昨年秋に神戸製鋼所での品質データ改ざん問題が発覚して以降、三菱マテリアル子会社など日本を代表するメーカーで同様の問題が相次ぎ判明した。全容解明は途上だが、コンプライアンスに詳しい郷原信郎弁護士は問題の性格を「カビ型不正」と指摘する。日本の製造業の構造問題について聞いた。

(聞き手は小笠原 啓)

郷原信郎弁護士(写真:陶山 勉、以下同)
郷原信郎弁護士(写真:陶山 勉、以下同)

神戸製鋼所を筆頭に複数の名門企業で品質データ偽装が判明し、日本の製造業のブランドイメージは大きく傷つきました。

郷原信郎弁護士(以下、郷原):一連の問題を「製品の品質」に結び付けると、本質を見誤ります。神戸製鋼などは調査を続けているので断定的なことは言えませんが、多くのメーカーは安全性に問題がある商品を顧客に納入していたわけではないと思います。

 日本のメーカーは相当な「安全率」を見込んで製品を設計し、顧客側もそれを期待していた。強度などで多少ばらつきがあっても、実際に使う上で支障が無いなら顧客も文句を言わず受け入れる。だからこそ「特別採用(トクサイ)」という商慣習が認められていたのでしょう。

 一方で、長年取引を続けているうちに、数字に対する感覚がいい加減になっていた可能性もある。製品の品質自体に関わる問題というよりむしろ、契約の仕様や商慣習などが問われているのだと思います。ちゃんと調べれば、これから相当な数の問題が明らかになるでしょう。

不正に手を染めたのは、一部の企業だけではないと。

郷原:契約が実態と乖離していたというレベルなら、多くの企業で起きていただろうと思います。相手に伝えても「正直に言ってくれてありがとう」で済む程度の潜在的な問題は、素材メーカーや部品メーカーを調べれば相当な数があるでしょう。

 ただし、現代では数字の改ざんは社会的に許容されません。トラブルが起きていないからといって、放置できる問題ではないのです。不祥事企業をバッシングするだけでなく、日本の製造業全体が構造的に抱える問題だと捉えて、対策を考える必要があると思います。

経営トップは現場の「カビ」を把握できない

構造的な問題とは。

郷原:今回判明した問題の多くは長年にわたって企業組織の末端に潜んでいた、偽装や改ざん、隠蔽、捏造といった「形式上」の不正です。経営トップが実態を把握していれば、即座にやめさせていたはずです。

 ところが経営層が現場の状況を把握できないために、問題を明るみに出せなかった。手を染めている現場の人々は、自分たちの手で過去からのやり方を是正できません。そしていつしか、不正が企業に染みついてしまう。私はこれを「カビ型不正」と呼んでいます。

不正には様々あると思いますが、「カビ型」はどういう特徴があるのでしょうか。

郷原:違いを鮮明にするために、東芝の粉飾決算と比較してみましょう。東芝のケースでは不正の震源地は経営トップでした。権力闘争を続けていた上層部が、自分に都合の悪い数字を隠そうとして利益を水増ししたわけです。こうした問題を解決するには、経営トップの交代が効果的です。原因をつまんで捨てれば退治できるという意味で、私は粉飾決算を「ムシ型不正」と呼んでいます。

 一方、カビ型不正の典型例が談合です。特定の個人が原因ではなく、組織風土や歴史的経緯など構造的な背景を抱えていることが多い。担当者がAさんからBさんに変わっても、同じように不正が引き継がれていきます。個人の意志とは関係ないところで、不正が続く仕組みになっているからです。

 ムシとは違い、カビの原因は複雑です。汚れや湿気といった根本原因を除去しない限り、根絶することはできません。目に見えているカビを取り除いても、また新たなカビが生えてきます。一連の品質データ偽装も、そういう性格を持っていると思います。

