みなさまごきげんよう。
 フェルディナント・ヤマグチでございます。

 ヨタに入る前に大切なお知らせがひとつ。

 当欄の担当をして頂いていたY田氏が、春の人事異動で日経ビジネスアソシエの編集長に就任され、日経BP社全ての業務の中でも、“最低最悪の苦行”と呼ばれる「フェル担」からめでたく離脱することとなりました。おめでとうございます。

 何しろ編集長ですからね。偉いです。今回の人事は私の担当を無事に務め上げた功労賞的なニュアンスも有るのだと思います。お疲れ様でした。これで金曜も早く帰れますね。

 さて、次なる犠牲者となるのは日経ビジネス副編集長のY崎氏。まあそう落胆なさらずに頑張って下さいな。人生悪いことばかりではありません。いつかきっと良いことが有りますよ、多分。

まんまとトンズラに成功し、思わず頬が緩むY田氏(右前)と、あまりの仕打ちに茫然自失のY崎氏(右から二番目)。お二人の表情の差をお楽しみ下さい。
まんまとトンズラに成功し、思わず頬が緩むY田氏(右前)と、あまりの仕打ちに茫然自失のY崎氏(右から二番目)。お二人の表情の差をお楽しみ下さい。

 もう一人のロン毛の兄ちゃんは誰なんじゃいと思われた貴兄。良い所に気が付かれましたね。こちらの方はADフジノ氏の後任として、タッグを組むことになった高橋満さん。通称マンちゃんです。

当欄開始以来コーディネートをして頂いてきたADフジノ氏は諸般の事情により退任となり、同じリクルート「カーセンサー」出身の高橋氏にバトンを渡すこととなりました。フジノさん、長い間お世話になりました。マンちゃん、これからよろしくです。
当欄開始以来コーディネートをして頂いてきたADフジノ氏は諸般の事情により退任となり、同じリクルート「カーセンサー」出身の高橋氏にバトンを渡すこととなりました。フジノさん、長い間お世話になりました。マンちゃん、これからよろしくです。

 担当編集とコーディネーターがイッキに変わるのですから、次号以降は当欄のテイストも大きく変わるかもしれません。ここしばらくはルーティンの乗用車の話ばかりで、目新しい企画が有りませんでしたが、これからは新分野にもガンガン切り込んで行きたいと思います。バスとかトラックとかもやりたいな。建機や船舶もいいですね。

 ということで、新体制となる次号以降もお楽しみに!

 さて、ヨタの本編です。

 ちょいモテ、ちょいワル等、新しい言葉をバンバン生み出して、男性誌の新境地を開拓した岸田一郎さん。岸田さんとは週刊朝日で同じ時期に連載をしていたので、それ以来ご交誼を頂いていたのですが、久しぶりにご連絡を頂き、「新しい雑誌を作るから、ちょっと遊びに来てよ」と。話はトントン拍子で進み、6月創刊の雑誌でコラムを担当させて頂くこととなりました。

LEONで男性誌の新境地を切り開いた岸田氏が、満を持してオヤジ世代向けの新雑誌を立ち上げます。私もちょっとしたコラムを寄せさせて頂くこととなりました。雑誌の発売時期が近付いたら改めてご紹介しましょう。
LEONで男性誌の新境地を切り開いた岸田氏が、満を持してオヤジ世代向けの新雑誌を立ち上げます。私もちょっとしたコラムを寄せさせて頂くこととなりました。雑誌の発売時期が近付いたら改めてご紹介しましょう。

 先日JAL便でサン・ディエゴに行った際、まことに不可解なことがありました。トライアスロンの大会に出場するので当然バイクを持っていくのですが、その運搬料金の決定が“カウンターの担当者によって違う”ということです。

 私は「大きさも重量もオーバー」ということで3万円ナリの追加料金を請求されたのですが、同道した他のメンバーは誰一人として取られていない。エコノミーもビジネスも関係なしです。

 「え?フェルさんだけ?」「顔が悪いんじゃないですか(笑)」と取られていないみなさんは呑気なものですが、出だしの3万は実に痛い。自分だけ取られて他のメンツは無料となれば殊の外イタイ。カウンター嬢に当たり外れでも有るのでしょうか。この課金の仕組み、ご存じの方がいらしたら是非教えてください。

右の黒いケースが課金された私のバイクです。奥の青いケースは、見るからに私のより大振りなのに無料でスルー。いったいどうなっているいのでしょうJALさん。
右の黒いケースが課金された私のバイクです。奥の青いケースは、見るからに私のより大振りなのに無料でスルー。いったいどうなっているいのでしょうJALさん。

