米大統領選が週明けに迫っている。米ワシントン・ポストとABCが10月末に実施した最新の世論調査によると、米大統領選の共和党のドナルド・トランプ候補への支持が民主党のヒラリー・クリントン候補のそれを上回った。差は1ポイントとわずかだが、「もし、トランプ氏が米大統領になったら」が現実のものになる可能性は高まっている。その場合、米国はどうなるのか。また、日本にはどんな影響が想定されるのか。米国出身のタレントであるパックンさんに「もしトラ」について聞いた。(聞き手は白壁 達久)
米ワシントン・ポストとABCが10月末に実施した最新の世論調査によると、米大統領選の共和党のドナルド・トランプ候補への支持が民主党のヒラリー・クリントン候補のそれを上回りました。週明けの火曜日に迫った選挙は、「もしトランプが大統領になったら」が現実に起こり得る状態です。「もしトラ」後の米国はどのようになると考えますか。
パトリック・ハーラン氏(以下、パックン):トランプ氏が実際に当選したとしよう。まず、そこで2つの道がある。
1つは、彼が積極的に大統領の仕事に取りかかる。もう1つは「何もしない」。僕の考えは後者だ。そもそも立候補したのは記念受験みたいなもの。「ダメモト」で受けてみようよ、と。
「何もできない」というよりかは、「何もしない」のではないだろうか。
どのような観点から「何もしない」と考えるのでしょう。
パックン:まず、彼が掲げる公約を見てみると、何もできる気がしない。メキシコとの国境に壁を作ったりすることはまずできない。不法移民を一掃すると彼は言っている。だが、1000万人以上いると言われる不法移民を、一気に追い出すことは不可能だろう。
中国の為替操作を止めることもできない。TPP(環太平洋経済連携協定)は批准しないと思うけれど、その代わりになるものは作れない。「オバマケア」と呼ばれる医療保険制度改革を廃止すると簡単に言うけれど、その代わりになる制度が見えないとたぶん議会を通すとことはできない。つまり、大きなことを言っているけれど、実現できるかといったらどれもできないと僕は思う。そもそも、実行するつもりで言っているわけでもないだろう。
トランプ氏が抱える一番の課題は、議会との関係だ。
上院議員選は共和党と民主党のどっちが勝つか分からないぐらい微妙な線をいっている。民主党がちょっと議席数を増やすかもしれない。でも、もし上下両院を共和党が勝ち取って、さらに「もしトラ」となれば、やりたいことが何でもできる最高な状態になるはずだ。本来であれば…。
バラク・オバマ大統領が最初に当選を果たした2008年はそういう構造になって、オバマケアや複数の条約などを、共和党の反対を押し切って次々と通した。最初の2年だけはやりたい放題だった。しかし、その後、議会がねじれを起こしてからは何もできない状態になってしまった。
しかしながら、トランプ氏が当選して、両院で共和党が勝っても、やりたい放題は難しい気がする。下院議長を務める共和党のポール・ライアン氏を筆頭に、トランプ氏とはほぼ対立関係にあるからだ。
共和党自体が、トランプ氏支持から引きつつある。対立構造のまま彼が当選しても、やりたい放題どころか、何もやらせてもらえないだろう。
何もやらせてもらえない状況下で、トランプ氏が議会と仲良くするため自ら歩み寄るか。それもないと思う。大統領候補になって共和党と最も連携しなければいけない今の時期ですらできてないわけだから。
いい思い出になったぜ、ぐらいでいい。遊び半分で始まったのに、思いのほかうまくいくから必死になっているだけだ。以前、副大統領候補を誰にするか決める際に、「大統領の面倒くさい仕事を代わりにやってくれる人を探している」と彼の側近に漏らしたとか。つまり、トランプ氏は各国の首脳を迎える晩餐会に出るような、大統領の楽しい仕事だけをしたいと考えている。面倒くさいことは全部副大統領に任せるというスタンスを取りそう。ただ、アメリカの大統領ってほぼ毎日面倒くさいことだらけだと思うんだけれど。
結局「何もしない」ため「何も起こらない」と考えている。ただ、米国全体が一種の麻痺状態に陥る可能性はある。安全保障関係も適当にしかやらず、大きな戦争は多分起こさない。ムカついて空爆をするなど、小さな戦争は起こす可能性はないとも限らない。でも、議会の承認が必要な大規模な戦争は起こさない。というか、起こせないと思う。
悲観論が多い中で、「何も変わらない」というのは面白いですね。
