もしもトランプ氏が大統領になったら、トランプ大統領と米共和党の連邦議会議員たちは一体どのような関係になるのか? はたまた、米民主党の議員も含めた連邦議会との関係はどうなるのか? 選挙と議会に焦点を当てて米国の現代政治を研究している、上智大学の前嶋和弘教授に話を聞いた。(聞き手 森 永輔)

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<b>前嶋和弘(まえしま・かずひろ)</b><br /> 上智大学総合グローバル学部教授。専門は米国の現代政治。中でも選挙、議会、メディアを主な研究対象にし、国内政治と外交の政策形成上の影響を検証している(写真:加藤 康)
前嶋和弘(まえしま・かずひろ)
上智大学総合グローバル学部教授。専門は米国の現代政治。中でも選挙、議会、メディアを主な研究対象にし、国内政治と外交の政策形成上の影響を検証している(写真:加藤 康)

女性蔑視発言を記録したビデオの存在が、2回目のテレビ討論会の直前に明らかになり、トランプ氏に対する批判が再び高まっています。米下院で議長を務める米共和党のポール・ライアン氏は「もう擁護しない」と発言 。トランプ氏を距離を置く姿勢を示しました。2008年の大統領選で共和党の候補となった同党の重鎮、ジョン・マケイン上院議員も反発しました 。

 トランプ氏が大統領になった場合、与党となる共和党の議員たちはうまくやっていけるのでしょうか。

前嶋:そうとうにギクシャクした関係になるでしょうね。1970年代以来の大きな変化が生じると思います。大統領と議会、米共和党と米民主党の関係はこれまで、「分極化」と呼ぶ状態が続いてきました。これが変わる可能性があります。

 分極化は大きく2つの要素からなります。一つは保守である共和党とリベラルである民主党との政策が大きく離れた状態になること。もう1つは、共和党の議員同士、あるいは民主党の議員同士が固まることです。共和党の議員は、共和党が出した法案には賛成するが、民主党が出した法案には反対する傾向が強いのです。

 70年代は、こうではありませんでした。同じ党に属す議員の50%ほどしか、同じ法案に賛成(あるいは反対)しなかったのです。このため、共和党と民主党のそれぞれから賛成する議員を集め、法案を成立させていたわけです。米国は日本と異なり、議員の投票に対する党議拘束が強くないことが背景にありました。今は、この数字が90%に高まっています。

拒否権と再可決の応酬

 トランプ大統領が誕生するとこの分極化が崩れ、共和党の議員と民主党の議員が反トランプで共闘することになるでしょう。

具体的にはどんな事態が起こり得ますか。

前嶋:一つは、トランプ大統領が進めようとする政策を実行するのに必要な法案を議員が議会に提出しない事態が考えられます。米国の大統領は法案の提出権限を持っていないので、議会が動かないと公約を実現することができません。

 もう1つはトランプ大統領が飲めない法案を、いくつも出し続けることが考えられます。トランプ大統領は拒否権を発動して応じるでしょう。すると、議会が再可決して覆す。

 米議会が9月28日に「テロ支援者制裁法(JASTA)」を再可決し、オバマ大統領の拒否権を覆したのは記憶に新しい出来事です。この法律は、米国内でのテロ活動を支援・扇動した疑いで、米国民が外国政府を提訴できるようにする内容でした。

 オバマ大統領にとって、拒否権を覆されるのはこれが初めてのことでした。

(写真:加藤 康)
(写真:加藤 康)

残りの任期が3カ月と少しとなりレイムダック状態にあるオバマ政権と同様の状態が、トランプ政権には最初から待ち受けているわけですね。具体的にはどのような法案を巡って、トランプ大統領と議会の対立が激化するでしょう。

