またもや「日本最下位」である。
これまでにも「日本最下位」という報道を取り上げると、
「いい加減、海外と比較するのを止めろ!」
「海外と比較して、なんか意味あんのか?」
と激しく抵抗する意見を目の当たりにしてきた。
でも、やはり今回も取り上げます。
だって外と比較することは、外のまなざしを捉えること。問題点に気付くこともできれば、「へ?、私たちって案外恵まれてんだ?」と納得することもある。
世界から日本が置いてけぼりを食っていることがあれば、それを素直に受け入れるべし。……となんだかしょっぱなから好戦的な物言いで申し訳ない。が、それほどまでに今回の「最下位」は懸念すべき事案だと考えている。
というわけで、今回のテーマは「最下位の未来」です。
「日本最下位」を報じたのは日経新聞。
「社員再教育 日本は最下位」との見出しが、1月10日(夕刊)の一面にデカデカと踊ったのだ。(以下、内容を抜粋)
ご覧の通り、トップはインドで、中国、ルクセンブルクと続き、米国は24位。日本はビリの33位。グローバルの平均では66.0%の労働者が、勤務先が費用を負担したセミナーへの出席やオンライン講座の受講といった支援を受けていたのに対し、日本は全体の41.2%しか支援を受けていないことが分かった。
また、日本では男女の格差が大きく、勤務先から支援を受けていない割合は男性が53.6%なのに対し、女性は65.9%で、その差は12.3ポイント(世界平均は4.4ポイント)。研修支援にいたるまで男女格差が存在することが明らかになってしまったのである。
一方、「スキルアップが必要」と回答した日本の労働者の割合は8割を超え、世界平均の7割より高かった。
皮肉にも、この記事の下に「株価5年で10倍 74銘柄に急増」という見出しの記事があり、「特にネットを武器に業績を拡大した企業や、人材・省力化投資に関連する銘柄が目立つ」と書かれていたので、余計にイヤな気分になった。
年明け早々、企業の景気の良さは方々から伝えられているけれど、“人”に関するニュースはお寒いものばかり。賃金の上昇は十分とは言えず、非正規の割合は増えるばかりだ。
冒頭の記事でも「労働者一人当たりの生産性を高めることが不可欠になっている」と指摘されているし、その必然性は疑いの余地がないはずだ。なのに、最下位。「本気で生産性を上げる気なんてないのでは?」と暗澹たる気分になった。
実際「一人当たりの教育訓練費」は減少傾向にあり、労働関係に関わる研究者たちは数年前から警鐘を鳴らし続けている。
ところが一部の優良企業以外は、その声が全く届いていないのが現状である。
景気が回復しても人材への投資が増えない
これまた日経新聞が昨年の12月17日付の記事に、その理由も含め丁寧にまとめているので、ちょっとばかり長いが併せて紹介する。
つまり、これまでの「景気が良くなれば人材に投資する」という傾向が、見事に崩壊しているのである。
記事では、教育訓練費が激減している理由を3つにまとめている。
●非正規雇用の増加
・正社員に計画的な職場内訓練(OJT)を行う事業所は60%。非正規は30%。
・社外研修などの「OFF-JT(オフJT)」は正社員74%、非正規は37%。
●社会保障負担の増加
・厚生年金保険料や健康保険料などの法定福利費は1人当たりの支出で月8万6622円(16年度)。7年連続で増加し、過去最高を更新。
・社会保障費用が総人件費に占める割合は04年の11%に対し、14%近くに上昇(ニッセイ基礎研究所)。
・正社員にかかる1時間当たりの人件費は非正規の2.4倍に達し、非正規増加の一因になっている。
●省力化投資(AIやロボットの導入)を優先
・情報化投資(IT投資)は計画ベースで5582億円。前年度から28%増。
・優先度の高い投資は、製造業の首位は「国内有形資産」で58%、2位は「研究開発」の44%。昨年度の同調査で首位だった「人材育成、人的投資」は3位(42%)に後退。
……どれもこれも「なるほどね」といった分析であるとともに、「人は単なるコストでしかない」という企業側の本音を改めて痛感させられる数字である。
そもそも
「生産性を上げる=長時間労働を減らす」「生産性を上げる=AIに投資する」
といった方程式ばかりが強調されがちだが、働いているのは人なのだから
人材投資は必要不可欠。特にミドル層の「再教育」は極めて重要である。
なんせ、あと2年で大人(20歳以上)の「10人に8人」が40代以上になり、50代以上に絞ると「10人に6人」。このコラムで繰り返し言っているけど、2020年に東京オリンピックを開催する頃には、どこの職場も見渡す限りオッさんとオバさんだらけになる。(参考コラム:現実、企業は50歳以上を“使う”しかないのだ)
切っても切っても増え続けるミドルを、企業はどうするつもりなんだ?
「追い出し部屋に送り込むしかないね」
「そうだよ。それで辞めてもらう」
「だいたい給料高すぎなんだよ」
「これを“コスト”と言わずなんていうんだ」
etc,etc
バブル入社組をターゲットにしたリストラがニュースになると、こういった意見を平然という人たちがいるけど、人員削減のような分かりやすいコストカットは、 “目に見えない力”を育む土壌を自らの手で壊しているようなもの。短期的に救われても長い目で見ればアウト!いわば「企業の自殺」だ。
もし、今が“空前の不景気”というなら理解できる。
だが、いざなぎ景気を超える好景気と言われている今、人を育てないでどうする?
