米国の大統領選挙は、さまざまな産業やビジネスに影響を及ぼす。「もしトランプが米大統領になったら…」どのようなビジネスが活気を得る可能性があるのか。SBI証券の藤本誠之アナリストと大和証券の木野内栄治アナリストに聞いた。

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藤本誠之(ふじもと・のぶゆき) <br>SBI証券 投資調査部シニアマーケットアナリスト。関西大学工学部卒。日興證券(現SMBC日興証券)などを経て、2013年7月よりSBI証券投資調査部に所属。(写真:稲垣 純也)
藤本誠之(ふじもと・のぶゆき)
SBI証券 投資調査部シニアマーケットアナリスト。関西大学工学部卒。日興證券(現SMBC日興証券)などを経て、2013年7月よりSBI証券投資調査部に所属。(写真:稲垣 純也)

もしドナルド・トランプ氏が米大統領になれば、どのような業界、企業に大きな影響が及ぶと考えられますか?

藤本 トランプ氏はこれまで在日米軍の在り方について言及してきました。万が一当選しても全面撤退は現実的ではありません。仮に在日米軍の経費負担が増えるとすれば「横田基地の軍民共用化」(※1)に弾みがつくかもしれません。日本が負担増に応じる分、日本にとってメリットがある案も同時に提示する必要があるためです。

 米軍の横田基地(東京都立川市、武蔵村山市、昭島市などにまたがり、敷地は714ヘクタール)を民間の航空会社も使えるようになると、旅行などで特需(※2)が起きます。格安航空チケットの販売や旅行予約の関連企業には好機になりそうです。

 JAL(日本航空)やANAホールディングスは横田基地が共有化になっても積極的に動かないのでは。羽田や成田で既得権益を握っているためです。むしろ中小のLCC(格安航空会社)が参入するのではないでしょうか。

 仮に米軍が管理している横田空域の返還まで話が進むならば、羽田空港から西に発つ航空機の飛行時間・燃料の削減につながります。

沖縄経済を活性化させるには

 横田基地の共有化で他に起きうるのは、個人や企業が私的に利用するビジネスジェット(ビジネス機)の就航増加です。現状、羽田空港には発着回数などの制限があり、ビジネスジェットを十分に受け入れることができていません。横田基地でビジネスジェットの発着が可能になれば面白いですね。MRJ(三菱リージョナルジェット)の注文増につながるかもしれません。同機はビジネスジェットとしてはサイズ的に大き過ぎるのですが。

ビジネスジェット機でキャンプ地であるタンパ入りする松井秀喜氏(ニューヨーク・ヤンキース時代)(写真:Thomas Anderson/アフロ)
ビジネスジェット機でキャンプ地であるタンパ入りする松井秀喜氏(ニューヨーク・ヤンキース時代)(写真:Thomas Anderson/アフロ)

トランプ氏の政策のうち在日米軍関連に注目しているわけですね。

藤本 在日米軍の一部が本当に引き上げることになれば、影響が最も大きいのは基地が集中している沖縄県です。基地への経済的な依存度を下げつつ、製造業などの産業を育てるには時間がかかります。

 手っ取り早く観光面で刺激を与えるには、乗客数千人規模の巨大クルーズ船が就航できるよう規制緩和するという手があります。あとはカジノ関連法案ですね。これまで継続審議や廃案になってきましたし、沖縄は有力な候補地ではありません。ただ、「基地縮小による経済的なダメージ」と「カジノ誘致による経済活性化」をセットで考える人は現れるでしょう。

カジノ関連法案が話題になるたびに、パチンコ・パチスロ機を手掛ける電子部品メーカーが注目されてきました。

 遊技機の市場は巨大なので、カジノが1カ所建てられたぐらいで特需と呼べるほどの需要が起きるとは思いません。

 実際に沖縄にカジノを建てることになれば、カジノを含む統合型リゾート(IR)の形を取るでしょう。ここで核をなすのは、ホテルと高級外食です。これらの事業は大量の雇用を生むので、従業員の制服を洗う専門業者のような周辺産業にも需要が波及するでしょう。プロジェクションマッピング(※3)、VR(ヴァーチャルリアリティ)関連の技術を持つ企業や、コンサートなど興行のノウハウを持つ企業にチャンスがあるでしょう。

