日経ビジネスオンラインは今日から、連載「もしトランプが大統領になったら…」を始める。トランプ氏が掲げる政策ごとに、経営者や研究者の意見を聞く。その第1弾として、トランプ氏について復習する。その生い立ちは? 政策の内容は?

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(写真:ロイター/アフロ)
(写真:ロイター/アフロ)

 「成り上がりの不動産王」「歯に衣着せぬ毒舌家」「横紙破りのデマゴーグ」――ドナルド・トランプ氏のパブリックイメージを挙げれば大体こんなものだろう。移民やイスラム教徒への度重なる攻撃、女性蔑視発言、果ては女性に対する卑猥な発言まで飛び出し、今や全米を敵に回してしまった感がある。

 だが、単なる天邪鬼、人々の不満を煽り立てるポピュリストであるなら、共和党の指名を受けるまでに上り詰められるわけがない。トランプ氏の生い立ちを冷静に見ると、そこには頭の切れる、したたかな戦略家というもう一つの人物像が浮かび上がる。

 ドナルド・ジョン・トランプ氏は1946年生まれの70歳。ドイツ系の富裕な不動産業者、フレッド・トランプ氏の四男としてニューヨーク市クィーンズ地区に生を受ける。父フレッド氏は冷徹で頑固なビジネスマンで、トランプ氏もこの気質を受け継いだようだ。

少年時代は有名なガキ大将

 子供時代は問題児で、小学校の教師にパンチをお見舞いしたことを自伝で告白している。本人いわく、「物事に敢然と立ち向かう」性格だった。近隣でも有名なガキ大将で、「好かれるか嫌われるかのどちらか」だったが、仲間内では常にリーダーだった。現在のトランプ氏の原型は少年時代には確立していたようだ。

 喧嘩に明け暮れる息子に手を焼いた両親は、13歳のトランプ氏をニューヨーク・ミリタリーアカデミーに入学させる。軍隊式の教育でしごかれたトランプ氏は自分を律することを学び、最高ランクの“士官候補生”として卒業する。トランプ氏の軍隊びいきはこうした経歴が影響しているのだろう。 

 その後、経営学の名門、ペンシルベニア大学ウォートンスクールで学士号を取得したトランプ氏は父親の会社を手伝い始める。クィーンズ地区をはじめ、多くの地域に賃貸物件を所有する父の後を継いで悠々自適の人生を送れることが約束されていたが、生まれ持った野心家の遺伝子はさらなる高みを指向する。

 1971年、弱冠25歳で会社の実権を握ると、高価格物件の多いマンハッタンへ進出する。スラム化していたグランド・セントラル駅近くのホテルを改装し、地域を有数の観光スポットに作り変える。マンハッタンの西岸にあった広大な鉄道操車場を、世界有数の高級コンドミニアムが立ち並ぶ地区に変貌させる。5番街にそびえるトランプタワーをはじめとするマンハッタンのランドマークを数多く作ったことは周知の通りだ。現在のマンハッタンのグランドデザインはトランプによるものと評する向きもある。

 立ち止まることを知らないトランプ氏には勇み足の過去もある。過度の借入がたたり、90年代初頭、経営していたカジノホテルのいくつかを倒産させた。トランプ氏はプラザホテルをはじめ、所有していた不動産を売却する羽目に陥る。だが90年代後半には再び勢いを取り戻し、実業家としてカムバックした。

 父親の財力が背景にあったにしても、押しの強さだけでここまでの仕事ができるわけがない。「破廉恥なトランプ」の大合唱の中に掻き消されがちだが、並み外れた直観、リーダーシップ、交渉力の持ち主であることは認めてもよいだろう。この辺りの緻密さは、トランプ氏が自らものした『The Art of the Deal(邦訳:トランプ自伝―不動産王にビジネスを学ぶ)』に詳述されている。「取引で禁物なのは何が何でもこれを成立させたいという素振りを見せること」「交渉相手より優位に立つために、印象操作をフル活用せよ」などの交渉術を、自身の体験を交えて語っている。

 トランプ氏は、自らの政策を述べた著書『Crippled America(邦訳:THE TRUMP - 傷ついたアメリカ、最強の切り札) 』の中で、何としてもイランとの核交渉を成立させたかったバラク・オバマ大統領の交渉は最初から失敗が確定していた、と批判している。トランプ氏から見れば、同大統領の外交は稚拙で歯がゆく見えるのだろう。問題は、不動産業界で培った交渉術が国家間の外交の場でどこまで通用するかだ。

公共投資の額はクリントン氏の2倍を主張

 多くの人々が指摘するように、トランプ氏は自身の政策案を度々変えている。共和党の指名を勝ち取るためのポピュリズム的提案だったのか、それとも単なる知識不足だったのかは不明だが、指名を獲得するまでは、過激だがシンプルで分かりやすい主張を前面に据えていた。その後、民主党の大統領候補であるヒラリー・クリントン氏との一騎打ちの段階になると、過激さをかなり軌道修正している。これもトランプ流の作戦なのかもしれない。

