昨年11月から、マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画を一気に見たというリブセンスの村上社長。きっかけはトランプ大統領。その誕生を、大統領選開票の3カ月以上前から、鮮やかに予測していた眼力に興味をそそられた。
 こうしてムーア作品を見まくった結論は……。
 資本主義が歪んでないか――? 自分のなかに10年来あった問題意識を、再確認した。
 がぜん気になってきたのが「ポスト資本主義」。お金ではない価値基準を軸にした新しい社会をつくりたい。自分が事業家としてできることは何か。
 そこで目を付けたのが、仮想通貨。仮想通貨の仕組みを使ってNPO(非営利組織)を評価する「NPOの上場市場のようなもの」をつくりたいと熱く語る。非営利の活動に対する人々の「いいね!」の気持ちを、お金に換える。名付けて「SI(ソーシャルインパクト)コイン」構想。村上社長が今、「人生を懸けてもいいかも」とすら思う、「ポスト資本主義」の事業アイデアとは? 

(C)2002 ICONOLATORY PRODUCTIONS INC. AND VIF BABELSBERGER FILMPRODUCTION GmbH&Co. ZWELTE KG 030827<br />発売元    日活株式会社<br />販売元    株式会社ハピネット<br />ブルーレイ ¥2800(税別)
(C)2002 ICONOLATORY PRODUCTIONS INC. AND VIF BABELSBERGER FILMPRODUCTION GmbH&Co. ZWELTE KG 030827
発売元 日活株式会社
販売元 株式会社ハピネット
ブルーレイ ¥2800(税別)

「ボウリング・フォー・コロンバイン」

 1999年、米コロラド州のコロンバイン高校で発生した、生徒2人による銃乱射事件の背景を、マイケル・ムーア監督が、お得意の「アポなし突撃取材」で探るドキュメンタリー映画。12人の生徒と1人の教師が射殺された事件は、なぜ起きたのか。隣国カナダとの比較などから、米国の銃社会に問題提起。さらに貧困、差別、格差など、銃社会を生んだ米国の病巣を浮き彫りにする。タイトルの「ボウリング」には2つの意味があり、犯人たちが事件の直前にボウリングを楽しんだことと、ボウリングのピンが人間に似た形をしていることから、銃の射撃練習に使われることを、引っかけた。2002年公開。翌年アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞受賞。

 昨年11月からマイケル・ムーア監督の映画作品を見まくりました。

 きっかけは、トランプ大統領の誕生。誰も予想していなかった勝利が決まった直後、大統領選開票の数カ月も前からトランプ勝利を予見していたムーア監督の記事が、ネットで脚光を浴びました。

 2016年7月23日、米国ハフィントンポストへの寄稿(日本語版はこちら)で、こう断言しています。

<トランプ大統領。さあみんな、この言葉を言ってみよう。だってこれから4年間、この言葉を言うことになるんだよ。「トランプ大統領」。>

 彼は、トランプ大統領が誕生する「5つの理由」として「中西部の票読み」や「怒れる白人、最後の抵抗」「ヒラリー問題」などを挙げています。ラストベルト(さびた工業地帯)で困窮するかつての中流階級のやるせない思い。女性やアフリカ系などマイノリティを優遇する政策への白人労働者層の根深い抵抗感。そしてヒラリー・クリントン候補の嫌われぶり……。

 日本にいる私たちがトランプ勝利の後に、嫌になるほど聞かされた選挙分析を、3カ月以上も前にことごとく指摘しています。

 さらに、そんな人々の隠れた本音が、誰の目にも触れない投票ブースの中でどんな行動と結果を生むかを、鮮やかに描き出しました。

 この人には、世の中がちゃんと見えている。インテリ層の偏った見方とは違って、フラットに世の中を見ている人だと思いました。

資本主義が歪んでいる?

