「私…本当に恐かったんです。息子に殺されるんじゃないかって……。だって、包丁を持って振り回すんです。今はやっとこうやって話せるようになりましたけど、私は夫が最終的に協力してくれたので……、まだ恵まれている方なんだと思います」

 それまで元気に学校に通っていた中学一年生の息子が、ある日突然、学校に行かなくなったのは3年前のこと。ごくごく普通の家庭で起きたショッキングな“事件”である。

 家で荒れる息子。当然、母親は仕事に行くことなどできない。某大手企業に勤める夫が帰るのは毎晩22時過ぎ。夫は「なぜ、学校に行かないのか理解できない。甘えているだけじゃないのか」と、息子にも母親にも心を寄せることができず、一時期家庭は、崩壊寸前になった。

 これまでにもビジネスパーソンにインタビューする中で、
「子どものことなんですけど、話を聞いてもらってもいいでしょうか?」
 と恐る恐る我が子の不登校を告白する“父親”や、
「ちょっとプライベートなことで相談に乗ってもらいたい」
 と突然連絡をくれる仕事関係の“父親”たちから、不登校の子どもに苦悩する状況を聞いたことはあった。

 だが今回。“母親”たちから話を聞き、改めて不登校問題の深刻さを痛感した。

 2011年、米国務省のヒラリー・クリントン長官の補佐役として同省政策企画本部長を務めていたアン・マリー・スローターさんが、『Why Women Still Can’t Have It All(女性はなぜ、すべてを手に入れることができないのか?)』という少々刺激的なタイトルの論考を発表し話題となったことがある(参考コラム)。

 スローターさんの14歳の息子は様々なトラブルを起こし、重要な会議の途中で学校から呼び出されるなど「息子が自分を必要としている場面」に何回も遭遇した。そこで彼女は「母の代わりはほかにはいない」と仕事を辞す。自分がやりたかった仕事、やりがいのある仕事、最後までやり遂げたかった仕事ではあったが、「母」であることを選んだのだ。

 スローターさんは「そういった選択をしなければならないアメリカ社会はおかしい」と断言し、社会を変えるべき、と警告した。

 このケースでは「女性と仕事」「母親と子ども」というテクストで語られたけど、「男性と仕事」「父親と子ども」でも同じだ。

 そこで今回のテーマは「不登校のリアル」。「もうウチの子ども大きくなちゃったし…」とか「ワタシは子どもいないし…」などと他人事ではなく、ぜひ一緒に考えてほしいと思います。

 では、冒頭の母親の話の続きをお聞きください。

 「まさかうちの子が……というのが正直な気持ちでした。小学校の頃から活発で、中学生になってからも部活を一所懸命やっていたので、信じられなくて……。夫に言っても『甘えているだけだ』と。

 とにかく朝起こして、学校に行かせなきゃっていう思いだけでした。
 ところが私が関われば関わるほど、大声を出して、暴れて……。そのうち包丁を振り回すようになってしまったんです。

 私……、本当に殺されるんじゃないかって。
 恐いし、情けないし、私が毎日ビクビクしているので、さすがに夫も驚いたみたいでした。でも、夫は会社を休むわけにはいかないし、帰りは毎晩22時過ぎ。同じ家にいる家族なのに、夫だけ別次元にいるようでした。

 やっぱり包丁を振り回したり、暴れたり……。普通じゃないような気がしてスクールカウンセラーに相談しました。でも、担任もそうなんですけど、積極的にはそういう問題に関わってくれないんです。なので、自分で医者を見つけて診断してもらったんです。結果はグレーでした。

 グレーって言われても、私にはわけがわからない。
 ただ、やっぱりおかしいって思いが日々強まっていたので、インターネットなどで色々調べて。そういう子どものメンタルに関する本などを買いあさり、子どもへの接し方を勉強しました。
 それがよかったのか、息子の状態もずいぶん安定したんです。

 でも、私自身が限界でした。壊れそうだった。
 それで同じ悩みを持つ人たちが集まる会があると聞き、毎週通うようになって。

 ワンワン泣きながら、同じように悩むお母さんたちと互いに悩みを打ち明けたり、そこにボランティアで来てくださる専門家の方に相談に乗ってもらって……。
 そうしているうちに『学校に行かなくてもいい』とやっと思えるようになったんです。

 それまでは近所のスーパーにも行けなかった。知り合いのお母さんたちに会うと『(息子さん)どう?』って聞かれるでしょ。それが嫌で……。家から離れた、ご近所さんが絶対に来ないスーパーまで買い物に通っていました。

 息子は……、今もやっぱり学校には行けません。運動会とか部活の試合とか、文化祭には行けるんですが、日常的には行けないんです。でもね、こないだ『人の役に立つことがしたい』って言ってくれて。涙が出ました。うれしかったです。

 将来のこと? そんなことは考えられませんね。今、この時間を元気に生きてくれればそれだけでいい。私も夫も、やっとそう思えるようになったんです」

 こう打ち明けてくれた母親の夫は最終的には、有給休暇を取るなどして協力してくれたので家族は崩壊せずに済んだ。だが、子どもの不登校をきっかけに夫婦仲が悪くなったり、別居などに至るケースも少なくない。

