青山葬儀所の外観
青山葬儀所の外観

 新聞の訃報欄を読んでいる人はさほど多くはないと推測するが、記者はどちらかといえば興味を持って一読するタイプだ。

 近年、この訃報欄にちょっとした「変化」が起きている。「通夜・告別式は近親者のみで行う」という文言が増えているのだ。この表記はすなわち、「密葬(家族葬)にするから、喪主が声をかけない限り、参列しないで欲しい」とも読み換えることができる。

 かつては大企業の幹部や著名人が亡くなれば、訃報欄の情報を頼りにして、通夜や葬儀に駆け付けたものだ。「近親者で執り行った」と言われれば、「寂しい」と思う人もいれば、中には「密葬にしてもらって助かった」とホッとする人もいるはずである。

 かつてバブル期前後は、参列者を集められるだけ集めるような、大規模葬がもてはやされた。会社の幹部が亡くなれば社葬を実施し、豪勢な祭壇を設け、会場外に花輪をずらりと並べた。

 この“大葬儀時代”には良くも悪くも社員、取引先など関係者大勢が参列した。新聞の訃報記事を情報源にして葬儀会場へと足を運び、不特定多数の参列者に紛れ込んで「御礼の品」や「香典返し」をくすねる不埒な輩が、数多く出没する状況も見られた。

「青山葬儀所離れ」に拍車

 しかし最近は著名人や富裕層でも、こうした派手な葬式を控えるようになっている。この潮流は、結婚式の流行現象とよく似ている。結婚式はバブル期には「ハデ婚」がもてはやされたが、現在では親族や近しい友人たちだけに限って開く、アットホームな式が主流だ。

 ここで、昨今進んでいる都市部の葬式の簡素化を示すデータを紹介する。葬祭サービス会社・鎌倉新書が2014年に実施した「葬儀の種類」の割合である。関東圏に限定した。

 関東圏では従来の一般葬(参列者が31人以上)が34%にまで減っている。逆に、一般葬より規模がぐっと小さい家族葬(密葬とほぼ同義、参列者30人以下、同32%)や1日葬(1日だけの葬儀、同11%)、直葬(葬儀を実施せず火葬のみ、同22%)が台頭している。

 葬儀が簡素化する潮流はここ15年ほど続いている。そこで対照的に巨大斎場の動向を調べてみると興味深い事実が浮かび上がってきた。記者は全国でも屈指の知名度を誇る斎場、青山葬儀所(東京都港区)に着目した。

 青山葬儀所は名だたる著名人を送ってきた名門斎場である。都会のど真ん中に位置する至便な場所にありつつも、空間にゆとりがあって落ち着いた風情がある。企業が社葬を行う会場としても真っ先に候補に挙がる。それこそ新聞の訃報欄の「常連」である。だが、最近、訃報欄で青山葬儀所の名前を見ることが少なくなった気がする。

お別れの会が流行

 そこで記事検索システム(日経テレコン21)を使い、「青山葬儀所」&「告別式」というキーワードで検索してみた。今回は媒体を「朝日新聞」に設定し、1985年以降、5年間ごとのヒット数をはじき出した。また、近年「お別れの会」なるセレモニーが目立ってきていることから、このキーワード(赤の棒グラフ)でも検索してみた。

 この検索によるヒット数は青山葬儀所における葬式の実数ではない。それでも、大規模葬の経年変化を見る上での参考指標にはなるだろう。過去に青山葬儀所で実施された著名人リストとともにご覧頂きたい。

註:検索対象媒体「朝日新聞 朝夕刊」。1985年から5年ごとに「青山葬儀所」&「告別式」、「青山葬儀所」&「お別れの会」のキーワードで検索
註:検索対象媒体「朝日新聞 朝夕刊」。1985年から5年ごとに「青山葬儀所」&「告別式」、「青山葬儀所」&「お別れの会」のキーワードで検索
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 青山葬儀所における「告別式」の検索ヒット数は、バブル期以降、下がり続け、2000年代に入って激減していることが見て取れる。注目したいのが、「お別れの会」がここ15年ほどで増えてきていることだ。

 「お別れの会」は死後、密葬(家族葬)と火葬を済ませ、改めて開催日を決めて、実施するスタイルをとる。主催者や参列者にしてみればスケジュールが立てやすく、より大勢の参列が見込める。

 従来の葬式(一般葬)では「故人」があくまでも主役であった。参列者は他のスケジュールをキャンセルしてでも、「とにかく駆けつける」というのがお決まりだ。

 だが、この「お別れの会」であれば準備期間がたっぷりあり、より凝った式典が可能になる。歌手の場合ならば、「音楽葬」というような演出も考えられ、多くのファンを呼ぶことができる。

 「お別れの会」は参列者に配慮した葬式と言えるだろう。弔問者には追憶と別れの時間を十分に過ごしていただきたい、という主催者の意図が隠されているようにも思う。

歌手の葬式への参列者の数はケタ違い

 ここで青山葬儀所が過去30年の間に行なった葬儀の中で多くの人が参列したものの上位を紹介したい。

 飛び抜けて多いのが2007年6月に実施した、『ZARD』で知られる歌手の坂井泉水の式だ。何と6万人を記録した。また1989年7月に実施した美空ひばりの告別式は約4万2000人。2009年5月のロック歌手の忌野清志郎の告別式も4万人に上った。

