自動車メーカーに加えて、グーグルなどのIT(情報技術)大手、ウーバーなどのライドシェア(相乗り)大手まで、様々な業種の企業が開発を加速させる自動運転車。異種格闘技戦ともいえる競争が激化する中で、ホンダはどのような自動運転車を実現しようとしているのか。自動運転車が普及するとどのような変化が起きるのか。ホンダの研究開発部門である本田技術研究所 四輪R&Dセンター統合制御開発室の杉本洋一上席研究員に話を聞いた。

(聞き手は山崎 良兵)

多数の自動車メーカーに加えて、ソフトウエア会社や半導体メーカーが自動運転車の開発に力を注いでいます。自動運転車は社会をどのように変えていく可能性があるのでしょうか。

杉本洋一上席研究員(以下、杉本):クルマ社会にはさまざまな課題があります。まず都市部ではクルマの数が多くて、渋滞があり、駐車場も不足気味です。一方、郊外はクルマがないと非常に不便で、クルマはなくてはならない。過疎地では高齢化や人口減少が進む中で、バス路線が廃止されています。自動運転で、こうした交通の課題を解決し、社会を変えていきたいと思っています。

本田技術研究所 四輪R&Dセンター統合制御開発室の杉本洋一上席研究員(写真、陶山勉、以下同)
本田技術研究所 四輪R&Dセンター統合制御開発室の杉本洋一上席研究員(写真、陶山勉、以下同)

 2つのアプローチがあります。1つは公共交通サービスで、無人のライドシェア(相乗り)サービスやバスを順次進化させています。もう1つが個人向けのクルマの進化です。

 自動運転はクルマ社会の最大の課題を解決できる可能性があります。2017年には交通事故により、全国で3694人が亡くなっています。こうした事故を一日も早くなくしたい。高齢になって免許を返納する人や、事故が怖いから車に乗りたくないという若者もいます。全ての人がいつまでも自由に移動できる社会を実現したいと思っています。

自動運転車では、他社との違いや、ホンダらしさをどのように実現するのでしょうか。

杉本:ホンダが自動運転車でこだわりたいポイントは2つあります。まず「任せられる信頼感」。機械に自分の運転を任せるには、心から信頼できないと難しい。

 例えば、クルマの運転中、前方の路肩に駐車しているクルマの後ろを自転車が走っているとします。駐車中のクルマが右のドアを開けると自転車が右によける可能性がある。人間ならそう推測しますが、AI(人工知能)も同じように考える能力を持つ必要があります。

 自動運転車は周りの人に危険を与えてはなりません。さらにホンダは「心地よく、なめらかな乗車フィーリング」も実現させます。これらを通じて、自動運転車を心から信頼できて、出かけたくなるようなものにしたい。

 被害軽減という意味では、危険時に事故を回避する技術が不可欠です。ドライバー主体の運転支援から、機械が主体の自動運転に発展させる。ホンダは2020年までに高速道路の自動運転を実現し、それを一般道の自動運転に広げていきます。2025年までに(完全自動運転の)レベル4の自動運転を目指しています。

2020年の自動運転車のシステム構成は

自動運転車には多数のセンサーやカメラ、半導体が搭載されます。システム構成はどのようなものになるのでしょうか。

杉本:2020年の自動運転車のシステムには、外界認識のためのカメラが2台、レーダーなどのセンサーが合計5台搭載されることを想定しています。自車位置の認識には、マルチGNSS(全球測位衛星システム)、地図ECU(電子制御ユニット)などが必要です。さらにドライバーの状態検知にも、車内カメラ、(ハンドルを握っているかどうかを検知する)把持センサー、操舵トルク感知センサーが使われます。ドライバーが自動運転の状態を確認したり、コントロールしたりするための「HMI(ヒューマン・マシン・インターフェース)」として薄型ディスプレーなども搭載されます。

当面は、完全自動運転ではなく、部分自動運転のクルマが中心になります。高速道路は自動運転で、一般道では人間が運転するようなケースが増えそうです。運転の切り替えは難しくないのでしょうか。

杉本:政府の「SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)」の一環で自動運転車の実験があり、2017年秋に首都高を走行しました。ゲートをくぐって本線に合流し、高速道路を自動走行し、もし前方にスピードが遅いクルマがいれば、車線変更して追い越しもしました。

 (機械から人間への)運転交替の考え方はこうなっています。運転の引き継ぎが必要になった際は、薄型ディスプレーにまず表示する。それでも運転の交替がなされなければ、音声でアラートを出します。視覚、聴覚、触覚へと段階的にだんだん強い警報を与えて、ドライバーに交替を促すのです。

 ドライバーが急病になった場合にクルマを安全に停車させる、「システムフェール」という強い警報もあります。どんな時でもそれらの機能を実行するために、我々は「冗長性」を大事にしています。冗長性とは、あるシステムに何か問題が起きても、別のシステムでカバーする仕組みのことを指します。

自動運転を実現するカギは何になるのでしょうか?

