大手自動車メーカーがスタートアップに出資したり、買収したりする事例が急増している。2016年10月8日(米国時間)には、自動運転技術のスタートアップ米Nautoに、トヨタ自動車や独BMWなどが出資した。背景には「アンバンドリング」と呼ばれる、自動車業界を一変させようとするスタートアップの動きがある。

 トヨタが米国に設けるAI(人工知能)研究子会社のToyota Research Institute、BMWのベンチャーキャピタル部門であるBMW i Ventures、ドイツの大手保険会社Allianzのベンチャーキャピタル部門Allianz Venturesが今回出資したNautoは、2015年3月に米パロアルトで起業したスタートアップだ。

カメラを使ってドライバーの危険度を認識

写真1●米Nautoが開発したスマホアプリケーション
写真1●米Nautoが開発したスマホアプリケーション
出展:米Nauto
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 Nautoが開発するのは、運転中のドライバーの様子や周辺の状況を小型カメラで撮影し、クラウド上のAIで危険度を分析するというシステム(写真1)。ドライバーによる居眠りなどの危険な行動を即座に検出し警告する。運送会社が商用トラックなどに取り付けて、ドライバーの安全運転に繋げたり、保険会社がドライバーの安全度を基準に保険料金を決めたりする用途を想定する。ドライバーの動きなどを認識するAIの開発には、ディープラーニング(深層学習)を採用した。

 Nautoは出資した3社と業務提携し、NautoのデータやAI技術などをライセンスする。自動車会社の狙いは、Nautoのシステムが集めるドライバーや車両のデータにある。このデータを分析することで、ドライバーがどういう状況下でどのような判断をするのか、そのパターンが分かるようになる。

 NautoのCEO(最高経営責任者)兼共同創業者のStefan Heck氏は声明で「自動車メーカーは自動走行車の開発を急いでいるが、しばらくは自動走行車と人間が運転する自動車とが道路上に混在する時代が続く」と指摘する。そのような状況で安全運転を実現するためには、自動走行車のAIが、人間のドライバーの行動を予測できるようになるのが望ましい。そのようなAIを実現するためのデータを、Nautoのシステムを通じて集める。

 ここ数年、大手自動車メーカーがシリコンバレーにあるスタートアップに出資したり、スタートアップをそのまま買収したりするケースが増えている()。今回のNautoのような自動運転に必要なソフトウエアやハードウエアを開発するスタートアップや、タクシーなどのオンデマンド配車を実現するスタートアップが出資や買収の対象になっている。

表●自動車メーカーによるスタートアップへの出資や買収
メーカー時期条件対象事業内容
独BMW16年10月出資米Nautoドライバー行動分析
16年5月出資米Scoop Technologies相乗りサービス
16年4月出資米RideCell輸送管理ソフト
15年1月出資イスラエルMoovit乗り換え案内ソフト
14年11月出資米Zendriveドライバー行動分析
独Daimler16年7月出資英Hail配車サービス
16年7月買収米FlightCarレンタカーサービス
14年9月買収独Intelligent Apps配車サービス
14年9月買収米RideScout配車サービス
13年12月出資独Blacklaneハイヤー予約サービス
米Ford Motor16年9月買収米Chariotオンデマンド・バス・サービス
16年8月買収イスラエルSAIPS画像認識技術
16年7月出資米VelodyneLIDAR
16年7月出資米Civil Maps地図情報
米General Motors16年5月買収米Cruise Automation自動運転技術
16年1月出資米Lyft配車サービス
16年1月買収米SideCar Technologies配車サービス
トヨタ自動車16年10月出資米Nautoドライバー行動分析
16年5月出資米Uber Technologies配車サービス
15年12月出資Preferred Networksディープラーニング
独Volkswagen16年5月出資米Gett配車サービス
(独Audi)16年1月出資米Silvercarレンタカーサービス

 そもそも従来は、自動車産業におけるスタートアップ自体が少なかった。自動車産業は、巨大な自動車メーカーが垂直統合的に支配してきた産業であり、スタートアップがそうした「ケイレツ」に割り込むのは困難だった。

 しかし近年、巨大企業が垂直統合的に支配するさまざまな産業を分解(アンバンドリング)しようという動きが、シリコンバレーで広がっている。それに伴い、自動車産業で勝負をしようというスタートアップが増加しているのだ。

 アンバンドリングとはもともと、シリコンバレー企業がコンピュータの世界で成し遂げてたことだ。1980年代まで、コンピューターの主役は「メインフレーム(大型汎用機)」で、プロセッサやメモリー、ストレージ、OSなど全ての構成要素を、米IBMなどのメーカーが一元的に顧客に提供していた。

 そうした寡占モデルを、米Intelなどのシリコンバレー企業が分解した。メインフレームに続くパソコンの時代には、プロセッサはIntel、ハードディスクは米Seagate Technology、OSは米Microsoftといった具合に、異なるメーカーの製品を組み合わせてコンピューターを構成するのが当たり前になった。こうした変化がIBMによる市場支配を崩壊させた。

 シリコンバレー企業は現在、IT業界で成し遂げたアンバンドリングを、自動車産業や金融業、物流業、広告・メディア業、農業などさまざまな産業領域で再現しようとしている。

車載機器が後付け可能に

 2016年6月、米Apple出身者が起業したスタートアップ、米Pearl Automationが、自動車の後部ナンバープレートに装着するバックアップカメラ(リアカメラ)を製品化した(写真2)。カメラが撮影した車体後部の画像を、Bluetooth経由でスマートフォンに送信するというもの。バックアップカメラを自動車本体からアンバンドリングし、パソコン周辺機器のように後付けできるようにするのが狙いだ。

写真2●米Pearl Automationが開発した後付け方式バックアップカメラ
写真2●米Pearl Automationが開発した後付け方式バックアップカメラ
出展:米Pearl Automation
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 米IntelもパソコンやPCサーバーの世界でやって来たのと同じ取り組みを、自動車作りでも開始した。同社のBrian Krzanich CEOは2016年8月に米サンフランシスコで開催した「IDF 2016」で、自動運転に必要な車載コンピュータや物体認識技術などの「プラットフォーム」を自動車メーカー向けに提供すると強調した。

 これから主流となる自動運転車に欠かすことのできないプラットフォームを提供することで、誰もが、パソコンのように容易に、自動運転車を組み立てられるようにすることが狙いだ。

 スタートアップやプラットフォーム提供者が仕掛けるアンバンドリングの動きと、それに呼応した既存の巨大企業によるスタートアップへの出資や買収。IT業界で過去数十年にわたって繰り広げられてきた構図が、いよいよ自動車産業でも始まっている。そしてその動きの中心は、シリコンバレーなのだ。

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