みなさまごきげんよう。
 フェルディナント・ヤマグチでございます。

 月曜日に続き、今回もトヨタ・豊田章男社長スーパーインタビューをお送り致します。

 前号では編集部の圧力に屈して泣く泣くヨタを削除した訳ですが(書かなかったのではなく、いったん書いたヨタを取り下げたのです)、全国から「ヨタはどうした!」「いつも通りにヨタを飛ばせ!」と叱咤激励を頂戴致しまして、大いに反省している所であります。

 ヨタは削除されても長い後書きは残る(しかも他社の技術解説)という不可解な不平等現象まで起きておりまして、こうなりゃ天下の章男社長のインタビューと言えども、ヨタを飛ばさない訳には参りません。

 ヨタロスに苦しんだみなさま。大変失礼致しました。今号より通常運転に戻ります。やはり始めにヨタを飛ばさないと、いまひとつ調子が上がりませんからね。

 唐突ですが遅めの夏休みでラスベガスに来ています。

24時間 365日博打が打てる文字通りの不夜城ラスベガス。きらびやかなネオンはLEDに替わりましたが、それでも電気使利用量はハンパなものではありません。
24時間 365日博打が打てる文字通りの不夜城ラスベガス。きらびやかなネオンはLEDに替わりましたが、それでも電気使利用量はハンパなものではありません。

 カジノにショーにショッピング。最近ではコンベンションの招致にも注力しているラスベガスですが、何をやるにしても大量の電力が必要です。ラスベガスはフーバーダムからの電力で成り立っているのかと思いきや、実は全量の10%しか賄えていないのだそうです。多くは他の州から買電しているんですね。だから電気代がべらぼうに高い。

今回宿泊したのは噴水ショーで有名なベラージオ。照明にポンピングに浄水に......と噴水一つ取っても膨大な電力が必要です。館内はムダにエアコン効き過ぎだし。
今回宿泊したのは噴水ショーで有名なベラージオ。照明にポンピングに浄水に......と噴水一つ取っても膨大な電力が必要です。館内はムダにエアコン効き過ぎだし。

 それじゃあんまりだということで、昨今のラスベガスは太陽光発電へのシフトを大変な勢いで進めています。市当局は来年中に「100%再生可能エネルギーの実現」なんて壮大な計画をブチ上げているそうですが、これは「ムリなんじゃないかなぁ....」の声が多数。太陽光発電事業者から直接購入を目論む(例えばMGMのような)大口顧客と既存の電力会社との対立も解消していないようですし、解決すべき問題は山積みです。

豪勢に人工の滝を巡らせて、一晩中建物をライトアップして、彼らには「節電」なんて概念は一切無いようで。
豪勢に人工の滝を巡らせて、一晩中建物をライトアップして、彼らには「節電」なんて概念は一切無いようで。

 とまれ、こちらではノンビリと気楽に過ごしております。海外の競馬はもとより、野球からサッカーまで何でも賭けの対象にしてしまうバイタリティには感服いたします。

なんでも賭けにしてしまうところが凄いです。
なんでも賭けにしてしまうところが凄いです。

 ちなみに私は一切の賭け事をやりませんで、そのポリシーはここラスベガスでも変わりません。カジノの上に宿泊していますが、クォーターのスロットマシンすら一回もやりません。博才が無い事は自分が一番分かっていますので。というか、ギャンブルは自分の人生だけで十分ですホント。

 あ、そうそう。前々号のコメント欄で、「『意識高い』人と『意識高い系』の人は別物かと」と解説下さった方。ありがとうございます。「意識高い系」が一般名詞として認識されているとタカを括っていたからこうした齟齬が生まれたのですね。

 いちいち説明するのも面倒だしなぁ......と思っていた所です。ご協力感謝いたします。

 さてさて、それでは本編へと参りましょう。
 トヨタ・豊田章男社長のスーパーインタビュー第二弾です。


 前号(豊田章男社長「命を賭けてクルマに乗っている」)では、社長の仕事はたった二つ。「誰も決められないことを決めること」そして「その責任を取ること」、であるというところまでお話を伺った。

