トヨタ自動車が昨年10月に公表した「トヨタ環境チャレンジ2050」が注目を集めている。「新車CO2ゼロ」や「工場CO2ゼロ」などの高い目標を掲げた狙いはどこにあるのか。プリウスの生みの親である内山田竹志・トヨタ自動車会長に、小宮山宏・三菱総合研究所理事長が聞いた。

小宮山:「トヨタ環境チャレンジ2050」に対する内外の反応はいかがですか。

内山田:かなり思い切った目標になっていますし、数値目標を公表することは相当決断がいりました。社内はもちろんのこと、お取引いただいている部品メーカーさんもやはり驚かれています。「トヨタはなぜこういうことを言っているのか」と。一方でトヨタが向かう方向に合ったご提案を早くもいただくようになっています。さらに言えば、トヨタグループのほとんどの会社が、その後同じように目標を発表しているんです。

小宮山:そうですか。

仲間をつくり目標に向かう

内山田:1997年にプリウスを発売した時もそうだったんですが、燃費の良い車を出してCO2排出量を下げるといっても、プリウスだけでは大きな成果は得られません。CO2削減が自動車社会の抱える課題のひとつだとお客さまが認めてくれたことで、その後は環境性能が商品力を左右するようになり、各社が競っています。ハイブリッドはもちろんですが、普通のガソリン車やディーゼル車の燃費も良くなり、CO2の排出量は相当減っています。それとよく似ていて、トヨタ1社が言うだけではなく、仲間をたくさんつくって、みんなが目標に向かっていくことが重要だと思いますね。

小宮山:環境チャレンジ2050で掲げている3つの「CO2ゼロチャレンジ」と3つの「プラスへのチャレンジ」について説明していただけますか。

内山田 竹志(うちやまだ・たけし)氏<br/>1969年名古屋大学工学部卒業、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)入社。常務、専務、副社長、副会長を経て2013年6月に会長に就任した。総務省情報通信審議会会長、内閣府総合科学技術・イノベーション会議非常勤議員などを務める
内山田 竹志(うちやまだ・たけし)氏
1969年名古屋大学工学部卒業、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)入社。常務、専務、副社長、副会長を経て2013年6月に会長に就任した。総務省情報通信審議会会長、内閣府総合科学技術・イノベーション会議非常勤議員などを務める

内山田:ゼロへのチャレンジは、まず新車のCO2排出をゼロにする。正確に言うと、2010年に対して2050年にCO2排出を90%減らそうということです。それから、生産から廃車まで含めてライフサイクルでCO2をゼロにする。3つ目のチャレンジは、我々にとってはけっこう大きなインパクトなんですが、クルマの生産をCO2ゼロでやろうと。ゼロで生産し、走る時もゼロに近くしようということです。

 プラスにするというのは、ゼロの世界を目指すだけでなく、今でもマイナス要因ではないけれども、もっと良い社会をつくろうというチャレンジです。ひとつは水ですね。工場での使用量を最小化して、排水を徹底的にきれいにします。それから、廃車となったクルマからクルマの材料を回収するリサイクルをやっていこうというのがあります。最後は、植林や生物多様性といったものを含めた環境を守る活動の輪をもっと広げていこうという取り組みです。

 これらの取り組みをひとつのパッケージにして、2050年というタイミングに向けて進めていきます。特にゼロへのチャレンジでは、CO2ゼロでクルマをつくるというのは、ブレークスルーがないと達成できない目標です。

 挑戦的な目標をつくることによって、今までの延長線上ではできないことをまず自分たちが認識する。そこにいろいろなアイデアが出てくるのではないかと思っています。

小宮山:私も環境チャレンジ2050はうれしいんです。トヨタさんが宣言したことが。総合性がすばらしい。偶然ですが、私が1999年に出した『地球持続の技術』という書籍で掲げた「ビジョン2050」とゼロチャレンジの考え方は非常に似ています。今、取り組んでいるプラチナ社会も、3つのプラスに通じています。どのようにまとめたのですか。

内山田:先生のプラチナ社会もそうだと思うんですが、あるべき姿を考えたら同じところにたどり着いたのでしょう。

次のテーマは「気候変動」

小宮山:社内で議論されたんですか。

内山田:環境部が中心になって議論しました。我々のビジョンの中心は、世の中に良い商品、もっと良いクルマを出してお客さまに笑顔になってもらい、そのことによって我々の経営基盤を強くし、また新しい商品をつくることです。

小宮山 宏(こみやま・ひろし)氏<br/>1972年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了後、東京大学工学部長等を経て、2005年4月に第28代東京大学総長に就任。2009年3月に総長退任後、同年4月に三菱総合研究所理事長に就任。2010年8月に「プラチナ構想ネットワーク」を設立し、会長に就任 (写真:鈴木愛子、以下同)
小宮山 宏(こみやま・ひろし)氏
1972年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了後、東京大学工学部長等を経て、2005年4月に第28代東京大学総長に就任。2009年3月に総長退任後、同年4月に三菱総合研究所理事長に就任。2010年8月に「プラチナ構想ネットワーク」を設立し、会長に就任 (写真:鈴木愛子、以下同)