 実は今回のインタビューは、不登校の子どもを持つお母さん数名に集まっていただき行なったもので、一口に「不登校」といっても全く状況が異なることに私自身ショックを受けた。

 “お父さん”たちから相談を受けていたときには、そこまで違いがあることがわからなかった。“お母さん”は子どもと接する時間が圧倒的に長い上に、学校への対応、家事、自身の仕事とこなさなくてはならない。そんな“お母さん”だからこそ、余計に子どもの感情の動きに敏感になる。“お父さん”には申し訳ないけど、父親のそれとは全く次元が異なるのだと思う。

 集まってくれた母親のうち2人はシングルマザーで、どちらも実家が近かったのでなんとかなったが、「一人だったら仕事との両立はムリだったと思う」と話してくれた。

 お母さんたちはみな、「不登校には情報がない」と口を揃える。そして、「子どもの居場所もない」と。色々と調べ、市町村の相談窓口や不登校をサポートしてくれる場所にたどり着いても、住んでいる場所や通っている学校によって使えたり、使えなかったり。また、公的な機関なので申請から許可が下りるまで時間もかかる。

「市に不登校の子どもが通える場所があると聞き、息子も『行ってみる』というので申請しました。ところがまったく返事がない。問い合わせると『次の会議が○○日なので』『上の承認が必要』とかで2カ月も待たされ、息子は『もういい。行きたくない』ってなってしまいました」

「最初は学校の保健室に通っていました。でも、保健室にはケガをしたり、具合の悪い児童が来たりしますよね。すると保健室の先生はその子のケアをすることになる。結局、保健室は自分の居場所じゃないと感じてしまい、一切学校に行かなくなってしまいました」

 また、別の母親はご主人と別居した状況をこう話してくれた。

「私がパートを休めないときは、夫が休暇を取ってくれたんですが、息子は夫とは一切コミュニケーションを取ろうとしない。反抗するんです。それは夫にとってもショックだったんだと思います。夫は息子が不登校になったのは、自分が厳しくし過ぎたせいかもしれないと自分を責め続け、うつ傾向になり精神科に通うことになってしまいました。

 このままでは家族が崩壊してしまうと、夫が家を出ることになったんです。今は息子も落ち着き、夫も家を出たことでメンタルも回復しました。ただ、また一緒に住むとどうなるかわからないので別居が2年以上続いています」

 お母さんたちはこうやって話せるようになるまで、いったいどれほどの涙を流したのだろうか。自分を責め、誰にも弱音を吐くこともできず、子どもとぶつかり、夫とぶつかり、翻弄する……。とにもかくにも胸がつまった。母親たちの言葉に耳を傾けば傾けるほど、複雑さと闇の深さと事の重大さを改めて痛感させられたのだ。

 子育て世代の方たちにとって、不登校は決して他人事ではない。

 文部科学省の平成28年度(2016年度)の調査によると、小・中学校における長期欠席者数は過去最多の20万7006人(前年度は19万4898人)。このうち不登校児童・生徒数は13万4398人(前年度12万5991人)で、出席日数の半分に当たる90日以上の長期欠席者は7万7450人だった。

出所:文部科学省の平成28年度「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」結果(速報値)について(2017年10月26日公表資料の65ページ)より抜粋
出所:文部科学省の平成28年度「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」結果(速報値)について(2017年10月26日公表資料の65ページ)より抜粋

 少子化で子どもの数は減っているのに、不登校児童は増加傾向にあり、20年以上前の平成5年(1993年)と現在の状況を比較すると、

  • 小学生で全体の0.17%だった不登校率が0.48%と2.8倍に増加
  • 中学生は1.24%から3.01%と2.4倍に増加

 小学生では208人に1人、中学校では33人に1人が不登校という計算になる。そう、33人に1人だ。

 しかも、不登校者13万人のうち、何のサポートも受けてない子どもは全体の86.5%にも及ぶ。人数にすると11万2450人もいる。

 なぜ、こんなにも不登校児が増えてしまったのか?
 残念ながら原因は明らかになっていない。

 ひょっとすると昔から「学校に行きたくない子ども」はいたのに、“不登校”という言葉がなかったので学校に行くしかなかっただけかもしれない。あるいは少子化の影響で、子への親のケアが手厚くなり「過保護」になった可能性もある。

 世間には「小さい頃の親子関係が影響する」といった知見を述べる専門家もいるが、私の感覚ではそれはステレオタイプの意見のように思う。

 おそらく誰もが不登校になるリスクはあり、ちょっとしたきっかけで行けなくなる。そして、「行かない」選択をしたことで不登校が現実味を増し、時間が経てば経つほど再び「行く」ハードルが上がる。

