社内に1人はいる、いわゆる「できない人」。

 非常に多忙な現代人は、限られた時間をやりくりする中で、どうしても優秀でない人、落ちこぼれている人を無視しがち。一般的に、あえて「できない人」に目を向けようとは考えません。

 そこで皆とは違う視点や発想をもつのが「ずるゆる」マスター。皆が無視するからこそ、「できない人」と上手く付き合うことで、簡単に頭1つ抜けられる。そんな華僑流の人間関係術を今回は紹介したいと思います。

 華僑社会では「できない人」も大切にします。なぜかといえば「できない人」という役割も必要だからです。「できない人」はその役割を担ってくれる貴重な存在であり、できないからこその価値があると華僑は考えているのです。

 そんな華僑が「できない人」を大切にする主なメリットは、次の3つです。

  • ①「できない人」がいるから「できる人」が輝く
  • ②「できない人」には頼み事をしやすい
  • ③「できない人」がミスをしても大事にはならない
上海出身の大物華僑の教えをもとに、ビジネスで使える華僑流「ずるゆる」処世術を伝授! 第3回は「できない人」に目を向けるメリットを紹介
上海出身の大物華僑の教えをもとに、ビジネスで使える華僑流「ずるゆる」処世術を伝授! 第3回は「できない人」に目を向けるメリットを紹介

「できない人」がいるからいいポジションが守れる

 外回りの部署でも内勤の部署でもエースやトップなどと呼ばれるスタープレーヤーやそれに準ずる人たちがいます。そしてその人たちは常に部内外の人たちから賞賛され、発言力が大きいのが一般的です。

 その人たちが賞賛されるゆえんは、個人の能力に寄るところが大きいでしょう。その人たちの努力を見過ごしてはなりません。ですが、エースやトップと呼ばれるからには、そこには相対的な評価が必ず含まれています。

 そうです、普通の人や「できない人」がいるからこそ、相対的にエースなどと呼ばれるのです。そのエースの人が1人部署に配属されれば、単なる1プレーヤーになってしまいます。「できない人」、またはそのような評価を受けている人のおかげで、ある意味いいポジションを守れるのです。

 「できない人」を、「あの人は仕事が遅い」「ミスが多い」などといって、軽んじることは簡単です。しかし、それはいろいろ考えても得をする策ではありません。

 誰もが長期間にわたって継続して高パフォーマンスを維持できるワケではありません。調子が悪いときに、自分が落ち目やスランプになったと思われないためにも「できない人」を大事にしておくメリットはあります。また、部署の業績悪化などの際にも、「他部署に異動させられるのではないか」などとビクビクして仕事に集中できない、という状況を回避できます。

 また、No.2、No.3と呼ばれる人も「できない人」あっての存在なのです。決して、「できない人」を排除してはいけないのです。「できない人」を排除していくと最後には自分に「できない人」という順番が回ってくることになります。

 そうなのです。最初に書いたように、「できない人」には「できない人」という役割があり、その「できない」という仕事をきっちりとこなしてくれている人なのですね。

スランプの際にすがったのは「できない人」

 具体例を見てみましょう。

 中堅専門商社に勤めるEさんは、営業部で課長補佐という中間管理職としてバリバリ仕事をこなす40代です。Eさんの社内での評価は最近うなぎ登りです。少し前まではスランプ気味だったのですが。Eさんがスランプから脱することができたのは、あの人のおかげだったのです。

 あの人とは、万年係長の呼び声高い、A係長。営業業務部所属のA係長は、営業部の日々の活動記録や受発注などをEさんの女性の部下たちに交じって行っています。

 営業社員が得意先情報を照会しても資料が出てくるのが遅い。営業全体会議で指名されると毎回決まったように「その件につきましては私では分かりかねます」をオルゴールのように繰り返す。誰がどこからどう見ようが、「できない人」の典型。「あの人に頼むと仕事が進まないんだよね」と陰口も言われる。EさんもA係長の悪口を言っている1人でした。

 彼らの会社は果物を中心に輸入し、国内の各チャネルに納品する、という仕入れ値が為替に大きく左右される業種です。昨今の円安によって営業部にとっては非常に厳しいビジネス環境になっていました。仕入れ値が高くなったからといって、それを価格に転嫁するのは難しく、売上、利益ともに下がるのを食い止めるのに必死の状況が続いています。

 Eさんにも「為替のせいにするな、売上、利益を確保するため各自工夫せよ」の檄が日々飛んできます。営業部全体が得意先訪問回数を増やしたり、新規の取引先を獲得したりするための努力を日夜し、なんとか売上、利益を確保すべく奮闘しています。

 そんな中、昔は得意だった新規開拓が全くできない日々が続いているEさんに、ついに次長から呼び出しがかかりました。「E課長補佐、今のままだと来年の課長昇進が難しいのは分かってるよね」と次長はそれだけを告げると席に戻るように促す手振りをしました。

 課長になれば、個人の業績ではなくチームの業績でボーナス査定がされるため、同じ営業チームのエースU君の実績も考慮される。教育費や住宅ローン、親の入院費と出費が重なっているEさんの現状はかなり金策が厳しく、なんとしても来年からは脱出したいと考えていた矢先でしたので、ショックは相当なものでした。