 古い言葉ですが、「豊田綱領」の中のひとつが「産業報国」です。自動車産業を通じて世の中の役に立つということです。これは、社員に大変浸透しています。我々は利益のためにクルマをつくっているのではなくて、クルマをつくることによって世の中の役に立ちたいと考えています。

 我々が会社に入った頃は、信頼性やコストパフォーマンスの高いクルマを開発・供給してみんながクルマに乗れるようにし、それで利便性を高めることが重要でした。それから、プリウスをつくったり、燃料電池自動車をつくったりして、環境性能の高いクルマを通じて世の中に役立つために取り組んできました。

 それで次のテーマは何だろうかと考えた時に、やはり我々がひしひしと感じているのは気候変動のインパクトです。IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)は、今世紀末に温室効果ガスの排出をゼロまたはマイナスにする必要があると報告しています。しかし、我々はすぐに対処できるわけではありません。ですから、今世紀末の50年前に当たる2050年を目標年に定めたわけです。

小宮山:社内には無理だという意見もあったんではないですか。

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高い目標、わくわくする

内山田:議論があったのは、「新車CO2排出量90%削減」と「工場CO2ゼロ」という2つの数値目標を入れるかどうかでした。

小宮山:内山田会長が「やれることをやるんじゃなくて、やらなきゃならないことをやろう」と後押しされたそうですね。

内山田:それは日ごろから言っていることですが、今回ぼくは非常にわくわくするなと思うんです。CO2をまったく出さずにクルマをつくるなんてことが本当にできたら、すごいことではないかと。

 ハイブリッド車や燃料電池自動車を開発した時も、スタートのところではとてもできないという話でしたが、期限を決めて一丸となって取り組んだら実現したという事実もあります。今すぐにはもちろんできないですが、目標を決めてやっていけばできるのではないかと考えています。そんなに社内の反応はネガティブではないです。

小宮山:バックキャスティングという言い方をしますよね。将来こうなっていたいんだという目標があって、どのような技術に取り組むかを決める。

内山田:そうですね。

小宮山:技術屋にとっては大きなインセンティブになるのではないですか。

内山田:そうですね。ただ、目標を定めたのはいいんですが、みんな道のりは相当険しいという認識を持っています。例えばプリウスでも、すぐに普及したわけではありませんし、それよりも何よりも出した当時は赤字で、そのまま普及させれば赤字がどんどん膨らんで、大げさに言えば会社はプリウスのために潰れてしまうということになりかねなかったんです。

 普及させるためには、ハイブリッドで利益が出るようなコストにしなくてはならない。それも、量産するだけではコストは十分に下がらないので、プリウスはモデルチェンジのたびにハイブリッドのシステムを全部つくり直したんです。初代に対して2代目はこのシステムのコストを2分の1、3代目は3分の1程度にしています。

小宮山:量産効果ではないんですか。

内山田:量産よりも設計を変えたことの方が大きいですね。

小宮山:それは意外ですね。

部品メーカーの存在大きい

内山田:環境チャレンジ2050も同じです。原資がどこかからくるわけではないので、自分たちで稼ぎながら、その一方で目標を目指します。

 それとぼくが思うのは、部品メーカーが研究開発の競争に加わってくるかどうかがものすごく大きいのです。初代プリウスは、主要コンポーネントをすべてトヨタで開発・製造していたんですが、そこに新しいビジネスチャンスだと思って部品メーカーが入ってくると、トータルのエンジニアの数は格段に増えるわけです。その人たちがみんなで競争してくれるようになります。そういう意味で我々はステークホルダーの重要性を十分に認識しています。

 環境チャレンジ2050もトヨタが勝手に目標をつくって、自分たちでがんばればできるのではなくて、設備メーカーや部品メーカー、物流会社などの協力が欠かせません。さらに、これからはエネルギー会社ですね。新車のCO2をゼロにするために、我々は燃料電池自動車とか水素社会を当然にらんでいます。国として水素を基幹インフラにするのか、エネルギー業界がそこに加わるのかはとても重要です。「トヨタが燃料電池自動車をつくったから水素スタンドをつくってください」では、誰もつくらないです。水素が重要なインフラになるとみんなが思っているから、それだったら我々は水素を使う自動車を出しましょうということで今やっているわけです。

新刊のご案内
『新ビジョン2050 地球温暖化、少子高齢化は克服できる』
小宮山宏、山田興一著

 地球温暖化や資源枯渇、少子高齢化、格差問題など現代社会が抱える課題は多岐にわたる。しかし、今ここで正しい方向に舵を切れば、私たちは明るい未来を実現できる。 元東大総長の小宮山宏が、単なる理想論ではなく、科学技術をベースに2050年のビジョンを描く。

 内山田竹志氏(トヨタ自動車会長)、坂根正弘氏(コマツ相談役)、吉川洋氏(立正大学教授)の特別対談3本を収録。

 この対談記事は本書『新ビジョン2050 地球温暖化、少子高齢化は克服できる』(日経BP社刊)に掲載したものを再編集しました。

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