トランプ候補は日本防衛に対する米国の関与を減らす代わりに、日本の核武装容認を示唆する発言をしている。実際に日本が核武装することは可能なのか。9月に近未来小説「日本核武装」を刊行するなど、核に詳しい作家の高嶋哲夫氏に話を聞いた。

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作品では、精密加工など様々な技術に秀でた全国の中小企業を総動員し、核爆弾の容器をスムーズに仕上げた印象があります。日本の核武装は比較的容易に達成可能なのでしょうか。

高嶋:純粋に技術やモノづくりの視点で言えば難しくはないでしょう。核爆弾製造を考える場合、核技術と核物質と防衛産業がカギになります。まず核技術については、米国の公文書館などで公開されている情報を得られれば一応問題ないとされています。北朝鮮はロケット技術と核技術の開発に熱心です。日本の技術水準は北朝鮮よりもはるかに高いですから、その気になればスムーズに核爆弾を開発できるでしょう。

1949年岡山県生まれ。慶応義塾大学大学院修士課程修了、日本原子力研究所研究員を経て、米カリフォルニア大学に留学。79年には日本原子力学会技術賞受賞。主な著書に「メルトダウン」「ミッドナイトイーグル」「首都崩壊」「富士山噴火」など(写真:大槻純一)
1949年岡山県生まれ。慶応義塾大学大学院修士課程修了、日本原子力研究所研究員を経て、米カリフォルニア大学に留学。79年には日本原子力学会技術賞受賞。主な著書に「メルトダウン」「ミッドナイトイーグル」「首都崩壊」「富士山噴火」など(写真:大槻純一)

 核爆弾の扱いについては、少しの核物質でどれだけ大きな爆発を起こせるかという意味での効率が重要です。核物質をうまく臨界に到達させるための爆弾構造など様々な最新技術が必要となりますが、基盤は国内に十分整っています。

 核物質については、日本には(原子力発電に由来する)一定量のプルトニウムなどがあります。兵器に使用するプルトニウムと原子炉用のプルトニウムは質が全然違いますが、厳密に爆発の規模などを考えないならば(原子炉用のプルトニウムでも)それなりに使い物になるでしょう。

 生産に携わる防衛産業も全く問題ありません。大手はもちろん、モノづくりを支える優れた中小企業が多く存在しています。設計図さえしっかりしていればよい。

最新作の「日本核武装」は9月発刊。作品の序盤では、一部の政府関係者らによって極秘に進行していた日本の核武装計画が、偶発的な交通事故を契機に政府内部で発覚。国際世論の反発などを恐れた日本政府は秘密裏に核武装計画の全容解明に乗り出す。一方、沖縄県・尖閣諸島を巡る中国との対立は、中国が核兵器で日本を威嚇する事態に発展。米国は中国との対立を懸念して日本支援に終始消極姿勢を崩さない。日本ではタブー視されがちな核をテーマに、緊迫する国内外の情勢を描いた。

スパコン駆使すれば核実験は不要

作品では研究機関のスーパーコンピューターを活用したシミュレーションによって、一定の核開発に「成功」しました。北朝鮮のような核実験は不要でしょうか。

高嶋:米国は核物質の劣化を全てシミュレーションで調べているはずです。かなり高性能のスーパーコンピューターが現在はありますから、日本でも実験をすることなく核爆弾を開発することは十分可能だとみています。確かに、核爆弾は実際に爆発させないと、その威力をちゃんと評価できないとの見方があります。しかし、最新鋭のスパコンがあればシミュレーションで十分賄えるでしょう。

小型化した日本の核爆弾を運搬する手段として、潜水艦から発射するミサイルや衛星の打ち上げに使用するロケットを使うという話が作中に出てきました。衛星用ロケットを長距離ミサイルのように遠方の陸地に向けて撃てるのでしょうか。

高嶋:能力的には問題ありません。理屈の上では宇宙航空研究開発機構(JAXA)などが打ち上げる衛星を核爆弾に替えるだけです。弾道の入力方法などを調整すれば目標とする地上のポイントに落とすことは可能でしょう。ミサイル開発を進めている北朝鮮も、人工衛星の打ち上げ実験とうたっています。

国際的孤立なしに核物質は確保できない

先ほど核物質について少し触れていただきました。作品では核反応を起こす濃縮ウランやプルトニウムといった核物質をいかに確保するかが特に重要な論点となりました。

高嶋:国際原子力機関(IAEA)が核兵器不拡散条約(NPT)に基づいて、日本に対しても厳格な査察体制を敷いています。関連施設を監視カメラで常時監視し、プルトニウムなどのわずかな数量変動もすべて管理しています。核物質を悟られることなく持ち出すのは非常に難しいでしょう。

