2月22日、ヤマト運輸の労働組合が経営側に荷受量の総量規制を求めていると報道された。その後、配達時間の見直しが伝えられたものの、3月7日には宅配料金を値上げする方針だと報じられた。人手不足と取扱量の増加が同時進行する中で、まだ抜本的な対応策は打ち出されていない。加えて会社側が、従業員のサービス残業の実態調査に乗り出した。ヤマト運輸が展開する宅配事業の根幹を担う翌日配達の実現が、従業員の長時間労働によって支えられていた実態が明らかになった。

 この問題は、宅配業ならではの膨大なサプライチェーンの終点、すなわち物流の肝である「ラストワンマイル」で発生している。バリエーションに富んだ荷受人それぞれのニーズにどのように応えてゆくのか。これまで従業員の献身的ともいえる労働に支えられていた宅配便サービスが今、岐路に立たされている。

 宅急便では配達のタイミングを、配達日が選べるのはもちろんのこと、時間帯としては午前中をはじめ最後は20時から21時まで、6つの予定時間から指定できる。一見すると、荷受人からすれば在宅時間に指定可能であり、利便性の高いサービスに見える。しかしラストワンマイルの効率性追求の視点では、その仕組みの活用には様々な問題がある。

配達時間設定と消費者ニーズのギャップ

 6つに設定された配達予定時間のいずれを選択しても料金は同じだ。では配達日と配達予定時間を、どんな基準で指定するだろうか。

 インターネットの通信販売であるAmazon.comで商品を注文する場合、プライム会員ならば配送方法について3つの選択肢が用意されている。「通常配送」「お急ぎ便」「お届け日時指定便」だ。注文画面ではあらかじめ「お急ぎ便」がチェックされている。東京の場合、在庫があれば注文する時間帯によって当日、一般的には注文の翌日には配達される。

 では、注文した翌日の何時に配達を希望するのか。前述したように、どんな配達時間でも料金は同一と設定されている。多くの荷受人は、昼間は仕事や外出している時間帯だろうから、仕事や外出から帰宅しても受け取り可能な、20時から21時の時間帯に配達希望が過度に集中するのだ。

同じサービスでも4倍も違う航空運賃

 2月22日に新聞紙上をにぎわせて以降、ヤマトホールディングスの株価は10%以上値上がりして推移している。貨物の総量規制によって同社の収益性を改善すると見込んでの買いが進んでいるのだ。もっとも期待の大きい部分は、配送料金値上げによる収益性の改善だ。どんな配送時間でも同じ料金設定だが、需要と供給の観点から見直しが必要である。

 これは、集中する配達需要を分散させる目的もある。需要の集中する時間帯に配達を指定する場合は、相応の対価を荷送り人もしくは荷受人に負担してもらう仕組みを導入しなければならない。「相応の対価」は、輸送する対象は異なるが需要変動によって価格を細かく設定している航空会社の例がわかりやすい。

 羽田から福岡へ移動する場合、普通料金は全日本空輸(ANA)も日本航空(JAL)も同じで、通常では4万1100円でピークでは4万3600円となっている。普通料金は搭乗日の変更が可能であり、また航空会社の変更も可能。客の都合に合わせて利用できる。

 一方で、条件を絞ってより安い運賃を探すと、例えば1万90円(ANA、旅割)がある。普通料金と比較すると、実に4倍以上の開きがある。いずれの料金も基本的なサービスの提供内容は同じだ。こういった価格の違いは、ANAのホームページでは「空席予測に連動した運賃」と説明されている。注意書きには「空席予測数は日々変動するため、ご予約のタイミングにより、ご購入可能な運賃額が異なる場合があります」と表記されている。航空運賃が「時価」である証である。

 宅急便の場合も、荷送人がヤマト運輸の拠点やコンビニエンスストアへ荷物を持ち込むと、送料から100円割引されるサービスがある。こういった割引サービスの拡大と配送料の見直しを同時並行で進め、提供するサービスに見合った料金設定が必要だ。航空機の料金と異なる点は、価格の負担を荷送り人と荷受人のいずれが行うかだ。これは新たな仕組みの構築が必要となる。