 そんなムーア監督にがぜん興味を持ちました。その時点で、私が見ていた彼の作品は、「シッコ」のみ。まだ見ていなかった「ボウリング・フォー・コロンバイン」「華氏911」「キャピタリズム~マネーは踊る」「マイケル・ムーアの世界侵略のススメ」などの作品を次々に見ました。

 マイケル・ムーアは、米国のジャーナリストにして、ドキュメンタリー映画監督。アポなしでグローバル企業の経営トップやハリウッド俳優に突撃取材。社会派のシリアルなテーマを、強いメッセージとともにコミカルに伝える斬新な作風で、「エンタメ型ドキュメンタリー」とも呼ぶべき、独自のジャンルを確立した。
 代表作「ボウリング・フォー・コロンバイン」(2002年公開)では、銃犯罪が絶えない米国社会に問題を提起。「華氏911」(04年公開)では、9.11事件からイラク戦争に踏み切ったジョージ・W・ブッシュ政権を鋭く批判。ほかにも米国の医療保険制度の病巣に斬り込む「シッコ」(2007年)など、大国の暗部を描く作品が多く、トランプ大統領を生んだ背景分析にも重なる。

 資本主義は歪んでいる――?

 そんな思いが私には、学生起業をしたときからありました。ムーア作品をまとめて見て、あらためて強く感じました。

リブセンスの村上社長は1986年生まれの30歳。成人する前後から「資本主義の歪み」を、強く感じていたという(写真:栗原克己)
リブセンスの村上社長は1986年生まれの30歳。成人する前後から「資本主義の歪み」を、強く感じていたという(写真:栗原克己)

 例えば「ボウリング・フォー・コロンバイン」。1999年、米コロラド州のコロンバイン高校で2人の男子高校生が起こした銃乱射事件が素材になっています。が、事件のセンセーショナルな側面に流れることなく、その背景にある疲弊した町や貧困にあえぐ人たちの姿を丁寧に追っている。

 作品中の、こんなエピソードが印象に残りました。ムーア監督の故郷、米ミシガン州フリント近郊のマウントモリスで起きた、6歳の小学生による同級生の射殺事件。犯人となった少年の母親は、低賃金の仕事のために、遠く離れた町まで毎日バスで通勤し、疲れ果てて我が子に愛情を注ぐ余裕すらなかった。富裕層がその富をますます増やしていくその影で、貧困層の苦しみは次々連鎖していく現実を浮き彫りにしています。

 この映画が公開されたのは15年前ですが、その後も、世の中の閉塞感はひどくなるばかりです。コロンバイン高校で銃乱射事件を起こした高校生2人組ではないですが、「こんな世の中でやってられるか!」とか、「自分が世界をリセットしてやる」といった事件は、これからも起きてしまうのではないでしょうか。

ファーストクラスが人間を凶暴にする?

 背景にあるのは、資本主義の歪みです。

 例えば、飛行機で、エコノミークラスの乗客が、ファーストクラスの客席を通って搭乗すると、エコノミークラスの客席に直接入る場合と比べて、暴行を働いたりする確率が2倍以上高まるという。これもまた、経済的な格差が人の心を歪ませることの証左でしょう。

 カナダ、トロント大学のキャサリン・デセレス准教授らが、「不平等な状況に直面すると、人は反社会的な行動を取りやすくなる」ことを示唆する論文を昨年、発表。日本でも話題になった。
 具体的には、旅客機で乗客による暴行などの迷惑行為が起きた記録を調査。エコノミークラスの乗客が迷惑行為を起こす確率は、ファーストクラスがある旅客機のほうが、エコノミークラスしかない旅客機よりはるかに高く、3.84倍。そのなかでも特に、エコノミークラスの乗客が、旅客機の前方からファーストクラスの客席を通る形で搭乗する場合、エコノミークラスの乗客による迷惑行為はさらに2.18倍になる。しかも、このような構造の旅客機では、ファーストクラスの乗客による暴行なども著しく増え、迷惑行為が11.86倍に。目に見える格差は、弱者以上に強者を横暴にすると読み取れる。
キャリーケースを引いて飛行機に搭乗。その先の機内にある格差が、人間の心理に大きな影響を与えるという(写真:<a href="https://www.pakutaso.com" target="_blank">ぱくたそ</a>/すしぱく)
キャリーケースを引いて飛行機に搭乗。その先の機内にある格差が、人間の心理に大きな影響を与えるという(写真:ぱくたそ/すしぱく)

