スタートアップは星の数ほどあれど、成功できるのは一握り。ではせめて挑戦のチャンスを。新興企業に大企業の経営資源を活用する道を開き、飛躍への第一歩をサポートする。

大企業(左側3人はパナソニックの担当者)が、新規事業で協業できるスタートアップを探すために助言を求める<br />募集サイトのデザイン(写真右下)などについて、起業家目線で大企業にアドバイス(右側3人がCrewwメンバー。手前は伊地知代表)(写真=藤村 広平)
大企業(左側3人はパナソニックの担当者)が、新規事業で協業できるスタートアップを探すために助言を求める
募集サイトのデザイン(写真右下)などについて、起業家目線で大企業にアドバイス(右側3人がCrewwメンバー。手前は伊地知代表)(写真=藤村 広平)
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 アサヒグループホールディングスや三陽商会、損害保険ジャパン日本興亜、大和ハウス工業、パナソニック…。これらの企業には共通点がある。過去1年の間にスタートアップ(新興企業)と組み、新規事業の開発に挑んだ。利用したのが、Creww(クルー、東京都目黒区)が提供する「crewwコラボ」というプログラムである。

 crewwコラボでは、大企業が顧客基盤や生産設備といった経営資源を提供し、これをスタートアップが持つ知恵やビジネスモデルと組み合わせる。Crewwは「カネやモノはあるが動きが遅い」大企業と、「カネもモノもないが、アイデアならある」スタートアップを結びつけることで、イノベーションを促進することを目指している。

 具体的なプログラムの流れを見てみよう。crewwコラボは、大企業が提供可能な経営資源をリストアップし、スタートアップからの協業提案を募るところから始まる。ただし、両者の認識にズレがあると募集はうまく進まない。そこでCrewwは、互いに何ができるのかを詳しく知ることができるように、案件ごとの専用サイトで密にコミュニケーションできる仕組みを提供する。

 このやり取りを経て協業するスタートアップの候補が複数社に絞り込まれると、次はプレゼン大会を開催。スタートアップが直接、大企業の経営企画部門などを相手に事業計画を説明する機会を提供する。そこで大企業側と思惑が一致すれば、晴れて出資やM&A(合併・買収)などの検討に移る。

国際航業と7月に開いたデモデイ(成果発表会)。採択されたスタートアップが協業内容を披露
国際航業と7月に開いたデモデイ(成果発表会)。採択されたスタートアップが協業内容を披露

 ここまでにかかる期間は3カ月ほど。Crewwの収入は一連のプログラムの開催手数料と、出資やM&Aが実現した場合の成果報酬だ。開催手数料は「大手コンサルに委託するよりは安い」という水準。成果報酬は基本的に出資・買収額の数%だ。

 こうした取り組みは、いわゆる「オープンイノベーション」とも呼ばれる。社外の知見を生かしてイノベーションを目指すものだが、この考え方自体は珍しくない。Crewwは何が違うのか。

「下請け」にはさせない

 「従来スタートアップと大企業が協業すると、スタートアップは下請けのような扱いを受けてきた」とCreww代表の伊地知天氏は指摘する。そうならないように、自らも起業して間もないCrewwはスタートアップの立場に寄り添うことで、大企業が独り善がりにならないような工夫を重ねる。

 今春、crewwコラボを利用した富士通。アイデア募集を4月末に始める直前、その要項を説明するウェブサイトの作成に1カ月を費やした。富士通デジタルマーケティング事業部の田崎裕二氏は「初めは消費者の嗜好のビッグデータ分析など、富士通の技術を前面に打ち出して募集をかけるつもりだった」と振り返る。

 ただ、これは技術ありきの大企業的な発想と言える。Crewwは「それでは間口が狭くなる。どんな技術があるかより、どんな未来を実現したいかを示した方がいい」と助言、富士通に修正を提案した。その結果、募集要項ページの見出しはより幅広いスタートアップが興味を持てる「価値は『つながり』から生まれる」に落ち着いた。田崎氏は「最終的に50~60社の応募があったが、Crewwの助言がなければもっと少なかっただろう」と話す。

 プレゼン大会にも仕掛けがある。大企業の経営幹部に審査員として出席してもらい、スタートアップ側が一方的に発表するのではなく、大企業の担当者も上司にアピールするのだ。大企業の幹部にとっては、見ず知らずのスタートアップに売り込まれるより、自分の部下に「我が社の経営計画の実現に向けて、こんな新規事業が必要」と訴えられた方が実現性が高まるからだ。

 Crewwの2016年7月期の売上高は約2億円(本誌推定)。crewwコラボの実施件数も右肩上がりで、今年は昨年の2倍を超える38件を見込む。登録スタートアップは2200社を超えた。実績が実績を呼ぶ好循環に入った。

大企業からの注目度が高まっている
●「crewwコラボ」の実施件数
大企業からの注目度が高まっている<br />●「crewwコラボ」の実施件数

起業のエコシステム醸成

 伊地知代表の起業の原点は米国にある。1999年、高校2年のときに交換留学で渡米。そのまま現地の大学に進んだ。21歳でウェブ関連会社を立ち上げ、大手テレビ局から仕事を任されるなど事業は順調だった。そのまま米国で起業家としての人生を歩むことも考えた。

 転機となったのが2011年の東日本大震災だ。ボランティアで宮城県塩釜市の桂島を訪れた際、津波で全てを失った島の様子に言葉を失った。住民から聞いた「海産物も農産物も復旧は難しい」という現実。「何か新しい産業が必要だ」──。胸にはいつしか使命感を抱いていた。

 ただ、よく考えてみると新しい産業が必要なのは被災地だけではない。少子高齢化など日本は無数の問題を抱えているのに、この国はその解決の担い手となるスタートアップを生むエコシステムが弱い。起業家の一人として考え抜いた末にたどり着いたのが、大企業とスタートアップの橋渡しという現在の事業だった。

 留学時代の恩師などに思いをぶつけるうち、共感した投資家や大手企業の幹部経験者がアドバイザーとして集まった。2013年に日本テレビ放送網から、2015年にはオリックスからの出資も受けた。設立から4年、Crewwが大企業につないだ起業家たちの希望に満ちた目を見るたびに、伊地知代表は手応えを感じている。

(日経ビジネス2016年9月5日号より転載)

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