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 この連載では、無印良品(MUJI)が世界で愛されている理由を読み解くために、このほど発売した著書『MUJI式 世界で愛されるマーケティング』で解説したMUJIの成功の秘密の中から、4つのキーワードを紹介している。
 連載第3回目の今回のキーワードは「デザイン思考」だ。

「人をダメにするソファ」が世界中でヒット

 「人をダメにするソファ」と呼ばれるMUJIのヒット商品がある。正式な商品名は「体にフィットするソファ」。約0.5ミリの極小サイズのビーズを詰め込んであり、座る人の体を包み込むように形が変化するソファだ。「一度座ったら、立ち上がりたくなくなる」「気持ちよすぎて動きたくない」。そう感じるのもうなずける独特の感触で、座った人を離さなくなる。

「体にフィットするソファ」(写真:良品計画提供)
「体にフィットするソファ」(写真:良品計画提供)

 この「体にフィットするソファ」は、日本だけでなく、世界中でヒットしている。国や地域の文化や、人種などの違いを超えて、世界中の誰もが「これ、いいね」と感じるものがあるわけだ。

 このソファのように、MUJIでは、日本で売れる商品の多くが世界中でヒットする。ソファのほかにも、アロマディフューザー、半透明の収納用品、アクリル収納、筆記用具など、日本で定番になっている商品は、世界でも定番になっている。

人が本能的に「心地よい」と感じるもの

 MUJIの取り扱う商品は生活雑貨や衣類などの日用品である。通常、日用品は生活習慣や文化に影響を受ける。だが、MUJIの商品は、日本で売っている商品そのままで、全世界にファンを作り、いろいろな文化圏で受け入れられている。それはなぜだろうか。

 確かに、国や地域によって、人々の生活の文化には違いがある。しかし、生活習慣や文化という、人間が作り出したものの前にある、人間が生物として「快適だ」「心地よい」「不快だ」と感じる生理的な快・不快は、世界中どこでもだいたい共通する。日本人が快適だと感じる要素は、文化の違う外国人にとっても快適なのだ。

 MUJIが提供している価値は、そうした人間にとって自然な「心地よさ」だといえる。つまり「体にフィットするソファ」の「気持ちよさ」は、世界中の人にとっても気持ちよい。MUJIは、このソファのように、世界中の人たちが気に入る商品を次々と送り出している。

 「心地よさ」「快適さ」というのは、体へのフィット感だけでなく、暮らしの中で使いやすく、見た目にも自然で、機能を十分に果たしているということだ。暮らしを快適にしたいという欲求は世界共通であり、MUJIはその欲求をすくい上げている。

「デザイン思考」との共通点

 MUJIの商品開発手法は、「デザイン思考」との共通点が多い。デザイン思考とは、アメリカのデザイン・コンサルタント会社IDEOにより提唱されたもので、創造力をいかに生み出すかに主眼をおいた思考方法である。その重要なポイントは、使い手の側に立った視点を重要視することだ。そして「そこには気がつかなかった!」というような提案をして、今までの常識を覆すような商品を生み出す。

 MUJIの商品も、顧客に寄り添って開発され、今まで思いつかなかった「なるほど」「便利だ」という発見や驚きがある。良品計画のアドバイザリーボードの一人であるプロダクトデザイナーの深澤直人氏は、IDEO東京支社長を務めたこともあり、彼が毎週・毎月、デザイナーや経営層と接する過程において、MUJIの商品開発の考え方の中に、このデザイン思考が自然と取り入れられてきたとも考えられる。

 デザイン思考では、「エンド・ユーザーに共感する」ことが提案されている。IDEOのCEOを務めるティム・ブラウンが著した『デザイン思考が世界を変える』(千葉敏生訳、2014年、早川書房)によると、「他者の目を通じて世界を観察し、他者の経験を通じて世界を理解し、他者の感情を通じて世界を感じ取る努力を行っている」という。

生活者と「会話」し、課題に寄り添う

 MUJIの商品開発時も、生活者の日々の課題に寄り添うことを重要視している。また、たくさんの顧客の意見を聞きたいと思っている。そのためMUJIでは、生活者と「会話」する仕組みをいろいろと取り入れている。

 たとえば、「くらしの良品研究所」を通じて暮らしにまつわるコラムを毎週発信するなどして、日々の暮らしをより良くしたい人々のコミュニティを形成している。MUJIのファンから、作ってほしい商品や既に販売している商品の改良の意見、販売されなくなってしまった商品の再販のリクエストなどができる「IDEA PARK」というコーナーもネット上にある。

 ここでは2年間に1万件の意見が入り、200もの改善や商品化につながったという。MUJI側からは、寄せられた意見を検討した結果の報告も随時アップデートされ、顧客とのやりとりが絶えず行われている。

IDEA PARKの仕組み
<font size="+1">IDEA PARKの仕組み</font>
良品計画ホームページ「IDEA PARKを見直しました。」より引用
http://idea.muji.net/rules2016

ライフスタイルの状況を詳しく観察する

 デザイン思考の具体的な行動の中でも重要なポイントのひとつがオブザベーション(観察)である。これは前掲のティム・ブラウンによると「人々のしないことに目を向け、言わないことに耳を傾ける」というプロセスだという。IDEO社では、プロジェクトの期間に集中的な観察期間が設けられて、人々のすること、しないこと、言うこと、言わないことに耳を傾けるそうだ。

 MUJIでも、開発メンバーが一般家庭を訪問し、生活者がどのように暮らしているか、モノがどのように使われているかといったライフスタイルの状況を詳しく観察する。

 ただし、MUJIとIDEOの観察する対象は異なるようである。イノベーションを生むことを目的に活動しているIDEOは、普通の人々の購買習慣を理解することよりも、極端な利用者(プロ、コレクター、マニア、奇人・変人、子供…)などの通常とは異なる人を観察することを重視している。ティム・ブラウンは、多くの普通の人々は正規分布の中央にある一番盛り上がった部分であるが、そこではなく両端を観察した方がイノベーティブな洞察が得られると述べている。

普通に暮らしている人が困っていることは何か

 これに対して、MUJIは正規分布の中央にいる人々を対象にオブザベーションを行っている。MUJIの場合は、大衆(マス)を対象とした商品開発であるため、普通に暮らしている人が困っていることは何かということを徹底的に観察している。たとえば、日々の暮らしの中で、使うものが整理できていない人は多い。そういう家を観察して、引き出しの中を整理するためのいい道具がないか、などと考えていく。

MUJIとIDEOのオブザーベーションの違い
<font size="+1">MUJIとIDEOのオブザーベーションの違い</font>

 大衆の普通の生活を見つけ出すためには、ありのままを見せてもらうことが大切だ。そこでMUJIでは、社員の家族にオブザベーションを頼む。外部の人にオブザベーションをお願いすると、家の中を片づけてしまうからだ。身内に普段の生活をさらけ出してもらうことによって、オブザベーションをより発見の多いものにしている。

 MUJIは、平均的な大衆の暮らしをよく観察することで、生活者の不満を解消するための商品を生み出している。

増田明子著/日経BP社/1620円(税込)
増田明子著/日経BP社/1620円(税込)
 なぜ無印良品(MUJI)は世界中の人から好かれるのか? MUJIの商品開発に10年間携わり、現在はマーケティングの研究者になった著者が、MUJIが大事にしている考え方、商品開発の体制、戦略のユニークさなど、MUJIの秘密をわかりやすく解説。MUJIが好きな人、MUJIが好調な理由を知りたい人、商品開発を担当する人、事業のグローバル展開に関わる人など、誰が読んでもヒントが得られるマーケティング入門書。
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