 そうそう。今回のサン・ディエゴではエラい光景を目にしました。クルマの爆発炎上です。

 街中の閑静なレストランで食事をしていたら、けたたましくサイレンが鳴り響き、消防車がたくさん集まって来る。外に出て見ると、道の反対側のショッピングセンターからモクモクと煙が上がっている。野次馬根性丸出しで駆け付けると、ご覧の通りピックアップトラックが燃えています。

日本だとすぐに立入禁止のテープが張られますが、アメリカはその辺がユルイのでしょうか、あまり厳しくない。クルマの近くまで勝手に近寄れます。
日本だとすぐに立入禁止のテープが張られますが、アメリカはその辺がユルイのでしょうか、あまり厳しくない。クルマの近くまで勝手に近寄れます。

 幸いにして類焼も怪我人も出なかったようですが、クルマが燃えているところなんて久しぶりに見ました。焦げた臭いが凄かったな。

 さてと、それでは本編の本編へと参りましょう。

 長編になったNISSAN GT-Rの開発エンジニア、日産自動車ニスモビジネスオフィス兼第一商品企画部チーフ・プロダクト・スペシャリストである田村宏志さんのインタビュー。(今度こそ)最終回です。

 これで最後、今度で最終回と(まるでスティービー・ワンダーの最終来日公演のように)言いながら、延々と続いて来たGT-R田村さんのインタビュー。これでもかなりオイシイ部分を切り捨ててお伝えしているのだ。

 本当はテープからオコした文章をそのままナマでお届けしたいくらいなのだが、それでは私の役目がなくなってしまう(それに田村さんのお立場も危うくなる)。最後の最後は、前回書きかけたポルシェとの比較から始めよう。

「あのクルマは本当に凄い。最高のスポーツカーなんだ」

「NISSAN GT-R NISMO」2017年モデル
「NISSAN GT-R NISMO」2017年モデル

F:ちなみに、GT-Rがポルシェ911ターボと真剣勝負をしたら、どちらが速いんですか。

田村さん(以下、田):また嫌な質問をするんだな。

F:これはコンプラにも触れませんよね。

:この話をするのであれば、本当に正確に書いてもらいたい。とてもセンシティブな問題だから。

F:わかりました。

:ポルシェ911ターボは決してバカにしちゃいけない。あのクルマは本当に凄い。本当によく出来た、最高のスポーツカーなんだ。

F:へぇ。驚きました。田村さんなら「ポルシェなんて楽勝でブッちぎってやるぜ」、くらい言うのかと思っていました(笑)。

:俺がそう言えば、物書きフェルとしてはウケが取れて良いんだろうけどさ(笑)。

F:やはりお立場上言いにくいことなのでしょうか。「会社員としての田村さん」としては。

:違う。立場とか関係ない。今から話すことは、エンジニアの田村として、また走り屋の田村として言うことだ。

F:はい。

:まずスタンディングスタート。これをやると、やっぱりまだ負けちゃうと思う。ポルシェ911ターボのSには。

F:あれ。でも0-100km/hのテストデータだと、コンマ1秒GT-Rが勝っていないですか?

:それだって路面のコンディションによる。計測した場所だって気温だって違うのだから、まったくのイコールコンディションじゃない。俺がこんなことを言うのはアレなんだけど、そんな数字にはあまり意味がない。

F:はぁ……。

「いつも心の何処かに必ずポルシェが引っかかっている」

:やっぱりポルシェは凄いんだ。絶対的、圧倒的に凄い。GT-Rを作っていても、いつも心の何処かに必ずポルシェが引っかかっているんだ。

 実はフェルちゃんだけじゃないんだよ。前より速くなったんですか、ポルシェとどっちが速いんですか。こう聞いてくるのは。極端な話、もうそれしか聞かれない。

 でも、こうなってしまったのは俺達も悪いんだ。今までそうやってGT-Rを推してきたからね。俺は速いぞ。俺ら2コンマ何秒だぞ、こんなことばかり言ってきたことに問題がある。

 せっかくGT-Rを通してお客さんをプレミアムの世界に誘っているのだからさ。タイムだけじゃなくて、さっき話したヒゲ取りの話とか、高速安定性の話とか、静寂性の話とか、そういうことをキチンと伝えていかなければいけないな、と思っているわけ。やっぱり点ではなく、線とか面で話をして行きたいわけ。

F:それはとてもよく分かります。ただ、「キーワードとしての数字」というのもとても大事じゃないですか。もちろん300km/h超えとか、0-100コンマ何秒なんていう世界は、普通に乗っている人にはまったく関係が有りません。サーキットにでも行かない限り、そんなパワーを出す機会なんて全く有り得ない訳ですから。

