世紀を越えた会社の秘密を絵で見よう

 100年前、1916年。元号で言えば大正5年。当時の日本は日露戦争(1904~05年)を終え、世界は第一次世界大戦(1914~18年)の真っ最中。いわゆる「大戦景気」によって、日本の工業生産の急拡大と、産業の国際化が進んだ時期でもあります。

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 そこからいくつもの戦争、政治、経済の大変化を経てきた日本。しかし、その一世紀を越えて生き残った企業がいくつもあります。それらの企業が大事にしてきたもの、生き残ってきた理由は何でしょうか。

 今年、『築地市場: 絵でみる魚市場の一日』で、第63回産経児童出版文化賞・大賞を受賞した、イラストルポライター、モリナガ・ヨウさんと、日本の「百年企業」を見てきました。企業人たちが大事にしてきたもの、コトを、「細かいところがとても気になる」モリナガさんの目がどう捉えるか、お楽しみください。相方は私、編集Yが勤めます。

 第1回の取材で伺ったのは、三菱鉛筆。

 創業者の眞崎仁六氏が「眞崎鉛筆製造所」を新宿に構えたのが1887年(明治20年)。さまざまな経緯を経て、この会社を中心に「三菱鉛筆」が設立されたのは1925年(大正14年)だ。

 2015年の連結売上高は637億1200万円、連結経常利益は123億1900万円。販売開始から50年以上の歴史を持つ高級鉛筆の「ユニ」、世界の水性ボールペンで圧倒的なシェアを持つ「ユニボール」、そして文化祭などでお馴染みのサインペン「ポスカ」、油性ボールペン「ジェットストリーム」、いつでも芯先が尖っているシャープペン「クルトガ」、など、お馴染みの商品も数多い。

(三菱鉛筆の社史はこちら

編集Y(以下Y):三菱鉛筆さんの社史によれば、創業者の眞崎仁六氏は1848年、嘉永元年に佐賀県で士族の子弟として生まれました。ペリーが浦賀にやってくるちょっと前ですね。18歳の時に藩の推薦で長崎に留学し、その後半官半民の貿易商社「日本起立商工会社」の金属工場の技師長となり、1876年(明治9年)に米国フィラデルフィアで開催された万国博覧会に社業で出張、帰国後に内国勧業博覧会を見て、世界と日本との技術の差に驚いたそうです。

 眞崎氏は1878年のパリ万博に自社製品を出展すべく、準備に奔走し、会場で出会った「鉛筆」に心を揺さぶられ「これを日本でも生産する」と心に期した、とあります。このとき、29歳。勤務時間の余暇を使って製造法を研究して、ついに1887年(明治20年)に独立、「眞崎鉛筆製造所」を設立しました。

三菱鉛筆広報・小笠原恵子さん(以下小):その後、1918年(大正7年)創業の色鉛筆専門メーカー「大和鉛筆」と、1925年に合併して「眞崎大和鉛筆株式会社」ができました。

Y:第一次世界大戦で、鉛筆の主要生産国ドイツが凋落し、その空白を埋める形で日本の鉛筆産業は急成長しましたが、大戦後の不況で追い詰められていく。眞崎鉛筆と大和鉛筆の合併は「中小企業同士の生き残り策」で、両者共に足りなかったのは、ずばり営業力だった。

:そこで、このディスプレイのアイデアが生まれたのです。

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モリナガ・ヨウ(以下モ):これは面白い。当時としては画期的だったんでしょうね。

:当時の小売店が一番悩んでいたのが、「鉛筆はどうやって展示すればいいのだろう」ということでした。横浜の鶴見の船大工さんたちに作ってもらって、全国の販売店で特売セールと合わせて展示したところ、当時で毎月2万円売上があればまずまずだったのが、特売期間の3か月間、10万から12万円の売上高になったそうです。