 結果的にこのショックがEさんにとって復活ののろしを上げる原動力になることになりました。Eさんはショックで頭がしばらく動転していましたが、華僑の例の話を思い出したのです。「できない人」を大切にする、というアレです。

 それを思い出したEさんは即行動を起こしました。「できない人」と言われている営業業務部A係長の元へ走っていったのです。

「できない人」は時間があるから頼める

 「Aさん、最近調子はどうですか? 私は新規顧客がなかなか開拓できなくて非常に苦戦しています。なんとかならないものですかね?」

 「Eさんたちは大変ですね、私はご存知の通り一生係長ですよ、場合によってはリストラされるかもしれません。評価の低い私が言うのもなんですが、新規開拓せずとも休眠客の再掘り起こしの方が効率が良さそうですが、誰もしませんね。営業業務部には2年前まで取り引きのあった休眠客のリストがあるのですが。やっぱり意味がないんですかね?」

 「そうか、その手があった!」。Eさんは小踊りしたい気持ちを抑えAさんに尋ねました。

 「Aさん、その資料を10年さかのぼってって印刷していただくことはできますか?」

 「はい、そんなことでしたら1人の女性スタッフと私で、1週間もいただければ仕上げられます」

 休眠客のリストを使っての営業活動は、新規開拓とは比べ物にならないくらい効率の良い作業でした。当然です、2年前までは付き合いのあった会社ですから、新規取引には必要となる会社説明から先方の信用調査、支払いサイトなどほぼやることがなかったのですから。しかもお互い知らない関係ではない、というおまけ付きです。

 2カ月後、EさんはエースのU君と肩を並べるくらいの業績をコンスタントに出せるようになっていました。そんなEさんを週に1回は次長がアフターファイブのお誘いをしてくれるようになり、来年の課長昇進は約束されたようなものです。

 その度にEさんはA係長に心の中で頭を下げるとともに、この厳しい状況の中、なんとか家族を守れることに安堵しています。

 A係長は、普段は「できない人」の役割をしっかりと果たしている人ですが、無能ではなかったのですね。前述したように、評価というものは相対的ですので、「できない」と言われている人イコール無能とは限らないのです。彼はEさんの恩人のみならず、会社の業績にも見えない形で貢献しているのです。

 この経験から、Eさんは自分が課長に昇進した後も、Aさんを大切にしようと心に決めています。

「できない人」はミスをしても叱られない

 これも具体例を挙げて説明しましょう。ご登場いただくのは、「ずるゆる」マスターを自覚するアパレルメーカーに勤めるPさんと、できない経理マンDさん。

 仕事は遅く、ミスも多い50代のDさんは、当然のごとく社内では肩身が狭い存在です。ただし、「ずるゆる」マスターのPさんはAさんと、月に1、2度は帰りに一緒に安酒を飲みに行く間柄でした。

 あるとき、Pさんは重大なミスを起こしてしまったのです。得意先全情報の資料と経費精算のエクセルファイルをなんとパソコンから削除! ここのところ残業続きで疲れがたまっていたのか、とんでもないことをしてしまいました。

 直属の上司に相談すれば、査定に響く。かといって身近な同僚に相談しても、結果は似たようなもの、と簡単に想像がつきます。

 困ったときのDさんです。「Dさん、とんでもないことになってしまいました。どうしましょう」。ことの一部始終をPさんは正直にDさんへ話しました。

 「P君、僕は会社から評価されていないのは自覚していますよ、そのミスは私がしたことにしてもらってもいいですよ。あなたは将来有望だし、こんな僕と飲みにも一緒に行ってくれる、いつも感謝してるよ」

 申し訳ないと思いながらも、自分の保身のためDさんと一緒に作業していたことにし、どちらがミスをしたのかは分からない旨を直属の上司に報告。

 話はQ部長にまでいくことになり、「ああ、やっぱり無理か」とあきらめていたところ、呼び出しをしたQ部長は開口一番「Dさんとやったのか、しょうがないなあ、頼む相手を間違えるなよ」で終了。

 Q部長は最年少で部長まで上り詰め、次の人事異動では役員抜擢もささやかれている人です。睨まれたら、会社員人生は半分終わったようなものです。

 その出来事から3週間ほどが経ったある日、Q部長がPさんの耳元でささやきました。「Dさんは本当にいい人だよね、僕は知っているよ。感謝の気持ちを一生忘れちゃいけないよ」。Q部長もPさんと同じようにDさんにお世話になったのかどうかは不明ですが、「ずるゆる」マスターは、Pさんではなく、間違いなくQ部長だったのです。

 「できない人」は必要なのです。仕事が「できない人」なのであって、そのできない、というレッテルをしっかりと守っている人なのです。あなたの周りにいるできないさん、できない君を大切にしましょう。これが理解できるようになると、あなたは一段と「できる人」に近づくでしょう。

 「できる」と評判のあの人はもう既に、このことに気づいているのかもしれません。

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