品質データ偽装がカビだとすると、どういう環境が不正の「温床」になっているのでしょうか。

郷原:30年前や40年前の日本の製造業では、今ほど厳密に数値データが求められていなかったはずです。実績のある工場で一定の原料を用い、きちんとした工程を経た製品なら基本的には信頼できるという認識が、メーカーと顧客の両方にありました。

 ところが技術の進歩にともない、客観性が求められるようになってきました。ハイテク製品だけでなく、昔と同じような使われ方をする素材や部品についても数字が重視される。こうした変化は急激に起きるのではなく、徐々に進行していったと思われます。

郷原:こうした状況で、検査の数字が契約と多少ずれてしまったらどうするか。かつては腕利きの職人が「大丈夫だ、私が保証する」と言って、納入していたのではないでしょうか。すると、これが前例となってしまいます。

 契約と数字が乖離した製品を納入するのは、一種の不正です。本当ならやめないといけない。だけど、昔からそういう慣習が続いているし、最近もやってしまった。改めるには、その理由を説明する必要も出てきます。

一度でも隠蔽すると悪循環に

先輩や上司の顔を潰してしまうので、今さら波風は立てられない。

郷原:企業組織の中で、先輩のしてきたことを否定するのは相当な勇気が要りますからね。違和感を感じていたとしても、今まで通りに続けるしかなくなります。課長や工場長といった人たちが、個人の意志で問題を解消するのは極めて難しい。

 続けるだけならまだいいのです。問題は「監査」が入ったときにどうするか。先輩に責任を押し付けることはできないし、内部通報窓口に相談するわけにもいかない。そうしたときに「隠蔽」が始まるのです。

 一度隠蔽すると、隠蔽した事実をさらに覆い隠す必要に迫られて悪循環に陥っていく。製品の安全性などには問題が無くても、過去の隠蔽工作を隠すためにデータを偽装するといった不正がどんどん膨れあがっていきます。カビ型不正の恐ろしさは、こういうところにあるのです。

放置しておくと、カビの増殖は止められません。

郷原:そういう行為をやめるには、どこかで問題点を全部さらけ出す必要があります。経団連は2017年12月、会員企業に対して品質管理に関する不正などの自主調査を求めました。世耕弘成経済産業相も「顧客対応などとは別に速やかに社会に公表する」ことを要請しました。

 ところが今回のようなケースでは、拙速な情報公開が世間の混乱を招く可能性があります。素材や部品といったBtoB製品では、「顧客」が大きく関わってくるからです。

 東レ子会社が製造していたタイヤ部材では、彼らが数値の改ざんを把握したとしても、すぐに世間に公表できません。安全性について最終責任を負っているのは顧客であるタイヤメーカー。タイヤメーカーと調整する前に素材メーカーが発表してしまうと、世間は混乱するだけです。

一気にあぶり出すことが大事

その場合、企業はどのような行動を取るのでしょうか。

郷原:一番安全なのは、偽装や改ざんなどの不正を「把握しない」ことになってしまいます。把握してしまったら、顧客への説明や公表など大変なことになりかねません。実態を正直に報告しなくなる現場が増えることは容易に想像できます。そして、カビはさらに根深くなっていく。

どうすればカビを根絶できるのでしょうか。

郷原:まずは、企業から切り離された第三者による「問題発掘型アンケート」が有効です。全従業員に対して匿名でアンケートを実施して、具体的な問題点を自由に記述してもらうのです。

 一定の期限内に申告すれば、社内処分は免除するという方法も有効です。法令違反は無視できませんが、軽微な問題だったら免責するという姿勢を明確にすれば、申し出る人も現れるでしょう。

 そうすることで、どの事業部でどんな問題が発生しているのか、経営トップが把握できるようになります。調査を進めれば、汚れや湿気といったカビの根本原因が見えてくるかもしれません。

 品質に関する不正が五月雨式に発覚するような状況は、日本の企業社会にとってマイナスです。企業組織の末端には様々な問題が潜んでいるという前提に立ち、この機会に一気にあぶり出して解消することが重要だと思います。

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