 リブセンスの経営理念は「幸せから生まれる幸せ」です。お客様を幸せにするサービスを実現することで、私たちも幸せになる。この理念をまっすぐに追いかければ、今の「歪んだ資本主義」を変える何かが出てくることだってあるかもしれません。

 2006年の会社設立当初、アルバイト求人メディアが主力サービスだったリブセンスの成長に大きく寄与したのは「成功報酬型」と「採用祝い金」。求人を掲載したクライアントからは、採用が決まるまで対価を受け取らない。一方、採用が決まった求職者には、祝い金を支払う。双方をウィンウィンの関係にする仕組みであり、「幸せから生まれる幸せ」を体現するビジネスモデルの一例といえる。

 しかし、ムーア監督の映画を見るにつけても、あらためて考えさせられます。これほどまでに歪みを拡大させ続けている資本主義の枠組みのなかで「幸せから生まれる幸せ」を実現させるのは、相当難しい。「ポスト資本主義」とでも呼ぶべき、新たな価値基準を、自分たちでつくらなくてはならないのでは?

 そんな思いを巡らせるうち、ある事業アイデアが浮かびました。

 実はこの事業構想、私が今「人生を懸けてやってもいいかも?」と思っているアイデア。かなり壮大です。一部の社員には、会食のときなどに熱く語っているのですが、リアルに実現するまでには多くのカベを乗り越えなくてはなりません。まだまだ練り切れていませんが、大ざっぱに言ってみると……。

 仮想通貨で「NPO(非営利組織)の上場市場のようなもの」を作る。

 企業の株価は一般に、将来の収益性に対する「理性的な予測」によって決まると考えられています、だから、「PER(株価収益率)」といった指標が重視されるわけです。しかし、実は「理性的な予測」ばかりでなく、「感情的な支援」によって動く部分も大きいと、私は感じます。「この会社の姿勢が好きだから」「この経営者はいつかすごいことをやってくれそう」といった感情が株価を形成している部分を、軽視できないと思うのです。

 お金もそうですが、株の価値は、取り引きする「人」を通して形成されます。だから「人の感情」がその価値を動かすのはある意味、必然です。

株価の乱高下。人間な理性的な予測と複雑な感情が入り混じって動く(写真:<a href="https://www.pakutaso.com" target="_blank">ぱくたそ</a>/すしぱく)
株価の乱高下。人間な理性的な予測と複雑な感情が入り混じって動く(写真:ぱくたそ/すしぱく)

 そこで想起されるのが、ビットコインです。今や月に10兆円以上の取引があるともいわれますが、元々の価値はゼロに等しい。実体のないものに、人が価値を与えたのです。

 ならば、NPOがそれぞれ独自の仮想通貨を発行したらどうか。その仮想通貨を、各NPOを応援する人たちが購入する。

 応援する人が多ければ、その仮想通貨の価格(=価値)は上がる。少なければ下がる。結果として、仮想通貨は「株のようなもの」として機能します。

 仮想通貨は、従来の通貨とは違い、政府や中央銀行が管理していないオンライン上の通貨。為替手数料などが安く抑えられ、どこの国でも両替不要で使える。専用口座を介してドルや円で購入するが、レートは乱高下する。最も有名な「ビットコイン」は、14年に取引所のマウントゴックスの破綻で価値が暴落したが、現在は回復。調査会社ビットコイニティーによると、17年1月には世界で約11兆円のビットコインが流通したと見られる。

「きれいな心」をお金に換える

 ここで重要なのは、上場企業の株と違って、NPOの仮想通貨の価格が、収益性に対する「理性的な予測」では動かないことです。基本的には、その団体に対する人々の「感情的な支援」だけで動きます。「このNPOはいいことをやっているな」とか、「世の中のためになっているな」と思った人が多いほど、その団体の仮想通貨は値上がりします。

