日経ビジネス12月12日号の特集「謝罪の流儀2016」では、企業や個人に大きなダメージをもたらすインターネット発の「炎上」の威力とメカニズムを詳報した。なぜ炎上は発生し、どのように対処するべきなのか。炎上問題に関する著作がある国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一講師に聞いた。

今年も多くの炎上事案が発生しましたが、特に印象に残っているのはどのケースですか。

山口:ピーシーデポコーポレーションの契約に関するトラブルは大きな問題になりましたが、炎上の社会的影響を示したものだと言えます。あとは(フリーアナウンサーの)長谷川豊さんの透析患者に対する発言。あまり大きくはないですが、鹿児島県志布志市がふるさと納税のPRのために作った動画が、特産のうなぎを水着姿の少女に擬人化したことで、いわゆるポルノを連想させるということで炎上したケースもありました。

 最近の傾向としては、炎上がわっとネット上で盛り上がっている状況を、マスメディアが積極的に報じるようになっているということですね。ネット炎上というのはネット上での現象であるにも関わらず、人々の認知経路では最も多いのがテレビ番組という研究があります。

 さらに炎上によって企業の株価が下がる原因やタイミングとして、マスメディアの報道があるという実証研究もある。ネット上だけで騒いでいる段階からテレビや新聞が報じる段階になって、株価などに大きなインパクトを与えるようになっているということですね。

マスメディアが炎上に加担

 企業だけでなく、例えば今年、青山学院大学の学生たちがスーパーマーケットでふざけている動画をネットに投稿して炎上するという事案がありました。私の見ている範囲では、テレビも大きく取り上げることで、結果的に炎上の被害が拡大しました。若者がふざけた写真や動画をネット上に投稿することがかつてより増えていることもあるかもしれませんが、それ以上に報道する人々や機関が増えた影響が大きいですね。

山口真一(やまぐち・しんいち)氏。2010年慶應義塾大学経済学部卒、2015年同大学経済学研究科で博士号(経済学)を取得。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター助教を経て、2016年より現職。主な著作に『ネット炎上の研究』(共著、勁草書房)など。
山口真一(やまぐち・しんいち)氏。2010年慶應義塾大学経済学部卒、2015年同大学経済学研究科で博士号(経済学)を取得。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター助教を経て、2016年より現職。主な著作に『ネット炎上の研究』(共著、勁草書房)など。

確かに、最近では多くのテレビ番組でいち早く炎上問題を取り上げている印象があります。具体的な炎上のメカニズムとは、どのようなものなのでしょうか。

山口:よくあるのが、まずツイッターで投稿された炎上の種を見つけた人が、それを否定的に拡散するケースです。拡散されていくうちに、それに対する書き込みを10回も20回も繰り返す「ヘビーユーザー」が現れて、一気にその炎上が大きく見えてくる。

 今度はそれをPV(ページビュー)数を稼ぐためにまとめる「まとめサイト」が出てきたり、ネットメディアが取り上げたりする。まとめサイトが取り上げる段階で拡散の威力は相当に高くなるのですが、最後にとどめとしてマスメディアが報道します。そうすると、ネットにそこまで精通していない人々や高齢者までがその事件や問題を知ることになるという流れです。

 こうしたメカニズムにあわせて、炎上の件数自体も格段に増えていますね。かつては年間数十件程度だったのが、現在は年間数百件、定義にもよりますが、1000件以上という統計もあります。

 ネットの普及率が一定以上まで高まった上で、さらに2010年から2012年にかけて、スマートフォンやツイッターをはじめとするSNS(交流サイト)が急速に普及した。ツイッターのようなオープンなSNSが登場したことで炎上が広がり、多くの人が知るメカニズムが出来上がってきたということだと思います。

炎上に書き込むのは0.5%

なぜ、大手メディアが大々的に炎上問題を報道するようになっているのでしょう。

山口:1つには、マスメディアの焦りがあるのではないでしょうか。私はよく「一億総発信時代」と表現するのですが、今は誰でも情報をものすごく早く発信できる時代です。趣味や情報の多様化もあり、メディアが増える中で、相対的にマスメディアの立場が弱くなっている。一方、情報の速さで勝負しようとするときに、ネット上の情報を安易に利用してしまったり、デマ写真を間違って使ってしまったりという状況が発生してしまっています。

 そうした意味では、炎上が実態以上に膨れ上がって被害が拡大してしまう大きな要因が、マスメディアにあるとも言えるわけです。1つはそもそも炎上問題を取り上げすぎること、さらに大げさに報道することで加担してしまっている。

 少し話が前後しますが、炎上のメカニズムにおいて、実は熱心に書き込みをしている人たちというのはものすごく少ないんです。

興味深いですね。どういうことですか。

山口:私の実証研究の結果なのですが、具体的には1年以内に炎上に絡んで書き込みをした人の数は、ネットユーザー全体の約0.5%、約200人に1人しかいません。

 これは業界的には有名な話で、例えば2ちゃんねるを始めた西村博之氏も過去に「2ちゃんねるの炎上の主犯はほとんど5人以下」という趣旨の発言をしています。ネットやスマホの普及によってその絶対数はもちろん増えてはいるのですが、元々はかなり少ない人達が起こしている現象なのです。

 加えて、ネット上の意見はテレビや新聞が行なっている世論調査などよりも極めて能動的と言えます。聞かれたから答えるのではなく、自分から意見を発信する、つまり強い思いを持っている人がたくさん意見を発信することで「ネット世論」と呼ばれるものが出来上がっていく。