 仮に持ち出せたとしても記録が完全に残ります。核物質はいろいろな特性を持っており、どの施設で作られたものか突き止めることができます。指紋と同じようなものですね。すべての核物質の履歴は追跡可能です。

 核武装した時に実際の問題になるのは、日本国内あるいは国際社会の反応になります。国内では多くの人が反対するでしょうし、国際的にもほぼすべての外国が反対するでしょう。

 日本は原子力関連の様々な国際条約に入っています。その縛りがどうしても出てくる。もし核武装するならば、NPTや原子力協定(核物質の軍事転用禁止や違反時の核物質返還などを定めている)などからの脱退をちゃんと考えないとダメです。

 核武装は、技術面では可能であっても、現実的なハードルが非常に高い。「合法的に」という言葉が適当かどうか分かりませんが、(国際社会を敵に回さない形での核武装は)私は非常に難しいと思います。

核を持たないことが信頼につながる

トランプ候補の日本の核武装容認発言をどのように受け止めていらっしゃいますか。同候補はまた在日米軍の駐留にもっと費用負担せよと繰り返し言及しています。

高嶋:ひどいなと思う半面、そういった偏った考え方をする人が世界にはいることも分からなくもありません。

 日本でも国益という言葉を使った議論がなされます。本当の意味で国益を論じるのであれば、狭く自国のことだけを考えるのは生産的ではありません。今のグローバルな時代、国益を考えるのであれば、やはり外国を視野に入れて国益を考えなければ限界があるでしょう。

 駐留米軍の費用負担について言えば、やはり日本は外交下手ですね。恐らくトランプ氏は思いやり予算や米国が沖縄に駐留している意義を知らない人なのでしょう。日本はもっと巧みな情報発信に力を入れるべきだと思います。

高嶋さんご自身は日本の核武装の是非についてどのようにお考えでしょうか。

高嶋:中東のイスラエルは表向き、核保有を否定していますが、実は恐らく持っているだろうと世界が認めています。それが抑止力になっている。

 しかし日本はそうした手法は取るべきではないと思います。核爆弾を持っていないことで国際的な信用を得ている面があります。日本は非常に小さな国家というか資源のない国家ですから、いろいろな国際条約に抵触する行動や、近隣諸国との軋轢につながる動きは避けるべきでしょう。

 安全保障を考えると、武力だけでなく、資源確保や輸出入によって安全を確保するという視点もある。日本が核保有に動けば、世界からボイコットされる可能性があります。私は核武装しないメリットの方が大きいと思います。

「潜在的な核保有能力はあっても、持たない姿勢を貫くべき」と語る高嶋氏(写真:大槻純一)
「潜在的な核保有能力はあっても、持たない姿勢を貫くべき」と語る高嶋氏(写真:大槻純一)

トランプ候補がもし大統領に選ばれ、米国政府が日本の核武装を容認しても、周辺諸国やIAEAなど米国以外の既存体制は何も変わりませんね。

高嶋:絶対に変わらないと思います。周辺の状況を見れば、北朝鮮が核を持ち、たぶん韓国も非常に持ちたくてしょうがない。中国は当然持っているし、インド、パキスタンも持っていると。日本が核保有に走ってもおかしくない環境が周りにあります。しかし潜在的な技術は保持していながら敢えて日本は核兵器を持たないことで世界に一目置かせるという、そんな姿勢が必要なんじゃないかと思います。

最後に、核武装を小説のテーマに選んだ理由を教えてください。

高嶋:私はもともと日本原子力研究所で原子力関連の研究に従事していました。その後、米国に留学していた時に、米国の大学が大学新聞に核爆弾の設計図を載せるという話が持ち上がった。米司法省がそれに対してストップをかけて、騒動になりました。言論の自由か、それとも安全を重視すべきか、全米レベルの議論に発展しました。私も非常に興味を持って議論を聞きました。

 こうした経験があったので、核に絡んだ作品をこれまでも結構書いてきました。「ミッドナイトイーグル」は核爆弾を積んだ飛行機が雪山に墜落するという内容でした。いつかは日本の核武装を扱った本格的な作品を書きたいと思っていました。「日本核武装」というタイトルは過激かもしれませんが、作品を通して、反戦や反核、若い世代の友情についても読み取っていただければすごく嬉しいですね。

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