※1:日米政府が2003年の首脳会談で、軍民共用化の実現可能性を検討することでに合意。これを受けて、東京都は国と連携し実現に取り組んできた。
※2:財団法人統計研究会の調べでは、横田基地の軍民共用化による経済効果は約1610億円、雇用効果は約8850人。
※3:プロジェクターによって空間や物体に映像を投影し、多様な視覚効果を与える技術。

インフラの充実に注力か

木野内栄治(きのうち・えいじ)<br> 大和証券 チーフテクニカルアナリスト兼シニアストラテジスト。1988年に成蹊大学工学部を卒業し、大和証券入社。『ニュースモーニングサテライト』(テレビ東京)のレギュラーコメンテーター、景気循環学会の理事なども務める。(写真:都築 雅人)
木野内栄治(きのうち・えいじ)
大和証券 チーフテクニカルアナリスト兼シニアストラテジスト。1988年に成蹊大学工学部を卒業し、大和証券入社。『ニュースモーニングサテライト』(テレビ東京)のレギュラーコメンテーター、景気循環学会の理事なども務める。(写真:都築 雅人)

トランプ氏が大統領になったら、日本国内でどのようなビジネスに影響が及びそうでしょうか?

木野内 外交や防衛が注目されていますが、何かがすぐに起きることはないでしょう。まず周辺国が「新大統領はどこまでやれるのか」を瀬踏みする動きに出るはずです。例えば、同盟国の領海にちょっかいを出してみるとか。

 次に想定できるのは為替政策です。おそらくトランプ大統領はドル安を目指すはず。輸出を中心に日本企業にとって厳しい局面になります。

 3つ目のポイントは、「クリントン大統領が誕生することで打撃を受けそうな業種」にはプラスの影響があることです。具体的には金融、エネルギー、医薬品の一部などが該当します。クリントン氏は金融機関の不正を非難し、ヘッジファンドやノンバンクへの規制強化の必要性を説いています。石油メジャーなどエネルギー業界ともつながりが深いので、環境関連には逆風が吹くでしょう。メディケア(高齢者・障害者向け公的医療保険制度)の支給抑制も打ち出しているため、製薬業界にも打撃がありそうです。

 環太平洋経済連携協定(TPP)についてもクリントン氏と意見が異なります。クリントン氏は表面上、反対しているものの、選挙対策に過ぎないという見方があります。しかし、トランプが大統領になれば、TPPは確実に御破算でしょう。

 その次はインフラに注目すべきです。「トランプ氏が何をやるか」を先回りして正確に予測するのは難しい。発言は矛盾しているし、ころころ変わってきました。ただし、信頼できる要素として、「アイゼンハワーへの憧れ」が挙げられます。第2次世界大戦で連合国遠征軍最高司令官を務めたドワイト・D・アイゼンハワー氏は、戦後に第34代大統領に就任しています。米国のヒーローになって(知事、議員、副大統領などの)政治家の経験がないまま大統領に上り詰めた姿を、トランプ氏は自らに重ねている節があります。

 そのため、アイゼンハワー大統領が手掛けた州間高速道路の修繕・拡張を始める可能性があります。 クリントン氏が5年間で2750億ドルのインフラ投資を政策として掲げているのに対して、トランプ氏は「少なくとも倍の公共投資をする」と発言しています。彼は不動産業界でのビジネス経験が豊富です。住宅価格の上昇が米国経済をけん引している現状を鑑みても、大規模な道路整備は彼が熱心に取り組みそうな政策です。建機メーカーにはビジネスチャンスが生まれるかもしれません。

中長期的に見ると「もしトラ」の世界には何が起きそうでしょうか。

 2017年3月から連邦債務上限(国債発行枠)が復活します。民主党のクリントン氏が大統領ではその打開が難しいですが、共和党のトランプ氏が大統領ならば下院で過半数を握る共和党も折れやすいでしょう。

 ただし、どちらの候補が大統領になっても、年齢的に1期4年で退任する可能性が高い。早期にレームダック(死に体)化してしまうと掲げた理想は実現できません。

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