 ここへきて、それまで横でウンウンと頷くばかりだったプリウスの開発責任者、デストロイヤー豊島氏が口を開いた(デストロイヤー名前の由来は「プリウスの生みの親、「デストロイヤー」登場」をご参照ください)。

「生産ラインに落ちた瞬間に、それはもう『アフター』です」

デストロイヤー豊島さん(以下、D豊島):フェルさんは前と比べてウチの広報の対応が変わったとか、風通しが良くなったとか言って下さいますが、社長はぜんぜん変わったなんて思っていないと思いますよ。

我々外部の人間がトヨタにアプローチを取る際は、全て広報部を経由する。取材を通してエンジニアの方と個人的な繋がりが出来ても、メディアに載る文章を書く際は絶対に広報を通さなければならない。これはトヨタに限らず、どこの自動車会社でも同じだ。

自動車会社の広報には、それぞれに特徴がある。マツダのようにおおらかで、「もう何でも書いちゃって下さい」という鷹揚な会社もあれば、クルマに関してネガティブなことを少しでも書けば、忽ちブチ切れて編集長に電話を掛けてきて、広告引き上げをチラつかせつつ、「記事を取り下げろ!」と恫喝まがいのことをする会社もある(実話)。

章男さんが社長に就任する前の同社広報部は、それはそれは細かく注文を付けてきた。それこそ口煩い姑の嫁イビリの如く、障子の桟をサッと指で擦るような事がまま有ったのだ。エンジニアのインタビューが終わり、「ああ、今日はいい話が聞けたなぁ」と一杯飲みながら余韻に浸っていると、暗い声で電話が掛かって来て、「先程のあの話なんですけど......」と一番オイシイ部分を「あの発言は無かった事にして欲しい」何てことを言ってきたりした。

そんな調子で面白い文章など書ける筈がない。往時の記事をいま読み返してみると、自分でも恥ずかしくなる程に“気の抜けた”文章が並んでいる。ところが昨今のトヨタはどうだ。組合活動だろうが市場調査時の誤認逮捕だろうが何でもござれ、ほぼマツダ状態と言って良い。それが広報だけでなく、なんと言うか、会社全体が某N社の標榜する「やっちゃえ」状態になっているのである(あの名コピーは、今のトヨタにこそ相応しい言葉だと思う)。

F:そうですか。外から見ると劇的に変化しているように感じるのですが、当事者にはあまりそのような意識が無いのでしょうか。

D豊島:少しずつの変化の流れの中に居るという認識は有るのですが......。トヨタの変化って、これからもどんどん起きるので。変化はこれで終わりでは無いので。

F:前に豊島さんにインタビューした時、クルマ作りにゴールは無い。終わりも無い。永遠に続くんだという話を伺いました。クルマ作りだけではなく会社も同じであると。

「やり残したことがないエンジニアでは、逆に困る」
「やり残したことがないエンジニアでは、逆に困る」

豊田社長(以下、豊):トヨタ生産方式もそうですが、やり出したら終わりは無いんです。コンティニュアスインプルーブメント。ひとたびこの世界に入ってしまったら、例え最高に良いクルマを作り上げても、生産ラインに落ちた瞬間に、それはもう「アフター」です。我々にとっては。

「豊島の頭の中にはやり残したことが一杯詰まっていると思います」

F:カイゼン後は、カイゼン前。ですか。

:そう。プリウスPHVの新車を出す前の彼に、こんなことを言うのは酷かも知れんけど、いま豊島の頭の中にはやり残したことが一杯詰まっていると思いますよ(笑)

F:やり残したことがまだ有るんですか?豊島さん(笑)

D豊島:あります(苦笑)

F:あるんだ(笑)

D豊島:あるんだけど、黙っています(笑)

:そりゃ黙ってますよ。彼は僕の前では「すべてやり遂げました!」なんて豪語しています。しているけれども、僕は絶対に彼の心の奥底に、自分でやり残した事が、何かちょっと引っ掛かっている事が有ると思っている。

