はじめて日本を訪問したアメリカの大統領は、1974年に来日した第38代大統領のジェラルド・フォード氏だったのだそうだ。

 この時のことは、よくおぼえている。

 当時高校3年生だった私は、従兄の運転するクルマの助手席で、大統領の来日が引き起こした交通規制に巻き込まれていた。記憶では、時間にして30分から1時間ほど、首都高速道路の路上で、完全な停車を余儀なくされた。その時、おそらくクルマのラジオかなにかで、自分が巻き込まれている交通渋滞が、大統領の羽田空港から都心への移動に伴う首都高環状線の封鎖に起因するものであることを知って、ひどく腹を立てたのを覚えている。

 どうしてあんなにムカついたのかは、いまとなってはよくわからない。
 とにかく1970年代の高校生は、アメリカのような国とそのリーダーには、天然の敵意を抱いているものだったのだ。

 今回、トランプ大統領の来日の様子を傍観しながら、私は、あの時のフォード渋滞で味わった気分を思い出した。

 もちろん、高校生だった時のように腹を立てたわけではない。
 むしろ私は、ニュースの画面を見ることを避けていた。
 なので、事態は録画で確認した。

 ふだんから、大好きなサッカーやボクシングの試合は、なるべくライブで観戦することを心がけている。録画だと、臨場感が半減するからだ。

 一方、ドラマやバラエティーは、むしろ録画した上でないと見る気持ちになれない。理由は、頻繁に挿入されるCMと、不要な場面を早送りしたいからだ。

 ここしばらく、ニュースも録画で見るようになっている。
 で、不快な事件は「30秒送り」のボタンを適宜連打しつつ、なるべく目に入らないようにしている。

 人生の残り時間に限りのある人間は、精神に負担をかける映像から身を守らなければならない。
 私の場合は、その、不要な負担を避ける具体的な手立てが録画視聴で、トランプさんは、最近、視聴スキップ対象に指定されつつあるわけだ。

 今回は、トランプ大統領来日についての雑感を書いておくことにする。

 この種の、感想を記録しただけのテキストは、うまくすると、何年か後に、貴重な記録に化けていたりする。
 というのも、われわれは、時系列に沿って起こる事件の経過は記憶しても、その時々に抱いていた感情については忘れてしまうものだからだ。

 トランプ大統領は、来日に先立ってハワイに立ち寄り、真珠湾を訪れている。

 三軍の長を兼ねる大統領としては、折に触れて軍人の働きぶりに目を配るのも仕事のうちなのだろうし、アジア歴訪を前に太平洋軍の司令部を訪れることは、当然でもある。

 その日の夜、真珠湾でのセレモニーやら行事を終えた後、トランプ大統領は、こんなツイートを残している。

Thank you to our GREAT Military/Veterans and @PacificCommand.
Remember #PearlHarbor. Remember the @USSArizona!
A day I’ll never forget.
https://twitter.com/realDonaldTrump/status/926707692395102219

われらの偉大なる軍人と退役軍人に感謝する。
リメンバー・パールハーバー、リメンバー・戦艦アリゾナ
今日は私にとって忘れられない一日になるだろう!
https://twitter.com/realDonaldTrump/status/926707692395102219

 タイムラインにこのツイートが流れてきた時、私は、比喩ではなく、自分の目を疑った。

 自分がいま見ているこのツイートは、成りすましによるアカウント乗っ取りだとかいった不測の事態の結果なのではあるまいかと、あれこれ考えこまねばならなかった。

 何かの間違いでないのだとすると、トランプ大統領は、日本を訪問する前日に、あえて、この挑発的なフレーズをぶつけてきたことになる。

 念のために解説しておけば、「リメンバー・パールハーバー」は、アメリカと日本が敵国であった時代の言葉で、もっぱら対日戦への戦意高揚のために使われていたスローガンだ。その意味では「真珠湾(での日本の卑怯な奇襲攻撃)を忘れるな」という意味を含むこのフレーズのニュアンスは、わが邦の国民が繰り返していた「鬼畜米英」や「暴支膺懲」とそんなに遠いものではない。

 トランプ大統領の真意が、わが国を挑発したり侮辱するところにあった、などと言い張るつもりはない。

 穏当に解釈すれば、大統領のこの日のツイートは、パールハーバーで戦った勇気あるアメリカ兵士の貢献を忘れずにいたい、といったぐらいの意味をこめた軽口に過ぎないのだろう。

