年末からず~っとスカッパレが続いている(原稿を書こうかなぁ~っとパソコンを開いた1月4日現在です)。
 ホントに気持ちがいい。絶好の原稿日和……である。たぶん(苦笑)。
 というわけで、2018年の一発目は……「職場と感情」について書こうと思う。

 というのも、実は年末からボヤボヤと何を書こうかと思いを巡らせていたのだが、アレコレ思い浮かぶテーマを噛み砕き思考の断片をつなげていったところ、「どの話も、職場での感情のやり取りが上手くいってないせいじゃないかなぁ」という結論にたどり着いた。

「やっぱり××は言えないよね」

 例えば、

 親の介護をしている部長さんは、

 「やっぱ会社には言えないよね。部下に迷惑がかかるでしょ」

 とひとり問題を抱え込んでいたし、
 ミスの多い部下に思い悩んでいた上司は、

「厳しく言わないと、って思うんだけど……、パワハラになりそうで恐い」

 とためらっているうちにめんどくさくなり、その部下を異動させた。
 20代の若手は、

 「ホントは自分では判断できないことがあるんです。でも、そんなこと聞いたら“ダメなヤツ”って烙印を押されてしまう」

 と不安満載で仕事をしていたし、
 年上部下を持つ40代前半の課長さんは、

 「全く心を開いてくれない。やりづらい……っていうか関わるのを避けるようになった」

 と、自分の行動を悔いていた。

 当たり前のことだけれども、仕事をしているのは人。
 人である以上、さまざまな感情を抱く。

 家庭でのしんどい気持ちを引きずりながら、仕事をしなくてはならないこともあれば、上司や部下との関係に悩むこともある。

 特に職場では、楽しい、めんどくさい、イヤといった単純な感情だけでなく、嫉妬、羨望、イライラ、怒り、不安、一体感、共感、恋愛、信頼など、多種多様。職場は感情の宝庫だ。

 私たちは自分が想像する以上に、感情に左右される。
 「最後は気持ち」という言葉はスポーツの世界ではよく聞くけど、職場も一緒だ。

 個人の能力をMAXに引き出すのも、成長するのも、チームの生産性を上げるのも、仕事を成功させるのも、メンタルヘルスも、“感情”次第といっても過言ではない。

 奇しくも安倍首相は1月1日の年頭所感で……、

 「高い志と熱意を持ち、
 より多くの人たちの心を動かすことができれば、
 どんなに弱い立場にある者でも、成し遂げることができる。」

 という津田梅子さんの言葉を引用し、4日の年頭にあたっての記者会見では、

 「未来は変えることができる。すべては私たちの意志と行動にかかっています。本年、働き方改革に挑戦いたします。正規、非正規、雇用形態に関わらず、昇給や研修、福利厚生など、不合理な待遇差を是正することで多様な働き方を自由に選択できるようにします。長時間労働の上限規制を導入し、長時間労働の慣行を断ちきります。ワークライフバランスを確保し、誰もが働きやすい環境を整えてまいります。70年に及ぶ労働基準法の歴史において、まさに歴史的な大改革に挑戦する。

 今月召集する通常国会は働き方改革国会であります。子育て、介護などそれぞれの事情に応じた、多様な働き方を可能とすることで、1億総活躍の社会を実現してまいります」

国の規制も大事だけど…

 …とコメントしたけど、どんなに長時間労働の慣行を断ち切るべく国が規制しようとも、どんなに誰もが働きやすい環境を国が整えようとも、職場での感情のやりとりが上手くいかないとダメ。残業は減らないし、働きやすくもならない。

 先の何人かの事例のように、

  • 言ってはいけないと自分で決めつけたり、
  • 言いたいことを言えなかったり、
  • 聞きたいことを聞けなかったり、
  • 話しかけることを意識的に止めてしまったり……

 といった職場だと、高い志も熱意も萎える。

 人間の“たくましさ”が引き出されず、ジ・エンド。
 そう。その場で人間の可能性が断ち切られてしまうのである。

 するとみんな言うわけです。「コミュニケーションを円滑にしよう!」「風通しをよくしよう!」「報連相を大切にしよう!」と。「チーム力を上げたい」「部下のパフォーマンスを高めたい」「部下の心を動かしたい」と、部下マネジメントに一所懸命な上司ほど空回りする。

 だが、そもそも言いたいことが言えないのだから、コミュニケーションが円滑になるわけもなければ、風通しがよくなるわけもない。報告、連絡、相談もカタチだけとなり、全く機能しない。

 必要なのは「言いたいことが言えるチーム」だ。
 そのために言葉はある。

 言葉は人を傷つけるためにあるのではない。互いにわかり合い、互いを知り、共同体(=職場)で居場所を得て、よりハッピーになるために存在する。

 「言いたいことが言えるチーム」が、職場の生産性を向上させることを明らかにしたプロジェクトがある。

 Project Aristotle(以下PA)。

 アリストテレスといえば、“The whole is greater than the sum of its parts(直訳:全体は部分の総和に勝る).”という格言を残し、共同体の重要性を訴えた先人の1人でもある。

 「ひとりで仕事をするより一緒に仕事をした方が能力を発揮できる」という理念を大切してきたグーグルが、「ナニがチームの生産性を向上させるか?」を紐解くためにPAを立ち上げ、組織心理学者や社会学の専門家支援のもと調査を実施したのだ(参考リンク:こちら、と、こちら)。 

決定的に重要なのは「心理的安全性(psychological safety)」

 その結果、「心理的安全性(psychological safety)」が鍵を握っていることがわかった。
 psychological safetyとは、「自分のマイナスになるかもしれないことでも言える雰囲気が、チーム内にある状態」を示す言葉で、特に医療現場でここ数年注目されてきた概念である。

