「どうして箱根駅伝だけが、あんなに人気があるの?」というテーマで原稿を書くことになりました。はじめまして。EKIDEN News主宰の西本武司ともうします。
EKIDEN Newsとは、箱根駅伝にあまりにものめりこみすぎて、箱根駅伝が行われる1月2、3日以外にも箱根駅伝に関するものにひたりたいと、関東インカレや日本全国で行われている記録会やレースを観続けているうちに知り合った筋金入りの「箱根駅伝好き」たちが集まって運営しているニュースサイトのこと。主な活動拠点はツイッター(@EKIDEN_News)。EKIDEN Newsメンバーは日本中あらゆる場所で行われている競技会やマラソン大会に呼ばれもしないのに出向いては、テキスト、写真、映像などを通じてレース情報を「共有」しつづけています。
たまに「収益のモデルは?」「取材費はどこから出てるの?」なんてことを聞かれるのですが、「全て自腹」(笑)。今年の夏はロンドン世界陸上全日程(11日間)を観るために、スタッフ一同、それぞれが抱えている仕事を休み、Airbnbで家を借り、部屋で自炊をしながら、世界陸上を放映するTBSの隙間を縫うような小ネタをスタジアムからツイッターで投稿しつづけておりました。もちろん渡航費も宿泊費も自腹です。昨今流行りの「好きなことを仕事にする」にちょっと似ているようではありますが、全く稼いでいないですから、かなり違います。
そんな我々でしたが、捨てる神あれば、拾う神あり。最近、ぴあから『あまりに細かすぎる箱根駅伝ガイド! 2018 (ぴあMOOK)』という、箱根駅伝のコース地図だけを徹底的に解説する本を出したのですが、まだ原稿を書いている途中、つまり入稿もできていないうちから、ツイッターでチラ見せしただけのタイトルを手がかりに、「箱根駅伝マニア」たちの予約が殺到。Amazonをはじめとしたネット書店の予約カートが次々と落ちていくという事態が発生。まだ書き終えていない本がAmazon本総合ランキング1位をとってしまったことにあわてた出版社が入稿前に2度の増刷が決めるという、まさかのスマッシュヒット。
「ああ、はじめて陸上関係でお金がもらえるなあ」と思っていたところ、出版不況時に景気のいい話を聞きつけた日経ビジネスオンラインから「何か書いてみませんか?」ということで、どこまで続けていけるか、書いているぼくも編集担当Sも未知数です。
「うちの大学、箱根出ないし」と、箱根駅伝をこれまで「他人事」として観ていた方。生まれも育ちも福岡であるぼくもそうでした。でもね、2017年の箱根駅伝の視聴率は27.8%。これだけテレビを観なくなったと言われる時代に、この数字を叩き出しているのは驚異じゃありませんか? 箱根駅伝に興味のある27.8%の方だけでなく、残りの72.2%の人も意識しつつ、2018年の箱根駅伝の楽しみ方について書いていきます。
今年はどうなるの?
さぁ、来年の箱根駅伝。どこが観どころですか? とよく聞かれます。青山学院大学4連覇なるか?! それを止めるのは出雲駅伝優勝の東海大学か、全日本大学駅伝優勝の神奈川大学か? というのが下馬評ですが、正直、EKIDEN Newsのメンバーの誰にもわかりません。
どんなに予想をしても、突然、風邪をひいて体調を壊すこともあるし、箱根駅伝メンバーに入るための学内選考に残るためにがんばって怪我をする選手もいれば、その学内選考で力をつかいきってしまい、スタートラインに立ったときはボロボロになっている選手など、さまざまなのです。
ただ、ひとつだけ言えるのは、「今度の箱根駅伝ほど決め手にかける大会はない」 ということ。ミスさえなければ、どの大学にもチャンスがある。そんな年なのです。
日テレの放送技術がすごい
「正月はさ、テレビをずっとつけっぱなしにしてるから、箱根駅伝は視聴率がいいんだよ」。確かにそうなんですけど、箱根駅伝で活躍した知名度もある実業団選手が走るはずなのにもかかわらず、元日にTBSで行われているニューイヤー駅伝は12.7%。つけっぱなしだけじゃ、27.8%という数字はとれないはず。
ずーっと箱根駅伝の録画を観続けて気づいたことがあります。それは「どこから観ても、現在の状況がわかるようになっている」ということ。1区間が20km、1時間以上かかる箱根駅伝では中継所以外に、1区間につき数カ所ある固定中継ポイント、そして独自計測システムによって、先頭からの順位とタイム差がすぐに把握できる。だから、スタートから観なくても、途中うつらうつらしても、すぐにレースに入れ、どこからでも楽しめるようになっているのです。
