15日の会見で述べました(「第2次朝鮮戦争か、金正恩体制崩壊か」参照)。

 中国外交部の報道官は翌11月16日の会見で、これを否定しませんでした。「双中断が一番合理的な案だ」と語りましたが「双中断は初めの一歩に過ぎない」とも述べ「時間稼ぎに使われてはならない」との米国の主張を認めたのです。

 さらに「朝鮮半島の核問題を解決するいかなる他の提案も我々は歓迎する」と語って、米中の間に「双中断」――「凍結対凍結」を巡る対立はないことを示しました。

 中国外交部のサイト「Foreign Ministry Spokesperson Geng Shuang's Regular Press Conference on November 16, 2017」(11月16日、英語版)で読めます。

北とつるむ文在寅政権

なぜ、「凍結対凍結」が中韓首脳会談の場で持ち出されそうなのでしょう。

鈴置:韓国は「五輪休戦」を名分にした「凍結対凍結」を目指しています。2月から3月にかけて開催される平昌(ピョンチャン)五輪・パラリンピックを理由に、例年3月初めから2カ月近く実施する米韓合同演習を中止し、それを手がかりに北朝鮮を対話に引き出す作戦です(「平昌五輪『選手団派遣は未定』と言い出した米国」参照)。

 この「五輪休戦」により第2次朝鮮戦争を食い止めようと文在寅政権は画策しているのです。そのころまでに米国が北朝鮮を先制攻撃するとの見方が増えていますからね。

 もっとも北は核武装を放棄するつもりは全くありませんから「五輪休戦」で当面の戦争は止められても、北朝鮮の核武装を阻止するチャンスは大きく減ります。北朝鮮の核武装が進み、核による反撃の可能性が高まるほどに、米国は軍事行動をとりにくくなるからです。

韓国は北が核武装してもいいのですか?

鈴置:韓国の親北派の中には「南の経済力と北の核を合わせれば強力な独立国家を創れる」と信じる人がかなりいます。

 韓国の保守は危機感を強め「親北の文在寅政権は北朝鮮の核武装を認めるつもりだ」と国民に訴え始めました(「『北に先制核攻撃も辞さず』と言明した米国務省」参照)。

 14日の中韓首脳会談で「双中断」が論議されるのではないかと指摘したのも、保守系紙の朝鮮日報でした。

 「『THAAD出し惜しみ』に動く中国…複雑になった文大統領の対応策」(12月11日、韓国語版)で「双中断が首脳会談で論議される可能性もある。ただ、青瓦台は一応、否定している」と書いています。

中国を「五輪休戦」に引き込む

韓国が望めば米国は米韓合同演習をやめますか?

鈴置:韓国の言うことなど、米国は聞かないでしょう。来年春の合同演習が北朝鮮を圧迫し、核武装を食い止める最後の機会になる可能性が高いからです。

 ヘイリー(Nikki Haley)国連大使らが、米選手団の平昌五輪への派遣に関し「まだ決まっていない」と一斉に言い出したのもそのためでしょう。

 「北朝鮮の核武装を阻止するためなら五輪の開催などに構っていられない」との意思表示です。「五輪休戦」への牽制でもあると思います(「平昌五輪『選手団派遣は未定』と言い出した米国」参照)。

 結局、韓国が「五輪休戦」を実現するには、中国に頼んでそれを唱えてもらうしかないのです。

中国が「五輪休戦」を唱えるメリットは?

鈴置:中国だって地続きの朝鮮半島で戦争を起こしてほしくない。ダメもとで「五輪休戦」を提唱しても、損にはならないのです。

 ただ中国は、元・属国である韓国の「使い走り」をやるつもりはないでしょう。「五輪休戦を唱えてもいいが、独唱するつもりはない。合唱しよう」と韓国に逆提案するのではないかと思います。

 例えば、今回の中韓首脳会談後に「世界平和実現のため両首脳は五輪・パラリンピック前後の軍事行動は自制するよう共に世界に呼び掛ける」と共同発表する手です。

米韓同盟に決定的なヒビ

韓国1国で呼び掛けるよりは効果があるでしょうが、トランプ大統領がそれを受け入れ軍事行動をあきらめるでしょうか。

鈴置:あきらめる可能性は低いと思います。でも、中国とすれば米国が軍事行動をやめなくともいいのです。中韓が「五輪休戦」で声を揃えれば、米国は韓国を裏切り者と見なすでしょう。米韓同盟に決定的な亀裂が入ります。

 裏切りが表面化する前から、トランプ大統領は「韓国は歴史的に中国の一部だった」と語り、勢力圏外の国と認定しているのです(「『韓国は中国の一部だった』と言うトランプ」参照)

 米国から捨てられることが判明すれば、韓国人の相当数が「米国陣営から中国陣営に戻るしかない」と観念するでしょう。

 習近平主席がトランプ大統領に教えたように、朝鮮半島の歴代王朝は中国大陸の王朝の朝貢国だったのです。韓国人には中国の属国に戻ることに、日本人が想像するほど拒否感はありません。

「戦後」に強まる米国の影響力

あのように「うるさい国」を再び属国にしたいのでしょうか、中国は……。

鈴置:確かに、そう言う中国人が多い。ただ、中国は米国に対し何らかのカウンターパンチを準備する必要に迫られています。

 第2次朝鮮戦争の「戦後」には、米国の影響力が朝鮮半島やアジアで飛躍的に増すのは確実です。米国の軍事力が改めて見直されるからです。中国がそれに対抗するには、韓国の再属国化が最も実現可能で手ごろな策なのです。

 先に引用した12月9日の演説で王毅外相は改めて「双中断」に言及しました。「中国は対話と交渉を再開するための条件整備を目指し『双中断』を主張してきた」と語ったのです。

 中国のこれまでの外交努力を誇ったようにも見えますし、韓国に「双中断」すなわち「五輪休戦」を共に唱えようと、サインを送ったようにも見えます。

次回に続く)

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