多くの企業経営者は「最後は人」と言ってきたくせに……
冒頭の調査で8割の人が「スキルアップが必要」と回答しているのだから、せめて賃金だけでも上げて「自分のお金でやってね」と間接的に支援すべしなのに、それすら渋るって一体ナニ?
多くの企業経営者は「最後は人」だの「ウチの資産は人材、いや人財だ!」などとドヤ顔で豪語してきたクセに、私にはこの大いなる矛盾がちっとも理解できないのである。
そもそも日本の企業は「自らの意志でスキルアップした人」にチャンスを与えるのが下手。能力発揮の機会が実に乏しい。
思い起こせばバブル期、企業のカネで海外に留学しMBAを取って来た社員は山ほどいた。が、そのほとんどは「うちの会社じゃ、飼い殺しにされるようなもの」と捨てセリフを吐いて数年後に転職。彼らを“給料泥棒”と揶揄する人もいたけど……、彼らの気持ちは痛いほど分かる。「勤務先が費用を負担した社員」でさえ使いこなせないのだから、自前の社員はなおさらである。
「40を過ぎた頃くらいですかね。ちょっと勉強したくなったんですよ。それで社会人を受け入れている私立の大学院の試験を受けて通ったんです。会社には内緒でしたし、仕事をしながらだったんで、卒業するのに時間がかかりましてね。結局、1年の予定が大学院に在籍できるギリギリの3年間かかってしまいました。
それで自分が学ぶと、アウトプットしたくなるでしょ? 僕も大学院で学んだことを生かして、後輩たちともう一度汗を流したいって思って、会社を辞めることにしたんです。そのまま会社にいたのでは、なかなかできるポジションではなかったんでね。残りの人生で、もうひと踏ん張りしたいと思ったんです」
実はこれ。2009年に書いたコラムの引用なのだが、大手商社の部長だった彼は自分の「成長」を求め大学院に進学し、その成長を実践で活かしたくて会社を辞めた。
不幸にも退職後、リーマンショックが起こり職安に通う羽目になってしまったのだが、その後再就職し、その企業の救世主となった。
事業規模を次々と拡大し、従業員は30人から200人にまで増え、今は会社の常務として手腕を発揮している。
一方、元部長を職安通いさせた企業は、数年前に買収され社名も消えた。もちろん、彼の離職と直接因果関係があるわけじゃない(おそらく)。
だが、彼のように中期キャリアの危機に遭遇し、「成長したいという願望」を募らせる人たちは実際に多い。特に悪評高き“バブル世代”は、自分たちとは違う価値観や教育を受けてきた若手を目の当たりにし、「このままじゃ、ヤバい」とある種の危機感を抱いている。
彼らは自己投資したところで評価もされない。
いったいどうやって、前向きに仕事に取り組めばいいのか?
社会人学生が会社に求めている支援とは?
企業と従業員の意識のギャップは、数字でも明確に表れている。
「社会人の大学等における学び直しの実態に関する調査研究報告書」によれば、
社会人学生が職場に対して希望する事項として、
- ・「修了資格を評価する配慮」(46.6%)
- ・「授業のある時間帯は早退や休みを認める」(41.5%)
- ・「授業料の補助」(28.9%)
であるのに対し、企業側は、
- ・「授業料の補助」(46.1%)
- ・「授業のある時間帯は早退や休みを認める」(38.3%)
- ・「修了資格を評価する配慮」(17.0%)
で、いかに企業が学び直しを「職場で生かす」ことに期待していないかを伺い知ることができる。出典はこちら。
人への投資は一夜にして実感できるものではない。だが「スキルアップが必要」という気持ちを信じ、彼らにチャンスを与えれば、必ず“力”になる。企業は年齢で「使えない」と線引きするけど、どれだけで論文を漁っても「50代が使えない」という実証研究には未だにたどり着けないわけでして。
実に残念。ホントに残念である。
おそらくそんな“先輩や同僚たちの姿”を社員たちは見ているからなのか、冒頭のランスタッドの調査では、もうひとつショッキングな数字が報告されている。
ご覧のとおり、日本の労働者の83.7%が「時代に遅れをとらないためにスキルアップが必要」と回答し、グローバル平均(72.1%)と比べ意識が高かった。にもかかわらず、「自己負担でのスキルアップの実施意欲」については、33の国中で日本は最下位(42.2%)。
そうです。またもや最下位。グローバル平均の67.7%より25ポイントも低下してしまうのである。
ふむ。こうやって「定年まで会社にしがみついてやる!」と保身に走る“粘土層“が、増えてしまうのだな、きっと。
そして、おそらく「人への投資」を惜しむ企業は、オリンピック終了とともにあえぐ。いや、正確には大企業は下請けを買い叩くことで生きながらえ、中小は消える。なんだかとんでもなくひどいことを言っているようだが、私は真面目にこうなってしまうと考えている。
それほどまでに「企業への人への期待」が薄らいでいることに危機感を抱いているのである。
「うちの会社では『この人をどう育てるか。そのために、どういった経験を積んでもらうか』といった観点の育成型のローテーションを推進しています。そのためには縦割りを止めて、部署同士の異動も柔軟に行えるようにしました。
人材育成はオフJTとともに、OJTの場も与えないと人は育ちません。両輪を計画的に回していくことが、生産性を向上させ、企業を持続させるんです」
これは社員教育に投資することで、海外売上比率を8割以上伸ばした某電子部品メーカーの人事部長さんのコメントである。
さて、今を取るか? 3年後を取るか? 社長さん、よ~く考えてくださいね。是非!
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