みなさまごきげんよう。
 フェルディナント・ヤマグチでございます。

 以前チラッとお話しておりましたタイヤ特集が、思いもよらない形で実現することとなりました。冬にスタッドレスタイヤを買いに行ったら、「メルセデスのGクラスみたいに重いクルマはミシュランが良いよ」とタイヤ屋のオヤジさんに勧められて、言われるがままに装着したのがミシュランタイヤとの付き合いの始まりです。

深い雪でもグイグイ走るミシュランのスタッドレス、本当にこれにして良かった。
深い雪でもグイグイ走るミシュランのスタッドレス、本当にこれにして良かった。

 雪上走行の写真をヨタに上げたらミシュラン広報の方からメールが来て「飲みましょう」と。良いコネが出来たので工場見学をさせて欲しいと頼んだのですが、日本での生産は6年も前に撤退してしまい、今では見学の難しいR&D部門しか残されていない(日本の雪道は世界的に見ても特に条件が厳しいので、R&D部門は残っているのです)。

 それから半年余り。本家本元、フランスの研究開発拠点が大規模な投資を行い、リニューアルオープンするという話が舞い込んで来たのです。これは見学に行くしか無い。

こちらが新しくオープンした研究所の内部です。自然光をふんだんに取り入れてあちこちに植栽が有って、フランスの建築は実にセンスが良い。
こちらが新しくオープンした研究所の内部です。自然光をふんだんに取り入れてあちこちに植栽が有って、フランスの建築は実にセンスが良い。

 我々は当日会場で初めて知らされたのですが、めでたい開所式では、何とマニュエル・バルス首相も訪れてスピーチをするのだという。

 ロシアや韓国は大統領が圧倒的な権力を持ち、首相はオマケみたいなものですが、ことフランスに関して言えば首相は結構な力があります。外交は大統領で、内政は首相が担当というイメージでしょうか。

 で、悪いことにこの日はオランド大統領の社会党政権が推し進める労働法改革に反対する大規模なデモがフランス全土で行われていた。パリでは暴徒化したデモ隊が投げつけた火炎瓶で警官が火傷を負うなど、朝から大変な騒ぎになっていたのです。

 研究所があるのは田舎町。まさかこんな所に……と思いきや、ちゃんと来ていました。共産党が母体と言われる仏最大の労働組合組織、フランス労働総同盟(CGT)のみなさまです。首相が来るなら彼らも騒ぎ甲斐があるというものでしょう。

バルス首相は、オランド大統領と同じ社会党の所属です。もともとは学生組合の出ですから、CGT側としても「何でお前が」という思いもありましょう。敵意むき出しの集団の中をクルマで走り抜けるのは少しスリルが有りました。
バルス首相は、オランド大統領と同じ社会党の所属です。もともとは学生組合の出ですから、CGT側としても「何でお前が」という思いもありましょう。敵意むき出しの集団の中をクルマで走り抜けるのは少しスリルが有りました。
研究所の門に近付くと、怖い顔をした警官がすっ飛んできました。ショーファー(お抱えの運転手)が何やらフランス語で捲し立てて事無きを得ましたが、ともかく偉い剣幕でした。
研究所の門に近付くと、怖い顔をした警官がすっ飛んできました。ショーファー(お抱えの運転手)が何やらフランス語で捲し立てて事無きを得ましたが、ともかく偉い剣幕でした。
入場のボディチェックもえらく厳しいものでした。チェックの人は最後に笑いながら私の腹を拳でポンポンと叩いたのですが、いったい何を言っていたのでしょう。フランス語はまったく分かりません。
入場のボディチェックもえらく厳しいものでした。チェックの人は最後に笑いながら私の腹を拳でポンポンと叩いたのですが、いったい何を言っていたのでしょう。フランス語はまったく分かりません。
スキンヘッドのSPが怖い顔をして周囲に目を配っています。「この植え込みから先には入るな」みたいなことを言ってカメラマンと押し問答になっていました。
スキンヘッドのSPが怖い顔をして周囲に目を配っています。「この植え込みから先には入るな」みたいなことを言ってカメラマンと押し問答になっていました。

