2月中旬、ヤマト運輸労働組合が、宅配個数の総量抑制を経営陣に求めた。3年前の宅配料金の値上げでは、収益力や現場の窮状を十分に改善できなかった。値上げはシェア低下を招く。ヤマトのビジネスモデルが岐路に立っている。

<b>ネット通販の急増で、ヤマト運輸の宅配現場の労働負荷が急速に高まっている</b>(写真=時事通信フォト)
ネット通販の急増で、ヤマト運輸の宅配現場の労働負荷が急速に高まっている(写真=時事通信フォト)

 もはや「うれしい悲鳴」というレベルを超えている。

 2月中旬、ヤマトホールディングス(HD)傘下のヤマト運輸本社は緊張感に包まれていた。ヤマト運輸労働組合が、春闘の労使交渉の場で経営陣に現場の窮状を訴えた。賃金などに関する通常の要求書とは別に、「今の体制では現場に大きな労働負荷がかかっている。宅配便の総量を抑制してほしい」という趣旨の説明を口頭で述べた。

 以前から7月と12月の贈答シーズンは忙しかったが、今は年間を通じて仕事量が多くなっている。2017年3月期のヤマト運輸の宅配の取扱個数は、前期比8%増の18億7000万個になる見込み。5期前と比べると、4億個以上も増えている。

 ネット通販による荷物量が膨大で、夜9時の宅配まで多くの作業員を割かざるを得ないという。これまでも同社労組は労働環境の改善を訴えてきたが、今回は現場の労働負荷が限界に達しているという切迫感を経営陣に伝えた。

 現場の窮状を踏まえ、ヤマトの経営陣はいくつかの観点で、従来の戦略の抜本的な見直しを検討している。一つは、迅速な宅配や手厚い再配達などのサービスを見直すこと。2つ目は運賃を値上げすること。3つ目は宅配ドライバーなどの働き方改革だ。それぞれの検討項目は密接に関係している。例えば、宅配料金を値上げしたり、再配達を有料化したりすれば、取扱個数は減少し、宅配ドライバーの過重労働が緩和される可能性がある。

 SMBC日興証券の長谷川浩史アナリストは、「値上げは収益の改善効果があり、評価できる」と話す。実際、値上げ検討との報道があった2月23日のヤマトHDの株価は、前日に比べて8%上昇した。

値上げの効果は限定的だった

 こうした状況の中で、ヤマトの経営陣は、深いジレンマに陥っている。というのは、3年前に値上げをしたものの、十分な成果を上げてこられなかったからだ。

 2010年以降、宅配便の取扱個数は増える一方で、ヤマトの宅配便の平均単価と営業利益率が、同じように下がり続けてきた。2013年3月期には平均単価が600円を割り、翌期には営業利益率が5%を下回った。下落基調を反転させるために、同社は2015年3月期に大口顧客を対象に一斉値上げに踏み切る。その結果、同期の宅配便の平均単価と営業利益率はいずれも上向いた。

 だが、この値上げは根本的な解決にはならなかった。物流会社間での競争は激化し、再び下落基調に入る。単価下落に拍車がかかり、2017年3月期の営業利益率は、ついに4%を下回る見込みだ。こうした状況を打破するためには、3年前を上回る規模の値上げが必要だが、それは日本郵便などに顧客を奪われかねないもろ刃の剣でもある。

下落基調に歯止めがかかっていない
●ヤマトHDの営業利益率と単価
下落基調に歯止めがかかっていない<br /> <span>●ヤマトHDの営業利益率と単価</span>
注:2017年3月期の営業利益率と平均単価は会社予想
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アマゾンは悪者なのか

 ヤマトを中心とする物流会社の労働負荷が強まる中、宅配個数を急増させているネット通販会社への批判が強まっている。「近所で手軽に買えるような品物までネットで注文し、宅配ドライバーの負荷が高まっている」「『送料無料』と宣伝し、追加料金をとらないことが、再配達を増加させる原因となっている」などだ。2月22日、日本記者クラブの会見に出席したアマゾンジャパンのジャスパー・チャン社長には、宅配の窮状について記者からこうした声を代弁する質問が飛んだ。

 それに対して、チャン社長の回答は想定の範囲内だった。「宅配業者と緊密に連携している。イノベーションで解決するための投資をしていきたい」。あくまで物流会社との契約で決めるという立場で、新たな抜本策を講じる姿勢は示さなかった。

 ヤマト関係者は「アマゾンとは毎年、料金の交渉をしている」と話すが、単価の下落基調を覆すまでには至っていない。現場の作業負荷の増大や、単価の下落を招いてきたのは、ヤマト自身の経営判断の結果でもある。

 シェアか利益か、消費者の利便性向上か社員の負荷低減か──ヤマトはどちらを選択するのか。すべてを満足させる解はなく、中途半端な判断を下せば、今の構図に早晩戻ってしまうだろう。宅配便で5割近いシェアを築いた同社のビジネスモデルが岐路に立っている。

「アスクル後」、防火対策でコスト増も
<b>アスクルの岩田彰一郎社長は火災現場の前で謝罪した</b>(写真=共同通信)
アスクルの岩田彰一郎社長は火災現場の前で謝罪した(写真=共同通信)
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 人的資源にひずみが出たのがヤマトなら、設備の課題が表面化したのはアスクルである。岩田彰一郎社長は2月22日、大規模火災に見舞われた物流センター「アスクルロジパーク首都圏」(埼玉県三芳町)で深々と頭を下げた。「関係者の皆様に多大なるご迷惑、ご心配をおかけした」。そう語る岩田社長の背後には、稼働からわずか3年半ながら、消火のために穴をいくつも開けられた建屋の変わり果てた姿があった。この日に消防当局は鎮圧を発表したが、それでも周囲は焦げついた臭いが漂っていた。

 アスクルは文具メーカー、プラスのカタログ通販部門が独立して生まれた会社。設立から20年、カタログ通販という事業モデルに限界が見え始めるなか、アマゾンにも楽天にもないサービスを目指して始めたのが消費者向けのネット通販サービス「ロハコ」だった。

 「物流を制するものがネット通販を制する」。そう語る岩田社長は、2012年にヤフーと資本提携して得た330億円の大部分を物流機能の拡充にあててきた。ロボットによる自動ピッキングライン、荷物の量に応じて段ボールの大きさを変えられる最新鋭装置──。2013年以降、アスクルは埼玉県のほかにも横浜市、福岡市で同様の物流センターを稼働。今年夏には大阪府吹田市でも新たな施設が完成する予定だった。

 ソフト面の投資も進めていた。ロハコで一部地域向けに提供していた配送サービス「ハッピー・オン・タイム」。配送時間がユーザーに30分単位で知らされることが特徴で、配送車が近づくと到着10分前にもう一度通知が届く仕組みを開発。同サービスの再配達率は2.7%と、日本の物流会社の平均である2割を大きく下回っていた。

 構造的な疲弊が指摘される日本の物流業界にあって、アスクルは果敢な投資で最新鋭の設備・IT投資を進めている会社だった。だからこそ、今回の火災が業界に与える衝撃は大きい。

 物流倉庫を運営するある中堅企業の経営者は「これはアスクルだけの問題ではない」と漏らす。「スプリンクラーや防火シャッターなど、法定基準を満たして設置していた」(アスクル)となれば、今後は設置だけでなく運用をめぐる法改正も求められそうだ。そうなれば、物流コストがかさみ、そのコストを削るために物流現場の負荷はさらに高まりそうだ。

(日経ビジネス2017年3月6日号より転載)

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