国鉄の分割民営化で、JR7社体制に移行してから4月で30年を迎える。その間、東海道新幹線の収益力に磨きがかかり、超電導磁気浮上式鉄道(超電導リニア)の建設着工までに至った。その一方で、JR北海道のようにローカル線の赤字路線に経営が圧迫され、収益安定の見通しが立たない会社も出てきた。
国鉄の分割民営化から東海旅客鉄道(JR東海)の経営まで中枢を歩み続けた葛西敬之名誉会長は、今のJRをどのように見ているのか。また代表取締役の立場から今後30年の展望も聞いた。
JR発足の30周年を迎えます。葛西敬之名誉会長は国鉄の分割民営化から東海旅客鉄道(JR東海)の経営までを主導し、今も代表取締役を続けています。今後30年後の日本はどのような状況になり、その中でJR東海はどのような経営をしていこうと考えていますか。
葛西:日本が30年後にどうなるかは分かりません。私は1940年に生まれ、その30年後の1970年は日本が世界第2位の資本主義国になっていました。
その間に完全に焼野原になった時を越えて復活しました。30年というと何が起こるか分かりません。
ただ日本の国土を考えた時に東京~横浜~名古屋~京都~大阪を結ぶ回廊は、30年後も一番重要な回廊の1つであることは間違いありません。
すべての地図を描けなければまずいという訳でなく、すべてが変数で地図は描けないのです。人件費や人口もそうです。
明日は我が身だと米国や欧州を見なければ
人口は増える可能性があると思います。人口の流入圧力はそう簡単に制御できません。
インドネシアやベトナムなどアジアで人口が増えてます。そこの人たちが少しゆとりができた時に、どこで働き、どこに住み、どこに旅行しようかと思うのか。アジアで日本ほど生活インフラや教育や医療システムが整って、安全で生活しやすい国はない。
放っておけばどんどん人がやってきて、止めるのは難しい。流入してくる人たちをどのようにマネージするのか大事になってくるのではないでしょうか。
(移民政策で)ヨーロッパは大混乱になっていて、日本は同じような傾向にはならないと思いますが、アメリカでは混乱が起こっています。日本だけがそういうものに対して完全に局外に立つということはできないでしょう。
日本人の人口が減るのは間違いないでしょう。しかし、トータルとして日本に定住する人口は、増える圧力の方が大きいと思います。そのことにみんなが目を背けていますが、明日は我が身だと米国や欧州を見なければなりません。
米国もマネージしないともたない
昨今は、米国や欧州も移民を受け入れない流れが強まっています。
葛西:ペリーが来航した時の日本の人口は3400万人くらいです。その時のアメリカの人口は2000万人くらい。それが今や約3億人だから15倍になりました。
150年間で日本や中国の人口は3倍強ですので、人口の自然増は3倍くらいと言えます。アメリカは15倍なので、そろそろマネージしないとアメリカはもちません。(トランプ米大統領の移民政策については米国民の)半分くらいは支持している可能性がありますよね。
欧州は地中海をはさんでアフリカと向かい合っていて、中東もあるからマネージが難しい。アメリカは大西洋と太平洋で隔てられているから、比較すればマネージャブル。欧州はアンマネージャブル。日本は今のところ局外に立っているように見えるけど、必ず同じ流れの中に巻き込まれると思います。
こうして大局的に俯瞰して見ると、東京~大阪を移動する人の数はそんなに減ることはないと思います。
言葉が通じない人が「入ってくる」
一般的には日本の人口は減ると見られています。
葛西:それは日本人の人口だけを見ていて、「浸透圧」を考えていないからです。浸透圧が減るというシナリオはないようですね。
世界中の人口が増えていく傾向にある時に、こんな住みやすい場所の人が減っていくというシナリオはたぶんなくて、みなさんは日本人の人口が減ることを心配している。もっと心配しなくてはいけないことは、言葉が通じない人が入ってくることです。
そのことは目を背けたいのですね。見たくないから。本当は心配なことだと思います。
世界の傾向を見ると、人口が減るという心配より、たくさん流れ込んできて困るという心配をした方がいいと思います。社会が一体性を失うということにならないかということです。