 こちとらせっかくフランスくんだりまで飛んで来たのです。首相のご尊顔くらいは拝みたい。怖い顔のSPさんに「Photo photo!」と言ったらアッサリ通してくれました。シロート強し。何でも言ってみるものです。

真ん中の小柄な人がバルス首相です。
真ん中の小柄な人がバルス首相です。

 ということで、章男社長のロングインタビューが終わり次第、ミシュラン本社研究所開所記念稿を上げたいと存じます。

 前号(豊田章男社長「1000万台のクルマを造るには」)では、今年の6月からトヨタに導入されたカンパニー制に関するお話を伺った。1000万台のクルマを安定して生産するには、一人の強力なトップによる中央集権体制よりも、各カンパニーが独立で採算を考える、分権制の方が合理的であるとの考えだ。

 今回は、今までのトヨタと、これからのトヨタの企業風土、企業文化の違いについて伺おう。

「『これを達成しました』には興味が無い」

「自分たちの手で市場を作るんだという気概を持って仕事を進めて行って欲しい」
「自分たちの手で市場を作るんだという気概を持って仕事を進めて行って欲しい」

豊田社長(以下、豊):トヨタは既存のプロジェクトをいかに効率的に進めていくか、という事に関しては非常に長けていると思います。ですが、それだけでは新しいジャンルが出て来ない。かつてのトヨタは、新しいジャンルを生み出して来たと思うんです。1960年代から1980年代にかけては。

F:昔は「トヨタが初めて」というジャンルが有った。

:そう。トヨタが初めて出して、そうして市場を作っていったジャンルが間違いなく有った。ところが、徐々に社員に賢い人が増えて来ると、あそこに市場があるから、そこに適合するクルマを造ろうとか、そういう論理になって行くんです。どうしても。

F:それはトヨタがどんどん大きくなって、お給料もたくさん出る良い会社になって、東大を出たような頭の良い人が挙って入社して来て……ということですか。

:いや、頭が良いかどうかは分かりませんが…。もう少し、もう少しね。やっぱり本当の意味での市場開拓とかベンチャー的なことを、それぞれのカンパニーがベンチャー精神を取り戻してやってもらいたい。カンパニー制にして、身動きの取りやすいサイズになったのだから。「市場があるからやりましょう」ではなく、「自分たちの手で市場を作るんだ」という気概を持って仕事を進めて行って欲しい。僕はそうなることを期待しています。

他社のインタビュアー(以下、他社):新しいものをやろうとすると、今まで8勝2敗くらいで行っていたものが、例えば6勝4敗ぐらいになる可能性がありますよね。それを許してくれる風土は有るのですか。

デストロイヤー豊島氏(以下、D豊島):許してくれていますよ(笑)

:有ると思います。いま。みんながバッターボックスに立っているのと同じです。まずは立たなかったら意味が無い。そしてひとたび立ったのなら、今度はフルスイングしなくちゃ意味が無い訳です。フルスイングして空振りしたって良い。その代わり、失敗から学んだものは何だと。だから僕は、「これを達成しました」なんていうレポートには興味が無い。

F:えぇ!トヨタ自動車のトップが「達成しました」は興味が無い。それはまた意外なお話です。

:興味ないですよ。だってそんな、いつまでにこれこれを達成しましたなんて、当初に設定した目標が低いか何かですから。

「三角をみんなで称え合える会社になろうよ」

F:うわぁ……マジっすか。いやあの……マジでございますか。

繰り返しになるが、お話を伺っているのは世界最大の自動車メーカー、トヨタの豊田章男社長だ。大社長を前にして、不肖フェルはガラにも無く緊張して敬語が変になっている。しかしさすがは天下の大社長。下のものにはサラッと下の言葉で返すのである。

