内部の動きが分からない秘密主義――。そんな米Appleが「オープン」へと変わろうとしている。2017年から社内のAI(人工知能)研究者が社外に研究成果を公表することを認めただけでなく、シリコンバレーの著名AIシンポジウム「BayLearn」に会場を提供するまでになった。

 2017年10月19日(米国時間)、米クパチーノにあるApple本社キャンパスで開催された「BayLearn 2017」は、AI研究に関してオープンになったAppleを象徴するイベントとなった(写真1)。

写真1●Apple本社で開催された「BayLearn 2017」
写真1●Apple本社で開催された「BayLearn 2017」
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 2012年から毎年秋に開催されているBayLearnは、シリコンバレー地域(サンフランシスコベイエリア地域)の有力大学であるスタンフォード大学とカリフォルニア大学バークレー校の研究者やシリコンバレーのテクノロジー企業で働くエンジニア兼研究者が、機械学習に関する研究成果を発表し合うシンポジウムだ。

2016年はLinkedIn、2017年はApple

 BayLearnは毎年、大手テクノロジー企業がスポンサーとなって会場や食事、飲み物などを提供することで運営が成り立っている。例えば2015年は中国Baiduの研究開発部門であるBaidu Researchが、2016年は米Microsoftの子会社である米LinkedInが開催を支援した。そして2017年はAppleがその役割を担った。

 BayLearnの雰囲気は学会そのものだ。著名AI研究者による基調講演の合間に、AI研究者による15分の論文口頭発表が複数実施され、ランチや夕方の懇親会の時間帯には、研究成果をまとめた大きな紙の前で来場者にその内容を説明する「ポスター発表」が行われる。

 今回のBayLearn 2017では、基調講演にはカリフォルニア大学サンフランシスコ校の脳科学研究者や、米Facebook、Apple、米Googleの著名AI研究者が登壇し、それらの間にGoogleやApple、LinkedIn、といった大手テクノロジー企業のエンジニアや研究者に加えて、カリフォルニア大学バークレー校やスタンフォード大学の研究者などが口頭発表を行った。

Appleのカフェテリアでポスター発表

 筆者は2016年、2017年と2年連続でBayLearnを取材している。最大の違いは、やはりAppleの存在だろう。単に会場を提供しているだけではない。昨年は来場者として発表を聞いているだけだったAppleのエンジニアや研究者は、今年は基調講演や口頭発表、ポスター発表などの場で、自らの研究成果を社外の研究者に対して発表していたのだ(写真2)。ポスター発表会場は、普段は社員専用であるApple本社のカフェテリアだった。

写真2●Apple本社のカフェテリアでポスター発表するAppleのAI研究者
写真2●Apple本社のカフェテリアでポスター発表するAppleのAI研究者
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 Appleは2016年12月に開催されたディープラーニングの学会「NIPS(Conference on Neural Information Processing Systems) 2016」で、社員による外部への研究成果の公開を「解禁」すると発表した。その結果、2017年7月には機械学習の論文を発表する「Apple Machine Learning Journal」を開設したほか、2017年7月に開催された画像認識の学会である「CVPR(Conference on Computer Vision and Pattern Recognition) 2017」で初めて、AppleのAI研究者が社外への論文発表をしていた。そしていよいよ、BayLearnのようなコミュニティベースのシンポジウムを社内で開催するまでになった。

 BayLearn 2017のオーガナイザーの一人であり、AppleのJerremy Holland氏は本誌の取材に対して「コミュニティイベントをApple社内で開催するのはBayLearn 2017が初めて」と語っている。

 Appleを代表してBayLearn 2017の基調講演に登壇したのは、AppleのAIリサーチのディレクターであるRuslan Salakhutdinov氏だ。Salakhutdinov氏は深層強化学習(Deep Reinforcement Learning)に関するAppleの取り組みを説明した(写真3)。

写真3●基調講演をするAppleのRuslan Salakhutdinov氏
写真3●基調講演をするAppleのRuslan Salakhutdinov氏
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 Salakhutdinov氏はディープラーニング(深層学習)ブームの火付け役と呼ばれるカナダトロント大学のGeoffrey Hinton教授の教え子で、Apple入社後も米カーネギーメロン大学の准教授を兼任する。BayLearnのオーガナイザーが基調講演に先立ち同氏を来場者に紹介する際、「Salakhutdinov氏の業績は皆さんご存じでしょうから、改めて紹介するまでもないのですが」と前置きするほどの著名AI研究者だ。

GoogleやFacebookに追従したApple

 アカデミアの世界の著名AI研究者が民間のテクノロジー企業に転職した後も、アカデミアの世界と交流を持ち、社外に対して研究成果を発表し続ける。GoogleやFacebook、Microsoft、Baiduなど他の大手テクノロジー企業が以前から実践してきたことを、ようやくAppleでも実現するようになった。Salakhutdinov氏の存在は、Appleの大きな変化を物語っている。

 ディープラーニングに関わる研究者は、民間企業に転じた後も研究成果を論文などで発表するモチベーションが高い。ディープラーニングは技術進化のスピードが速く、学会に参加して自らの研究成果を発表し、他の研究者からフィードバックを受け続けなければ、自らの知識やスキルがすぐに陳腐化してしまう。

 GoogleやFacebookなどが自社のAI研究者による研究発表を支援してきたのは、そうした場を設けなければ優秀なディープラーニング研究者を集められなくなっているためだ。AppleもGoogleやFacebookに劣らぬ条件で、ディープラーニング研究者を集められるようになった。

 AppleのHolland氏はAI研究のオープン化を進める理由に関して、「『iPhone』や『iPad』というAIのプラットフォームを提供する当社は、アカデミアやコミュニティと深く関わっていく必要がある」と説明する。「当社のAIに関するビジョンをアカデミアやコミュニティに伝え、AIプラットフォームを利用するアプリケーションの可能性を広げていく」(Holland氏)という考えだ。

 Holland氏はアカデミアに所属するAI研究者や学生の側でも、大手テクノロジー企業で正社員として勤務したり、インターンで働いたりする動機が強まっているとも説明する。ディープラーニングの研究を進めるためには、学習に使用する大量のデータや、大規模な機械学習を実行するコンピューティングプラットフォームが必要だ。しかし「大学には大量のデータや高度なプラットフォームがないため、研究者や学生がそれらを求めてテクノロジー企業にやってきている」(Holland氏)のだという。そうした研究者や学生に研究成果を発表する場を提供することも、テクノロジー企業に求められている。

インターン学生が研究成果を発表

 実際にBayLearn 2017の口頭発表には、Appleで2017年にインターンをしたカーネギーメロン大学の学生であるMario Sroujin氏が登壇し、深層強化学習に関する研究成果を発表した(写真4)。

写真4●Appleでのインターン中の研究成果を発表するMario Sroujin氏
写真4●Appleでのインターン中の研究成果を発表するMario Sroujin氏
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 スタンフォード大学の博士研究員(ポスドク)だというある来場者は、「AppleがAI研究コミュニティに対してオープンになったことは、アカデミアでAIを研究する我々にとって朗報だ」と、最近のAppleの変化を高く評価する。

 Appleは世間的にはシリコンバレーを代表するテクノロジー企業だと認識されているが、シリコンバレーのAIコミュニティにおける存在感は希薄だった。Appleの参加によって、シリコンバレーにおけるAI研究はますます活性化しそうだ。

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