 著名な音楽家の葬式は、政治家や他の文化人らと比べても、参列者の数がケタ違いに多い。葬送の観点からも、音楽の力の凄さを知ることができそうだ。

日比谷花壇が運営

 数多の著名人を送ってきた青山葬儀所だが、その実像はあまり知られていない。実は東京都が所有する公営の葬儀所なのだ。都内にある公営葬儀所にはほかにも、江戸川区の瑞江葬儀所がある。ちなみに瑞江葬儀所は火葬施設。対して、青山葬儀所は、葬儀の式典などを行う専用の施設であり、火葬の設備はない。

 歴史にも触れたい。青山葬儀所の発祥は1901年(明治34年)にまで遡る。最初は民間の葬儀所だったが、後に旧東京市に寄贈された。1974年(昭和49年)に現在のモダンな、鉄筋コンクリートの施設に建て替えられた。

 指定管理者制度の導入と共に、2006年(平成18年)度からは日比谷花壇グループが管理、運営している。日比谷花壇は、生花のアレンジメントや装飾などを手掛ける事業を展開しており葬式との親和性が高い。

 敷地は青山霊園に隣接する約3000坪。1日1組限定で受け入れる。通夜を入れれば1組あたり2日間程度を要する。そのため、年間の利用数は思ったほど多くはない。日比谷花壇グループが指定管理者になる直前の2005年(平成17年)度までの数年間は、年間の利用がわずか30件台であった。これでは通夜を含めても、1年間365日のうち300日以上は稼働していないことになる。家族葬の流行とともに、大規模葬が相対的に敬遠されてきたことが背景にありそうだ。

 青山葬儀所の場合、施設の老朽化も顧客が離れた原因だった。民間の指定管理者が入る前までトイレは和式、会場の椅子は固定されており、空間の汎用性は低かった。待ち合いもレンタルのテントで、夏場や冬場の葬式は参列者を苦しめた。また、利用料金は8時間あたり84万円と、他の民間斎場と比べるとかなりの高額だった。

 日比谷花壇グループが指定管理者になってから、洗浄式トイレに替え、会場の椅子も可動式にし、例えば、立食形式で故人を送る、と言った演出も可能になった。

 利用料金は8時間69万円(現在の基本的な料金、別途料金設定あり)にまで下げ、一般利用客にも門戸を広げた。遺族のための部屋も整えた。風呂、トイレ、キッチンのほか、オゾン発生機付き遺体安置スペース(写真下)などを備え、それこそ普通の民間斎場と変わらぬサービスを提供し始めている。

固定型だった椅子も可動式に。家族葬にも対応する
固定型だった椅子も可動式に。家族葬にも対応する
オゾン発生機付き遺体安置スペース
オゾン発生機付き遺体安置スペース

生前葬にも利用

 こうした企業努力の結果、2011年(平成23年)度以降の利用数は年間70件の水準にまで回復。2015年(平成27年)度は77件を見込んでいる。だが、日比谷花壇グループとしては、葬式以外にも利活用を増やして、収益を確保したいところだろう。

 だが、もともと青山葬儀所は都の条例によって、葬送以外の利用は認められていないという。しかしそれも、徐々に緩和されつつある。2009年からは葬式以外にも、年忌法要の利用が許可された。2010年にはテレビ演出家のテリー伊藤が生前葬を執り行って話題になった。今年2月には、目的外使用として、東北大学が主催するシンポジウム会場としても使用されるなど、新しい試みが始まりつつある。

 ちなみに芸能人の利用が多いイメージの青山葬儀所だが、実際の割合はどうなのだろう。以下がそのグラフである。

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 確かに、政治家、官僚など社会的ステイタスを得ている故人が多いが、芸能人は約1割とさほど多くはない印象だ。

 青山葬儀所によれば、著名でない一般人の利用も広く受け入れているという。元会社員、元公務員、個人商店の店主などの利用もある。

 青山葬儀所の石井弘之所長は、このように話した。

 「特に都会ではこぢんまりとした葬式が主流になり、青山葬儀所でも家族葬の利用が今は年に数回あります。著名人の密葬というケースもあります。直葬などの、それこそ葬送とは言えない形態の葬儀も増えているようですが、一方で、故人に最後まで寄り添い、ご弔問された方々とお見送りする…、という姿を見守っていると、葬送文化の大切さ、葬儀式の本来の意味などを改めてしっかりと継承していかなければならないと感じます」

 そして、石井所長は葬式の“教育効果”についても言及する。

 「お孫さんがお葬式の場で昨日まで元気だったおじいちゃんの手を触ると冷たくなっている。びっくりしてお母さんにしがみつくと、お母さんの手は温かい。その時に、その子は『死』というものを知ることになり、そこから生きていることへの感謝も考え始めると思います。葬式は学校や日常生活では決して学べない、体得できないことなのです」

 「葬式はいらない」という風潮が確かに都会で広がりを見せている。葬式の簡素化という波に青山葬儀所が抗うことはなかなか難しいのかもしれない。だが一方で、大切な人との最後の時間を共有したいという人間の根源的な思いもまた、しっかりと守っていかねばならないと思った。

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