F:エンジニアにはそういう多少引っ掛かる部分が無ければ困るくらいですか、社長としては。

:そう。僕としてもそういう感覚を持ってもらわなきゃ困っちゃう。エンジニア自身の心の中に引っかかっている事もあれば、実際に販売が始まってお客様の評判が聞こえてきて、それに応えて変えていくことも有る。そしてそれらを次のクルマにフィードバックして行く。次のクルマにも同じことが起きる。だから我々の仕事に終わりなんか無いんです。これは直接クルマを作る仕事だけではなく、トヨタの仕事の全てに言えることです。


 と、ここで残念ながら強制終了。これから良いところのペッパー警部状態なのだが、何しろ相手は総理大臣よりも忙しい豊田章男社長だ。ゴネてもスネてもこればかりはどうしようもない。社長は広報室長に促され、次なるミーティングの場へ移動するために席を立った。外にはピカピカに磨き上げられたヴェルファイアが止まっている。

 ここで時間を20分ほど前に戻そう。

 順番が入れ替わってしまったが、単独インタビューの先に行われた囲み取材のやり取りを引き続きお届けする。


「まず味方から欺かなければいけない」(笑)

「今日の試乗会への参加は、“完全犯罪”です」
「今日の試乗会への参加は、“完全犯罪”です」

D豊島:今日ここに社長が来ることは僕らも本当に聞いていなくて、本当にビックリです。文字通りのサプライズです。

:完全なる計画犯罪。知らなかっただろう?(笑)

D豊島:はい。本当に我々は聞かされていなくて......。

:シークレットを保つには、まず味方から欺かなければいけない(笑)

「ちょっとトヨタは変わってきていますよ、ということをお伝えしたい」
「ちょっとトヨタは変わってきていますよ、ということをお伝えしたい」

F:こういう試乗会にはよくお出でになるのですか?

:もともと広報マター的な新車発表の試乗会には余り顔を出していませんでした。クルマの乗り味や、トヨタとしてのクルマ作りの考え方をお伝えする試乗会には結構頻繁に出ていました。

 実際にハンドル握って、みなさんと一緒に走ってみる、というような試乗会ですね。僕が副社長の時だったかな、ノア・ヴォクシーの新車発表試乗会には出ました。ぐるっとその辺を走って見せたりもして。トライアルとして、「それまでの、新車発表のクルマの見せ方じゃないでしょう」というようなことも始めていました。

F:従来と違う見せ方を。なぜですか?

:クルマは静止状態で展示してもいいけれども、やっぱり本来は動くものですからね。スペックをお伝えすることは大切ですが、ちょっとトヨタは変わってきていますよ、ということをお伝えしたかった。変化していることを伝えたいという”思い”が有るからです。

「『しじょう』って打つと『試乗』と出るようになった」

広報室長:すごく細かいことなのですが、社長と一緒に広報の活動をやらせて頂くようになって、自分のパソコンに「しじょう」って入力したら、この前までは変換候補の一番最初に「市場」って出たんですよ。マーケットの市場。だって僕、広報ですから。ところが社長とやるようになってから、「しじょう」って打つと「試乗」と出るようになった。試し乗りの“試乗”です。ホント下らない事なのですが、それで「あ、俺変わった」って思いました(笑)

:多くなったのかも知れない、マーケットの「市場」より、乗る方の「試乗」の方が。

広報室長:本当にそうかも知れません。もともと僕ら、「市場」の“しじょう”関連の仕事が圧倒的に多かったんですよ。気が付いたら試乗の仕事ばっかり社長とやっていたのだなぁ、と。

F:久しぶりに社長が試乗会にお越しになったのは、このプリウスPHVに対する思い入れが特に強いからですか?