 ただ、その0.5%の人の意見は、社会全体の意見の分布とは異なる可能性も高いわけですね。にも関わらずマスメディアがそれに乗っかる形で過激なバッシングをすることで、炎上がより大きくなってしまうという状況があると考えています。

なるほど。炎上と一口に言っても、その事案が実際にどのようなものであるのか冷静に見極める必要があるということですね。

山口:一方で、炎上には良い影響がある面もあります。強者である企業の不正行為や、社会的規範に反したような行為に対して、弱い立場である消費者が訴えやすくなったということです。

 今年はPCデポが認知症の高齢者に対して高額の契約を結んでいたことが問題視されましたが、過去に「スカスカおせち」で批判を受けたグルーポン・ジャパンの事例などもそうですね。購入者が写真付きでひどいものが届けられたと投稿することで、結果的にはサービスの是正につながりました。

高年収で高い地位の人物が加担

不正行為や社会的規範からの逸脱という点についてですが、必ずしも法律違反だから炎上が拡大するというわけではないのでしょうか。

山口:それは、ほぼ関係ないと見ていいですね。それぞれの炎上に共通する部分として、人々の考えている規範に反した行為をしているということがあるのですが、その規範は法律ではありません。例えば性的マイノリティーの方々を差別するような発言は、その差別はダメだと考える人々の規範に反するから炎上するわけです。女性を何らかの型にはめるようなテレビCMが批判されるのも同様です。

 今年で言えば、舛添要一・前東京都知事の問題もそうですね。彼は炎上した際に法律違反ではないと突っぱねましたが、都民が気にしているのはその点ではないわけです。あなたがやっていることは明らかに倫理的におかしいでしょう、ということですよね。にも関わらず違法ではないという切り返しをしたことが、辞任にまで追い込まれる要因の一つになった。

 もう一つ、炎上というのは、いわゆる「引きこもり」と呼ばれるような人たちが一生懸命書いているようなイメージが一般的にあると思います。しかし、実際に研究すると、結構年収が高いとか、あるいは社内で課長、部長だとかある程度のポジションに就いたりしている人の方が加担しやすいという結果が出ました。

きちんとした役職についている人が、会社とネット上では異なる顔を見せているということでしょうか。

山口:それも考えられますが、先ほどの社会的規範、正義感からということで言えば、一定の社会的地位があり、知識があり、メディアへの接触時間が長くよく情報を収集している人ですね。そうした人々が、確固たる自分の意見を積極的に発信しているということでしょう。

 若い人はもちろん多いのですが、30代、40代、中には60代の人もいます。例えば集団的自衛権などに関連してしっかりと知識や意見を持っている人が、自分の意見と違うことを言っている人に対して「それは違う」と否定するとか、そのような現象が炎上の大きな部分を占めていることも分かってきています。

隠蔽工作や言い訳は厳禁

今年も多くの企業が炎上にさらされました。企業はどのように炎上に向き合い、また発生した際にどのように対処すべきでしょうか。

山口:まず予防する観点で言えば、ツイッターの広報アカウントなどで炎上する話題を知っておくとか、SNSを利用した広報活動に複数の担当者を配置するといったことが考えられます。きちんとガイドラインを策定して、やらせ行為をしない、誠実で良識ある態度を心がけるといった姿勢を徹底しておくことも必要です。その上で、炎上についての検知のスピードを高めることも求められます。

 炎上が発生した後の対処について、よく申し上げているのは、トラブルの相手に対して「投稿を削除してください」と依頼したりとか、事実関係を完全に把握する前に言い訳をしたりといったことは絶対にしないでくださいということですね。

 これは自社が発信したものを削除しないということも同様です。隠蔽工作や言い訳はまず炎上の火種になるものであり、炎上が拡大する原因になる。重要なのは事実関係をきちんと確認して、謝罪するのであれば問題点を明確にして、今後の対応をはっきりと示す。こうしたことを真摯な態度で行うことが大切ですね。

そうすれば、炎上は鎮火していく方向になると。

山口:いずれにせよ鎮火しない炎上はありませんが、早めに鎮火することは十分にあり得ます。炎上の検知については、例えば「グーグル アラート」(設定したキーワードが含まれたネット上の最新記事などをメールで教えてくれるグーグルのサービス)を活用するといったことや、あとは外部の専門企業に委託することも一つの手段ですね。謝罪についても、本当に謝罪するべき事案なのかどうかを正確に見極めることも大事です。

ネット世論も多様な意見の一つ

企業の担当者も日常的には個人としてネットの世界に触れてはいるのでしょうが、実際に自分たちに降りかかってくると十分に対処できていないケースが目立ちますね。

山口:痛感するのは、日本の企業の意識が少し低いのではないかということです。先日、超大手のIT(情報通信)企業から依頼が来たのですが、自社に炎上に関するマニュアルが一切ないので作ってください、というものでした。IT企業であれば当然重視してしかるべきなのに、そもそもマニュアルがないというのは驚きでしたね。

 先ほど、炎上のネット世論はごくわずかな意見と言いましたが、それも現代の多様な意見の一つなのです。それは冷静に取り入れた上で、問題や議論のポイントはどこにあるのかを明確にする。マスメディアには、それを踏まえて冷静な議論を呼びかける役割も期待されています。報道の仕方の工夫によって、国民の意識も変わっていくと思います。

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