この秋、物流業界で残念なニュースが2つ、報じられた。

 1つは宅配便大手の佐川急便。同社の東京営業所では、運転手が宅配便の集配中に駐車違反で検挙され、知り合いに頼んで身代わり出頭をさせたという。警視庁の調べを受けて、東京営業所の係長ら6人が逮捕された。

 東京営業所では、ほかの社員の間でも身代わり出頭が常態化していた疑いがあるという。警視庁での調べに対し、逮捕された社員らは、「違反をした運転手は配送業務ができなくなり、回らなくなるため」と語ったという。

 もう1つのニュースは、宅配便最大手のヤマト運輸。同社の横浜市にある営業所では、残業代未払いなどを理由に、横浜北労働基準監督署から是正勧告を受けていたという。荷物の取扱量が増え、休憩時間が法定通りに取れなかったり、時間外労働に対する残業代が支払われなかったりしたという。

 セールスドライバーらは、それまで配送業務で使う情報端末の稼働時間を労働時間として所長に提出していたが、実際には配送業務を終えた後でも、報告書作成などの業務があったという。つまり実際には情報端末の稼働時間よりも多く働いていたとして、残業代の不払いが認定された。

 駐車違反の身代わり出頭にしても、残業代の不払いにしても、決して許されるものではない。企業として改める必要があるのは言うまでもない。だが、この2つのニュースが相次いで報じられた時、記者はこれら2社を批判する気持ちよりも、どちらかと言うと、ある種の“バツの悪さ”を感じてしまった。ヤマト運輸と佐川運輸が今回犯した法律違反に、自分も加担してしまったかのような、何とも言えないやましい気持ちである。

 2つのニュースで報じられた法律違反の内容は全く異なるものだ。だが法律違反が発生した背景には、共通した問題がある。増える荷物の数、複雑さを増す配送サービス、それらに反比例するかのように、便利に進化するインターネット通販…。そんな事情が、2つの企業を法律違反に走らせたのではないかと感じたのだ。

最速で、毎日届く

 恥を忍んで告白すると、記者は今、ネット通販の「アマゾン」なしには生活ができない。

 米やワインといった食料品に始まり、洗濯用洗剤やシャンプーなどの日用品、ペットのトイレシート、化粧品やスポーツ用品、家電製品や調理道具と、生活に必要なありとあらゆる商品を、アマゾンで買っている。

宅配便によって届けられる数々の商品が、生活の生命線となりつつある(写真:アフロ)
宅配便によって届けられる数々の商品が、生活の生命線となりつつある(写真:アフロ)

 自宅から歩いて数分の場所には、食品スーパーもドラッグストアもある。たった数分電車に乗るだけで、家電量販店や百貨店もある。それでも記者は、リアル店舗に足を運ばず、ついアマゾンで買い物を済ませてしまっている。それも仕事が忙しくなるほど、アマゾンに頼る傾向は高まっていく。

 記者が注文するたびに、自宅の玄関(もしくはマンションの宅配ロッカー)まで届けてくれるのは、ヤマト運輸などのセールスドライバーだ。記者が「ちょっと面倒だから」「外に出るのは寒いから」と思ってアマゾンで気軽に買った商品を、毎日毎日、届けてくれている。

 荷物を受け取るたび、感謝の気持ちと同時に、「記者が面倒臭がったばかりに」という申し訳ない気持ちもよぎる。

アマゾンの「急いでいない便」

 記者はアマゾンのプライム会員なので、お急ぎ便なども追加料金なしに無制限で利用できる。プライム対象商品は、「お急ぎ便」での配送方法がデフォルトとなっているようで、何も考えずに「注文を確定する」というボタンを押すと、大半の商品が早ければその日のうちに、遅くとも翌日には手元に届く。

油断してしまうと、つい「お急ぎ便」で頼んでしまう
油断してしまうと、つい「お急ぎ便」で頼んでしまう
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 特段、急を要する商品でもないのに、記者が何も考えずに「お急ぎ便」を選んでしまったばかりに、注文を受けたアマゾンの倉庫で働くスタッフの人々や、宅配会社の物流倉庫で働く人々、さらには宅配会社のセールスドライバーの方々は、記者の自宅に荷物を最速で届けようと作業を進めていく。

 記者は、少し前まで物流業界を担当していて、荷物が自宅に届くまでの流れを何度も取材してきた。(詳細は「送料無料は『労働タダ』ではない」「あなたの在宅時に宅配便が届くワケ」など)。そのため、ほかの人よりは、注文後にどういった人たちが、どんな風に動いて、荷物が最速で届けられるのかは理解しているつもりだ。

 それだけに日々、うっかりお急ぎ便で注文し、その度に最寄りのセールスドライバーが何度も届けてくれることに、多少のやましさを感じてしまうのだ。かといって、ほしいと思った商品がすぐ手元に届く快適な生活を今さら止めることもできず、「ごめんなさい」と思いながらも、やはりアマゾンを使い続けている。

 もちろん工夫もしている。届けてもらう頻度をなるべく減らすよう、ショッピングカートに欲しい商品をある程度ためておいて、一定量たまったら注文するように心がけている。ペットのトイレシートやサプリメントなど、定期的に必要になる商品は、「Amazon定期おトク便」に登録して、定期的にまとめて届けてもらうようにしている(その方が、割引が適応されて安くもなる)。