異なるサービスには、違う料金設定が必要

 航空料金を例にすれば、搭乗便に複数の座席クラスが指定されている。同様に利便性に差をつけたサービスと価格を設定するのだ。荷送り人と荷受人との間に事前の調整なく何度でも再配達を行う料金設定や、荷送り人と荷受人が調整して配達日時の指定を行い、再配達となった場合には追加料金を支払うといった設定も必要だろう。荷受人に在宅してもらうために、当初設定した時間に予定通り配達が完了した場合は、荷受人にポイント還元といった形でメリットを提供するといった、在宅してもらう「きっかけ」作りも必要だろう。

 こういったアイデアの実現には、ラストワンマイルの効率性を高めるための、荷受人とのコミュニケーション方法の確立が欠かせない。ヤマト運輸が日本全国に張りめぐらせた拠点網ネットワークを、各荷受人にまで広げるのである。ヤマト運輸では「クロネコメンバーズ」といったインターネットを活用した顧客とのコミュニケーション手段をもっている。このサービスには「Myカレンダー」といった、受け取りたい時間を設定できる機能が既に含まれている。こういった再配達を発生させない機能と料金体系の双方を拡充して、配達需要の高まる20時から21時までの配達業務を分散できる可能性を模索しなければならない。

 宅配事業を始めた故小倉昌夫さんの著書「経営学」には、吉野家の事業モデルをきっかけに、小口貨物の宅配業に注目したと書かれている。何でも運べる良いトラック会社ではなく、吉野家のように思い切ってメニューを絞り、個人の小貨物しか扱わない会社、むしろ小貨物しか扱えない会社が良いのではないかと思い至った経緯が描かれている。現在、吉野家では、BSE(牛海綿状脳症)の影響で牛肉が入手できなくなった危機から、豚丼や他の定食へメニューを拡大している。提供食材を牛丼だけに絞り込んだビジネスモデルとは既に決別しているのだ。ヤマト運輸は画一的な料金設定を捨てなければならない。自社の提供するサービスを細分化して、それぞれに対価を受け取らなければ事態の改善は望めないのだ。

 小倉さんが描いた宅配業の未来は、想定通りに大きく花開いた。更に拡大する可能性を秘めた日本では数少ない成長産業である。宅配便取扱量は右肩上がりに拡大し、ヤマト運輸のシェアは平成27年度で46.7%を占める。これからも成長の恩恵を受けるために、サービス内容が低下する選択肢はない。高いサービス内容を維持しつつ、見合った対価を設定して、荷送り人、荷受人の双方に新たなサービスの選択肢を提供しなければならない。このまま総量規制のみを行えばどうなるか。あぶれた需要を取り込むべく、他の産業と同じく一見盤石に映るヤマト運輸の地位を脅かす企業が、現在既に着々と物流網を築いている。

物流業でもITを活用して巨大化を目指すAmazon

 インターネット通信販売大手のAmazonが提供するPrime nowサービス。現在東京都・神奈川県・千葉県・大阪府・兵庫県の対象エリアで、年会費を支払ったプライム会員がサービスを利用できる。1時間以内の配送は890円の配送料が必要だが、2時間の場合は商品代金のみで届く。Prime nowサービスはすべて自社配送だ。短時間で配達を希望する顧客の元に届けるため、再配達といった問題が発生する可能性は低いはずだ。Amazonは再配達の少ない顧客の囲い込みを行って、リスクの高い顧客をヤマト運輸に押しつけているとも言える。

 そして本国のアメリカでは、昨年8月「Prime One」と名づけた貨物航空機を現在40機運用している。また、ラストワンマイルを配送地域の一般ドライバーに配送を委託する「Amazon Flex」といった仕組みの導入を始めている。配車サービスUberの荷物版だ。Amazonは物流の内製化を着々と進めているのだ。

 新しいサービスを、テクノロジーを駆使して採用する異業種からの競合に、今後どのように立ち向かってゆくのか。新たな取り組みは、日本ではクリアすべき規制や許認可の問題が山積みしているであろう。これまでヤマト運輸は、信書の取り扱いがその代表だが、業界内でも先陣を切って、行政当局の規制と戦ってきた歴史がある企業だ。その企業姿勢に多くの消費者が共感し、応援する証が現在の株価に反映されている。

 これまでサービス残業といったネガティブな報道の後に、株価が上昇した企業があっただろうか。消費者は今、これまで受けてきたサービスを維持するために、ヤマト運輸にエールを送っているのだ。消費者の声を後ろ盾に直面するラストワンマイル問題を解決しなければ、新たな競合に立ち向かうことすらできない。事業成長の恩恵を受けるために今、ヤマト運輸は正念場を迎えているのだ。

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