そして、それぞれの区間が舞台となるように景色を切り取る「大いなるマンネリ」ともいえる51カ所の中継ポイントでのカメラワーク。特に都心を走る1区は、正月早朝ならではの光が反射することによって、いつも自分たちが観ているものとは違った東京が次々と現れてきます。ぼくが好きなのは、スタート直後、皇居側から東京駅丸の内口を狙うポイント。東京駅からの逆光の中、ランナーが浮かび上がる姿は何度観ても鳥肌がたちます。
5km地点の田町駅付近にある、三菱自動車本社前の大きなカーブ、品川駅の新八ツ山橋のカーブもオススメです。なぜ、カーブをオススメするかというと、直線だと、あっという間に過ぎていく選手も、カーブならじっくりと観察ができるから。日本テレビの固定カメラ位置は「大きなカーブ」がポイントとなっていることも覚えておきたいところです。
そして、ぜひオンエアでもチェックしてもらいたい絶妙なカメラワークが、山登りの5区。ここから山に入るぞ! という合図のような函嶺洞門(かんれいどうもん) 付近、早川を背景にした見事なクレーン映像はお見逃しなく。
今回の中継規模は、テレビカメラ82台・移動中継車2台・移動バイク4台・固定中継車13台・ヘリコプター2機・中継スタッフ約1000人というとてつもない規模の機材、スタッフを投入。聞くところによると、年末にダウンタウンの「絶対に笑ってはいけない」シリーズのために集められたカメラが、収録終了後は全て箱根駅伝に投入されるのだとか。
試合当日のテレビ中継の規模がものすごいだけではありません。EKIDEN Newsメンバーも数々の試合会場に出向いていますが、どんな会場でも出会う人たちが、日本テレビのクルー。彼らは試合会場だけでなく、合宿にも帯同。1月2~3日の箱根駅伝生放送に向けて1年間、徹底的に取材しているのです。
解説からレース展開の深読みができる
毎年、箱根駅伝、日本テレビの放送センターゲスト解説が発表になったとき、EKIDEN Newsメンバーは「なるほど、そうきたか」とうならされます。例年、日本テレビのスタジオには箱根駅伝を走ったOB選手がゲストに呼ばれるのですが、日本テレビのゲスト解説陣をチェックすることによって「ああ、日本テレビはこういうレース展開を予想しているのだな」とわかってきます。
来年のゲスト解説、往路は大迫傑(早稲田大OB/ナイキ・オレゴン・プロジェクト)と一色恭志(青山学院大学OB/GMOアスリーツ)。復路は佐藤悠基(東海大OB/日清食品)と服部弾馬(東洋大OB/トーエネック)という組み合わせ。これが、箱根駅伝ファンにはたまらない人選なのです。
まず【往路】の大迫・一色という組み合わせは、2014年90回大会で1区を走った2人。スタート直後から飛び出した大迫選手にぴったりついていった当時1年生の一色選手は、1区終盤のスパートポイント、六郷橋でふいにペースを落とした大迫選手に前に出される形で先頭をひっぱる羽目になってしまいます(結果、大迫が区間5位、一色が区間6位に終わる)。2人には1区スパート合戦について、過去も振り返りながら話を聞きたいところ。
そして、今回の箱根駅伝2区には神奈川大学の鈴木健吾、順天堂大学の塩尻和也という、1999年から破られていない2区の日本人区間記録更新を狙える選手の出走が予想されます。一色選手は3年連続2区を走り、2017年 の箱根駅伝では鈴木、塩尻両選手と2区も走ったばかり。手合わせをした彼だからこそ、話せることがあるはず。つまり、日本テレビは「往路は序盤が面白そうだぞ」と思っていると、深読みすることができるのです。
そして【復路】は往路で青学・一色というカードをすでにきってしまっているから、青学OBはつかえない。青学を止めるのはどの大学? というテーマで、東海大、東洋大のOBを選んだのではないかと、深読みしてしまいます。佐藤悠基選手は東海大OBでもあり、佐久長聖高校時代は両角速・現東海大監督の元で走っていたという選手。「東海大と両角監督」両方について解説も期待できたりします。
余談ですが、箱根駅伝を報じるのはテレビだけではありません。ラジオ日本、NHK、文化放送と3局のラジオでも生放送で解説がきけるので、映像を日本テレビ、音声をラジオにして楽しむという通向けな楽しみ方もあります。日本テレビが往路序盤勝負的キャスティングをしているのに対して、文化放送は【往路】柏原竜二(東洋大OB/富士通)神野大地(青山学院大OB/コニカミノルタ)【復路】花田勝彦(GMOアスリーツ監督)今井正人(順天堂OB/トヨタ自動車九州)といった初代、二代目、三代目山の神を並べる「山重視」の布陣となっています。
薄底か厚底か
年末に話題となったTBS系ドラマ「陸王」。池井戸潤さん原作の人気小説をドラマ化したもので、老舗の足袋製造業者がランニングシューズ開発に挑む姿を描いたものでした。