 でも伝家の宝刀じゃないですが、所有欲に対する訴求力って有るじゃないですか。俺の持っているこのクルマは、イザとなったら300km/hも出るんだぜ、というヨロコビ。実際にはイザなんてことは無いんですが(笑)。

:分かるよ、フェルちゃんが言っている意味はよく分かっている。

F:言わばダイバーズウォッチみたいな。9000メートルとか絶対に潜らないですよね。タンク背負って潜っても、せいぜい20メートルがいいところです。でもダイバーズウォッチを買う人は、5000とか9000メートルも潜れる、超オーバースペックなモデルを喜んで買うわけです。それで実際に潜る時は、カシオの安いのに付け替えたりして。リーフで傷付くと困るから(笑)。

:いるいる(笑)。

F:クルマと時計を並べてしまうのは些か乱暴かとも思うのですが、似ている部分も有ると思うんです。9000メートル潜れる時計と、300km/h出るクルマって。決してその世界までは行かないけれど、“それが出来るモノを所有している俺”っていうところがよく似ている。

:うん。有るだろうね。だからこのレベルまでGT-Rのスペックがまとまって来たら、そういう具体的な数字を語らなくても、コンマ1秒や2秒で口角泡を飛ばさない世界観や、大人の会話ができるようなスポーツ・カー・ワールドにしていきたいな、という思いがある。これが俺の卒業論文のテーマとも言えるよね。

F:田村さんの卒論、ですか?

「数字だけを追い求めていては勝てない」

:現実の速さと、本当にお客様が味わうことのできる一番大事なポイントとの乖離があまり大きくなり過ぎることにも違和感を覚えるんだ。例えばフェルちゃんが夜中に首都高をシャカリキになって飛ばした所で、それが570馬力を炸裂させたことになるのかと。

 実際フェルちゃんが使えていたのは、せいぜい3000回転から6000回転ぐらいまでのトルクカーブのラインで、ピークパワーなんか殆ど使えてないんじゃないの、と思うわけよ。

F:使えてないでしょうね、殆ど。そもそも殆どパドルも叩いていないし。おまかせモードで走っていましたし(笑)。

:何て言うのかな、そういうことが語れる世の中にならないと、永久に日本のスポーツカー業界がインプルーブしないような気がするんだよ、俺は。

F:ポルシェは別格としても、アストンマーチンなどは最早速さでは勝負にならないですよね。それでもスポーツカーとして独自の世界を確立している。

:そう。お客さんは”速さ以外の何か別のもの”。つまりプレミアムな部分を評価して買っている。

F:GT-Rもアッチの世界に行きたい、ということですか?

:アッチの世界も表現していかないと、日本のスポーツカーは廃れる、と確信犯的に言っている。数字だけを追い求めていては勝てないと俺は思う。もちろん数字は大事、だからフェルちゃんの言う9000メートルの世界もリスペクトする。だけど、それはある範囲にブチ込めばよくて、「絶対いつもその世界にいなければダメ」というのもどうかな、というのが正直なところ。

F:世界最速の座にはいなくてもいいと。

:そうは言っていない。GT-Rの全てのモデルがそうではない。プレミアムエディションはその座にいなくてもいいけど、NISMOの方は、9000メートルの世界をもっと色濃く出して、アタマも取って行かなければ、と思っている。

F:最後にひとつだけ。プレミアムについて教えてください。田村さんに取って、プレミアムとは何ですか?

:他では決して得られない特徴的なもの。唯一無二なもの。それがプレミアムの一つだと思う。概念的に言うと、点の集合体が線だとすると、その過程を紡いでいく物の中に、きっとプレミアムでなければ表現できないことが有ると思っている。

 線だけでは表現できないから、そこにもう1軸増やして面にして、カタマリのような物を表現して。そこから質感のような物が生まれてきて……。

F:感覚、と言っても良いのでしょうか。他では得られない感覚。

:そう。感覚。でもここで難しいのは、デファクトのものはデファクトのもので、「普通こうだよね」という感覚のものと、「でもやっぱりこれが唯一無二だよね」というのが同居しているのがプレミアムなのだろうと思うんだ。だから完全にデファクトで、みんなと同じものだと、単なるモノマネになってしまう。ともかく背をうんと低くすればスーパーカーになるのか、というね。

F:GT-Rは決してモノマネじゃないですものね。唯一無二の存在と言って良い。

:一種無骨で、流麗でスリークなデザインでは決して無いけれども、唯一無二。「あいつ何だかスタンドアローンだよね」と言って貰えればそれでいい。他に無い存在で、1つの世界を表現し、強調できていれば、それがプレミアムなんじゃないの、と。