Y:社史によりますと、セールの数年後に四国の山中の雑貨屋さんで、この鉛筆筒にハタキをかけているおばあさんを眞崎大和鉛筆の役員の方がみつけて声をかけたら「なにやしらん、えろう重宝なものをいただきましてのう、おかげでよう鉛筆が売れるようになりました」と言われた、とか。

:そんなことが書いてあるんですか、面白い社史ですね。

Y:これは今から50年前、創立80周年に作られた『鉛筆とともに80年』ですが、猛烈に面白い社史ですよ。

:当時、プロの書き手の方に、当社を取材して執筆して頂いたものでして、若干、誇張しているんじゃないのかな? と思うところもあるのですが(笑)、この鉛筆筒が、眞崎大和鉛筆が生き残るのに大変大きな役割を果たしてくれたのは間違いありません。

:ところで、「三菱鉛筆」は、三菱グループの会社ではないんですよね?

Y:“社会人あるある”の豆知識ですね。もともとは鉛筆のブランド名だったということですか?

占領時は「関係ありません」と謳ったことも

:「三菱マーク(スリーダイヤモンド)」の商標登録は1903年(明治36年)、眞崎仁六が鉛筆、石筆などについて行いました。商標としては三菱商事さんの登録より15年前です。自社の鉛筆が逓信省に採用されたことをきっかけに、眞崎家の家紋のミツウロコと、採用となった鉛筆の3種類の硬度(局用一号=2B、二号=HB、三号=2H)を象徴するデザインで作ったものです。

三菱鉛筆に現存する、逓信省に採用された「局用鉛筆」。明治30年(1897年)のもの。百年を越えてきた鉛筆だ。
三菱鉛筆に現存する、逓信省に採用された「局用鉛筆」。明治30年(1897年)のもの。百年を越えてきた鉛筆だ。
画像提供:三菱鉛筆(以下同)
画像提供:三菱鉛筆(以下同)

Y:余談ですが、このマークは第二次大戦後にGHQから「財閥を象徴する印だ」として廃止させられそうになったとか。

:はい、当時の社長の数原三郎が、不合理だとして先頭に立って反論し、その主張が認められました。「財閥三菱とは関係ありません」と商品パッケージなどに記載することを条件に、このマークの使用が許されて、事なきを得たんです。

:やっぱり歴史が長いと面白いお話が出てきますねえ。

Y:社会の変革を何度も乗り越えているわけですからね。一方で、現在の三菱鉛筆さんは、どんな売上構成比なんでしょうか。

:2015年の売上高の54.3%はボールペンです。

Y:国内外の売上比率は?

:国内と海外は半々で、海外の売り上げのほとんどはボールペンですね。国内のボールペンはジェットストリームなど、油性インクやゲルインクが好まれています。

:鉛筆の比率はどのくらいなんですか?

:鉛筆は7.7%になります。売上高の順では、ボールペンの次はサインペン、そしてシャープペンシル、鉛筆はそれに次いで4番目ですね。

Y:シャープペンと言えば、「クルトガ」は、御社の製品でしたよね。

:そうです。当社は国内のシャープペンシルでトップシェアなのですが、これを支えるのが「クルトガ」です。

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:クルトガ?

Y:ご存じない?

:すみません、普通の文房具売り場にあまり行く機会が無いもので…。

今さらクルトガで驚くんですか?

Y:動画のファイルをお送りしたじゃないですか。文字を書く時に紙からペン先…じゃないか、シャープペンの先端のことをなんて言うんでしょうか。

:芯先ですか。

Y:そうか、紙から芯先が離れる度に、芯がくるくる回って偏減りしないやつですよ。

:ああ、あれですか。

先に棒を取り付けたデモ用のクルトガ。ペン先が離れると回転することがよく分かる。

Y:反応薄いですねえ。

:これまでは40画(シャープペンが紙面に接触し、離れるまでが1画)で1回転していました。芯径が太めの0.7mmのクルトガを発売する際に、20画で1回転するように改良して、芯が太めでもしっかり尖るようにしています。さらに昨年、芯を支えるパイプがスライドするモデルが出て、さらに機能が向上しまして、ヒット中です。試してみますか?