 それでもつい、ちょこちょこと買い物をしてしまう。そんな時には、「お急ぎ便の逆の、急いでない便のボタンがあればいいのに」とよく思う。

 実際、米国や英国のアマゾンでは「急いでない便」を選ぶことができる。英国の場合、「No-Rush Delivery」という項目があり、これを選ぶと商品は発送後3~5営業日で届き、同時にアマゾン内のデジタルコンテンツなどで使えるクーポンのようなものが送られる。

 できれば、これと同じようなサービスを日本でもスタートしてもらいたい。何もクーポンがほしいのではない。注文してから一定期間かかってもいいので、労働現場にあまり負荷をかけない形で届けてもらいたいのだ。

 可能ならば、購入した商品を一定期間(例えば1週間とか)ためて、週末などにまとめて届けてもらえるとうれしい。現状では、仮に「お急ぎ便」や「通常配送」で一気に注文をしても、在庫状況の影響なのか、複数回に分けて届くことが多々あるからだ。

 そんな風に思っていた最中、ヤマト運輸の長尾裕社長と話をする機会があった。

 宅配便は増え続け、届ける方法も、日にちや時間帯指定などが進化し、サービスは複雑になっている。一方で人手不足は深刻化している。そんな中で、宅配便最大手のヤマト運輸は、「届ける」というサービスを今後どのように進化させようとしているのか。

 長尾社長は、ヤマト運輸が最近スタートしたあるサービスを紹介した。

「送り手の思いに寄り添う」

 ヤマト運輸の会員サービス「クロネコメンバーズ」。無料で登録できるこのサービスの利用者向けに、ヤマト運輸は今年8月から新しいサービスを始めた。「Myカレンダーサービス」だ。

ヤマト運輸がクロネコメンバーズ向けに始めた「Myカレンダーサービス」の画面。曜日や時間帯が細かく指定できる
ヤマト運輸がクロネコメンバーズ向けに始めた「Myカレンダーサービス」の画面。曜日や時間帯が細かく指定できる
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 同サービスでは、自分が荷物を受け取るのに都合のいい曜日や時間帯を、事前に登録することができる。曜日のほかに、荷物を受け取りたい時間帯まで細かく設定できる。届ける側にしてみれば、在宅時を狙って荷物を届けることで「不在率」を減らす狙いもあるのだろう。

 だが同時に、このサービスは、荷物の受け取り手にとっても利便性が高い。確実に家にいるタイミングを事前に登録しておけば、そこを狙って荷物を届けてくれるのである。買い物の度に時間指定をする必要もないし、不在票を見ながら再配達の依頼をする手間も不要だ。

 記者自身は、マンションに宅配ロッカーが備わっているので、仮に不在で荷物が受け取れなくても、これまではそんなに不便を感じなかった。ただそれでも最近は、荷物が集中して宅配ロッカーが埋まってしまうことも増えている。「宅配ボックスが一杯でした」。そんなメモが添えられた不在票が入っているのを帰宅時に見つけると、やはり罪悪感を覚えてしまう。こうした精神的な負担がなくなるのは本当に救われる。

 長尾社長は、Myカレンダーサービスを紹介した後、このように言葉を続けた。

 「もちろん大切に届けたいと思う荷物もたくさんあります。例えばお歳暮やお中元などは、送り手側の“気持ち”をしっかりと贈るためにも、決められた日時にきちんと届けるサービスは必要です。サービスを今以上に進化させて、より手厚い付加価値を加える余地もあるはずです」

 「ただ一方で、例えばネット通販のように、自分が注文した商品を自分で受け取る場合、“そこまで早くなくていい”とか“そこまで丁寧なサービスはいらない”というケースだってあります。そんな利用者の気持ちにも、寄り添う必要があると思っています」

 まさに通販ヘビーユーザーの記者が日ごろ感じていたもやっとした思いを、宅配便最大手の社長が理解していることに正直とても驚いた。

 もちろん、どうしても本日中に届けてもらいたい急を要する荷物もあれば、細心の注意を払って届けてもらいたいプレゼントなどの荷物もある。だがその半面、「(忙しい時や人手が手薄な時には無理をしなくてもいいから)暇な時に届けてほしい」、もしくは「そんなに品質にこだわらなくてもいい」と思う商品があるのも事実だ。「適当に届けてもらいたい」とでも言おうか…。

 それは何も、物流業者の負担軽減になるばかりではないはずだ。世界的に見ても、宅配サービスがこれほど高度に進化した日本において、「もう少し適当に届ける」ことは、場合によっては利用者の精神的な負担を軽減させ、顧客満足度を高めることにもつながり得るかもしれないのだ。これもある意味では、宅配便の1つの「進歩」と言えるかもしれない。

 1976年にヤマト運輸の中興の祖、小倉昌男氏が宅急便を誕生させてから、今年で40年が経った。この間、「クール宅急便」や「ゴルフ宅急便」など、そのサービスの幅を広げ、さらには受け取る方法も日時指定、時間帯指定など、きめ細やかに進化していった。ヤマト運輸に追随するように、ライバルもサービスの質を磨き、日本の宅配便市場は、世界でもまれに見る質の高いサービスを提供するようになった。

 そろそろサービスを手厚くするだけではない、別の進化の方法も模索すべき時期にさしかかっているのかもしれない。もしかすると、そういった発想が、臨界点を迎えつつある物流業界の、1つの突破口になるのではないだろうか。

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