杉本:2020年以降の一般道での自動運転では、複雑なシーンを想定しなければいけません。例えば、路肩に子供がいる場合、反対側にいる友達のところに行こうと飛び出してくるかもしれない。さらに他のクルマが今後どう動くかも適切に予測して、自分のクルマのふるまいを決める必要があります。

 クルマの「認識」性能を高めるには、AI(人工知能)の技術が不可欠です。ディープラーニング(深層学習)を使って、路肩に線がきちんと引かれていなくても、道路領域を認識する。雨が降っていても交差点での停止位置を認識し、歩行者の体の向きも検知することも求められるでしょう。

中国のAIベンチャーとグーグルの両方と組む理由

AIでは中国のベンチャー、センスタイムと提携しました。狙いはどこにあるのでしょうか。

杉本:様々な複雑なシーンに対応できる自動運転の技術を作り上げるためにセンスタイムと協業していきます。AI技術はすそ野が広い。彼らには、専門的な理論や手法、それを支えるコンピュータークラウドを使いこなすノウハウがあります。ホンダ単独ではスピード感が足りません。センスタイムは香港にコンピュータークラウドを持ち、それを活用しています。

 AIを使えば「認識」の部分だけでなく、「判断」の部分も高度化させることが可能です。人間は視覚情報だけで運転しています。自動運転車でもカメラしか使わず、一般道を運転できるのかどうか。時系列学習で予測精度を向上させ、一般道で高精度地図を使わずに自動運転を実現できるか研究しています。

 AI技術は幅が広く、進化も速い。得意な技術を持つメーカーと協業していきます。センスタイムはAI技術のエキスパートで高い専門性がある。それを活用することで自動運転車の開発を加速したい。

 もちろんホンダにも得意分野があります。従来から培ってきたクルマの制御技術や(システムを)まとめていく技術は強い。それらをセンスタイムの強みと融合したい。

 センスタイムにはAIの深層学習で世界的な権威と呼ばれる優れた人材がいます。自動運転ではコンピュータークラウド技術の活用に加え、ECUに深層学習の成果を効率的に実装することが重要になります。大量の情報を効率的に処理する技術などを活用していきたいと思います。

ホンダは一方で、米グーグル系の自動運転開発のウェイモとも提携しています。こちらはどのような狙いがあるのでしょうか。

杉本:自動運転には個人向けのクルマ以外に、モビリティーサービスというアプローチもあります。ウェイモが目指しているのはそちらの方で、究極的には無人の完全自動運転を志向しています。こうしたクルマの開発を、個人向けの自動運転車と同時に進めるのは(ホンダの)規模的には難しい。

 ノウハウは開示されていませんが、ウェイモの自動運転の実験車はものすごく長い距離を走行してデータを収集し、シミュレーションを繰り返しています。AIの学習はデータがあればあるほど深まりますが、むやみにデータを集めると時間がかかってしまいます。コンピューティングのパワーも必要で、工夫をしないといけない。

 ウェイモの強みは莫大なデータの中で、重要なポイントを押さえていることです。やみくもにデータを取るから強いわけではありません。例えば、高速道路での自動運転では、おさえないといけない運転シナリオがあり、他にも様々なシナリオを考えないといけない。彼らは走り込んでいるので、こうしたシナリオのデータベースを持っています。ホンダとしては様々な走行データをできるだけ効率よく集めたいと思っています。

AI半導体のエヌビディアと組む理由

それではAI半導体の米エヌビディアと組むのはどういった理由からなのでしょうか。どのようなメリットと課題があるのでしょうか。

杉本:エヌビディアに関してあまり多くは語れませんが、特に深層学習などで高度なアルゴリズムを実装するには処理能力の高い半導体が必要になります。それを開発するためのツールや環境を提供する能力は大きい。研究開発の領域においては、エヌビディアと一緒にやっていますが、(量産車のような)具体的なビジネスに関してはまだこれからです。

 (エヌビディアは)車載用の半導体を開発していますが、ものすごく処理能力が高い。(発熱するため)水で冷やす必要も出てきます。従来の車載ECUと比べると消費電力も高く、コストも高くなるため、まだ難しい部分があります。

 もちろんエヌビディアの半導体も(量産する自動運転車に搭載する)選択肢としては考えています。ただAIを搭載する半導体では、FPGA(回路構成を自由に変更できる半導体)に強い米ザイリンクスや、日本のルネサスエレクトロニクスもあります。技術進化は速いので、いろいろな半導体を幅広く見て、比較しながら選びたいと思っています。