:(字を書き始める)うわ、これ、延々と太さが全然変わらないまま書けるんですね。すごい。で、一度持ち上げるとまた書ける。

Y:そもそも、0.5ミリの芯先で、字の太さが変わることが気になるところが人間ってすごいと思うんですが。

:実はみなさん、無意識に、ひょいとペンを回しているんです。

Y:あ、今モリナガさんが回しました。このシャープペンはそれがいらないんですよ。

:ああ、そうか、完全にクセになっている。

:日本語は文字が細かく、画数が多いので、常に芯が尖り続ける機構がとても有効です。

当たり前すぎて、見えなかった需要

:同じ向きに使っているとどんどん先が平べったくなってくるので、常にシャープな面で書こうと、無意識に回していたんですねえ。

:そうなんです。あまりにも皆さん当たり前に、無意識にやっているので、アンケートを取っても、それを改善するシャープペンが欲しい、という声はまったく出てこなくて。

Y:なるほど。

:でも「無意識で回している」というのを開発者たちは気が付いていたので、これを解決できるシャープペンを作ろうと挑んだのが、このクルトガというわけです。累計で6000万本以上が出ています。

 ちなみに、こちらが開発当初のモデルです。芯が回るという機能は完成していて、開発者はこれで発売できると思っていたのですが、ちょっと書き心地が…。

:(試して)何でこんな、ベクベクした感じになるんですか。

Y:ベクベクって何ですか。歯車の動きが伝わるということかな? …本当だ。これ、ベクベクした振動を感じますね。

:おっしゃる通りです。歯車が内部機構に入っていて、この歯車が筆圧によって回転することで芯が回っていくという仕組みなのですが、この歯車のコンマ数ミリの分の動きが手には感じられてしまう。

Y:なるほど。

:でもコンマ数ミリと思えないですね。もっと大きな動きに感じます。

:人間の手ってすごく敏感なので、設計者としてはコンマ数ミリですし、回るんだからしょうがないだろうとちょっと思っていた部分もあったんですけど、お客様にとっては「回るのはいいけど、書き味が悪いよ」となりかねません。

:何か、書く時に引っかかるボールペンみたいです。

Y:ああ、確かに確かに。それを解消して発売された。どうやったんですか。精度を上げるとか。

:機構や精度は大きくは変えずに、中に液体というかゲル状のものを入れて吸収させています。

Y:なるほど。液体ダンパーか。

:ぐっと上げた後、「ばこっ」と戻るところを緩やかに、トイレの便座のふたが下がるみたいな感じでふーっと戻るようにしているので、衝撃を感じづらくなっているんです。

Y:便座…っていうか、車のサスペンションみたいですね。すごい。

:いや、大変なものですね。帰ったら子供たちに教えてやらないと。

Y:やめた方がいいんじゃないかな…。しかし、大変な品質へのこだわりですね。

:「最高の品質こそ、最大のサービス」が弊社の社是ですから。クルトガのいいところは、書き味だけじゃないんですよ。これを見て下さい。

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Y:これは?

:は~、左右でずいぶん違いますね。左は濃さや太さがばらばらだ。

書いた字が均一の濃さになる

:右がクルトガ、左が従来品です。

 右のクルトガで書いた文字は、文字の線の細さや濃さが均一なのですが、左の普通のシャープペンで書いた文字は書くうちに芯が偏減りして、文字が太くなったり濃さが薄くなったりしているのが見て取れますよね。

Y:なるほど。可読性にも効くんですね。芯は同じものですか?

:同じ芯です。同じ芯でもくっきりと濃い文字が書けるのです。あ、消しゴムでの消えやすさは変わりませんので。

Y:先回りされました。

:あの、シャープペンも面白いのですけれど、創業の事業である鉛筆のことも知りたいです。普段太い芯を使っているエカキとしては!

【次回、鉛筆編に続きます!】

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