 とはいえ、歴史的に不穏な行きがかりをもつこういう言葉を、来日を前にしたこのタイミングでアメリカの大統領が発信することは、やはり、無神経だと申し上げざるを得ない。

 私が憂慮するのは、大統領による「リメンバー・パールハーバー」というつぶやきが、単なる無知や無神経の発露ではなく、もう少し深刻な「意地悪」に近い何かである可能性だ。

 パワハラ上司によくある振る舞い方として、人のいやがる言葉や仕草をあえて小出しにして相手の顔色を観察するパターンがある。

 「イノウエ君はアレだろ、ほら、アタマの地肌が露出してるから、直射日光は苦手だよな?」
 「……あ、いや、なんと言いますか……部長もお人がお悪い」
 「はははははは。気にしてるのかやっぱり。あ?」

 などと言いつつ、部長は、イノウエがどこまでナブれば怒り出すのかの限界を観察している。

 この種の人間は、無邪気なふうを裝いつつ神経にさわる言動を繰り返すことで、人々の反応を見ている。「三国志」の「許田の狩り」の場面で、曹操があえて帝に対して尊大な態度を示しつつ、諸人の向背を確認した時の力加減に近い。

 今回の訪日では、トランプ大統領の動作の端々に、その意識的な尊大さがあらわれていたように思う。

 というよりも、トランプ大統領の対人コミュニケーション戦略と人間観は、そもそもトランプタワーではじめて安倍晋三総理と握手をした時の、握手の仕方(相手の手を思い切り強く握りつつ自分の側に引き寄せる「トランプ式握手」と呼ばれる独特の進退運用)に、すでにすっかり現れていたところのもので、要するに彼は、他人の忠誠度を常に観察せずにはおれないタイプのリーダーだ、ということだ。

 「何をオンナコドモみたいにマナーだとか言葉遣いみたいな瑣末事に拘泥してるんだ? 大切なのは文書化された約束と行き来するカネと交渉を裏付ける軍事力なのであって、あんたがさっきから言ってるみたいなうじうじした感情の話は、週刊誌のネタ以上のものじゃないぞ」

 てなことを言う人もあることだろう。
 もちろん、外交を動かしている当のものがカネと力であることはよくわかっている。
 しかしながら、私は、そういうものとは無関係な人間だ。

 とすれば、カネやチカラと無縁な存在である人間の一人として、私はむしろ、マナーや言葉づかいのような、文書化されない要素に注目せざるを得ない。

 というのも、外交官や政府の首脳がそのカウンターパートとの間の交渉や会談の中でやりとりしている個別の案件についての金額や条件や情報や駆け引きが、当面は最重要なことはその通りなのだとして、現実問題として外国の賓客を迎えることになった一般の国民がテレビ画面から受け取っているのは、「感情」であり「印象」であり「敬意」や「反発」なのだ。長い目で見れば、国と国との間に流れるその種の目に見えない感情の総和が、二国間関係の最も基礎的な関係性を形成している可能性は高い。

 その意味で、大統領の一挙手一投足は、彼が訪問する国の対米感情の未来を作っている。
 これを見逃して良いはずがないではないか。

 大統領の到着場所が羽田空港でも成田空港でもなく、横田基地であったことも大切なポイントだと思う。
 北朝鮮のテロを警戒してのこと、とも見えるが、それだけとは思えない。

 そもそも歴代のアメリカ大統領で、いきなり横田基地から来日したのはトランプさんが初めてだという。
 横田基地は、日本国内に存在するが、厳密には日本ではない。
 どちらかといえば、米国の領土に近い。

 まあ、「米軍の領土」という言い方は、あんまり穏やかな表現ではないのでとりあえず撤回しておくが、ともあれ、米軍基地が、日米地位協定の定めるところにより、米軍の支配下にあることは間違いない。

 それゆえ、米軍の兵士が日本国内の米軍基地に空からやって来る場合、日本の入国審査を通る義務は負わないし、ビザの発給も要しない。
 このこと(米軍の兵士が日本国内の米軍基地を事由往来できること)そのものは、軍隊というものの性質上ある程度当然のことだ。