 エヌビディアは自社の半導体が自動運転に適していることをアピールしています。自動運転は、システムが認識と判断、行動をつかさどります。それを全部AIでやるには、ものすごい学習量が必要で、非常に高性能な半導体が必要になります。

 さらにAI技術は、その中のロジックが分からないという難点もあります。深層学習のようなニューラルネットワークは、どのような学習をした結果、そのような判断に至ったのかが不透明なのです。ブラックボックスになってしまいます。

AIは万能のように思われていますが、いろいろな課題があるということでしょうか。

杉本:AIができることは何でもやろう。何でもAIありきという考えではありません。

 ホンダとしては、従来の制御技術では難しいところにAIを導入していきます。AIの処理負荷はできるだけ軽くしたい。自動車メーカーとしてはAIを従来の制御技術と組み合わせて、クルマの安全性を保証しなければなりません。

 自動運転において想定外はたくさんあります。モビリティーサービスは、限られた場所でやればいいという考え方はあるでしょう。例えば地域や路線を限れば、路面電車のようなものを自動化するのは難しくないと思います。ルールを覚えさせればいいのでやりやすいはずです。

 しかし自動車ではそうはいかない。どんな地域でどんな顧客が使っても機能するように、非常に幅広い範囲について、保証する必要があります。自動運転車でも100万台レベルで保証しないといけません。

普及すると何が起きるのか。課題は?

ホンダが自動運転で一番こだわっているのはどのようなポイントでしょうか。

杉本:「技術は人のためにある」というところでしょうか。それはホンダ創業者の本田宗一郎が掲げていたもので、今でも変わらない理念です。自動運転技術はあくまで手段です。人や社会にどういう価値を提供するのかにこだわり続けて、心から信頼できて、お年寄りや初心者にとっても少しでも使いやすい自動運転を実現する。人を中心に考えて、どこまで人にやさしくできるのか。そこにこだわり続けたいと思っています。

 クルマに乗ることが人間の能力を拡大してきました。高齢者にもいつまでもモビリティーの自由を持ってほしい。それによっていろいろな経験をしてもらいたい。

自動運転ではこれまでのように完成車メーカーが根幹的な技術を握るのではなく、半導体やソフトウエア会社など頭脳を握る会社が主導権を持つような印象があります。

杉本:外部が(主導権を)握るみたいなことは言いにくいのですが、確かにAI技術ではITの巨人や当社が協業を始めたセンスタイムのような新しい企業が強い部分があります。彼らは自動運転のプラットフォームを提供したいと思っています。

 ただ彼らができるところ、できないところがどうしてもあります。彼らはIT技術に強いのですが、クルマは信頼性がすごく大事です。100万台のクルマを造っても、致命的な故障は起こさない。これまで自動車メーカーはそのような信頼性を築き上げてきました。IT企業が全部を造れるわけではなく、必ず分業することになります。ITのプラットフォームだけではクルマは実現できない。最終的なハードウエアでは自動車メーカーが一緒になって取り組まないとできないはずです。

 とりわけホンダは個人向けの自動運転車で強みを出したい。クルマがどのような動きをすればドライバーは安心できるのか。ホンダなら非常に乗り心地が良く、質のいい自動運転を提供できるという自信を持っています。

自動運転車が普及すると移動の自由が広がるといったメリットが語られることが多いのですが、そこに落とし穴はないのでしょうか。

杉本:自動運転で(ライドシェアのような)モビリティー・アズ・ア・サービスが普及すると、移動コストが下がって、物流や人の動きの自由度は上がるでしょう。しかし社会としてそれを生かすためには、スマートシティのような大きなデザインを描くことが必要です。電車やバスは残るでしょうが、それらを補完する形でモビリティー・アズ・ア・サービスが広がるはずです。

 自動運転には、技術な課題がまだまだあります。今後は自動運転のクルマとそうでないクルマが混在する状況が生まれます。例えば、首都高の実証実験で痛感したのは、自動運転車が制限速度をきちんと守ると交通の流れが遅くなること。後ろが数珠つなぎになり、自動運転車があおられてしまうのです。

 自動運転車が増えると、かえって渋滞を引き起こしてしまうという懸念があります。自動運転車の普及には時間がかかり、交通事情はなかなか一朝一夕には変わりません。もちろん自動運転車が主流になれば、道路設計なども変わるでしょう。そうなると自動運転が交通に与えるインパクトはより大きくなります。

 もちろん自動運転技術の発展で明らかに事故は減るはずです。我々もそれを期待しています。10~20年先に交通事故が劇的に減る時代はきっと実現するでしょう。

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