前嶋:まずは、トランプ氏がメキシコ国境に沿って作ると主張している3000キロ の壁が考えられます。これには共和党議員も民主党議員も決して賛成しないでしょう。

TPP(環太平洋経済連携協定)に関する議会の対応が注目されています。

前嶋:TPPでも、トランプ大統領と議会が対立するでしょうね。自由貿易を標榜してきた共和党の議員たちは本音ではTPPに賛成しています。

 一方の民主党は割れるでしょう。TPPに反対する民主党支持者には大きく3つのグループがあります。一つは「雇用を奪われる」と考える労働組合。2つ目はバーニー・サンダース氏を支持する草の根左翼。3つ目は環境を重視する人々です。彼らはTPPを環境問題と捉え、次のように危惧しています。「TPPに加盟する他の国の基準に合わせて、温室効果ガスや有害物質を振りまく工場の操業が認められるかもしれない」「安全ではない食品が市場に出回るかもしれない」。

 こうした人々の支持に頼る議員はTPPに反対するでしょう。しかし、アジアの国々との自由貿易を支持する人々が、特に西海岸に数多くいます。彼らの支持を得る議員は共和党と組んで動くと思います。

日米同盟についてはどうですか。

前嶋:トランプ氏は、日米同盟は片務的なので、日本は駐留米軍の経費をさらに負担するべきと主張しています。これも対立のタネです。日米の同盟が持つ価値を正しく理解している議員が共和党にも民主党にもいます。彼らが中心となってトランプ大統領と対立するでしょう。

ますます劇場化する米国政治

多くの法案を巡って、大統領の拒否権発動と議会の再可決が繰り返される事態になると米国の政治はどうなるのでしょう。

前嶋:劇場化がますます進むと思います。米国の政治とメディアとの関係を考えると、そうなるのは必然と言えるでしょう。現在の米国の政治は、ニュースを24時間放映し続ける専門の放送局、CNNやFOX NEWSが非常に大きな影響力を持っています。紙の新聞や夕方のテレビニュースをはるかに超える存在になりました。この専門ニュース局が事態をさらに煽るのです。出演者は過激な発言をしがちです。

 トランプ氏自体が専門ニュース局が生み出した鬼っ子と言えるかもしれません。彼が登場した時は、立候補した17人のうちの一人に過ぎませんでした。ところが、2015年8月頃から状況が変り始めた。この時期はニュースが枯れる時期です。「とんでもないこと」を口にし、ニュースを提供してくれるトランプ氏は専門ニュース局にとって“おいしい”存在でした。

 さらに、専門局の放送時間は24時間ですから、同氏の発言をライブで、再放送で、ダイジェストで、さらに特集番組で繰り返し放映したのです。同氏の過激な発言がウケて視聴率はアップ。広告収入が拡大するので、専門局はさらにトランプ氏の露出を増やす。というサイクルが生まれたのです。これが彼の支持者に気に火を付けました。

南部で強いトランプ支持議員

米議会において、トランプ大統領を支持する議員もいるでしょうか。

前嶋:今回の大統領選を通じてトランプ氏は、これまで寝ていた子を起こしました。「白人」「ブルーカラー」「低学歴」の人々です。これらの人々にとって、不法移民と自由貿易に反対することで雇用を守り、テロをなくそうとするトランプ氏の発言は魅力的に聞こえます。

 こうした人々は政治的ではなく、これまでは選挙に行くこともありませんでした。しかし、今回は予備選にも積極的に足を運びました。予備選の投票率は高くても30%程度です。これまで投票しなかった70%の一部でも投票すれば、結果を動かすことは簡単。さらに最近の予備選はオープン化しており、予備選の当日でも、登録して党員となることが可能。さらに、民主党員であっても共和党の予備選で投票できる地域があります。

 トランプ支持層に推されている議員は議会でもトランプ氏と共同歩調を取るでしょう。彼らの多くは「ディープサウス」と呼ばれる南部の地域を基盤にしています。アラバマ、アーカンソー、ルイジアナ、ケンタッキー、アリゾナ、ミシシッピー、ウエスト・ヴァージニアなどの州ですね。

 中でもケンタッキー州とウエスト・ヴァージニア州は石炭の採掘が主要産業です。先ほどお話ししたトランプ支持者の性格を備える人々がたくさんいます。彼らにとって、再生可能エネルギーの推進を公約に掲げるクリントン氏が大統領になるのは悪夢のようなものです。

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