ヤマト運輸が労働基準法違反で横浜北労働基準監督署から2016年12月に是正勧告を受けていたことが9日、分かった。対象となったのは横浜市にある神奈川区平川町支店で、同支店は8月にも労基法違反で是正勧告の対象となっており、2回目となる。ヤマトは「是正勧告があったのは事実。真摯に対応していきたい」と述べた。

 前回は残業代未払いについての是正勧告、今回はさぶろく(36)協定違反だった。

 現在の労基法では1日の労働時間は8時間まで、1週間では40時間と定めている。ただし同法36条に基づく労使協定(36協定)を結べば、さらに長い労働時間の上限を定めることができる。

 労基署が調べたところ、平川町支店ではその36協定で定めた労働時間を超えて社員に働かせていたとして是正勧告が出された。

 さらにトラック運転手の労働条件の改善を図るための労働大臣告示の基準も超えていたことも明らかになった。宅配現場のヤマト社員の窮状が、労基署にも認められた形だ。

宅配現場はサービス残業が常態化しているとの声も(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)
宅配現場はサービス残業が常態化しているとの声も(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

約7万6000人にサービス残業の調査

 ヤマト運輸は高まる現場の労働負荷を受けて、宅配の構造転換策を打ち出している。

 最大の目玉は運賃の値上げである。9月末までに宅配便の基本運賃を引き上げる方針だ。基本運賃を全面的に値上げするのは消費増税時を除くと27年ぶりになる。

 特に割引率の大きいアマゾンジャパン(東京都目黒区)など大口顧客と交渉に入った。現在無料の再配達についても現場の負荷が大きいため、有料化を検討している。

 宅配システムとしては、昼や夜間の配達時間帯指定を見直すほか、荷受け量を抑制し、労働負荷を軽減する。

 そして、3月末までに約7万6000人の従業員を対象に労働時間を聞き取り調査し、サービス残業による未払い分を支給する方針だ。

夜9時以降に宅配することも

 こうしたヤマトの行動を評価する声がある。だが、ヤマトの元社員Kさんは「対応が遅い。会社には何度も過重労働の改善を訴えてきたが、対応してくれなかった」と話す。

 Kさんは長年、配属先の管理職やヤマト運輸労働組合に長時間労働を減らすことやサービス残業代の支払いを求めてきた。ところが会社が改善に動かないため、労働基準法に抵触しているとして、横浜北労働基準監督署などに訴えた。これを受けて2016年8月と12月に、ヤマト運輸に是正勧告が行われた。

 昨年8月に是正勧告を受けてから、今年2月に働き方改革室を設けて、宅配システムの改革や未払い賃金の支払いを検討するまでおよそ半年かかっている。これは、迅速な対応とは言えないだろう。

昼ご飯を食べる時間もないという
昼ご飯を食べる時間もないという

 何度、この言葉を口にしてきたのだろうか。Kさんはサービス残業を略して「サビ残」と呼ぶ。

 「ヤマトはサビ残を前提としたビジネスモデル。特に3年前にアマゾンの荷物を扱い始めてから現場では3割ほど荷物が増えたのに人が増えず、労働負荷が激しくなった」

 Kさんは「朝8時半から夜9時まで荷物を運びっぱなしで、休憩をとれず、昼ご飯を食べる時間もない。仕事が終わらず夜9時以降に宅配したこともある。会社は社員を『人財』と呼ぶが、『奴隷』のようだった」と振り返る。

 現役の社員もこう証言する。「以前は支店の中で夜9時までの遅番担当は1~2人だった。しかし、アマゾンの影響で3便と呼ぶ夕方の荷受け量が急増した。これを運ぶために夜9時まで支店全員が荷物を運ぶような状況になっている」。

 ヤマトは主に携帯端末の起動時間で従業員の労働時間を管理していたが、その電源を切った後も新規荷主データの入力や物損事故の報告書作成などデスクワークがあったという。Kさんはその時間をタイムカードで記録していた。

 その記録によると、Kさんは過労死ラインとされる月間80時間の残業を超える月が、25カ月のうち12カ月あった。残業時間が100時間を超える月が4回あったという。

 Kさんはこうした労働環境に耐えきれず、長年働いた同社を退社した。「夜9時に仕事が終わって、10時くらいに帰宅できる普通の生活がしたかった」と語る。

「残業代の支払い総額は数百億円規模」か

 ヤマトの未払い残業代の支払いはどれくらいの規模になるのだろうか。朝日新聞は、「1人あたりの支給額が100万円を超えるケースもある。必要な原資は数百億円規模にのぼる可能性がある」と報じた。

 仮に数百億円規模になった場合には、それだけ約7万6000人のヤマトの従業員は、声を上げずに我慢をしていたということになる。また既に声を上げていたのであれば、これまで経営陣は対応してこなかったことになる。

 ヤマトは特異な会社なのだろうか。多かれ少なかれ、従業員がサービス残業をしている企業は多いはずだ。本誌が昨年10月に実施した「働き方に関するアンケート」によると、6割以上がサービス残業が存在すると答えた(記事はこちら)。

6割以上が「サービス残業」
●出勤簿につけていない月間時間外労働時間
6割以上が「サービス残業」<br />●出勤簿につけていない月間時間外労働時間
日経ビジネスでは10月14~17日、「働き方に関するアンケート」(日経BPコンサルティングを通じインターネット調査)を実施。1343人のビジネスパーソンが回答や意見をよせた

 従業員には様々な事情があるだろう。上司からの圧力で、残業時間を申告できないのかもしれない。残業が多いと仕事の効率が悪いという烙印を押され、評価が下がるため残業時間を自主規制しているのかもしれない。

 ヤマトは労使間で、労働時間を短くする協定を結んできた。だが、調査では多くの人が正確に申告してなかった膨大な残業時間が浮かび上がってきそうだ。

 政府主導の働き方改革の中で、「働き方」ではなく建前上の「働く時間」だけを削っている企業はないだろうか。ヤマトの未払い残業代の支払いは、パンドラの箱の中に入っていた日本の労働現場の実態を白日の下にさらすことになる。

 従業員の残業時間を正確に把握する。本当の働き方改革が始まるのはそれからだ。

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