F:なるほど。

:悪い言い方をすれば、唯我独尊とも言えるかも知れない。

F:天上天下唯我独尊。お釈迦様ですか(笑)。

:孤立を恐れず、孤高に陥らず。そんな世界を表現していきたい。一方で孤立を恐れないが故に、ストレンジにし過ぎてもおかしいわけで。ストレンジとユニークは違うからさ。

「日本人のデファクトを注入したい」

F:要は塩梅の問題ですね。

:そうそう。要は塩梅。さじ加減。イタリアだとこれぐらいやらないと彼らのデファクトにはならないとか、イギリス車のスポーティープレミアムはこうだよねとか、それぞれにさじ加減が違う。そこを理解した上で、「日本だとこうだよね」というデファクトを、日本人の感覚でビシっと注入しておきたい。

F:日本人のデファクトを注入する。なるほど。いまデファクトの例としてドイツが挙がりませんでしたが、ポルシェとの競争にはもう興味が有りませんか。

:いや、興味はあるに決まっているじゃない。だけど……。

F:だけど?

:正直それを目標にしてない、という所もあるよね。たぶん同じぐらい(のタイム)でいくはずだよ、みたいな。さっきも言ったけど、例えばちょっと条件が変わればタイムなんて簡単に変わるし、サーキットの条件でも違うし、そもそもサーキットによっても、向き不向きで速さは違ってくるだろうし。

F:なるほど。

:このサーキットでは勝ったけど、あっちでは負けたとか。お互いにもうそういう領域に入ってしまっているので。

F:とてもよく分かりました。うわ、もうこんな時間。かなりオーバーしてしまいました。長時間ありがとうございました。

:こちらこそありがとう。やっぱり楽しいよね、フェルちゃんの取材はね。

 かくして長い長いインタビューは終わりました。

 インタビューの後、長い廊下を田村さんと並んで歩いていたら、「今日はクルマの話を殆どしなかったな。こんな取材は初めてだよ」とポツリ。そして「何なら別室を取って、いまから話そうか」と有り難いご提案まで頂きました。いえいえセンセ。お越しになる前に部下の方からタップリと伺っておりますので……とご辞退申し上げて退散したのでした。

 前任者の水野さんもそうでしたが、やはり世界と戦うスーパースポーツを開発するには、一種「狂気」のようなものが必要なのかもしれません。その狂気が研磨剤となり、クルマを磨き上げていくのではないか、取材を通して、そんな印象を持ちました。

 敷居が高いクルマではありますが、GT-Rの取扱がある店舗に予約をすれば試乗は可能です。

 水野、田村と二人の鬼才が、慈しみ育み狂気の研磨剤で磨き上げてきた日本の至宝を、ぜひ一度味わってみてください。桃屋のイカの塩辛ではありませんが、「日本に生まれてヨカッタ」と思うこと請け合いです。

 それではみなさままた来週!ごきげんよう。さようなら。

「皆さん、お世話になりました」

読者の皆さん、こんにちは。担当編集のY田です。

ヨタでも触れられていましたように、今回で(晴れて?)、担当を卒業させていただくことになりました。1年半という短い期間でしたが、どうもありがとうございました。

編集部内では、多くのメンバーから「“お務め”ご苦労さまです」と慰労の言葉をかけられましたが、次いで必ず、探るような視線で「次はだれが担当するの?」と尋ねられました。「まさか、自分では…」との不安が見え隠れするこの言葉の中に、この連載の担当編集者となる辛苦を、いささかなりともお感じいただけるかと思います。

また、連載当初から、フェルさん…とではなく、担当編集と苦労を共にしてきたADフジノさんも今回、卒業いたします。フジノさんこそ、本当に「“お務め”ご苦労さまでした」。

フジノさんは、当連載以外でも、日経ビジネスオンラインで記事を書いていただいています(最新記事:「EV版“スマート”に見るダイムラーの近未来戦略」)。晴れて“出所”したことで、別企画でご活躍いただく機会も増えそうですので、ファンの皆さんはぜひご期待を。

で、卒業する私たち2人の後任として白羽の矢が立ったのは、高橋満さん(通称マンさん)とY崎副編集長。

締め切りギリギリに、まったく反省の色のうかがえない、「おまた!」の明るい一言が添えられたメールが届いたかと思ったら原稿が添付されていなかったりしますが、通常、生命の危機を感じるような出来事はありません(フェルさんがステアリングを握るクルマの助手席に座っていない限り…)。

なので心配無用です。ただひたすら、頑張って(耐えて)ください。

ということで、新たなメンバーでスタートする「フェルディナント・ヤマグチの走りながら考える」。引き続き、ご愛顧のほどよろしくお願いいたします!

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