パックン:みんなが思っているほど悪くはならない。ただ、良くはないよ、もちろん。今、世界が米国のリーダーシップをとても必要としている。Brexit(英国のEU離脱)で分かるように、EUは乱れっぱなしだし、日本と韓国の極東連携もうまくいってない。米国という仲介者がいなくなったら日本と韓国の関係はより大変なものになるかもしれない。ASEAN(東南アジア諸国連合)や中東、アフリカもそう。
例えば、サウジアラビアとイランが対立したときにどこに電話するのかというと、お互いに電話をする前に米国に電話をする。少なくとも過去はそうだった。オバマ政権はかつてほど積極的じゃないから、こうした仲介役としての仕事が減っていると思わるけれど、それでも欠かせない存在だと思う。
誰が尻拭いをするのでしょう。
パックン:官僚に任せっきりになるでしょう。それと副大統領。でも怖いのは、トランプ氏が指名できるポジションに誰を入れるかという点だ。
それが能力のある人だったら、彼はどっちみち任せっきりだから、米国は大きなダメージを受けないと思う。ただ、そもそも能力のある人は就きたくない。本当の有識者ならば、トランプ氏のブレーンにはなりたくないはずだ。そこで、彼は多分、自分の好きな人を選ぶ。ゴルフ仲間とか…。
今の側近を見れば分かる。ほかの大統領候補が選ばなかった人や、ほかでクビになった人とか。ニュージャージー州知事のクリス・クリスティ氏が一番の側近と言われたりするけれど、“いわくつき”として有名だ。
結局、議会も含めて何もできなくなっちゃう。
パックン:はい。それによって起こりうる悪い結果たくさんある。例えば、中国の海洋進出を止められないこととか。ただ、中国がこなす外交上の役割を増やすのは悪いこととは限らないと個人的には考える。もう少し全世界にかかわった方が、中国のためにも世界のためにもなるかもしれない。゛中国ファースト”では困るのだけれど。
中国にも一定の責任を持たせるべき、と。
パックン:数え方次第だけれど、世界最大級の経済規模を誇る国が孤立しているのは良くない。「もしトラ」となれば、中国の参加をうながすきっかけになる可能性がある。そういう意味ではチャンスかもしれない。ただ、トランプ政権は長くても4年で終わるだろうから、それを受け継いだ人は後始末に追われ大変だと思う。
米軍の再配置に関してはどのように考えますか。
パックン:これもやはり、変わらないと思う。冷静に考えたら、米軍が日本から撤退した方が高くつくことが分かる。今、日本が在日米軍の費用の約8割を負担している。では、グアムに移したらどうなるか。米国は10割を負担しなければならない。今なら2割だ。それが10割になってもいいのかと。しかもカバーするエリアが遠くなる分、もっと負担が大きくなる。
だから落ち着いて議論したら、そういう政策が通るはずがない。一応、大統領は米軍の最高司令官なので、彼が「撤退」と言ったら、取りあえず撤退になるけれど、周りが実行前に止めると思う。いやいや、それはないと。軍需産業関係者からの支持もかなり大事なので、トランプ氏にそんなばかなことは周囲が簡単にはさせない。
ただ、思い付きだったとしても、撤退を決めたら実行しなければならない。
パックン:大統領は最高司令官だから、それはそう。その命令に対して、指令系統に属す官僚は反対はできない。国民の了解を取る必要もない。
議会の了承もいらないのですか。
パックン:議会は軍事費も含めて財布のひもを握っていて、お金の拠出については決定できる。ただ、撤退などを決めるのは大統領だ。議会はまとめたお金をとりあえず国防省に渡すから、お金が足りないときは国防省のほかの支出を減らして、それに充てることはできるはずだ。
米国との関係について、日本は対応に悩みますね。
パックン:対策は実に簡単だよ。トランプ氏を褒めてあげることだ。それだけで彼は喜ぶだろう。プーチン大統領が彼をちょっと褒めただけで、プーチン大統領に対するトランプ氏の見方は変わった。ある人が「プーチンのことはどう思いますか」と聞いたら、「プーチン、好きだよ。俺のことを好きだと言うから、俺も好きだよ」と。
「俺の良さが分かる人は頭が良い」みたいなことを言っている。というわけで、「もしトラ」になった場合、安倍晋三首相は口先だけでも「トランプ最高」と褒めるべきだ。そうしたら、「おお、ありがとう!」となるだろうから。日本の外交上のトランプ対策は、そこからだろう。
登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。
※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。