アメリカやヨーロッパでは移民制限を叫んでいる人が増えていて、フランスの大統領選挙では(極右政党の国民戦線党首の)ルペン氏が勝つかもしれません。そうした中で日本だけ「別天地」がいつまでも続かない可能性があります。
どこかで覚悟を決めて、どうするかのコンセンサスを持ってないとどうにもなりません。JR東海の経営している地域をみると、悲観する必要は全くありません。
輸送のキャパシティーは増えます。(リニア中央新幹線で)東京~大阪が1時間で結ばれ、その間を飛行機のように直結するだけでなく、途中で自由に乗り降りできるようになるので、東京~大阪は世界でも極めてユニークな地域になります。その中で我々は大動脈の役割を果たしていきます。
我々は完全な民間企業の私鉄とは違います。国の大動脈輸送を創業の使命として持っていますので、国の役割を果たしながら、健全経営を維持していくことを基本方針とするしかありません。
リニアは新幹線「のぞみ」プラス700円
数年前に、超電導リニアは東海道新幹線「のぞみ」の700円プラスで採算が合うというお話がありましたが、それは変わっていませんか。
葛西:試算の考え方は変わってません。実際の料金をいくらかにするかは、建設が終わった時の経営状況を反映するので、今のうちに決まりません。あくまで現時点の試算です。
リニア中央新幹線が開通した時に、今の東海道新幹線はどのような役割を担うのでしょうか。
葛西:現在、東海道新幹線は「のぞみ」が1時間当たり最高で10本、「ひかり」が2本、「こだま」が3本というダイヤ構成になっています。
15本走らせる能力があり、これを17本にできるかもしれない。その中の停車パターンとしてひかりの本数を増やすことで、大都市圏以外に住む方々の利便性を高めることもできます。リニアと新幹線の両方で役割分担していくことになるでしょう。
例えば、名古屋の利用者はリニアに移りますよね。それに対して、横浜や静岡、浜松、奈良、京都に対する利用者の需要は東海道新幹線が応えるのかもしれません。
豪華寝台列車は全く考えていない
九州旅客鉄道(JR九州)が発案した豪華寝台列車「ななつ星in九州」がブームになっており、東日本旅客鉄道(JR東日本)や西日本旅客鉄道(JR西日本)が豪華寝台列車を相次いで運行し始めます。JR東海も同様の列車を考えていますか。
葛西:全く考えていません。あれは乗ることが目的の列車です。我々の東海道新幹線や超電導リニアは、できるだけ待つことなく短時間で目的地に行くように、交通手段としての効率性を徹底しており、これが正しい方法だと思います。
JR九州の観光列車は一般的に採算性がないと言われますが、会社のイメージを全国に発信しました。その意味で、プロジェクトは成功ではないでしょうか。
ただ、乗ることを目的とした列車で稼ぐことはできません。東海道新幹線は日本の大動脈に不可欠な交通手段で、そこに我々は徹するべきです。
30年前、JR東海の経営はバラ色ではなかった
4月にJR発足後の30年を迎えます。改めてこの30年を振り返ってもらえますか。
葛西:30年前、国鉄の分割民営化がスタートした時、JR東海の経営はバラ色ではありませんでした。収入は、東海道新幹線が7000億円、在来線が1000億円のトータル8000億円くらい。
それに対して借金が5兆円以上で、5年分の収入を超えていました。年間3500億円くらいの金利も支払わなければならず、厳しい経営環境でした。
そのときに30年後の状況を想定し、それに向かって進んだというわけではありません。足元の現状を見て、東海道新幹線を近代化してきた結果です。
新幹線をスピードアップし、東京・品川に新しい駅を作って利便性を高め、新幹線システムを改善、完成させてきました。結果が見えないから進めないのではなく、これをやるしかないから進めてきたのです。
こうした中でゼロ金利時代に入って、借金が約1兆9000億円くらいに減り、利子も約720億円まで減りました。東海道新幹線の輸送能力をギリギリまで使い切ってしまった時、輸送能力の増強の切り札は中央新幹線なのです。
ただ中央新幹線を作るためには、東京~大阪で1時間というブレークスルーがなければ、このプロジェクトはできないだろうと考えました。
