この夏、米アウトドア用品大手のパタゴニア本社を訪れた。ロサンゼルスから北西に電車で2時間ほどのベンチュラという街にある。同社は環境先進企業としても世界的に著名だ。

 ベンチュラは海と山が近く、アウトドアスポーツに最適な場所にある。海沿いの鉄道の駅を降りると、山がちな地形が見え、創業者のイヴォン・シュイナード氏が気に入ってこの地に本社を構えたのもうなずける。

 そのシュイナード氏が書いた書籍「社員をサーフィンに行かせよう」が世界中で翻訳され、同社の働き方や環境を重視する企業文化は広く知られている。また、自社のジェケットを指し示し、「Don't Buy This Jacket(このジャケットを買わないで)」と謳った過激な広告でも衆目を集めた。

パタゴニアは2011年11月に「Don't Buy This Jacket(このジャケットを買わないで)」と大書した広告を新聞に掲載した
パタゴニアは2011年11月に「Don't Buy This Jacket(このジャケットを買わないで)」と大書した広告を新聞に掲載した
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 この広告は2011年11月末に大手新聞に掲載された。当日は米国でアパレル各社がセールを仕掛け、最も消費者の購買意欲を喚起する日だった。パタゴニアはあえてその日に大量消費への警鐘を鳴らす広告を打った。その姿勢に対しては、賛同する人がいる一方で、偽善者だと批判する人もいた。ただ、注目したいのは、結果的にこの製品の販売が伸びたという点だ。

 戦略が思い切ったものであればあるほど、顧客が離れるなどのリスクは大きなものになる。同社には、そのリスクを負いながらも大胆な手を打って、企業文化の浸透、販売増という二兎を手にするしたたかさが垣間見える。

 そのパタゴニアが再び、リスクを負ったプロジェクトを数年前から展開している。衣料品のリユース(再利用)事業だ。

 リユースの拡大は新品の販売を減らす恐れがある。また同社は「新品の購入を25%減らす」という理念を掲げる米ヤードルに出資・提携した。ヤードルはネット上で個人の使用済み製品を出品し、個人がそれを購入するシェアリングビジネスを展開している。

 いくらエコロジーを前面に掲げた会社とはいえ、販売が減ってしまっては元の子もない。どのような狙いがあるのかを知りたいと思い、本社を訪れた。

パタゴニア本社はひっそりとたたずみ、初めて訪問した人は見つけづらいかもしれない
パタゴニア本社はひっそりとたたずみ、初めて訪問した人は見つけづらいかもしれない

新製品の値崩れをいかに防ぐか

 本社に着くと「まずは聞いてくれ」と、パタゴニアが重視する理念の説明が始まる。
 本題に迫りたい記者の気持ちをいなすように、社内をゆっくり回る。研究開発部門には多種多様な糸や生地が並び、厳しい品質検査を実施していた。市販の生地を同社でチェックすると、9割が品質基準をクリアしないほどの厳しさだという。

世界中の様々な糸や生地を検査している
世界中の様々な糸や生地を検査している

 自社栽培の有機野菜を使ったランチをいただいた後に、ようやくリユース担当者が現れた。
 まずは、「Worn Wear」プロジェクトというリユースの仕組みを説明してくれる。

 フリースやダウンジャケットなどの使用済みのパタゴニア製品を店頭などで回収、修理してリユース製品として販売する。米国内に専用のリユース工場も構えている。プロジェクトの責任者であるネリー・コーエン氏は言う。「買って使って捨てるという文化を変えたい」。

 リユース品は、劣化度合いに応じて5つの価格帯で販売している。下取り価格はその半分で、商品券として提供している。自社に持ち込めない場合は、シェアリングビジネスのヤードルなど他の流通システムに持ち込むことも奨励している。

 説明がひと段落した後、単刀直入に聞いた。「商品の寿命が延びたら、新製品の販売が落ちないか」。
 コーエン氏はこう答えた。「確かに売り上げが減る心配はあるが、これは我々のチャレンジだ」。

リユースプロジェクトの責任者であるネリー・コーエン氏。本社に併設した店舗でも、衣料品のリユースを受け付けている
リユースプロジェクトの責任者であるネリー・コーエン氏。本社に併設した店舗でも、衣料品のリユースを受け付けている

 話を聞いていくと、「Worn Wear」プロジェクトには同社の理念だけではない、したたかな狙いが見えてきた。

 具体的には4つに分類できる。1つは顧客との絆の強化だ。従来は販売の時だけ顧客と接点があったが、使用済み製品の回収や修理などで顧客との絆が強くなる。その絆は次の売り上げに結び付くかもしれない。

 2つ目は顧客層の拡大だ。新品は高価で買えなくても、リユース品なら手が届く顧客層はいる。同社は同じ低価格品でも他社の新品に比べて、パタゴニアのリユース品の方が環境に良いので、使い捨て製品を減らせる効果があると見込む。

 3つ目は、こうした姿勢を見せることで、高品質な製品を作り環境を大切にする企業というブランドイメージを広めることができる。

 同社のローズ・マーカリオCEO(最高経営責任者)は「個々の消費者として惑星のために私たちができる最善の行動は、モノを長持ちさせること」と述べている。同社はそのイメージに応えるべく、新製品の設計部門と修理工場が緊密に連携し、壊れにくさと直しやすさの両立というリサイクル設計を強化している。

 4つ目は、リユース市場が確立できれば、新製品の値引きを避けられる可能性がある。ある程度の下取り価格が保証されていれば、新製品を購入する際の顧客の負担は軽くなる。

 実質的な顧客の負担は、新品から下取り価格を引いた額になるからだ。顧客は下取り価格を考慮して、大事に製品を使うようになる。結果的に、製品の寿命が延びることで、顧客にとってもコストパフォーマンスの良い製品となる。

環境重視のアパレルが自動車産業を手本に

 実は同社がリユースに挑戦するにあたって参考にしたのが自動車産業だ。

 自動車産業はこれまで中古品市場を充実させ、下取りを前提に新品の購入を促すことで市場全体の活性化を図ってきた。メーカーの競争力の低下は、下取り価格の下落に表れる。

 パタゴニアのコーエン氏は「自動車産業にとっては当たり前かもしれないけれど、イノベーティブな仕組みではないか」と話す。

 特に狙いの4点目は自動車産業の特徴でもある。ブランド力が高かったり、故障しにくいクルマは中古車の価格が高くなる。これを実現できるメーカーは、新製品の値崩れを防ぎやすくなる。

 もちろんリユースの効果だけではないだろうが、パタゴニアは衣料品の販売が好調で、業績は右肩上がりだとみられている。

 よいものを他社より1円でも安く作る。その競争の結果、モノの価格は下落し続け、商品は短命化し、社会にはモノが溢れていく。「豊かになりたい」という消費者の声に応えるのは企業の役割だろう。だが、パタゴニアが試みているリユース強化と製品寿命の長期化は、それとは別の戦い方もあることを示しているように思えた。

本社近くのビーチ。社員たちはここでサーフィンなどマリンスポーツを楽しむという
本社近くのビーチ。社員たちはここでサーフィンなどマリンスポーツを楽しむという
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