「バツバツバツと連続でバツがついた方がよほど良い」
「バツバツバツと連続でバツがついた方がよほど良い」

:マジですよ。達成しましたなんて言ってくるよりも、バツバツバツと連続でバツがついた方がよほど良い。散々バツが付いた挙句に、そこから何を学んだのかと。この失敗を何に生かせるのかと。持続的成長を望んでいる企業としては、長い目で見れば絶対にそっちの方が価値は出てくるのだと僕は思います。

F:なるほど。凄い。

:しかし、なかなかそう簡単には行きませんよね。ここ数年。いや、数年というか何十年も、トヨタの社員はそういう風には育てられて来ませんでしたから。今はみんな「えっ?」という感じだと思いますよ。まだ悩んでいる最中なのだと思います。

他社:まだまだバットを振ってないという思いが、社長としてありますか。

:いや、振っている人は振っていると思います。

D豊島:トヨタには「方針」というのが有りましてね。方針のシートに、今年はこういう事をやります、という計画を各部で立てるんです。それを半期でどこまでできました、中期ではこう、と。目標を上回る成果だから二重丸、これは丸、三角、ペケ。目標どおりだから丸、こっちは途中だから三角。全然ダメだわこれはペケ……とこんな具合に付けていく。

F:それは自己評価でやるのですか。部署ごとの自己評価。

D豊島:うん、自己申告です。部署ごとにね。僕たちとしては、どうしても二重丸をつけたくなるわけですよ。

F:それはそうですよね。バツを自分でつけるのは辛いですもの。

D豊島:社長は年頭方針のときに、「二重丸よりも尊い三角があるんだ」と言いました。「胸を張れる三角を取ろうよ」とも。高い所に挑戦していくと、自然と三角が付いちゃうんですよ。絶対に二重丸なんかにならんですよ。自然と三角になっちゃうの。そしてヘタするとバツが付いちゃう。

F:高い所に挑戦する。すると三角やバツも付いちゃう。

D豊島:そう、付いちゃう。だから三角をみんなで称え合える会社になろうよと。盛大に空振りした奴に対して、「よっ!ナイススイング!」って言わないと。みんながチャレンジした人に対して褒める文化が無いと、やっぱりバットを思い切り振ることは出来ないですよね。

「赤字でも良いから造りなさい…はあり得ない」

「給料は月に100万円なのに、家族が300万円もかかる生活をしていたとして、それを良いなんて言うお父さんがいますか?」
「給料は月に100万円なのに、家族が300万円もかかる生活をしていたとして、それを良いなんて言うお父さんがいますか?」

:かつてのトヨタはどうやっていたか。グローバルの生産台数が1000万台近くの規模になる中で、何が起こっていたのか。一人のリーダーが引っ張る中央集権体制だと、「どうやって優先順位を決めていくのか」というやり方に終始する訳です。するとやっぱり、よりたくさん売れるクルマ、よりたくさん儲かるクルマの優先順位が高くなります。

F:そうなりますよね。やっぱり儲かるクルマを作りたい。少しでも利益を上げたい。

:そう。でもね、クルマの中には、ワクワクドキドキする物も有れば、世の中から必要とされているクルマも有る。豊島のやっている環境を中心に考えたクルマも有れば、また一方で会社の幹となるような、カムリとか、カローラとか、そういうのも有る。

 それじゃ今言ったようなクルマを、それぞれ第一優先で見てくれる人は誰かというと、実は居なかったんですよ。明確に「この人」という人が居なかった。今はカンパニー制ですからね。それぞれのカンパニーが責任を持ってやっている。

 例えば「世の中から必要とされているクルマ」という事であれば、CV(商用車)カンパニーがキッチリとやる。彼らは必要なクルマ、商用車を第一優先に考えるグループだから。もちろんまだ足りない部分も有るのだけれど、だいぶそういう形は出来てきましたね。

他社:そうしたら、最初から赤字でもいいカンパニー。例えば「今無いクルマを造る」みたいなカンパニーがあったら面白そうだなと思っちゃうんですけれど。さすがにそれは経営者としては難しいですか。

:赤字でもいい?