ゼロ金利という天の助けもあって、我々の負担で超電導磁気浮上式鉄道(超電導リニア)を作れるようになって、それをテコにして一気に中央新幹線プロジェクトを現実のものとしています。
超電導リニアの建設は、JR発足当時に予測した範囲にはなかったことです。そこまでの楽観論は持っていませんでした。努力と幸運の両方がプラスに働いて、思いのほかうまくいった30年でした。
特に想定外の幸運だったのは何でしょうか。
葛西:金利の低下はやっぱり大きかったですね。利払いは当初の3500億円から5分の1くらいになっていますから。利払いが会社の最大のネックでした。
JR東日本を見ると、首都圏という強い都市鉄道があって、関連事業も大いに展開して、そこで稼いだお金で東日本全域の非採算路線を維持するというモデルです。
JR東海は東海道新幹線が鉄道収入の9割近くを稼いでいて、残った在来線を内部補助してもおカネは余ってしまいます。それなので、東海道新幹線の収入で、国鉄の債務をたくさん負うというモデルでした。
ですから赤字路線を維持するモデルと、借金を負担して金利を払うモデルと、どちらのモデルの方がリスクが大きいのかというのが比較のコアになります。
赤字路線は要員の効率化や値上げなどで赤字を小さくしたり、どうにもならなくなったら、道路転換することで赤字を免れることもできます。
でも借金は免れようがありません。返して金利を減らすしかありません。ですから借金が経営リスクが一番大きいとみんな思っていたでしょう。JR東海の経営がうまくいったのは、金利が下がったことが大きいと思います。
新幹線以外の路線はすべて赤字
赤字のローカル線はどのように捉えてますか。
葛西:端的に言って、JR東海は「東海道新幹線会社」です。幹線やローカル線など新幹線以外の路線はすべて赤字です。
だけど「路線単体として赤字」というのは、国鉄時代だと線区別原価計算を盛んに言って、政府から助成金を取るための論理でした。
民営化と同時に、東海道新幹線を便利に使うために東海道本線など在来線のほとんどは、東海道新幹線のネットワーク鉄道の一部になると考え方を変えました。
東海道新幹線を基軸とするアクセスネットワークと考え、これを強化すると方向転換したのです。
三重県の名松線は利用者が少ないうえに災害にもあって6年半休止していましたが、住民の要請もあり昨年3月に復旧しました。
名松線は難しい路線です。道路転換した方がいいのですが、我々がそれを言って地元と対立する訳にもいきません。
台風で路盤が流れてしまいまして、これを再生することを三重県も考えないだろうと思いました。ところが三重県は路盤を作り直し、その費用を地元が負担する意欲を示したので、我々も復旧することにしたのです。
国に口を出される謂れもない
超電導リニアは民間の資金だけで建設する方針でしたが、財政投融資から融資を受けました。
葛西:今回の財投は政府がお金を調達して、調達金利プラス実費を上乗せして貸してくれる形です。
超電導リニアを開業すれば入ってくるキャッシュフローで100%返せます。
市場から調達すると国よりも金利が高くつく可能性がありますし、あれだけの規模の額を調達するとたいへんな手間もかかります。
銀行の融資と同じような条件で、担保は東海道新幹線の収益力です。非常にタイムリーよく政府にも決断していただきました。
名古屋までの建設費は5兆5000億円と見ていて、2兆5000億円は自分たちが新幹線で生み出したキャッシュフローを使い、残りの3兆円は将来のキャッシュフローを前借りして調達します。
2027年までに5兆円まで膨らむという試算で、それ以上借りると経営が不安定化するので、いったん開業したら2兆5000億円のレベルに下がるまで8年間工事を止める予定でした。
しかし、今回の融資で止める必要がなくなり、シームレスな工事ができるようになりました。財政出動はないから口を出さないことは確認しました。
政府は本当に口を出さないのでしょうか。
葛西:他のことに使えば口出すでしょうが、超電導リニアを作るために使えば、国が口を出す謂れはないし、我々も国に口を出される謂れもありません。
※インタビュー後編は3月8日公開予定です。
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