 まず、トランプ政策の目玉である移民政策。メキシコからの不法移民の流入を防ぐために国境に壁を作る。イスラム教徒の入国も禁じると宣言していた。壁の建設については変化がないが、最近の発言ではシリアやリビアから米国に来る難民の入国は一次的に停止し、テロに関わった過去のある国からの外国人の入国については「極めて厳しい審査を課す」を言い換えている。イスラムという言葉を削ったあたりに配慮が見られる。

  ただし、当初の強硬策を支持した層からは不満の声が上がっている。

 経済刺激策は極めて大胆だ。基本は定石通りの公共インフラ投資。道路、橋、空港などを全米規模で再建する大規模な改革をぶち上げている。トランプ氏によれば、連邦政府による1ドルの投資は1.44ドルの経済効果をもたらすという。

 公共インフラへの投資による景気刺激はクリントン氏も提案しているが、その額は5年で約5000億ドル(約51兆円)。トランプ氏は「私は少なくともその倍はかける」と言う。単純計算で1兆ドル(約102兆円)だ。この壮大な計画に対し、共和党の議員たちはとりあえず静観の構えを見せる。

 トランプ氏は税金についても大きな改革案を用意している。中流層への課税を見直し負担を軽減する一方で、高額所得者への税の控除を削減する。ここまでは無難だが、年収2万5000ドル(約260万円)以下の独身者、総収入が5万ドル(約520万円)以下の共働き家庭は無税、相続税も廃止するという「レーガン以来の大減税策」 が続く。さらに、法人税は企業規模にかかわらず所得の15%とする。こうすれば低い税率を求めて海外に移転した企業も国内に戻ってくるという計算だ。

中国には45%、メキシコには35%の輸入税を

 貿易については保護主義的な立場を取り、中国、日本、メキシコに対して一貫して強硬姿勢をとり続けている。特に対中国については「中国製品に45%の関税をかける」と発言。かねてから否定的だった北米自由貿易協定(NAFTA)についても、メキシコに対して35%の輸入関税を課すという。評論家はこの政策を「米国民にとっては100ドルの冷蔵庫が135ドルになるだけだ」と批判している。

  TPP(環太平洋経済連携協定)については、関税障壁が低くなれば米国産業が蹂躙されるとして、一貫して反対している。経済・貿易面では中国を敵視するものの、軍事的に対立する可能性は低いというのがトランプ氏の見立てだ。米国は、中国が輸出する製品の20%を購入する上客だとして「我々は中国市場に依存しているが、中国もそれ以上に米中の貿易を必要としている」と断じる。

 ロシアや中東の過激派「イスラム国(IS)」についてはどのような方針を掲げているのだろうか。トランプ氏はプーチン大統領について好意的なコメントを残している。ISについても、「ロシアと共同でISを叩くのが望ましい」と語る。

 一方、ISに対するオバマ大統領の対応はひどく手ぬるいと考えているようで、特に予告空爆については批判的だ。「敵に逃亡の時間を与えるだけだ」として奇襲攻撃でISを壊滅させると主張している。

 日米関係について、トランプ氏の主張にはぶれが見られる。当初は日本の製造業に奪われた雇用を取り戻すべきだと主張していた。「日本は米国に大量のクルマを売りつけている」と批判していたが、米国市場で販売されている日本車の大半が現地生産であることをトランプ氏が知らなかったとは考えにくい。雇用と日本車という分かりやすい図式を使った人気取りの発言だった可能性が高い。

 また、トランプは在日米軍の駐留経費を全額負担するよう求める発言を繰り返していた。だが、多くの識者に日米同盟の意義を指摘された現在は「自動車で儲けている日本は相応の防衛負担をすべきだ」というマイルドな言い回しに変化している。

 物議を醸した日本の核武装についても意見は二転三転している。4月のインタビューでは、日本は核武装することも含めて北朝鮮から自衛すべきだ、という趣旨の発言をしているが、5月には「そんなことを言った憶えはない」と否定している。

共和党との架け橋はライアン下院議長か

 こうしてみると、予備選の過程でトランプ支持者を魅了した、歯に衣着せぬ毒舌はかなり抑制されている。ここで現実感のある政策を打ち出さなければ、当選に必要な浮動票、反ヒラリー票を取り込むのは難しい。この辺りの切り替えは作戦通りなのだろう。

 ただし反トランプの動きは共和党内部でさえ盛り上がっている。共和党重鎮のジョン・マケイン氏をはじめ、上下両院で40人を超える共和党議員が不支持を表明している。トランプ氏が大統領になったとしても、党との関係を修復しない限り政策を進めることはできない。

 もしトランプ氏が当選すれば、ポール・ライアン下院議長がトランプ氏と共和党をつなぐパイプになるのだろう。同議長はトランプ氏の女性蔑視発言が明らかになって以降、「トランプを支援しない」と表明している。だが、積極的な反トランプというわけではなく、事態を静観する構えだ。もっともトランプ氏自身は、ここに来て「ライアンの支持など必要ない」と大見えを切っている。

岩下 慶一(いわした・けいいち)

ジャーナリスト・翻訳家。ワシントン大学コミュニケーション学部修士課程修了。米国の政治・社会をテーマに執筆を行う。トランプ氏の著書『THE TRUMP 傷ついたアメリカ、最強の切り札』の翻訳も手掛けた

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