 が、その米軍兵士に許された特権を帯びて大統領が来日するのは、ちょっと意味が違うと思う。
 違法ではないのだとしても、失礼だと思う。
 大切なのは、その「失礼」の部分だ。

 外交の基本は、当たり前の話だが、相手国の国民感情に配慮することだ。
 してみると、いきなり米軍基地に着陸した大統領の態度は、異例でもあれば、素っ頓狂でもあって、つまるところ「失礼」だ。

 というのも、大統領が来日して、いの一番に顔を合わせたのは、日本の外交官でもなければ政治家でもなく、自国の軍人だったわけだし、訪日の第一声も、その米軍兵士たちに向けたスピーチだったからだ。

 演説の中で、トランプ大統領は、自分がアジア歴訪に際して最初に降り立つ場所として、この基地よりふさわしい場所はほかに無いという意味のことを言っている(こちら)。

 また、トランプ氏は、この日の演説で、

“We dominate the sky, we dominate the sea, we dominate the land and space,” Trump said. “No one -- no dictator, no regime and no nation -- should underestimate ever American resolve. Every once in a while in the past they underestimated us. It was not pleasant for them, was it.”

 と言っている。

 「われわれは空を、海を、そして陸地と宇宙空間を支配している。誰も――どんな独裁者も、どのような統治体制も国家も――アメリカの決意を見くびることはできない。かつて、われわれを軽く見た者たちは、不愉快な目に遭っている。そうじゃないか?」

 と、直訳すればこんな感じになると思うのだが、この言葉も、日本の国土の上で発された言葉として聞くと、まあ、かなり物騒な内容を含んでいる。

 もちろん、トランプ大統領は、自国の基地の中で、自軍の兵士たちを前に(聴衆には自衛官も含まれていたが)話したわけで、その限りにおいては、兵士に対するエール以上の言葉ではない。

 が、「われわれは、空を、海を、陸を、宇宙を支配(dominateという単語を使っている)している」というこの言葉を、米軍の兵士に向けて呼びかけることは、「米軍が日本を支配している」というニュアンスを生じさせかねない。

 トランプは、「日本」とは言っていない。「the land」と言っている。その意味では、日本を名指ししたと言い切ることはできないが、それにしても無神経ないいようではある

 最後の、

 「かつてわれわれを過小評価(underestimated)した者たちは、自らを不愉快な境遇に貶めているではないか」

 という最後の一文も、文脈しだいでは、「日本」そのものを指しているように聞こえる。

 米国と日本の同盟関係に疑念を抱いていない人たちの耳に、私の言っていることが、言いがかりに聞こえるであろうことは承知している。

 ていうか、私自身、自分の指摘していることのうちの半分ぐらいは言いがかりだと思っている。

 が、これは、逆側から見れば、トランプ大統領の振る舞い方のうちの半分ぐらいは嫌がらせに見えるということを意味してもいるわけで、いずれにせよ、トランプ大統領の対人マナーは、相手の反発を観察してナブりにかかる部分を含んだ、典型的ないじめっ子の姿に似ているのだ。

 日本での公式日程を終えたトランプ大統領は、

My visit to Japan and friendship with PM Abe will yield many benefits, for our great Country. Massive military & energy orders happening+++!

「私の訪日がもたらした安倍総理との親密な関係は、わたしたちの偉大な国に多大な利益をもたらすだろう。軍事、エネルギー関連について、巨大な受注が発生している」

https://twitter.com/realDonaldTrump/status/927645648685551616

 というツイートを発信している。

 これも、アメリカ国民向けのアピールと見れば、いつものトランプ節と変わることのない、我田引水ではある。

 でも、このツイートを発信した場所が日本であり、おりしも訪日中のタイミングとあって多くの日本人がトランプ大統領のツイートを注視していることを考えれば、この言葉は、滞在先の国の足元を見た発言と受け取られても仕方のない内容を含んでいる。

 どうしてこの人は、あえて他人の神経にさわるようなものの言い方をするのだろうか。
 その回答に近い記事を発見した。

Japanese leader Shinzo Abe plays the role of Trump’s loyal sidekick
「日本のリーダー、安倍晋三氏は、トランプの忠実な相方の役割を演じている」