:いや、それは違う。僕はトヨタで出す全てのクルマに強い思い入れを持っています。それが正直な気持ちです。トヨタに於ける全てのプロジェクト、全てのクルマが自分にとってかわいい子供です。全部です。クルマの間で優劣は有りません。全部が全部、自分の子供ですから。

F:なるほど。全てのトヨタ車は全て血肉を分けた自分の子供であると。

:そう。だから毎年選ばれるカー・オブ・ザ・イヤー。あれは社内でどれか特定のクルマを決めて、受賞できるように全社で応援する訳じゃないですか。ただ、自分に言わせればそうじゃないだろうと。

 全てが等しく我々の子供なのに。その1車種だけに全社員が夢中になっていること自体に違和感を覚えますよね。「じゃあ、このプロジェクトは何だ」って。「このクルマに価値は無いのか」って。カー・オブ・ザ・イヤーは、オールトヨタの代表選手だけが行きますが、そうじゃないでしょうということね。

F:なるほど。

「そんなこと社長は一言も言ってません!」

:もちろんカー・オブ・ザ・イヤー、大切ですよ。取れたら無論嬉しいですし、我々としては最大限にリスペクトしています。

F:要らない訳じゃないんですね(笑)

広報室長:要ります、要ります!変な風に書かんで下さい!

D豊島:要りますよ。私は欲しいです。

F:この記事のタイトルが決まりました。豊田章男社長「COTYなんか要らねぇ!」と爆弾発言。東スポ調で行きましょう(笑)

広報室長:勘弁して下さい。そんなこと社長は一言も言ってませんから!

さすがは天下の大社長、慌てふためく広報スタッフを尻目に、フェルの軽口には眉一つ動かさず、持論を展開される。

:お客様にとって、一人一人のお客様にとって、一台一台のクルマ全てが異なります。

F:何十万台作っても、1台1台を見れば全て違う方が、違う人間が乗っている、と。

:そう。そしてトヨタの開発者に取っても、全てのクルマに対してそれぞれの思い入れがある。自分にとっては全部大切な子供です。だからそこにはフェアに、うんとフェアに向き合わなければいけない。そのためにはカー・オブ・ザ・イヤーとは別に、社内でモチベーションを上げる方法を考えました。

F:それはどのような?

:それはですね......


 ますます盛り上がって参りました。囲み取材のレコーダーを改めて聞き返すと、こちらもまた濃いお話がミッチリと詰まっています。

 捨てる所など一切無い、鯨肉のようなインタビュー。可能な限り早いペースで書いていこうと思います。お楽しみに!

自動運転、日本メーカーは劣勢なのか?

読者のみなさん、こんにちは。編集担当のY田です。

日々、ニュースが相次ぐ自動運転技術。BMWやアウディ、ダイムラーなどのドイツ勢が一歩先を行き、日本勢は劣勢との印象がありませんか?

中でも、「自動運転」という言葉の使用に対して慎重な姿勢を崩さないトヨタには、開発が遅れているとのイメージが漂いがち。ただ、実際にはそうとは言えません。

例えば、機能的に見ると、注目を集める日産・セレナに搭載されている「渋滞追従機能付きACC」「ACC」「衝突被害軽減ブレーキ」は既にプリウスにも備えられており、「自動車線維持」はSAIに搭載されています(搭載機能の差が、そのまま技術力の差に等しいとは限りませんが)。また、トヨタは、2020年頃に高速道路での自動運転の実用化を目指すことも公表しています。

ただ、高級車が中心となるドイツ勢と異なり、日本メーカーの主力は大衆車。開発コストの吸収が難しいという課題を抱えます。

実は、自動運転試験車両における日本車の性能は、ドイツ勢には決して劣っていないと言われます。先々、技術開発の進展でコストの抑制が可能になったとき、大衆車に強い日本メーカーの前には大きな市場が広がることが期待できます。

日経ビジネス9月5日号特集「ここまで来た自動運転 世界初取材 ドイツ最新試作車」では、ドイツ・日本各社の徹底取材を通じ、自動運転技術の進歩の現状、市場の勢力図とその将来について詳細にまとめました。日経ビジネスオンラインの無料会員の方でも、無料ポイントを利用すればお読みいただけますので、ぜひご覧ください。

余談ですが、このコラムの担当になってから自分のパソコンも、「しじょう」と打つと、「市場」ではなく真っ先に「試乗」と変換されるようになりました。一応、ビジネス情報サイトの編集者なんですが、私…。

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