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第7回 職業感染対策その2
インフルエンザ流行、今年はなかなか手ごわい!

2017/02/28
森兼 啓太(山形大学医学部附属病院感染制御部・検査部)

 前回に続き今回も、医療従事者自身にも関係が深い感染症を取り上げます。冬の風物詩とも言えるインフルエンザです。程度の差はあれ、冬から春にかけて必ず流行する病気ですね。日本では、一回の流行で約10%の人が感染すると考えられており、この冬から春にかけての流行(2016~17シーズンと呼びます)も2月12日までにおよそ1100万人がインフルエンザで医療機関を受診しています1)

 毎年、これほど大きな流行を繰り返している感染症は他にありません。その最大の理由は、インフルエンザウイルスに対して人間が終生免疫を得ることができないことです。「私、毎年のようにインフルエンザにかかるんです」という気の毒な方もいます。その一方で「自分はインフルエンザにかかった記憶が全くない」という人もいます。筆者もインフルエンザと診断されたことはなく、少なくともこの十数年は冬季にそれらしき症状になったことはありません。

 ヒトの世界で流行するインフルエンザウイルスは4種類あり、どのタイプが流行の主流を占めるかは年によって大きく異なります。ちなみにその4種類とはA(H1N1)、A(H3N2)、B(山形系統)、B(ビクトリア系統)です。私がベースとしている山形県の名前はインフルエンザ研究者の間では全国区、いや全「世界」区の知名度です。

 さて、インフルエンザの予防は、流行シーズン前の「ワクチン接種」に始まり、「手洗い(手指衛生)」「サージカルマスクの着用」「体調管理」など多岐にわたります。これら多くの対策を講じることで、インフルエンザの予防につながっていきます。一方、各々の対策の効果については、様々な議論があります。この中でインフルエンザに特徴的なのは、ワクチン接種でしょう。ワクチンが開発されている感染症として他に麻疹・風疹・水痘・ムンプス・B型肝炎・肺炎球菌感染症などがあげられますが、その数はあまり多くありません。

 インフルエンザワクチンですが、インフルエンザウイルスを卵の中で増やしたのちに薬品を用いてバラバラにし、抗原性をもつ部分のみを精製することによって製造されます。流行株とワクチン製造に使用した株(ワクチン株)とが抗原的に近ければ近いほど、ワクチンの有効性が高くなります。毎年2~3月頃、まだシーズン真っ盛りの今の時期に、翌シーズン(1年後)の流行株を予測してワクチン株が選定されます。

 しかし、流行するウイルスの抗原性は1年の間に徐々に変化していきます。また、ワクチン製造過程でも変化することがあります。従って、ワクチンの効果は年によって大きく異なります。一般的なインフルエンザワクチンの評価をするためには、様々な年に行われた研究を総合的に評価するシステマティックレビューが必要です。2014年に発行されたCochrane Reviewでは、ワクチン接種者のインフルエンザ罹患リスクが非接種者のおよそ50%であったとしています2)。つまり、接種することで罹患リスクをおよそ半分に低下することができる、というのがワクチンの総合評価です。

ワクチンの効果がなかったら…
 さて、日本の医療機関では、医療従事者に対するワクチン接種が推進されており、毎年、ほぼ全員がワクチンを接種していることも珍しくないでしょう。私の所属施設でも95%以上の職員がワクチンを接種しています。ワクチンの効果が高い年は、職員の発症が少なくなり、仮にあったとしても職員同士でうつし合うことが少なくなります。一方、ワクチンの効果が著しく低下した年は、医療機関における集団発生が起こりやすくなります。

 2014~15シーズンは、開始前の2014年9月ごろに日本国内で分離された株が、ワクチン株と抗原性が異なることが判明しており、危惧された通り年末には中部地方の500床を越える急性期医療機関で大規模な院内感染が発生しました。クリスマスを挟んだ数日間に62人の職員と31人の患者が感染しましたが、職員は1人を除いて全員シーズン前にワクチン接種を行っていました。この報道に接し、私は気の毒としか言いようがないと感じ、また他人事ではなく自分の所属施設でも十分起こりうることだと気を引き締めました。

著者プロフィール

森兼啓太(山形大学医学部附属病院教授、検査部・感染制御部部長)●もりかねけいた氏。1989年東京大学卒。消化器外科医として勤務するうちに感染制御に関心を持つようになる。国立感染症研究所を経て2010年より現職。

連載の紹介

わかる!院内感染対策
針刺し切創、カテーテル関連血流感染、カテーテル関連尿路感染、周術期の手術部位感染、多剤耐性緑膿菌など、院内感染に関して知っておきたい最低限のトピックスを、日本環境感染学会教育委員会委員長を務める森兼啓太氏が紹介します。基礎からの解説なので、院内感染対策に興味がない医師や、これから院内感染を学びたいと思っている医師にもピッタリです。

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