他社:はい。赤字になっても良いから新しい分野のクルマを造るというのはどうでしょう。

:赤字じゃあダメですね。とんでもなく儲けなさいとは言いませんよ。でも「赤字でも良いから造りなさい」とは言えません。どんな環境の会社であれ、それは言えない。一生懸命やって、結果として赤字になってしまいました、というなら良いですよ。だけど、最初から赤字でも良いなんていうプロジェクトはね。

F:社長としてそれは認められない。

:会社の社長としてだけでなく、普通の家だってそうですよ。例えばお父さんの給料が月に100万円だと。それなのに家族は月に300万円もかかる生活をしていると。これを良いなんて言うお父さんがいますか?

他社:いや、居ないです。でもウチの家族を考えてみると、子供は稼ぐことできません。子供だけで見れば赤字な訳です。それは許そうみたいな考え方が……。

:だけど、それを許すために家族は何をしますか。お父さんが月3回ぐらいにゴルフに行っていたのを止めますとか、毎週家族で外食に行っていたけど、回数を減らしましょうとか、そういう事をしますよね。

F:確かに。やりますね。

:やりません?家で。

F:やります、やります。

「会社に来ると、なぜか“デカい釜”で作り出す」

:我が家だってやっていますよ、それくらいのことは。それが会社に来るとどうですか。途端に単純な計算も出来ないような、バカなことをやり出してしまう。

 例えば、炊飯器でご飯を炊くとします。コメ1粒当たりのコストは、大きな釜で炊いたほうが安いに決まっている。だけど、家族は何人なのかと。ウチは2人です。2人で暮らしているのに、食べられもしないこんなにデカイ釜で炊く家がありますかと。絶対にありませんから。

 ところが会社に来ると、デカい釜で作り出すんですよ。このほうが一粒あたりのコストが安いですと。トヨタの場合だと台数になりますが。そんなに造って売れるの?と。それを食べるだけの家族はいるのかと。

F:うーむ……。

:ところが算術計算だと、そのほうが得に見えて来るんです。それをこうやって資料に書いておくと、何となくみんなが納得してしまうんです。

他社:でも、それ。トヨタ生産方式の中で、売れる数だけつくるということは、ずっと強く理念として持ってらっしゃるはずのものじゃないですか。

:その“はず”のものが出来ていないんです。出来ていないことが有るんです。

 何かエラい話になって参りました。ここまでお話し頂けますか、章男社長。

 業界騒然。豊田章男社長スーパーインタビューは次号に続きます。

巻き返せるか?ニッポン自動車メーカー

読者の皆さん、こんにちは。編集担当のY田です。

「自動運転技術」については、日本は欧米に比べて一歩遅れているとも言われます。そうした中、政府は、自動運転車の実用化について、従来目標の2025年から前倒しする検討に入りました。9月13日に開いた有識者会合で、経済産業省が「現行の目標時期が適切なのかという問題意識を持っている」と表明。これに多くの委員が賛同したといいます。

背景には三つの「想定外」があります。①海外メーカーの開発スピードの加速、②技術のコモディティー化、③「サービス化」の急速な動き――です。

独BMWと米フォード・モーターはレベル4(加速・操舵・制動すべてにドライバーが全く関与しない完全自動走行システム)に相当する自動運転車の量産を2021年までに始めるとそれぞれ表明。また、自動運転機能を実現するうえで必要なシステムをベンチャー企業や部品メーカーが丸ごと開発する動きが活発化し、どんなクルマにも搭載できる状況が近づきつつあります。さらに、レベル4の完全自動運転車は現状、市販こそされていませんが、一部の地域に限定したバスやタクシーなどのサービスで既に運用が始まっています。

こうした動きに取り残されることなく、日本の自動車産業を守り、成長させていくうえでは、スピーディーな規制緩和が不可欠です。

日経ビジネス9月26日号では、今回の前倒しの背景を時事深層「自動運転、国策に3つの「想定外」」として詳しくまとめました。日経ビジネスオンラインの無料会員の方でも、無料ポイントを利用すればお読みいただけますので、ぜひご覧ください。

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