 と題されたワシントン・ポスト紙の記事だ(こちら)。

 私はふだん英語のメディアを直接に読むことはしない(っていうか、正直に言えば「できない」)のだが、今回は、苦労して最後まで読んでみた。

 というのも、「sidekick」という言い方があんまり露骨だと思ったからだ。

 辞書を引いてみると、”sidekick” には 《口語》として、仲間 (companion); 親友 (close friend); 相棒, 同類 (partner, confederate).という訳語が当てられている。(研究社『新英和大辞典』より)

 下僕(servant)、下っ端(follower)というのとは違う。

 ただ、”role of loyal sidekick”という言い方からして、「忠実な仲間」「忠良な相棒」ぐらいのことにはなるわけで、ニュアンスとしては、やはり「子分」に近い。新聞が一国の首相を評するにあたってヘッドラインに持ってくる言葉としては、十分に軽んじた言い方だと思う。

 記事の中で、こんなエピソードが紹介されている。

《「日本は発展し、日本の都市は活力に満ち、世界でも有数のパワフルな経済をつくりあげている」と言った。ここでトランプは、読み上げていた原稿から目を離して、アベの方を見ると、
「でも、われわれと同等とは思わない。そうだろ?」
 と言い、
「われわれはそれを続けていく」
 と続け、さらに
「君たちは二番手だ」
 と付け加えた。
 翻訳者に内容を伝えられたアベは、黙って微笑んでいた。》

 これなどは、アメリカのテレビドラマに出てくるクラスのいじめっ子そのものの態度に見える。

 深刻なのは、トランプ大統領がこのように振る舞い、安倍首相がそれをこんなふうに受けとめていることが、世界中に伝えられていることだ。

 なお、以下は、毎日新聞でも紹介されていた話だが、こんな挿話もある。

《首相はトランプ氏にとって当選後、初めて会談した海外の首脳。トランプ氏はあいさつで、首相から昨年11月に当選祝いの電話を受けた際、「首相から『なるべく早くお会いしたい』と言われ『いつでもいい』と適当に回答した。(大統領就任後の今年の)1月20日以降の意味で答えた」と説明。「私は(会談は今年の)2月とか3月とか4月と思ったが、首相は非常に積極的な政治家で、今すぐということだった」と食い違いを「暴露」。直後に首相がすぐに訪米しようとしていると知り、側近からも「適切なタイミングではない」と言われて断りの電話を入れようとした。
 しかし、「首相はすでにニューヨークに向かっており、断ることはできないので会うことにした」と語った。トランプ氏は当時の会談について「本当にいい思い出になった」と述べた。》 (こちら

 一対一関係の話を、外部の人間(それもメディアの人間に対して)漏らしてしまう態度自体極めて異例だし、暴露されている内容も安倍首相にとっては恥に属する話題だと思う。

 ワシントン・ポストの紙面では、
how Abe was so desperate to visit him at Trump Tower after the election
(選挙の後、トランプ・タワーを訪れることに対してアベがいかに必死だったか)
 という書き方をされている。

 私は、心配している。

 トランプ大統領は、自分に近づいてくる人間には鷹揚に応対するし、利用価値があると見た人間にはわかりやすい厚遇を与える人だと思う。

 でも、自分にとって価値のない相手だと思った時に、彼がどんな態度を取るのかは、この半年の間に彼のもとを去った側近の扱いを見ればよくわかるはずだ。

 "You are fired!"(お前はクビだ!)

 と言い放つテレビ番組の彼の演技は、半ば以上彼自身の本質だと思う。
 というか、「トランプ氏」は、もともとテレビ用のキャラクターなのだ。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

愛車がテレビ番組中のハプニングで壊されるとか…
あ、そこですかさず30秒スキップですね。

 当「ア・ピース・オブ・警句」出典の5冊目の単行本『超・反知性主義入門』。相も変わらず日本に漂う変な空気、閉塞感に辟易としている方に、「反知性主義」というバズワードの原典や、わが国での使われ方を(ニヤリとしながら)知りたい方に、新潮選書のヒット作『反知性主義』の、森本あんり先生との対談(新規追加2万字!)が読みたい方に、そして、オダジマさんの文章が好きな方に、縦書き化に伴う再編集をガリガリ行って、「本」らしい読み味に仕上げました。ぜひ、お手にとって、ご感想をお聞かせください。

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