 現実にNPOが発行する仮想通貨が、上場企業の株のように機能するには、プラットフォームとなる共通の「市場」が必要です。私はリブセンスが、そんな「NPO発行の仮想通貨市場」の運営主体になれないかと、思いを馳せているのです。

 この市場の存在価値は、非営利目的であるNPOが世の中に与える「正(プラス)のインパクト」を可視化することです。資本主義がつくった仕組みを利用しながらも、「NPO発行の仮想通貨市場」は、基本的には支援者の気持ちで動くわけですから。その結果は、NPOが世の中に提供する「価値」ないしは「正のインパクト」に比例するはずと、私は考えます。

 人の心は複雑ですが、誰の心にも、他人の立派な行為に拍手を送る美しい部分があります。そんな「きれいな心」の動きを、仮想通貨を使って「見える化」したい。

 お金を使ってNPOを支援する方法としては、クラウドファウンディングや寄付もあります。これらと私が考える「NPO発行の仮想通貨市場」が大きく違うのは、投機目的で参加する人も受け入れることです。「このNPOは将来、応援する人が増えそうだな」という青田買いで、お金儲けしたい人も歓迎して、市場を活性化させるのです。

 投機目的といっても、この「仮想通貨の価値(=価格)」は、あくまでもそのNPOが社会に与える「正のインパクト」を世の中がジャッジした結果です。だから、本当に人々に必要とされる活動はどんどん拡大するし、利己的な活動は淘汰されていくと、仮説を立てています。

世界中で流通する、様々なお金。そして今、目に見えない仮想通貨の存在感が増している(写真:<a href="https://www.pakutaso.com" target="_blank">ぱくたそ</a>/おさぴー)
世界中で流通する、様々なお金。そして今、目に見えない仮想通貨の存在感が増している(写真:ぱくたそ/おさぴー)

 ちなみに、仮想通貨の名前も考えていまして、「SI(エスアイ)コイン」。「ソーシャル・インパクト・コイン」の略称です。「SIコイン・リブセンス」といった具合に、「SIコイン」の後に団体名をつけることで、共通市場で流通していることを明確化します。

 取り引きに手数料を課し、その一部を市場に参加する団体に還元することで、NPOを資金面からも支援できます。将来的には投信のように、「教育」とか「環境」といった分野別のインデックス投資を可能にする仕組みもつくりたい……。夢は、どんどん広がります。

 もちろん、仮想通貨の市場を一からつくるのは簡単ではありません。資金が必要ですし、法律上、税制上の様々な問題を解決する必要もあるでしょう。ただ、仮想通貨に関する法整備が進めば、決して不可能な話ではないと思います。
 お金儲けばかりが重視される価値基準の転換を図りながら、ポスト資本主義の新たな仕組みをつくっていける、いい方法だと思います。

若手は「大義」を求めている!

 具体的なやり方はさておき、ポスト資本主義の新たな価値観と仕組みを求める起業家は、私だけではないはずです。
 私と同世代の経営者には、お金儲けよりも社会貢献を重視するタイプが目立ちます。儲けることがゴールになりがちな今の資本主義の枠組みに違和感を抱く人は少なくない。

 リブセンスの社員もそうです。良くも悪くも、「稼ぐぞ!!」というギラギラしたタイプは、ほとんど見ません。
 そんな私たちが、次に賭けるべき事業はやはり、社会に「正のインパクト」を与えるものだと思うのです。

 リブセンスが創業して11年。その間IT業界では、ソーシャルゲームの高額課金やまとめサイトの信頼性と収益モデルなどが社会問題になった。今までに数多くの新規事業が社内で提案されてきたというリブセンスが、これらに巻き込まれていたとしても不思議ではないが、現実には無縁できた。村上社長に指摘すると、「うーん、そもそも、そういう事業を『やろう』という声が、社内で上がらなかったんですよね。どうも社員の興味の方向性と違うというか……」と、頭をかいた。

(構成:福光恵、編集:日経トップリーダー

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