クリストファー・マクドゥーガルが「ワラーチと呼ばれる、タイヤで作った草履で走る民族」を紹介した書籍『BORN TO RUN 走るために生まれた ―ウルトラランナーVS人類最強の“走る民族”』がヒントとなっているこのドラマ。ワラーチと同じ考えで、「薄底の足袋をレーシングシューズに落とし込んで開発する」のですが、従来、日本長距離界では日本人は欧米人のような骨格ではないから、厚底のシューズではなく、薄いシューズで地面からの反発力をもらいながら走っていくもの。「薄くて軽いシューズが良い」と考えられていました。そのため、薄いシューズでのダメージに耐えるためには地道な走り込みが必要だ、と。そういう背景もあって、原作『陸王』を読んだ時は「足袋とレーシングシューズ」という組み合わせに「なるほど! そうきたか!」と膝を打ったのでした。
しかし、今年の5月。大きく歴史が動きました。NIKEによる「BREAKING2」プロジェクトが発表されたのです。アスリート、科学者、デザイナーたちが一丸となってフルマラソン2時間切りを目指すこのプロジェクトで発表されたシューズに、世界中のマラソンファンは度肝を抜かれました。NIKEが2時間切りのために開発した高速レーシングシューズとは、それまでの厚底シューズよりもさらに分厚い、「超厚底」シューズだったのです。
発表後、様々なレースで好記録を生んでいたものの、まだまだ日本では「あのシューズは骨格の違う欧米人向け」という印象がありました。が、今年の9月のこと。設楽悠太(東洋大OB/HONDA)がこの超厚底シューズ「NIKE ZOOM VAPORFLY 4%」を履いて、ハーフマラソン日本記録を更新。そして翌週にベルリンマラソンを2時間9分3秒の自己ベストで走り、日本に衝撃が走りました。
もともと線の細い設楽選手がハーフで日本記録を出し、翌週にフルマラソンでサブ10(2時間10分を切ること)をしたことから、このシューズが衝撃吸収にすぐれ、レース後半にも脚がもつシューズではないか。つまり、箱根駅伝のようなロードにも使えるのではないか? と、話題になりはじめたのです。
NIKE×東洋大学
実際にこのシューズを履いてみると(はい、EKIDEN Newsはもちろん自分たちで履いて走ってみます)、身体が自然に前に傾くようになっており、足の前足部(フォアフット)で着地しないとうまく走れないようになっています。つまり、選手によっては、この靴に合わせたフォームに変える必要もあり、履く選手を選ぶシューズだという評判でしたが、このシューズを積極的に取り入れた大学が現れました。東洋大学です。
出雲、全日本と主力選手のほとんどがこのNIKE ZOOM VAPORFLY 4%を着用。最近、公開となったNIKE×東洋大学のムービーでは夏合宿時期からこのシューズで走っている姿が流れました。つまり、箱根駅伝を見据えて時間をかけ、シューズの特性に合わせてきたこともうかがいとれるのです。今季、下級生を中心とした布陣で望んでいたため、注目度が高くなかった東洋大学でしたが、出雲、全日本と下馬評を覆す走りで圧倒しました。
さらに先日、福岡国際マラソンを2時間7分19秒で走った大迫傑選手の足元にもNIKE ZOOM VAPORFLY 4%が。その影響か、NIKE ZOOM VAPORFLY 4%を履く選手が増えてくる一方で、それまで培ったフォームが崩れることを恐れてか、使用させない大学もあるといいます。
箱根駅伝期間中、箱根駅伝公式スポンサーであるミズノ以外のメーカーは「箱根駅伝」という名前を使って、販促活動をすることができません。走るのは選手であり、靴ではない。ただ、日本で一番、スポーツシューズをPRできる場が箱根駅伝だ! という視点で選手の足元を観ていくと、いろいろ気づくことがでてくるはずです(このあたりも後々、深掘りしたいと思います)。
個人的には、「陸王」では悪役であった、スポーツメーカー・アトランティスのピエール瀧さん、小籔千豊さんや、こはぜ屋の法被を来た役所広司さんなどがさりげなく映ったりすることを期待してしまいます。
(編集担当S)…いや、そこはTBSさんだから、期待するなら元日のニューイヤー駅伝…(笑)。
…ですね(笑)。元日も箱根OBがたくさん走りますが、我々EKIDEN Newsはもちろん「箱根」へ。2日の往路、3日の復路、新たなドラマと発見を求めて密着します。
■写真提供:EKIDEN News
(次回に続く)
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