(※1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在するとしたハインリッヒの法則に従い、ヒヤリハット=ミスはしたけど結果として事故に至らなかった事例を集め、重大事故を未然に防ごうという活動を進める上で、psychological safetyの重要性が指摘されている)

 Psychological safetyを、Trust(信頼) やMindfulness(マインドフルネス)と混同する人もいるが、それらとは全く異なる。Trustは他者への感情であり、Mindfulnessは自己の感情であるのに対し、Psychological safetyはあくまでも“場(チームや職場)”に抱く感情である。

 要するに、ものすごく平たく言えば「失敗を素直に言えるチーム」。

 「こんなことを言ったら上司に叱られるのではないか?」
 「こんな意見では同僚からバカにされるんじゃないか?」
 「もっと立派なことを言わなきゃいけないんじゃないか?」

 そういった不安をチームメンバーが抱かない空気があるチームだ。

 PAでは当初、チームワーク、リーダーシップ、チームカルチャーなどに着目しデータを収集して綿密なデータ分析を行い、生産性の高いチームと低いチームの違いを見いだそうとした。
 が、いずれも空振りだった。

 そこで膨大なデータをもとに議論を重ねたところ、あるパターンに気付く。

 「成功の法則性」。つまり、成功するチームは何をやっても成功し、失敗するチームは何をやっても失敗する。成功するチームではメンバーの能力が最大限に引き出され、「1+1=3、4、5…」となるチーム力があった。

 それを支えていたのが、Psychological safety。
 成功するチームは、年齢や役職やスキルの差に関係なく、チームメンバー全員がほぼ同じ時間だけ発言していた。それが暗黙のルールとして存在し、自然にそうなる空気がチーム内で醸成されていたのである。

 そこでグーグルはある実験に挑む。
 社員5万1000人の中からチームリーダー格の有志を募り、彼らにPAの主旨や調査結果を伝え、「心理的安全性」を育むための具体策を考えるようミッションを出した。

 生産性の上がらないことに悩んでいたチームリーダーの一人はチームの全員を集め、「これから君たちの知らないことを打ち明けよう」と、自身が転移性の癌に冒されていることを告白する。

 突然の告白に、最初は戸惑ったチームメンバだったが、その後、ひとり、またひとりとチームメイトに、「こんなことを言ったら自分のマイナスになるかもしれない」と隠していたプライベートを話し始めた。そして、気がつくと話題はチームの仕事に転じ、問題点や、生産性を高めるための議論が始まっていったという。

個人的なお付き合い、ってことじゃないですよ

 つまり、PAで浮かび上がったのは、「ひとりの人」として互いに向き合う瞬間の重要性だった。「仕事人としての自分」ではなく「素の自分」を曝け出すことで潜在能力がMAXに引き出され、協調行動が促進される。互いにわかり合い、言いたいことを言い、互いを知り、共同体(=職場)で居場所を得ることができれば「1+1=3、4、5…」、“The whole is greater than the sum of its parts”になる。Psychological safetyを育むことが、間接的にではあるがチームの生産性を高める可能性が示唆されたのだ。

 それは「会社を離れても個人的に付き合う」ということでも、「同じ趣味をもつ」ということでもない。「仕事」はあくまでも人生の一部に過ぎないという当たり前と、人は誰しも弱い側面を持ち、愚かな振舞いをすることがあるという当たり前を受け入れること、だ。

 実際、PAは、「同じチームに所属する社員(チームメイト)は、社外でも親しく付き合っているか」「彼らはどれくらいの頻度で一緒に食事をしているか」「彼らの学歴に共通性はあるか」「外向的な社員を集めてチームにするのがいいのか、それとも内向的な社員同士の方がいいのか」「彼らは同じ趣味を持っているか」など、“親密性”と生産性を検討したが、そこに相関性は認められなかった。

 とまぁ、職場の感情についてアレコレ書いてみたけど、いろいろな働き方が必要になるほど、家族のカタチや事情、生き方の価値観が多様化した今だからこそ、感情のやり取りが上手くできる職場が求められているように思う。

増やそう、VGワード

 加えて、セクハラ、パワハラ、マタハラが社会問題化し、NGワードだらけの昨今の職場だからこそ、チームメンバーを癒し、勇気づけられるVG ワード(very good word)がどんどん増えればいいなぁと願っている。

 だって、ひとりきりより誰かが一緒の方が「どんなに弱い立場にある者でも、成し遂げることができる」し、ね。

 最後に「職場における感情」に関する研究が、産業心理学や産業社会学の分野でこの数年で進められ、感情のやり取りをスムーズにするにはノンバーバル行動の重要性が指摘されていることを紹介しようと思う。

 ノンバーバル行動とは言語以外の行動で、

  • スマイル
  • アイコンタクト
  • うなずき
  • 姿勢

 の4つが、対人関係を発展させるのに極めて有効であることが確認されている。

 笑顔で、相手の目をみて、挨拶する。相手が何か言っているときにはうなずき、相手に何か言われたらきちんと背筋を伸ばして聞く。それだけで相手との会話の心理的ハードルが下がる。これだけでPsychological safetyが育まれるとは思えないけど、何がしかの入り口になるはずである。

 さて、今日(9日)から本格的な仕事始め。職場がネガティブな感情の吹きだまりにならないよう、できることから始めてみてはいかがでしょうか?

 (シャキ〜ン)今年も引き続きよろしくお願い申し上げます。(ペコリ……ニコッ)

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