経済の大動脈である物流システムが、破たん寸前に追い込まれている。
ネット通販の利用が広がり、宅配便の取り扱い個数は毎年、億単位で増えている。国土交通省が3月3日に発表した資料によると、2016年の宅配便の取り扱い個数は前年比6.4%増の約38億6896万個だった。
その一方、取扱量の増加に人の確保が追い付いていない。人手不足が慢性化し、宅配現場の労働負荷が急速に高まっている。長距離のトラック運転手も不足しているため、荷物の幹線輸送の維持にも黄信号が灯っている。
いつでも自宅に欲しいモノが届くという便利な生活の裏で今、何が起こっているのか。新コラム「物流パニック」では、課題の検証と共に各社の現場を追う。1回目は宅配シェアで約5割を握るヤマト運輸の苦境だ。
「限界に達している」。ヤマト運輸の宅配現場の労働負荷が急速に高まり、悲痛な叫びが上がっている。労働負荷を軽減するため、労働時間の削減に焦点が当たっている。3月2日には、同社が2017年度の残業時間を1割削減するという報道があった。
ヤマト運輸の経営陣と労働組合の間では毎年、年間の残業時間を協定で定めており、その時間は毎年削減されている。昨年秋に2017年度の残業時間は456時間ということを定めた。
問題はこの1~2年、労使間での協定時間を守れなくなっていることだ。そのため、目標設定というより、この協定時間内にいかに抑えるのかという実効策が重要になっている。
加えて、労働負荷は時間だけの問題ではない。労働負荷の感じ方は、仕事内容によるところが大きいからだ。
アマゾン・ドット・コムなどによるネット通販の急増は、労働時間だけでなく、宅配現場の仕事内容にも大きな変化をもたらしている。
ヤマトのある社員は「集荷の営業の時間がなくなり、面白みがなくなってしまった。日々、宅配ばかり。我々はモノを運ぶ道具なのか」と嘆く。
この嘆きは、ヤマトの理念の根底を揺さぶるものでもある。
一般的にはなじみがないかもしれないが、ヤマト運輸は宅配などをする社員を「セールスドライバー」と呼んでいる。この言葉には同社の理念が込められている。
そのことは、宅配便の生みの親である小倉昌男元社長の著書『経営学』(日経BP社)に詳しい。
「宅急便のドライバーは単なる運転手ではなく、セールスマンであるべきだと考えたからである。ドライバーが良い態度でお客様に接し、荷物を集めてこなければ宅急便は成り立たない。後方部隊には下請けを使っても、第一線のお客様に接する者は社員でなければならない」。
小倉元社長の著書と重なるが、ヤマトグループの会社案内にも以下の記述がある。
「(セールスドライバーは)ドライバーでありながら、営業マンであり、商品開発者でもある。ゆえに、地域に密着して最高のサービスを常にお客さまに届けることができる。潜在ニーズを探り出し、次なるサービスを開発できる。セールスドライバーこそが、宅急便の強みを支えているのです」
実際、顧客と関係を築きながら、集荷をしてくるのは仕事の醍醐味の1つだった。
宅配の時間帯指定の変更は諸刃の剣
だが、ネット通販の取り扱い個数の増加で、宅配に追われるようになり、顧客とのコミュニケーションや営業に割く時間が減ってしまった。荷物を届けると、忙しそうに去っていくヤマトの社員と接する読者は多いはずだ。
顧客とのコミュニケーションがなければ、「宅配マシーン」との実感はより高まってしまうだろう。
決められた時間の範囲内で大量の荷物を届けなければならないため、「昼ご飯を食べる時間がない」との声もある。しっかり食事をとる時間がないと、気持ちが沈んでいってしまう。
ヤマトは労働負荷を下げる方策として宅配の時間帯指定の見直しを検討している。
荷物が集中する午後8~9時の指定時間を拡大する案や、昼ご飯を食べる時間を確保するために昼の時間指定を廃止する案などを議論している。
だが、時間帯指定の見直しは副作用も大きいとの見方がある。ある証券アナリストは「指定時間が長いと、家での待機時間が長くなる。待ちきれずに外出する人が増えて、不在のリスクが高まる」と指摘する。
また、「平日は20時までに帰宅するビジネスパーソンが多く、20時以降の時間指定の取り消しは影響が大きい」とも。
時間指定の設定の仕方は一長一短があり、まだ明快な解は見出せていないようだ。
有効な手立てと見られているのが、再配達の有料化だ。
現状では、何度も配達してもらっても宅配料金は変わらない。そのため、指定時間に不在にしたり、化粧をしていないなどの理由から居留守を使ったりして、再配達になってしまうケースが多い。
再配達の割合は、一般的に20%と言われる。国土交通省によると2015年度の宅配便の取り扱い個数が37億4493万個であるから、およそ7億5000万個が再配達されている可能性があり、膨大なコストがかかっている。
海外では再配達が有料のケースが一般的であるうえに、日本でも有料化を受け入れるような声は多い。有料のシステム設計の手間があるものの、有料化によって不在率は下げられるのではないだろうか。
荷物の引き取り先として、宅配ロッカーやコンビニエンスストアの活用は、引き続き強化すべきだ。様々な課題はあるものの、利用者は増えている。
賃金の低い運送業界
運送業界から賃上げへの要望は非常に強い。人手不足に陥っているのは、仕事の割に賃金が安いからだ。
厚生労働省の統計によると、運送業界の賃金の低さが際立っている。2015年における正社員の「運輸業、郵便業」の1カ月当たり賃金は27万7600円と、業種別では最低レベルだ。「情報通信業」の40万900円や「金融業、保険業」の39万2200円に大きく水を空けられている。
昨年、ヤマト運輸の事業所が残業代の不払いなどによる労働基準法違反で労働基準監督署から是正勧告を受けていた。同社も残業時間や賃金に関する問題を抱えている。
賃金を上げられれば、人を集めやすくなり、労働負荷の軽減も期待できる。そのためには利益の確保が必要になる。利益を確保するためには、運賃の値上げが不可欠だ。
運送業界はどの会社も利益率が低い。ヤマト運輸の親会社であるヤマトホールディングスの2017年3月期の営業利益率は3.97%、佐川急便の親会社であるSGホールディングスのそれは5.43%の見通しだ。日本郵便の2016年4~12月期の経常利益率は1.13%だった。
問題を突き詰めれば、今回の物流パニックの中での大きな焦点は、業界最大手のヤマトがどれだけ運賃を値上げできるかにある。
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