「日本で仮想通貨交換業者になるにはどうすればいいですか。やはり金融庁には早めに行ったほうがいいですよね」

 中国・北京の仮想通貨関連企業に勤める劉浩宇氏(仮名)は会うなり矢継ぎ早に質問を繰り出してきた。「中国の仮想通貨市場の現状を教えてほしい」と面会をお願いしたのは筆者の方だったので、突然の質問攻めに面食らった。

 2016年11月には世界のビットコイン売買高の9割を占めた「仮想通貨大国」の中国。だが今年9月4日、中国人民銀行などが仮想通貨による資金調達「ICO」を全面的に禁止したことで状況は一変した。当局はICOに加え、仮想通貨の取引も規制し、中国国内の仮想通貨取引所は10月末までに閉鎖した。

人民元業務の停止を伝える中国仮想通貨取引所大手「OKコイン」のホームページ
人民元業務の停止を伝える中国仮想通貨取引所大手「OKコイン」のホームページ
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 劉氏が勤める企業は、仮想通貨の計算作業をすることで報酬を得るマイニングや仮想通貨を保管するウォレットと呼ばれる事業を手がけてきた。ICOや取引所の事業はやっていないため、今回の規制とは無縁のようにも思えるが、劉氏は「当局からは、『顧客が仮想通貨同士を交換する相対取引の仲介もしてはいけない』と言われている」と規制が広範囲に及んでいることを明かしてくれた。

 内陸にあるマイニング施設の場所を聞くと、「担当者しか知らない」と目をそらした。マイニングは規制されてはいないものの、「経営陣はいつ調べられるか分からないと危機感を強めている」という。劉氏の会社はオフィスを引っ越したばかりだが、入り口に会社のロゴなどは一切見当たらない。なるべく目立たないように、ロゴなどは掲げないことにしたのだという。

 実際、規制されていないはずのマイニングの現場でも異変は起きていた。内モンゴル自治区オルドス市はかつては石炭の町として、数年前には住む人がいないマンション群「鬼城(ゴーストタウン)」の町として有名になった。その町に最近、新たな産業が勃興してきた。仮想通貨のマイニングだ。

 複雑な計算を要するマイニングには数千台、数万台のコンピュータを動かし続けなければならず、膨大な電気を使う。そのため、電気代が安い四川省の山間部や新疆ウイグル自治区、内モンゴル自治区などに多くのマイニング施設が存在する。加えて、オルドスは冬にはマイナス20度に達することもあり、コンピュータの熱対策にも持ってこいだ。中国はビットコインのマイニングで7割のシェアを占めている。

 オルドス市の中心部から車で北に約1時間半、黄河のほど近くにあるダラト経済開発区。周辺は畑や荒野で、炭田が多い地域にも近い。開発区内は片側3車線の道路がまっすぐ走る。だが、時折トラックが通るほかはクルマの姿はほとんど見当たらず、敷地もほとんどは空いたままで巨大な工場が点在する程度だ。

うっすらと見えるマイニング企業のロゴ

 この開発区に世界最大規模のマイニング施設があった。マイニング用のコンピュータを開発・生産するとともに自らもマイニングを手掛けるビットメインの施設である。中国での報道によると、建屋8棟に約2万5000台のコンピュータを置き、マイニングを手がけていたという。だが11月初旬に筆者がこの施設を訪ねると状況は一変していた。

壁からロゴが消えたビットメインのマイニング施設
壁からロゴが消えたビットメインのマイニング施設

 施設の門のすぐそばでは、ラフな格好した50代ぐらいの門衛と思しき男性2人がどっかりと腰を下ろして、おしゃべりをしている。記者が近づくと、誰何するような鋭い眼差しをこちらに向けてきた。入ることはできないかと尋ねると「ダメだ」と告げられた。

 北京のビットメインの本社に許可を得ればいいのかと食い下がると、「北京のボスからこちらの施設のボスに連絡が来て、ボスがここに迎えに来る形でなければ入ることはできない」とにべもない。中国で報じられた同施設の写真には、建屋の壁に「BITMAIN」と社名のロゴが書かれていた。だがそのロゴはすでになくなっており、うっすらとロゴの跡だけが残っていた。

 施設内に何人か人がいるのは確認できたが、「採掘」が行われているのかは分からない。なおも鋭い視線を向ける門衛に施設が稼働しているか尋ねると「もう終わった」と短く答えた。秘密裏に稼働しているのか、それとももうマイニングをやめてしまったのかは定かではないが、施設の変化が中国の仮想通貨規制と関連していることは間違いない。

 突然の規制に混乱する中国の仮想通貨業界の中でにわかに関心が高まっている国が日本だ。今年4月に改正資金決済法が施行され、日本は仮想通貨の法整備で「先進国」に躍り出た。世界で初めて仮想通貨の法的な位置づけを明確化したほか、金融庁が取引所の基準を示すなど、投資家保護にも目配りした。金融庁幹部は「イノベーションと利用者保護のバランスを取りながら、業界の健全な成長を促す」と説明する。

日本法人を設立した深圳の仮想通貨取引所

 深圳市に本社を置く仮想通貨取引所の中堅企業は11月上旬、東京に現地法人を設立した。日本法人の常勤社員は6人で、日本の仮想通貨市場を調査することが現時点の業務だ。

 同社幹部は日本での取引所開設を検討していることを明らかにした。「金融庁が現在出している基準に照らせば、おそらく日本で取引所を開設することは可能だと思う。あとはどれだけ手間がかかるか。あまり面倒なようだとうまみはないから」とこの幹部は言う。

 日本に関心を寄せるのは投資家も同様だ。「日本で仮想通貨の投資をしたいのだが、何かいい方法はないか」。中国でロボット関連企業など複数の企業を経営する柴国強氏は、知り合いの男性から連絡を受けた。柴氏は日本でも働いた経験がある「日本通」。それを頼みに友人が連絡してきた。

 中国政府は一定の条件を設けた上で仮想通貨の取引を再び認めるのでは、といった観測も浮上している。だが仮に取引を再開したとしても、政府が為替や株式のコントロールを続けている中国では、いつ当局の規制が入るか分からない。自国の「カントリーリスク」を知った中国の事業者や中国人投資家をいかに日本に取り込むか。仮想通貨大国の日本にまたとないチャンスが広がっている。

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