 もちろん私が実際に声を聞いたのは、今回のインタビューに協力してくれたお母さんたちや、こっそりと相談にきたお父さんたちで、人数にすると20名足らずだ。

 それでもやはり不登校になる原因は様々で。内閣府の調査では(平成25年度=2013年度調査)、「本人の情緒的問題・無気力」「人間関係」「学業の不振」を、不登校になる主な理由としているけど、10人いたら10通りの原因があり、その原因もいくつもの要因が複雑に絡まりあっていると確信している。

 いずれにせよ不登校はただ単に「学校に行かない」あるいは「行けない」という問題にとどまらない。

 小中学校は義務教育なので、出席日数が足りなくても、学業が追いついていなくても卒業はできる。しかしながら、内申点が悪くなるので高校への進学が難しかったり、子ども自身が「勉強はもうわからない」と進学をあきらめてしまったりするケースも多い。

 その結果、ますます自尊心は低下し、就職もできず(あるいはせず)、引きこもる、仕事をしないなど“社会難民化”する可能性が高まる。

 実際、全国に54.1万人(推定)いる広義の引きこもりのうち2割が不登校をきっかけとし、ひきこもりの状態が「7年以上」の人は17%(2010年調査)から35%へと増え、長期化と高齢化が進んでいることがわかった(内閣府「若者の生活に関する調査」より)。

 ただし、この調査は全国の15~39歳を無作為に抽出したもので、40歳以上は含まれていない。そこで内閣府は2018年度に調査費2000万円を計上し、40~59歳を対象に初の実態調査を行う予定だ。

 ひきこもりが長期化すると親も高齢となり、収入が途絶えたり、病気や介護がのしかかったりで、一家が孤立、困窮するケースが顕在化し始めている。こうした例は「80代の親と50代の子」を意味する「8050(はちまるごーまる)問題」と呼ばれ、家族や支援団体から政府が早急に実態を把握するよう求める声が出ていた。

 つまり、今、不登校の子どもたちを徹底的にサポートしないことには、数年後の“新入社員”候補たる子どもたちが無職者になるだけでなく、長期の不登校→無職→ひきこもり、といった負の連鎖に陥るリスクが高くなってしまう。

 それを防ぐには不登校になった子どもが、
「自分はひとりぼっちじゃない。自分を大切に思っている人がいる。“自分世界”は信頼できる」
と確信できるよう、親や周りの大人たちができるだけ早い段階で子どもと向き合えるかが鍵を握る。

 その確信こそが、「生きる力(Sense of Coherence)」。これまで幾度となくコラムでも書いてきたすべての人間に宿るたくましさを引き出し、その後待ち受ける困難を乗りこえることができる。

 お母さんだけに任せるだけでなく、介護と仕事、病気と仕事、に加え、思春期の育児と仕事の両立についても、真剣に考える必要があるのではないか。

 不登校問題は家族の問題ではなく、社会の問題。激減する労働力を埋めるためにも、女性活躍、高齢者活躍に加え、不登校の子どもも活躍できる手立てを施こす。「子どもは宝」であることを否定する人はいないはずだ。その宝のひとつひとつを、もっともっと大切にしなきゃ、と。オトナができることもが、もっともっとあると思うのだ。 

 先日、一般財団法人「クラスジャパンプロジェクト」という、全国の自治体、首長が連携し、行政と民間、地域、学校が手を取り合い、全国自治体コンソーシアム型の温かくて、熱い、“オールジャパンの子ども応援団”が発足した。

 これは不登校の子どもたちがインターネット上のクラスを通じ、日本中の友だちと学び合い、つながりを持つことで、孤立しないで友と学びあう喜びを実感するプロジェクトだ。

 プロジェクトには指導要領に沿った学習やキャリア教育のソフトを持つ企業などが多数参加。2018年度は、島根県益田市、大阪府泉大津市、奈良県奈良市、東京都大田区など、全国の小中学校192校が参加。文科省では平成28年に「教育の機会の確保などに関する法律」を改訂し、学校外の教育機会も可能としているので、全て出席扱いとなる。

 私も微力ながらそのお手伝いをさせていただいているのだが、競合する企業が「子どもに元気になってもらいたい」という熱い思いで、つながったことに至極感動している。

 “オールジャパンの応援団”に──。

『他人をバカにしたがる男たち』
発売から半年経っても、まだまだ売れ続けています! しぶとい人気の「ジジイの壁」

他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)

《今週のイチ推し(アサヒ芸能)》江上剛氏

 本書は日本の希望となる「ジジイ」になるにはどうすればよいか、を多くの事例を交えながら指南してくれる。組織の「ジジイ」化に悩む人は本書を読めば、目からうろこが落ちること請け合いだ。

 特に〈女をバカにする男たち〉の章は本書の白眉ではないか。「組織内で女性が活躍できないのは、男性がエンビー型嫉妬に囚われているから」と説く。これは男対女に限ったことではない。社内いじめ、ヘイトスピーチ、格差社会や貧困問題なども、多くの人がエンビー型嫉妬のワナに落ちてるからではないかと考え込んでしまった。

 気軽に読めるが、学術書並みに深い内容を秘めている。

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